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田中太郎

その昔、ある男がいた。 男の名は田中太郎。ある村に生まれた侍であった。 …いや、彼を侍と表現するのは誤りかもしれない。 何せ、彼は生涯を通して一度も刀を振るわなかったからだ。彼は己が拳ただ一つのみで戦い、一騎当千の武士として戦場を駆け巡った。 男には妻がいた。村一番の美人と評される心優しき妻であった。 しかし、ある日村は焼けた。男の生まれた国は攻められていた。 妻は焼け死んだ。男は嘆いた。 男は村を襲った武士を憎んだ。 男は村を焼いた敵国を憎んだ。 男は妻を助けなかった仏を憎んだ。 男は妻を奪った天を憎んだ。 男は、いつの間にか、異質な力を会得していた。それは、全霊の拳に鬼神のごとき力が宿る、というものであった。 男は怒りに任せ、その拳を振るった。 その拳は鎧を打ち砕いた。 その拳は岩を破壊した。 その拳は城門を崩壊させた。 その拳は城を倒壊させた。 弓も刀も鉄砲も、すべて気合で受けきった。 妻の苦しみはこんなものではなかったと、そう怒りながら。 男の拳も、その憎しみに呼応するように力を増していった。 やがてその拳は大地を砕いた。 やがてその拳は国を滅ぼした。 やがてその拳は天を裂いた。 裂かれた天からは、夜が零れ落ちた。妻を奪った天は、いくら裂いても妻を返してはくれなかった。 いくら裂いても、天はいつまでもいつまでも戻り続けた。 どうしてその回復力を妻に少しでも分けてくれなかったのか。 男は激怒した。 男は妻を奪った天を裂き続けた。 お前を許さない。この身滅ぶまで、お前を裂き続ける。 妻を返せと、そう恨みながら。 何十年も過ぎた。 年老いてもなお、男は生涯に渡り、天を裂き続けた。 体は衰えても、拳は衰えなかった。 ある日、男は拳を放った。 天は大きく裂けた。いつものように戻る気配がなかった。 男は喜んだ。ざまあみろ、俺の妻を奪ったからだ。 夜を零し続ける天に、男はそう叫んだ。いつまでもいつまでも。 瞬間。 男は叫ぶのを止めた。 妻は、生涯帰ってこなかった。 もう何もないです。その後はドラゴンボールで全部解決したってことにしてください。