ミナには、人間らしい「欲望」が致命的なまでに欠けている。 「致命的」というのは比喩ではなく文字通りで、欲望のない存在がどのような理念で行動しているのか、他者には理解しがたく、ゆえに信用もされづらい。 「ニンジンが好き」という嗜好は、彼女なりの生存戦略として生まれた――他者に“理解可能な行動原理”を示すための擬態だった。 けれどそれは、長い年月を経てやがて本当の“好み”となっていった。 ほとんど摩耗してしまった「イタリア人だった頃の記憶」から、かろうじて引き出せたのが⸺“la carota e il bastone (ニンジンと棒)”という、地元に伝わる慣用句だった。 なお、ミナは放っておけば月に一度しか眠らない。 妖精という種の特性上、そもそも睡眠そのものをあまり必要としないうえ、「眠りたい」という睡眠欲さえ希薄だからだ。