※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 「素敵な御城ね。こんなにも立派な建物を造る人間って本当に素晴らしいわね。巨大な造形を思い描く頭、それを造り上げるという実行力と底なしの体力。これこそが、数多の繁栄を築き上げた理由ね」 くるくるくるり、と軽やかなステップを刻みながら歩く白い軍服を纏った一人の女。弾むような動きは彼女の心の楽しさを象徴し、ポニーテールに纏めた美しい髪も新体操で振られるリボンの如く。 女の服装がドレスの類であれば、彼女が歩く古城の雰囲気も相まって、領主か貴族の娘といっても過言ではないだろう。もっとも没落寸前の刻印を付けられることになる。 何故ならば、女が感激を上げて見回っている城は長く放棄されたかのように埃とクモの巣に塗れており、くすんだ金属の枠に嵌め込まれていたであろう綺麗な窓も割れて原型がない。 かつては常日頃から磨かれていたであろう石壁はすっかりと汚れを付け、酷く掠れた赤い絨毯は最早ただの布切れと化している。 嫉妬の区画へと踏み込んだ女──終戦乙女チームⅤのメルセ──は(フンフンと)廃れた古城の雰囲気に合わない陽気な鼻歌を上げ、硬い軍靴で絨毯越しの石床に軽快なタップ音を響かす。 作戦遂行中とは思えない緊張感の無さだが、逆に言えばこれだけ肝が据わった故に生まれる余裕さと冷静さこそが、メルセの持ち味。 同時に彼女が所属するチームの問題児──兎にも角にもキレやすい爆弾の様な“彼女”を御せれる由縁でもある。だが今メルセと件の彼女は別行動中であり、自分という制御役を失っている彼女が暴れ散らかしていないか、メルセは少し不安であった。 怒りのあまりにあっちこっちを拳で破壊してないといいけど。まあ、それなら相当な爆音が出るでしょうから、私が駆けつければ大丈夫かな。 そんなことを考えながらメルセは古城の内部を進む。彼女は、今作戦の目的であるロメルの確保を内心急いでいる。だが目的こそ同じでも、メルセの部隊がロメルを確保する理由は他のチームとは異なっている。 何としてでも、ロメルを一番に見つけなければならない。ただ、この九罪の箱庭の内部構造は予想以上に複雑で、結局メルセも完全に迷ってしまっていた。 「……おっと、何やら“如何にもな”場所にたどり着いたようね」 最早幾つ開けたかも分からぬ扉を開けると、そこはかなり広く造られた空間。数百人を詰めても窮屈さは感じられない広間は剥き出しの石壁と石床に覆われており、非常に貧相な見た目。 そんな広間の真ん中に大きな姿見鏡が、ぽつんと置かれているのだ。メルセでなくても勘の良い者であれば、この独特な雰囲気から“とある気配”を察せられるに違いない。 「俗っぽく言うなら、ボスのお出まし、かしらね」 何処となく昂揚した口調でメルセは姿見鏡に近づいて行く。やはり終戦乙女だけあってか彼女も、戦闘行為自体を嫌っている訳では無い。 無論、そこに正当な理由があればの話だが。 「にしても、随分と立派な鏡ね。ちょっと汚いけれど」 メルセは姿見鏡をしげしげと見つめる。くすんだ金の枠に嵌め込まれた鏡は永らく手入れをされていないせいか、べっとりとした埃に覆われた鏡面にメルセのぼやけた姿が浮かぶ。 白い軍服、美しく伸ばした髪、整った相貌は少し“邪さ”のある微かな笑みを浮かべていた。 鏡に映る微笑する自分の姿を、メルセは“真顔”で見つめたまま。元から不穏な気配を感じていただけに、この程度の薄味ホラーにメルセが怖がる理由もない。 『へぇ、怖がらないのね』 鏡に映る偽メルセは不満げだ。 「この世界は不思議なことばかりよ。鏡の中の私が勝手にお喋りした所で、怖いだなんて思わないわ」メルセはウィンクをして返す。 『ふぅん……だったら、これはどうかしら?』 鏡の中の偽メルセが邪悪な笑みを浮かべたまま、片手を(スッと)前に出すと──鏡面からぬっと出る指が金の枠を掴む。 演出こそホラー、されどメルセは動じない。むしろ面白そうなモノを見つけた子供に似た目の輝きを見せると、眼前の偽物を出迎えるかの様に数歩後退する。 「すっごいわね! 最近のアトラクションはとても凝っているわ! 頭の天辺から足の爪先まで瓜二つ、流石は鏡ってことかしら!」 『瓜二つ……そう思ったお前の目は随分と濁っているな? この身はお前の全てよりも──ずっと美しく強いのだぞ』 偽メルセが嘲り混じりに言うので、メルセは再度眼前の偽物をまじまじと見つめるも、やはりと普段の自分と相違ない。 しかしメルセは気づけていないが、鏡から現れた偽物は、肌艶も顔のパーツも体型も何もかもがメルセより上回っているのだと大抵の方なら気付く。 何せこの姿見鏡──妬みの鏡は鏡に映った対象よりも“より美しい姿”即ち上位互換としての姿を作り出す魔物。 では何故メルセがそれに気づけていないのかと言うと、単純に終戦乙女──もといワルキューレとは美醜に対する認識が著しく欠けている。 無論、人の魂を宿す終戦乙女の中には美醜の判断を有している者もいるが、メルセにはそれは伴わなかったのだ。 『ええい! 美醜の何たるかも分からぬ愚か者め!』 「気づけないのは申し訳ないと思うわ。でも、姿をそっくりそのまま映すべき鏡が──やっかみでより美しい姿を映すなんて“鏡としの職務放棄”ではないのかしら?」 ごもっともな言葉である。 核心を突いた言葉に衝撃を受けた偽メルセは暫し硬直するも、最終的にそんな事はどうでもよいと結論づけたのか、再び邪悪な笑みを見せながら取り出した(やけに派手な意匠の)剣をメルセへ突きつける。 『それなら──“私”がお前に取って代われば良いだけの話』 メルセなら決して他人には見せない、偽メルセの憤慨した態度。瓜二つの外見を持つ相手がこともあろうに自分の目の前で、怒り狂っている様(しかも自分なら決して腹を立てない内容で)を見せつけられる。 自分という存在の解釈違いを目の当たりにする、という中々に不可思議な体験。人によっては嫌悪感を抱くかもしれないが、当のメルセには妬みの写し身の行動は一貫してユーモラスある面白い存在でしかない。 しかし、流石に“取って代わろう”と言われれば徹底的に抗うつもりだ。尤もそれは自分という唯一無二の存在としての意義を守る為だとか、自分と“同等或いはそれ以上の能力”を有する存在との戦い、等の高尚な目的は持っていない。 単純に──あの火が点きやすい火薬庫みたいな彼女を筆頭に、手のかかる問題児ばかりの仲間たちの面倒を、妬みの鏡が見れる訳が無いという認識のみ。 「良いわね、その意気受けて立つわ! オリジナルとしての重みを“お姉さんが”見せてあげるわ!」 メルセが普段は隠している自慢の武器である一振りの剣を取り出す。飾り気の無い無骨な剣だが、よくよく見ると全体的な形状は偽メルセの剣と似ている。 妬みの鏡は、鏡に映ったモノ以外でもコピーし、尚且つより優れたモノへ変化させる事が可能なようだ。となると、メルセ自身の身体能力も当然偽物の方が秀でているに違いない。 カタログスペックの点だけで見れば、偽メルセの方に軍配が上がるだろう。しかしメルセはこれを、一風変わったミラーマッチ程度にしか考えていない。 さて偽メルセが剣を持ったまま攻めて来ない所から、メルセの能力もコピーされているのは明確。 メルセの能力の性質上、後攻にならざるを得ない。しかしお互いに待ったまま睨み合うのも面白くない──何より時間を無駄にするのは今のメルセには最も避けたいこと。 「それじゃあ──楽しい“ラリー”を始めましょうか」 メルセはウィンクをすると、勢い良く駆け出して剣を振り上げる。すると偽メルセが“見慣れた構え”を見せ、迫ってきた剣の一撃を持っていた剣で防ぐ。 喧しい金属音は激闘の開幕の合図。 刹那、メルセの一撃を受け止めた剣を偽メルセは滑らせながら、自身の身体も大きく横に反らす。 『悪いけど、お前の趣味に付き合う気はない。私がお前の上位互換であることをその身に叩き込んでやる』 偽メルセは(ニッと)歯を露わにして笑う。同時に彼女が握る剣がメルセの剣を(ギャリギャリと)削るように滑り──まるで鞘から刀を勢いよく抜く様に偽メルセは返す形で剣を振るう。 力で押さえつけられたバネが、その押さえ込む力を倍返す程に弾む如く──偽メルセはメルセの一撃を何倍にもして返す。 メルセの能力である【捲土返撃】によるカウンター攻撃──それを偽メルセは“予想通り”使用してきた。 尤も倍どころか三倍、四倍、いやそれ以上の威力となっている辺り、妬みの写し身が“オリジナル”をより勝る形でコピーすることが証明された。 そう──証明されたのだ。 「──だから、どうしたのかしら?」 顔色ひとつ変えずにメルセは、偽メルセが【捲土返撃】で返した攻撃を同じく【捲土返撃】でさらに返す。 まさか返されるとは思わなかった偽メルセは、その攻撃を返しきれずに大きく体勢を崩しながら後ずさる。 「この世界は広いのよ。貴方が能力を使ってやっと出せる威力の攻撃を──その辺の魔物が普通に出してくるほど、この世界はインフレーションに満ちているの」 メルセの言いたい事を察したのか、偽メルセは──いや妬みの鏡は血を抜かれた様に顔を青ざめさせる。 「そんな魔物とお姉さんは戦ってきたのよ──貴方が如何にお姉さんの上位互換であろうと、積み重ねてきた経験に育てられた技術までは模倣できない」 メルセは微笑んでいる。 背筋が凍る程の微笑み。 まるで蛇に睨まれた蛙の如く。偽メルセは全身を硬直させて、ただ口元のみを恐怖の震えで慄かせる。 「それじゃあお姉さんと一緒に──今度は十回まで続けてみましょ!」 先程と同じくメルセは自分から攻撃を仕掛ける。普段から後手に回ることが殆どだからこそ、自分が先手を打てることに彼女は静かに歓喜をしていた。 もっともメルセの歓喜は。 偽メルセにすれば単なる狂気なのだが。 『おのれ──何故、私がここまで追いつめられる。私はお前よりも、優れた存在なのにぃッ!』 必死に偽メルセは食らいついて行くも、如何に能力が勝っているとは言え、経験の面ではメルセが遥か上をいっていることに変わりない。 それでも互いの能力が発動するたびに跳ね上がっていく攻撃を死にもの狂いで返していく偽メルセ。攻撃を返す度に目の前のメルセが目を輝かせて楽しんでくる様は、今の偽メルセにとっては悍ましいホラー映画そのもの。 しかし、偽メルセの粘りも空しく。 ミスをすれば即座に死がやって来る恐怖のラリーは終わりを迎えつつある。十を超えて、最早何回目かも分からぬメルセの攻撃を返した偽メルセだが、疲労と恐怖で増幅された緊張が彼女の姿勢を僅かに崩した。 その隙をメルセは見逃さない。 【捲土返撃】で凄まじい威力と化した一撃を剣に乗せて、容赦なく振り下ろす。 「最後に一つ。お姉さんの一人称、ずっと間違えているわよ──それじゃあ、Ciao!」 メルセの一撃が偽メルセを唐竹割りに葬る。その衝撃たるや凄まじく、まるで隕石でも衝突したかのような震動が区画内を大きく揺らす。 真っ二つに一刀両断された偽メルセの全身は砕けた硝子の如く飛散するに留まらず、彼女を生み出した妬みの鏡すらも巻き込んで粉々に。 大きく亀裂の入った石床には“あの姿見鏡”の残骸すらない。久々に楽しいと思える戦闘を終えたメルセだったが、彼女があの鏡の魔物の末路に同情する間もなく、遠方から爆発音が響く。 馴染みのある音にメルセは急いで区画を出る。怒りに満ちた彼女がロメルと遭遇すれば、どうなるかは自明の理。 「幾らかは我慢してくれると助かるけど……まあ、怒りを力に変えるのがエトナちゃんのやり方だもんね。さて、急いで行かないと」 剣を片手にメルセは駆け出した。