私は魔王、服従の魔王。 ___ズキ…! 私は思わず痛みに片目を押さえた、一瞬ではあったが走った痛みが私の身を酷く打った。 「ん?、シュガー!、どうかした…?」 「いえ、少し立ちくらみが……それより裂壊の魔王様がおいでになさいました。急ぎましょう、あの方は礼儀作法に厳しい方ですので」 「あ、ちょっ!、シュガー?」 魔王は先を行くシュガーの背を不思議そうに見つめた、何か……何かが起きる、そんな確信が…魔王にはあった。 「遅い、セレナスハート・センバル!」 「あーごめんごめん、おまたせアンディ〜!」 「毎回言っているだろう!、アンディと呼ぶのはやめないか!」 「あはは〜、そうだっけなー?」 少しご機嫌斜めなこちらの方は"裂壊の魔王"アンリ・ディバンセル様、古くからの魔王様のご友人らしく私が魔王様に出会う数十年も前から親交があるお方らしいのですが、いつもながら終始こちらの魔王様にからかわれている様子ですね。 しかし、実力は本物。魔力に魔法を流動させる革新的な魔法体系"流動魔術"の生み手にして最高峰の使い手、加えて現在の我々がいる魔王国とは異なる魔法要塞都市"魔導国"を幼き頃より統べる正しく王である。 流動魔術とは、世間一般的に用いられてきた魔力を魔法に変換する従来の方式に加えて、変換した魔法を己の魔力に付与する特殊な魔法技術である。 元より、己の肉体や武器に魔力や魔法を纏わせる事ならば魔法に携わる者にとっては基礎的な事である。 しかし、魔力に纏わせる場合は例外である。魔力とは元来、存在しない仮想エネルギー。それを人間はイドと呼ばれる不可視の内臓に溜め込み、魔族ならば己の角より吸収する事で魔法へと魔力を昇華させてきた。 魔法を構成する主成分は魔力である、要は魔力に魔法を纏わせる行為とは、砂に砂をかけるような無価値な行為であった。 だかしかし、唯一それに成功を果たした人物が存在する。それこそアンリ・ディバンセル、裂壊の魔王である。 砂にかけ続けた砂がその果てに硝子へと昇華したのだ、魔法を帯びた魔力、流動魔術の完成である。 「シュガー、この馬鹿にまた色々と振り回されてるんじゃないだろうな?」 「えぇ、それはたくさん」 「ほお、そうか…」 「ちょっ、シュガー!?、自分のご主人様を売る気!?」 「はい、少し痛い目にあって反省して下さい。」 「そんな〜!、いくら何でも….」 不意にこの場が突き刺すような魔力で満たされた。 裂壊の魔王、その名の真意を今示そう。 魔王の頬を微かな魔力が撫でた。 ___ピシッ…! 途端に頬が切れ、真っ赤に流血が垂れ落ちる。 これが魔法、流動魔術の一端である。 「ヤバッ!?」 魔王は飛び退いた、瞬間……空間が切断され、壁が大きく引き裂かれる。魔力に触れた箇所から次々に切り刻まれていく、魔力の形に決まりはない、形を変えて肉体の内側からでも切り伏せられる。魔力さえ届けば、それが何処であれ裂壊の魔王の射程圏内となる。 「"次代の魔王"セレナスハート・センバル、たまにはこのような余興も良かろう」 「良くない!、あと後で城直してよね!」 「案ずるな、貴様も一緒に後で直してやろう」 裂壊の魔王は笑う、嫌に猟奇的に笑う。 魔王は覚悟する、覚悟を決める。 「もう、手加減はナシよ!」 次代の魔王は肉体を己の魔力で覆う、多少の防御にはなるだろう。更には魔王の肉体が波打つ、ダメ押しの奥の手"覇道"である。 昔、修行した仙郷にて得た秘術の一つ、一時的な肉体強度の底上げ、常人ならば気休め程度にしかならない。しかし、彼女の場合は違う。 彼女は魔王、次代の魔王だからである。著しく上昇した肉体強度による強行突破、裂壊の魔王の迫り来る魔力を押し退けて魔王は迫る、裂壊へと迫り来る。 「やはり、この程度の魔力では足りぬか」 裂壊の周囲を囲う魔力の荒波が、嵐のように次代の肉体を切り刻む、しかし止まらない、止まらなかった。魔王はもう、目の前にいた。 ___バァン…ッ!! 拳と魔力のぶつかり合い、二人は笑う、魔王は笑う、死闘に踊る。 魔王を冠する両者の一撃が周囲を大きく吹き飛ばした、先程まで整った部屋が斬撃と衝撃によって荒れ果て、魔王城全体が振動する。 二人は魔王、両者は魔王である。 一歩も引かぬ、退くことは許されない。 互いの誇りがぶつかり合う。 今こそ死を以って……! 「そこまで」 動き出す魔王、しかし両者は縛られる、逃れ切れない呪縛によって動けなくなる。 「これ以上は魔王城が持ちませぬ故、お控えを」 シュガーはそう淡々と告げ、己の"魔眼"を閉じた。少しクラクラと立ちくらむ、まだ負担が大きいのだろう。 「シュガー……!?、無茶しないの!」 次代の魔王は従者シュガーの肩を持つ、その眼が顕現してから数年、シュガーは魔眼の保有者であった。 "最強の魔眼"…服従の瞳…『視界内の対象全てを所有者の命令・意思に対して物理的・精神的を問わず服従させる絶対権限を誇る魔眼』 しかし、魔眼には代償も存在する、それは膨大な魔力の消費。それはただの魔族に過ぎないシュガーにとっては致命的なまでに相性が悪い。足りぬ代価を支払わせるべくシュガーの肉体を蝕む痛み。 魔眼が必ずしも保有者に対して友好的とは限らない。魔眼とは、魔王の片鱗、魔王種の証でもある。 魔王種とは、本来は魔王に匹敵する魔力量を誇った特異な部族のことを指す言葉であった。しかし、数百年前に悪逆非道の限りを尽くした酷薄の魔王によって滅ぼされて以降は、本来の意味とは異なり"魔臓"を宿した者を指し示す言葉へと変化した。 魔臓とは、言葉通り魔力を秘めた臓器のこと、魔眼もその一つ。しかし、単なる魔力ではなく所有者とは異なる独立した特殊魔力を宿す臓器の事である。魔臓には様々な魔力があり、シュガーの魔眼"服従の瞳"には支配の力が込められた"服従の魔力"が宿っている。 要は流動魔術と仕組みは同じである、それぞれの魔力に異なる魔法が込められた特殊な臓器。 加えて、魔臓にはもう一つ重要な特徴が……… シュガーの視界に次代の魔王が映り込む。 「シュガー?、大丈夫?、私が見える?」 「は、はい……大丈夫…です。」 「ちょっ!?、動かない!、片付けは私達でやっとくから!」 「セレナスハート!、こっちの瓦礫も魔力で固めるぞ!、早く持って来い!、このままでは日が暮れるぞ!」 「あーもー待ってよアンディ〜」 「アンディと呼ぶな!」 次代の魔王の瞳がシュガーの目を覗き込む。 「魔王…様?」 少し困惑したように眉を顰めるシュガー、綺麗な瞳の奥に秘められた魔力が……魔王を凝視する。 ___ズキッ…! "魔王、私は魔王" シュガーとは異なる意志が、心の中でそう告げる 「う…くっ……!」 突如、苦しみ出すシュガー。 魔臓にはもう一つ重要な特徴がある。魔臓には感情があり、意思がある。彼女の魔眼の場合は"飽くなき支配欲求"、己以外は皆等しく下僕、まさに魔王、絶対的支配階級の頂点である自負が存在する。そのため魔王に付き従うばかりのシュガーとは元より反りが合わず、幾度も彼女を苦しめてきた。 魔王の瞳が…、魔王の青き神眼がそれを御する。 「ちょっと乱暴しなきゃダメそうね」 魔眼と神眼、異なる強大な力が対立する。 神眼とは、魔臓とは全く異なる臓器"神臓"の一種。原初の魔王の頃より紡がれてきた魔王の系譜、看破の瞳。それは未来すら見通す神の所業、魔王の瞳が魔眼を凝視する。 "我は魔王、服従の魔王" 「ただの魔眼ごときが!、私こそが魔王よ!」 "我の支配に抗うか、母も救えぬ小娘風情が" 「………ッ!?」 瞬間、魔力が迸る。怒りが魔王を支配する。溢れた感情が"魔眼"の力を凌駕し押し退けた。 "くくく、これが魔王とは笑わせる……" そう言い残すと力尽きた魔眼は閉じた、勝ち誇ったように閉じていった。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 魔王は、泣きそうな顔で立ち尽くす。敗者のように呆然と立ち尽くす。 「私は……」 しかし、言いかけた言葉を飲み込み、魔王は気を失った己の従者を抱える。 「シュガー、私……母のようになれるかしら」 魔王は俯く、そして無理に少し微笑む。決して揺るがず、決して折れず、決して挫けない。屈する事は許されない、私は先の時代を託された、多くの者達に託されてきたのだから。 私は魔王、次代の魔王。 私は笑う、母のように笑う。 託された重みを離さぬように、託された思いを忘れぬように、 わたしは微笑む、私はほほんでみせた。 これは夢だ、悪夢である。 悪魔の囁き、天使の蔑み。 支配的欲求、感情の起伏。 肺が熱くなる、息が苦しい。 私は逃げ出した、何処かへと。 一筋の光、小さき手が見える。 私は手を伸ばす、しかし届かない。 代わりに私の腕を何かが絡め取る、縛られる。 私は支配される、身も心も全て、総て、すべて、統べていく。 私は魔王、服従の魔王。 「……ッ!?、ハァハァハァ…!」 私は自室で目を覚ます、今は何時かは分からない。震える体、汗だくの背中がやけに冷たく悪寒を発していた。私は理解した、私は理解せざるを負えなかった。 絶対的支配者たる私は命ずる。 ___ガッッッッシャァアン……ッッ!!! 魔王は物音を聞きつけた、従者の眠る部屋からであると気づくのに時間はかからなかった。 魔王は駆ける、駆け出した。胸騒ぎがする、部屋に到着するや否や扉を開け放った。そこには従者が……いや、従者だった者が存在した。 「誰かしら、私はこの城に招待した覚えはないのだけど?」 「心配するな、いずれは私の城になる」 そう告げたのは純白を纏いし魔族、姿形は従者その者である。しかし、心は違った。 「念の為に確認するけど、シュガー?」 「ふふふ、私は魔王だ。この世を統べる者、服従の魔王」 「あっ、そっ、なら一回ぶん殴って目を覚まさせるわ」 魔王は拳を握る、そして撃ち出す。 "止まれ" 拳と魔力の衝突、互いの力が拮抗し、相殺される。振りかぶった拳は止められた、しかし魔王の連撃は止まらない。 流れるような肉弾戦、魔眼を凌駕する程の物量によるゴリ押し。魔王は止まらない、容赦しない。 "散れ" 魔王に迫る衝撃波、魔王の肉体を吹き飛ばそうと押し寄せる。しかし魔王の拳は止まらない。 「私のシュガーを返せーーーッッ!!!」 魔王の拳が服従の魔王に迫る。 "『豁縺セ繧』" 魔王の拳が止まる、腕が…全く動かせない。 「くっ、この……!」 "『蜷ケ縺埼帙』" 魔王の肉体を穿つ不可視の一撃。目を見開く、肋骨が砕ける感覚と迫り来る壁。 ___ダァン…ッ! 壁を突き破り、廊下に勢いよく投げ出され再び壁に激突する。魔王は…、傷だらけの魔王は睨む、刻然と敵を見据える。 「この程度か?、小娘」 「ふざ…けるな!」 魔王は踏み出す、痛みなど忘れて拳を振りかぶる。 「魔王様……!」 ___ピタ…ッ!! 不意のシュガーの声に魔王の拳が止まった、しかしそれは罠だ。魔王の折れた肋骨に拳が叩き込まれ、思わず悶絶する魔王、しかし敵は次の準備が出来ていた。 "『豁サ縺ュ』" 魔王は強大な力に吹き飛ばされる。外壁を突き破り、魔王城外へと吹き飛ばされる。頬の側を風が通り過ぎ、背中から木々へと落下する。 背は枝に引っ掻かれ、切り口によって首筋から腰にかけて出血する。痛みに震える体を奮い立たせ、魔王は立ち上がる。 「はぁ………はぁ……はぁ……」 その時、魔王の神眼が未来を捉えた。 「……ッ!?」 思わず背後へ飛び退く、瞬間に地面が抉れ、吹き飛ばされた木々や土煙が四方に飛び散る。 「ケホっ!、ケホっ!」 「後ろが疎かだぞ、魔王」 「……ッ!?」 "『豁サ縺ュ』" 周囲の木々を薙ぎ倒しながら魔王は血を飛び散らせる。手足に力が入らない、大木にぶつかり止まった。息も絶え絶えに魔王は、敵を睨みつける。見知った顔……見慣れた顔が魔王の心を揺るがせる。 「お前は優しい、優しすぎたのだ。この肉体を傷付ける事はお前には……」 ___ピシッ…! 首筋が切り裂かれた、しかし浅い。 「セレナスハート!、何をふざけている!」 「アン…ディ……!」 木陰から裂壊の魔王が現れた、服従の魔王は笑う。 「お前もいたな、裂壊の魔王よ」 「私はあの馬鹿のように優しくはない」 途端に周囲が切り裂かれ、五月雨の如く辺り一面を切り刻む。裂壊は笑う、嫌に狂気的に笑う。 「たしか、貴様は服従の魔王といったな?、魔王のなんたるかを私が教えてやろう」 "『豁サ縺ュ』" 迫り来る力、裂壊へと襲いかかる。 「ぬるい」 そう言い捨てると、裂壊は切り伏せた。真っ二つに切断された力が周囲に霧散する。 「セレナスハート!、貴様は魔王だ!」 裂壊はそう叫ぶ、敵を見据えてこうも叫ぶ。 「貴様は本当に私を苛立たせる!、だがな!、貴様が"堕神"に立ち向かい、ぶち殺した事を私は覚えている!、あの時の貴様は紛れもなく魔王であった!、貴様が魔王であると言い張るのならば、この裂壊の魔王に証明してみせろっ!!」 "貴様は魔王!、次代の魔王であろうッ!!" 揺らいだ心が硬く、より硬く、形を成して引き締まる。私は託されたんだ、私が皆んなを!、シュガーを! "__私は魔王、次代の魔王である。" 魔王は吹っ切れたように笑う、敵に対して笑う。 「今助ける、だから少し乱暴するね」 何をふざけた事を……と服従の魔王は嘲笑う。 "『豁サ縺… ___バァン…ッ!! 服従の頬を拳が穿つ、先程の比ではない重い拳が頬を打った。服従の魔王は吹き飛ぶ、意識がぐちゃぐちゃになりながら吹き飛んだ。 「アンディ!、ありがとう!、私…吹っ切れたから!」 「だからアンディと呼ぶなとあれ程……まぁよい、行ってこい魔王、貴様の救うべき者を救いに行くがいい」 裂壊は笑う、優しく笑い、そう呟いた。 魔王は駆け出す、次代の魔王は駆け出した。魔王に向かって走り出した。 「シュガーッッッ!!!」 魔王の一撃、服従を穿つ。支配を打ち破り、快活に殴り飛ばす。友を殴る、救うべき友を殴るのだ。 "止まれ!" しかし、止まらない。 "止まれ!!" しかし、止められない。 "止まれってくれ!!?" だがしかし、止められない魔王の拳、服従を打ち倒す。 服従の魔王、視界が暗闇に支配される。次代に屈する、魔王に屈した。魔眼はもう閉じていた。 「ん……痛…ッ!」 目を覚ます、ここは……魔王城。それから見慣れた顔が覗き込んでくる。 「シュガー…!?、起きたんだね〜!!」 魔王様に抱きつかれた、状況に理解が及ばず、私は放心状態になっていた。 「もう10日も寝てたから心配だったんだよ!」 「……ッ!?」 10日、つまり10日間も私は業務を怠っていたという事か!、私は直ぐにでも業務を再開するべく立ちあがろうとする。しかし、全身に痛みが走った。よく見ると体には至る所に包帯が巻かれ、薬品の臭いが私の鼻先を刺激する。 「今は安静に……というか私のせいなんだけど、とりあえず怪我が治るまでは絶対安静!、分かった?」 「そう易々とはい分かりましたと言える身ではない為、一刻も早く仕事に戻りたいのですが」 「今はいいの!、他の子達も頑張ってるし……私は手伝おうとして追い出されたけど」 「相変わらず、不器用な方ですね…」 「仕方ないじゃん、料理や洗濯なんて家出してた時以来なんだもん!」 「まぁ、でも……その不器用で愚直で呆れる程のお人好しな貴方様に救われた方も少なからずいっらしゃいます……」 シュガーは最後を濁した、代わりに微笑む、照れ隠しである。魔王もそれに釣られて笑う、二人は笑う。 しかし、魔眼は恐れた。少女の奥底に眠る魔眼は、微笑む魔王の笑顔すらも恐れた。 魔眼は、恐怖に支配された。 次代の魔王に支配されていた、癒えぬ傷、消えぬ記憶として刻まれた魔王の姿に恐怖していた。 魔王は微笑む、友に微笑む。 魔王は決して振り向かない、時代の先を見据え続けていた。 魔王は進む、時代と共に… 時代は進む、次代と共に…… https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204