プラネタリウムみたいだ、と僕は思う 蛍火は夜空で、宇宙なんだって 「私、命を燃やして光ってるんだよ 星の命と同じ 私の命を糧に虫はどんどん増えて、食べるところがもう全然なくなった頃、一番強く輝くんだ」 窓の外には生命の源であるはずの海が真っ暗に淀んでいて、死に瀕しているはずの蛍火が明るくて光っていて、それが僕は悲しい 蛍火に触れたかった 「私なんでまだ生きてるんだろうって思うの 本当はもうあなたの人生にいないのに、面会の間だけ恋人でいてくれるのが、悲しい」 いつでも蛍火のこと考えてる、とは言えない 蛍火に会うために仕事して、その間中ずっと蛍火のこと考えてたら、何も手につかなくなる 本当なら毎日でも会いに来たいのに、できない 「私、もう私の意志で生きることも死ぬこともできないみたいだ 虫たちはいつでも私を殺せるけど、自分たちが私で生きるためになるべく死なないように食べてるの でも最後には全部食い尽くされる 私虫たちに殺されるために生きるのはやだよ だから」 僕はいやだ 蛍火が死んだあと、じきに蛍火を忘れてしまうこと、蛍火を忘れたまま自分だけ生きていくこと、それが平気になってしまうこと、それが僕は耐えられないほどいやだ 「だからお願い、あなたの手で、なるべく苦しくして殺してほしい」 僕はいやだ 最後に見る蛍火が苦しみを湛えたままに死ぬのが なのにこの悲しみに、僕は抗えない 仰向けに寝たまま彼女は僕を招いて、その露わな首元で青白い光が現れたり隠れたりしていた 「ごめんね、お願い」 蛍火の涙が鈍く光ったと思うと、頬をつーと伝ってシーツのシミになった 僕は両の手で蛍火の首に触れ、ためらい、しかし蛍火はまっすぐに僕を見てうなづくと、僕は両手に体重をかけて圧した 蛍火が少し嬉しそうに笑って、瞬間手のひらに痺れるような痛みが走った 見ると青白い光が僕の手に感染していた 「ね、全然痛くないでしょ 器用に神経に触れないように動くんだって せめてもっと痛くしてくれたら、こんなにつらいこと考えないで済むのに この光を綺麗だとすら思ってしまう」 綺麗だ、とは思える でもめちゃくちゃ痛い 手のひらをざくざくと切られてるみたいに痛い 気づかないうちに感染して宿主として長く付き合おうなんて今の彼らは思っていない むしろ彼らの苗床を壊そうとする天敵に攻撃しているのだ ばかな 蛍火は僕のだ 誰の勝手にもさせない 痛いのを我慢して蛍火に悟られないように、さらに強く力を込めた 「嬉しい あなたの手が私の一部になったみたい」 僕の手が光ってるから? それは蛍火じゃなくて虫だ 自分自身が希薄すぎる 「さっきみたいに、ちゃんと強く締めて お願い、殺して」 こんなに力を入れてるのに蛍火は言う ちがう、僕の手はもはや焼けこげたみたいな痛みで痺れて、もうほとんど力が入らないのだ 蛍火はまだ何か言っていた 病室に先生が慌てて入ってくるのも見た でも僕はひどい痛みで気を失ってしまった 目を覚ましたときには僕は別の病室で横になっていた 両手に虫はいないようだ 切り開いた痕がある まだ全身に回る前だったし食われたのもごく小さい範囲だったから、完全に取り除けたらしい ただ神経をがっつりやられたので後遺症は残るだろう ありがたい、忘れることの妨げになる 蛍火は? 病室に行くと蛍火は仰向けのまま僕を見て、無事でよかったと泣いた 僕は蛍火が生きているのに触れられないのが悲しい でも生きているのが嬉しかった