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強き魔王

 とある日、とある少女、とある物語……  燃え盛る館、怒号が飛び交う。  逃げ惑う少女は転ぶ、腑を剣が貫く。  「あ、か……ァ…」  炎の熱が頬を焼き、刺された腑からは痛みが広がる。敵は人間、武装した人間達である。少女は魔族、この幼き魔族こそが周辺の村々を治める魔王である。  鉄兜の隙間から醜い人間の顔が、恐ろしき悪意が覗いている。刺した剣を捻る、内臓が掻き回され溢れた血が床を染める。意識が……もう…  しかし、  「お嬢様からッ!、離れろッ!!」  不意の一撃、人間の後頭部を襲う衝撃、男は目を見開いて倒れた。意識が少しだけ戻る、幼き少女は霞んだ視界の中、瓦礫を抱えた己の従者に目を向ける。  「ハ…ピ……?」  「お嬢様!、一緒に脱出を…………ッ!?」  この魔王の館のメイド、ハピは絶句する。魔王の腑から流れた血が……捻じ切られた内臓が、嫌でも視界に入る。メイドは魔王を抱きしめる、もはや潰える命だとしても決して見捨てる事など出来はしない。己が主人を背負い、メイドは駆け出す、燃え朽ちていく廊下を駆け出した。  屋敷を出た、今は周囲に広がった森を駆ける。背後から迫り来る殺意を、人間の悪意から逃げるように駆けていく。  「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」  「はぴ………」  「っ!?、お嬢様!、今は傷に障ります故、喋らない方がよろしいかと……」  「は…ぴ……」  ハピは焦っていた、早く治療しなければ魔王が……己の主人が死んでしまう。この先に馬を用意してある、あとは他の魔族の村に辿り着ければ魔法でどうにか出来る。ハピは己を憎む、魔法を使えぬ己に憎悪する。  矢が肩を射抜く、不意の痛みに転ぶ。  「ハッ!、お嬢様ッ!、大丈夫ですか!?」  生温かい液体がハピの背に広がる、青ざめる表情、そして湧き上がる人間どもに対する憎しみ。  ハピは直ぐに立ち上がって駆け出す、自分がここで立ち止まってはならない。必ず魔王を助ける、それが従者としての己の使命である。背後から迫り来る敵、しかしハピは止まらない、この背負った小さき命を守る為に駆け出した足は止まらない。  馬のいななき、ハピは叫んだ。  「シュルグっ!、こっちだ!」  括り付けていた枝を折り、馬がこちらへと駆け出してくる。ハピは魔王をその背に乗せる、呼吸が浅い、事態は急を要する。急いで自身も馬に跨がろうとする、瞬間……背中に矢を受けて崩れ落ちる。  「はぁ……はぁ…はぁ……」  胸元を見入る、矢先が胸を貫通していた。制服に血が滲む、心臓を綺麗に撃ち抜かれていた。ハピは一瞬の驚きの後、ふと諦めたように告げる。  「シュルグ、お嬢様を連れて逃げろ……お前ならば必ず救えるはずだ」  馬は幾度か地面を掻いていななく、魔王を背にして駆け出した。ハピはそれを見守る、優しく微笑みながら見守った。  「お嬢様…………魔王ラル・ガーディン様、最後まで貴方様のお側にいられぬ、この愚かな従者をお許し下さい」  そう言ってハピは立ち上がる。胸の痛み……これは矢に射抜かれたからではない、忠義を尽くすべき魔王との今生の別れに胸を痛めたのだ。迫り来る人間ども、しかしハピは決して怯まない、決して死を恐れない、決して後悔などある筈がなかった。  「お嬢様、どうかご無事で……」  振り下ろされた剣、ハピは微笑む、力無く微笑む。魔王との日々を懐古し、微笑んだのである。  ___ドシュ…ッ!!  私は魔王、迫害の魔王である。  「んっ…………」  嫌な夢を見ていた気がするが、思い出せない。魔王は玉座から立ち上がる、それは目の前の敵と対峙する為である。  「よく来たな勇者よ、この魔王の首を取りに来たのだろ、愚かにも程がある」  「はい、私は勇者ですから……貴方を、この私の手で討ち果たす」  勇者は剣を構える、しかしその表情は晴れやかではなかった。勇者は胸元に触れる、胸にしまった手紙に苦悩の表情を見せた。  しかし、勇者は決して構えた剣を下さなかった。  「貴方を救います。私が勇者として……貴方を救います、どんな形であれ」  勇者は確固たる目を魔王に向ける。彼女は駆け出した、目の前に佇む魔王へと駆け出した。  これは魔王の物語、勇者に討たれた魔王の物語。  しかし、勇者は決して喜ばない、魔王を決して悪くは言わない。魔王は宿敵にして亡き仲間の仇である。だが己が人である限り、彼女は魔王を忘れる事はないだろう。己が人である限り、勇者は人間である事を嘆くだろう。  己が人である限り………この悲劇を忘れる事はないだろう。  魔王よ、強き魔王よ、今はただ安らかに眠れ……… https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204