放課後の教室、窓から差し込む西日の中で巌 太郎(いわお たろう)はプリクラ帳を友達に見せながら笑っていた。 「見て見て!このプリ盛れてない?昨日学校帰りに撮ったやつ!」 クラスメイトがキャッキャと笑いながらページをめくり、お喋りに花が咲く。 太郎も思わずつられて笑い、友との交流を楽しむその笑顔の裏では、少しだけ複雑な気持ちが渦を巻いていた。 ―――名前のことだ。 太郎は小さく肩をすくめ、思わず口を噤む。しばらくして、ぽつりとつぶやいた。 「……巌って苗字も微妙に男っぽくてなんかヤなんだけど」 つい口をついて出た愚痴に友達は「あー、でもそれが逆にかっこいいよ!」と軽く返す。 そういう明るいフォローはありがたいけど、心の中にあるモヤモヤはどうしても消えない。 太郎という名前、自己紹介のたびに驚かれたり笑われたり…つい小さく息を吐き、肩を少し丸める。 「え、ホントに?冗談だよね?」と半信半疑の目で見られたり、時には男子から「もしかして女装?男なの?」なんて冷やかされることもある。 いつでも笑い飛ばせれば楽なんだろうけど太郎にはまだその余裕はなかった。 それでも彼女の日常はそれなりに楽しい。 コンビニで新作のスイーツを買うのが習慣だし、友達と放課後にプリクラを撮りに行ったり笑い合ったりする時間は何より大事。 名前のことを気にする自分は確かにいるけれど、それを理解して受け止めてくれる友達もまた傍にいてくれる。 教室を出て、夕暮れに染まる商店街を歩きながら太郎はバッグにマカロンを忍ばせていた、今日のご褒美スイーツだ。 ちょっと苛立ったことも、甘いひとくちで薄れていくのだろう。 「…はぁ、ほんと親には感謝してるけど……太郎はないでしょ、太郎は!」 そう小さくぼやきながらも、どこか吹っ切れたように笑う。 名前に振り回される毎日、だけどそれもまた自分の物語の一部。 巌 太郎の青春は今日も当たり前のように続いていく。