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ソラバハル

 ソラハバル___、"滅びの獣"ソラハバル……  奴らは破滅をもたらす処刑人、あらゆる種族を滅ぼしたと"語られる"。  その実、人狼である。しかし、とても特殊な人狼である。  奴らは伝説上では地の果て、又は奈落から這い出てきたと言われている。奴らの出自をいくら研究者が辿ろうが謎なのだ。だから、伝説として語られている。奴らは、この世の存在ではない___と、人々の大半がそう実しやかに語り継いでいる。  「と、語られる奴がこいつとは………」  ひどく溜息をつく男、ガラス越し___一人の少女、いや……一匹の化け物が笑う。  「そうじゃな!、滅びのなんたらと恐れられた我らではあるが今や絶滅寸前じゃ!、他種族を滅ぼす前にこちらが滅ぼされてしまうところなのじゃ!、ワハハハハ___って、笑っとる場合かっ!」  この愉快な獣は、たしか先日だったか……保護したソラハバルである。怪我をしている様子だったが、ほんの数日でこの通り元気ビンビンである。今やソラハバルは"絶滅危惧種族"に関する保護条約によって守らなければならない位置にある。ここまで奴らが衰退した理由は___、  「しかし、主らの作ったヘイキ…?、とやらは凄いの!、たしかセイミン?、いや……セミだったかの?」  「違う、聖銀だ」  「そうじゃ!、それじゃ!、そのセイギンとやらは誠に恐ろしいものじゃった!」  人類は、単純な力比べでは数多の種族の底辺に位置する存在であると断言していい。しかし、人間は弱者であれど、馬鹿ではない。人間は武装し、果てには兵器を生み出した。  科学が生んだ絶滅兵器、その名も"聖銀"の発明を前後に種族間の力関係は一転した。  聖銀とは、銀に類似した特殊な金属である。その特性は原始レベルで分裂する程の極端な脆さにある。砕けた聖銀から飛び散った破片が細胞を貫く、更には原子核にすら突き刺さる程に細かく分裂した棘となって生物の全身を襲う。  それは、どんな頑丈な皮膚を有した生物だろうと容易に殺す、まさに神話で語られる必殺の槍"ゲイボルグ"のようであると人々は口早に語った。  だがしかし、聖銀の性質上、至近距離での行使は使用者を巻き込んだ諸刃の剣。だからこそ、人類は"ミサイル"と呼ばれる飛行兵器を生み出した。ミサイルの着弾と同時に爆風に吹かれた聖銀の破片が周辺に飛び散り、あらゆる生物を原子レベルから肉体をズタズタに引き裂く光景は、まさに地獄の様相であったと後に聖銀の発見者"リカッド・カルーラ氏"は語った。  「そうじゃな……、まさに全身を針でズタズタに突き刺されたようなのじゃ!、しかも何処からともなく流血するわ、血が全く止まらんわで死にかけたものじゃ」  「いや、何で生きてんだよ……!」  聖銀に曝露された者が生き残った、という報告は今の今まで一つもない。あり得ない、もしも証言が本当であれば奇跡の範疇を超えている。  「俺は信じない、お前の話には信憑性が全くないからな」  「なんじゃ小童、年寄りの話には耳を傾けるものじゃぞ?」  俺は少しムッとした表情を浮かべていた。  「38だ、小童じゃない……それに、お前の方はどうなんだ?」  「ワシか?、えーと、たしか指が10……足を含めて20じゃからの……」  瞬間、俺は目を見開いた。  「374歳じゃ!、ワシの方が年上なのじゃ!」  あり得ない、現在でも確認されている個体の最高齢は245歳である。それに、400年近くも生きてきたという事は……まさか、あの戦争を知っているのか!?  「獣狩り………」  「んっ?、何じゃソレは?、菓子か?、それともお前のつがいか?」  「戦争だよ、お前らと人類が起こした最大にして最後の戦争。そして、人類が初めて聖銀を実戦投下した戦争だ」  目の前のソラハバルの両方の耳がピクリと揺れる。  「人間、お前達はそんな風に呼んでいたのじゃな、ワシらの言葉で表すなら……そうじゃな」  獣の唸りに類似した声、人間の出せるそれではない。ソラハバル特有の声、"滅びの叫び"の一種であろうか。  「まぁ、人間の言葉を借りるなら"死"じゃな」  「死……?」  ソラハバルは、不意に語り出す___。  「ワシはあの日、死を見た、そして……味わった」  ___ゴクリ……!  俺は固唾を飲んだ、あの戦争を知る唯一の存在と言っていい歴史の語り部が視線の先にいるのだ。心臓の高鳴りを感じた、五感の全てが彼女を凝視していた。  「ワシは、まだまだ現役で今より血気盛んで馬鹿みたいに戦い、戦友と共に人間共を狩り尽くした___」  これは歴史の一端、そんな一瞬に等しい出来事。  獣は語る、過去を語る、歴史を語る。  「むぅ、何やら悪い気配がするのじゃ……」  山頂の端っこ、一匹のソラハバルが遠くで繰り広げられる戦況をジッと見ていた。  「何だよ悪い気配って?」  もう一匹、ソラハバルがいた。  「んー、悪いものは、それは悪いものじゃよ」  「いや、それじゃあ分かんないってば」  呆れた表情を浮かべた。  「やはり、今日のところは撤退した方がいい気がするのじゃ」  「でも、アンタんところの娘が前線で戦ってるんだろ?、もう少しここで待っていた方がいいんじゃない?」  「むぅ、それもそうじゃな___」  視界の端、かなり遠くの場所からの強烈の光。爆風がこちらまで吹き付け、思わず耳元を閉じて爆風に耐える。  風が止んだ___、  「な、なな、何なのじゃ今のは___!、見たか今のを!」  不意に仲間の方に向く、途端に目を見開いた。その顔からはダラダラと血を流していた。自身の体を見下ろしてみる、皮膚の所々から出血が見られたと同時に激痛が走る___ッ!!?  「ガハッ……!?、なんじゃ…これは!」  視界が赤く染まり、地面に倒れ伏した。  息が出来ない、吸おうとすると肺が引き裂かれたかのように激痛が走るのだ。  「ぐっ……、フ……」  再び閃光が爆ぜる、吹き荒れる強風と共に全身がズタズタに切り裂かれていく。  意識は……、そこで途切れていた。  「ぐっ……、こ…あ」  一匹のソラバハルは身を起こす、先程の雌のソラバハルである。  片目をやられた、何も見えない。  脚が上手く動かせない、立とうとして地面に崩れ落ちる。  「何が……あったのじゃ…」  口元から血が垂れる、地面が赤く染まっていく。  「くっ………、戦況は…」  無理に顔を上げる、そして身をこわばらせた。  とっくに戦争など終わっていた、遠くに見えるのは仲間の死体と……それを踏み越えて歩く人間どもの姿だけである。  「は……ははは…な、何なのじゃ……これは何なのじゃあ!」  ソラバハルが吠える、理解が追いつかない。  一発の銃弾が頬を掠める、人間に見つかったらしい。  「ぐっ……、退却しかないのじゃ!」  動かぬ脚で無理矢理に四つ足をついて走り出す、幾つかの銃声が耳元で聞こえてくる。  しかし、それらを今までの経験と勘だけで回避すると暗い森奥へと姿をくらました。  とある大木に登り、その枝の上で身を休ませる。  ソラバハルの再生能力を以てして出血が止まらない、ふらつく意識の中で彼女は呟いた。  「娘は………サバルはどうなった…」  それは世にも珍しい金毛を纏いしソラバハルの事である、通常のソラバハルは銀色に輝く髪と毛を有して生まれる。  しかし、彼女の娘は同族とは違った。  娘の髪は小麦畑のように太陽の下で一際輝いていた。そして、彼女の声は夜風に轟く同族の声とは異なり、昼間にさえずる小鳥のように美しいものである。  死の間際、娘の無事を案ずる表情は母親のそれである。  「か……ぁ…」  不意に力が抜けた、枝から滑り落ちた彼女の肉体が地面に向かって落下する。  鼻をくすぐる臭い、これは野草の臭いか……?  「な、何なのじゃ……」  焚き火の音に耳を傾ける、誰かがいた。  ボヤけた視界で周囲を見渡す。  この臭いは……ッ!  「人間ッ!?」  とっさに相手の首を鷲掴むと壁に押し付ける。それと同時に今いる此処が洞窟である事、そして例の人間が幼き少女である事が分かった。  「た、食べないで……ください…」  「あ、いや……すまぬのじゃ」  少女の涙、思わず身を引いてしまった。  相手が人間と言えど、子供を殺すほど憎しみに溺れてはいない。  ふと自身の体を見回す、少しばかり手荒ではあるが治療を受けた形跡がある。すり潰された薬草の臭いが全身から溢れてくる。  「な、何なのじゃ、この臭いは……」  「サフラバランの花だよ、傷薬の材料とかになったりするの……あとは」  急に少女の声がゴニョゴニョとして聞き取れなかったが、耳を真っ赤にしていたので余計な事は聞かないでおこう……  「人間、名は何というのじゃ?」  地面に座り直し、少女に名を聞く。  すると少女は……、  「ヤイフェ、ただのヤイフェだよ」  「ヤイフェ?、面倒だからヤイと呼ぶぞ」  少女は頷いた、これが少女改めてヤイとの出会いである。  「ヤイ!、今日は大収穫なのじゃ!」  鹿を捕まえた。この辺では戦争の影響で姿を見なかったが、この日は運が良かったらしい。  ソラバハル、改めてビアは笑った。  「鹿は上手いぞ!、特にツノがな!」  そう言ってへし折ったツノに歯を立てる。  ____バギッ……、ゴギメキバキ…!  「この歯応え、上手いのじゃ!」  ヤイはその様子に微笑んだ。  「良かったです、これで今日はお腹を空かせなくて済みますね」  やつれた頬、無理に笑ってみせる。  「よし!、さっそく焼くぞ!」  と、言いつつ生肉を摘み食いするソラバハルが一匹。  「ヤイ!、肉が焼けたぞ!、それにしても毎食ごとに火を通す必要があるとは、人間とは不便なものじゃの」  しかし、ヤイからの返事はない。  「んっ、どうしたのじゃ?」  焚き火から目を逸らす、背後にいるヤイの方へと振り返る。  倒れた少女、吐血していた。  「ヤイ……ッ!」  少女に駆け寄る。返事がない、意識は朦朧としている。  「くっ……!」  ソラバハルが駆け寄る、少女を背にして木々の間を駆けていく。    とある小屋を見つけた、そこには人間がいた。  そして、人間は笑った。  「はははっ!、ただの過度な疲労と栄養不足ですよ」  そう言って老人は立ち上がる、それから少女はベッドで安静にしている。  「うむ、この子は戦争孤児というやつですかな?」  老人からの問い、人間とソラバハルの戦争によって多くの者が行き場を失った。もしかすると、彼女もその一人なのかもしれない。  「まったく…、心配して損したのじゃ!、これだから人間は嫌いなのじゃ!」  と、不機嫌そうな表情を見せた。  老人は呟く。  「ですが、心配はしていたのですな?」  「当然じゃ!、相手は人間と言えども子供なのじゃ!、心配をするのは当たり前じゃろ?」  「はははっ、何とも掴みどころがない方ですな」  老人はそう言って笑ったのだった。  「しかし、お前も人間の割に変じゃのう?、ワシを見ても逃げないし怒らないのは不思議じゃ」  石を投げつけられなかったのは初めての経験である。普通の人間はソラバハルを憎み、そして恐れているのだから……  「歳を取ると、死が真近にあるせいで大抵の事では動じなくなるのですよ」  老人からの返事、ビアはテーブルにある写真立てを見下ろした。  「おい、これはお前の子供か?」  「あぁ、セファルの事ですか………はい、たしかに私の息子ではありますが、随分と前に戦争で亡くなったんですよ」  ビアは写真立てを手に取る、まだ幾分か若い頃の老人と軍服に身を包んだ青年の写真、その顔は勇気と誇りに満ちていた。  ビアは……口を開く。  「お前は…、ワシが憎くはないのか?」  最初に出た言葉、きっと息子はソラバハルの手で殺されたのだろう。  老人は呟いた。  「憎くない……と、言えば嘘になりますかね」  瞬間、ビアの瞳孔が開き、戦闘態勢に入る。  「しかし、過ぎた事を掘り返すほどに愚かでもありませんよ」  そう言って老人は柔らかに笑った。  「まぁ、ですが……息子を亡くした日から今日この日まで猟銃の手入れを怠った事はありません。悲しい事に……今も私は、あの日に囚われたままなのかもしれませんね」  チラリと暖炉の方を見入る、壁に立て掛けられた猟銃が目に入る。  「お前は、あの猟銃でワシを撃ち殺したいか?」  突然の事に老人は笑った。  「ははは、ご冗談を…………それに私にあなたを殺す気なんてありませんよ、だって息子は貴女に殺されたわけではない。だって息子は、"戦争に殺された"のですから」  乾いた笑い声、老人は力無く笑う。  「そうか………」  ビアは小さく返事を返した。  そして語り始める____、  「ワシはな……、親というものを知らぬのじゃ」  ソラバハルの生態は"群れ"が基本である、いつ何時であっても群れで行動を共にし、群れで食事をし、群れで交わり、群れで子育てをする。  だから、誰が誰の子かなんて分からない。  生まれた時、皆が兄弟のように育てられる。  しかし、ただ一匹は違った。  「ワシはな……幼い頃は周りより一際体が小さくてな、おまけに生まれたばかりの頃なんかは脚が弱くての……、群れからしてみれば邪魔者だったのじゃ」  いつも腹を空かせていた、いつも残飯のような獲物の食べ残しに食らいつく日々。  仲間などいなかった、腹を空かせた身で狩りなど出来るはずもなく、蹴られぬように岩影に隠れてばかりの日々である。  「ワシが群れに迎えられたのは、かなり後からじゃった」  "獣の叫び"、ソラバハル特有の鳴き声の事である。  「ワシは、幸運にも鳴き声だけは達者でな、あらゆる魂を震わせる力があったのじゃ」  不意に鳴いてみせた、その鳴き声が家屋に木霊すると同時に老人の魂を震わせた。首元にナイフを突きつけられたかのような冷たい声である、その鳴き声は全ての存在を殺してみせるだろう。  「ソラバハルの中でも限られた者しか発せぬ這い寄る死声、たしか人語では"鳴響"と言われていた気がするのじゃ?」  あらゆる存在を射殺す"鳴響"のソラバハル、その力で彼女はのし上がってみせた。  「この力で何百……いや、何千、何万という人間を殺してきた」  ビアは一旦、口を噤む。  「…………ワシは、お前らの敵なのじゃ……そうでなければワシではない!、ワシは戦争で躊躇なく人間どもを殺した!、そこまでしたワシをお前は撃たぬというのか____ッ!!」  床を踏み鳴らし、壁にある猟銃を掴むと老人の足元に投げつけた。  鼻息を荒くし、ビアは叫ぶ。  「ワシを撃て!、こんな獣風情など撃ち殺してしまえばいいのじゃ!」  しかし、老人は首を横に振った。  「お断りさせていただきます」  思わず叫ぶ。  「何故じゃ……ッ!?」  怒りの籠った目で老人を睨む、だか老人は微笑んだかと思うと静かに呟く。  「出来ません、私に弾ける引き金などありはしませんよ」  すると、老人は床から猟銃を拾い、懐かしむような表情を見せた。  「これは……私が小さい頃に父から受け継いだものです。そして、幼い頃より耳が痛くなる程に父から言い聞かされてきた事があります。それはですね____、」  "この銃は、獣を殺せるだけの銃だ"  「最初、私はこの意味が分かりませんでした。しかし、亡き父から受け継いだ後、家庭を持った私ならば分かります」  老人は優しげにビアの方を見た。  「あなたは獣などではございません、あなたは心の優しい立派な方です」  そして、老人は猟銃を抱えたまま椅子に腰掛ける。  「この銃にあなたのような方を撃てやしませんよ、ずっと……この先もね」  ビアは静かに問いた。  「ならば問おう、ワシは……此度の戦争で仲間を…居場所を…娘を失った……、そんなワシに何が残されているというのか…」  それに対して、老人は静かに説いた。  「ならば、生きてみるしかありません。生き続けた後、最後に自分自身の手に残ったものをご覧なさい」  ソラバハルは問いた。  「そんな……、そんなもので何が分かるというのか!」  人間は説いた。  「大丈夫、きっと素晴らしいものが残されていますよ」  老人は再び微笑んだ、その表情に嘘偽りなど存在しない。  ビアは思わず溜息をついた。  「話に付き合いきれん、これだから人間は……」  「はははっ!、だからこそ"人間"なのですよ」  老人の笑い声が小屋に木霊する。  「もう去るのですか?」  老人は問いた。  「あぁ、やはり人間の住処にソラバハルがいるのはおかしいのじゃ。それより、ヤイの事は頼んだのじゃ」  「はい、頼まれましたとも」  老人は優しく笑った。  「最後に質問があります」  老人は再び問いた。  「何じゃ?」  「あなたは、これからどうするつもりですか?」  ソラバハルは考える。  「むー、ワシらはいずれは人間どもに狩られるが運命じゃ、ならば最後まで獣らしく暴れてみせるだけじゃ」  「まさか、まだ戦うつもりですか?」  「さぁな……しかし、我が身に降りかかる火の粉ぐらいはワシの力で払わなくてはな」  視線が森に向く、人間どもの視線、ぞろぞろと姿を現した。  「そこの獣!、大人しく降参して人質を解放しろ」  現れた軍兵からの声、照準がこちらを捉えていた。  「人質じゃと?」  ふいに老人の方を振り返る。  「ははは、どうやら私はお邪魔なようだ」  老人は静かに家の中へと去っていく、どうやら裏切られたらしい。  「そうか……、しょせん人間など」  ソラバハルは牙を剥く  「誠にワシを苛立たせる!」  飛び交う銃弾、一人の軍兵の首に噛みついては食いちぎる。  数発の銃弾が肉体に撃ち込まれた、しかし獣は止まらない。  「ぬるいは……ッ!!」  爪が人間どもを切り裂く、悲鳴を浴びながら逃走経路を模索する。  「あそこじゃ!」  開いた活路へと駆け出す、だが照準は既にソラバハルを捉えていた。  ____バァン……ッ!!  だがしかし、獣は止まらない。むしろ、先程の銃声に続いて聞こえたのは人間の呻き声である。  「貴様!、誰を撃っているッ!」  軍兵が叫ぶ、その先には猟銃を構えた老人の姿。  老人は笑う。  「これは失礼を、歳のせいで照準が逸れてしまいましてな」  老人は平謝りの表情で笑う、今の出来事の間に一匹の獣は暗い森奥へと姿を消していた。  「と、まぁ……その後のワシは敗走の日々を過ごしておったわけじゃよ」  そして、獣は口を噤んだ。  俺はソラバハルの話を聞いていて、ふと疑問に思った事がある。  「黄金のソラバハル……?」  話の合間に出てきたソラバハル、たしか資料で読んだ事がある。  「おー、ワシの娘か?、あやつはワシ以上の"鳴響"の持ち主じゃったよ、それにワシと違って凄く強くての……いつも戦争の最前線で戦っておったよ、たしかソラバハルの間でこう呼ばれていたのじゃ____」  獣の声で呟かれた言葉、何と言ったのかは分からない。  「何と言ったんだ?」  俺は疑問を口にする。  すると、ソラバハルは少しだけ考え込む、そして語り出した。  「そうじゃな、お前らの言葉で現すのなら、あやつは正しく____」  ____"雷鳴"じゃよ…!  俺は持っていた端末を操作する、無数の資料を抱えた状態で"あの獣"と再び面会する。  「おー、小童ではないか!、久しぶりじゃのう」  「何だ?、会えなくて寂しかったのか?」  そう言って揶揄ってやるとソラバハルは笑った。  「ワハハハハ!、それを言うなら小童の方がワシに会えなく寂しかったのじゃろ?」  俺は少しだけムッ…とした。  「しかし小童よ、お前ら人間は"ぷらいばしー"に対する配慮がなっておらんのじゃ、こんなガラスの檻の中で監視され続けるのは、さすがのワシでも恥ずかしいのじゃ」  その言葉に俺は笑った。  「へー、お前にも恥じらいがあるとはな」  「何じゃ?、ならば小童よ、ワシの発情期でも観察するかの?」  そう言ってソラバハルは笑った。  「お前まだ発情期とかあるのかよ!?」  「ソラバハルは死ぬまで若い肉体を保つからの、死期が来るまでは何匹でも子を産み落とせるのじゃよ」  俺は新事実をメモに書き留めつつ、資料を床にぶちまけた。  「何じゃコレは?」  「お前の娘に関する資料だよ、全部見つけるのに一カ月も掛かったぞ」  そして、俺は端末の画面をガラスに押し当てた。  一つの動画がソラバハルの目に映る。  とある一匹のソラバハル、戦場にて黄金の毛を靡かせたソラバハルの姿である。  「ほら、お前の話してたやつだろ?」  その言葉にソラバハルは何も返さず端末の画面を凝視していた。敵を何人も屠る姿は化け物同然、その鳴き声は美しくも周囲の存在を射殺していく。  しかし、その近くで閃光が走る。  まだ実験段階であった"聖銀"の一撃、爆風がそのソラバハルを飲み込んだ所で動画は途切れていた。  「残念だが、俺が探せたのはここまでだ……残念なことだが、その後に死亡した事が確認されている」  そう言って端末を檻から離した、するとソラバハルの視線が離れゆく端末を追っていく。  そして____、  「そうか……、やはり娘はあの時の爆発に巻き込まれて…」  泣いていた、あのソラバハルが涙を流していたのである。  「ワシはな、どこかで娘が生きているのではないかと思って今まで生きてきた……、だが……そうか……そうか………」  噛み締めるような声、震えていた。  「あと、サンプルとして採取されていたものがあるのだが……」  俺は懐から小瓶を取り出して見せた、ソラバハルは目を見開いていた。  「当時に採取された毛の一部らしい、やはり当時でも黄金のソラバハルは珍しかったらしくてな。しかし、どうやら肉体に関しては損傷が酷いせいでサンプルは取れなかったらしい」  そう言って小瓶をソラバハルの前に置いた、ソラバハルの両手がガラスに貼り付いたかと思うとガラスに頬を押し付けて小瓶を凝視する。  今も尚、輝きを失うことなく黄金に輝く綺麗な毛束が入っていた。  「間違いない、ワシの娘……サバルのものじゃ」  「だろうな、黄金のソラバハルなんて歴史上で一匹しか確認されていないからな」  そう言って俺は小瓶を床から拾い上げる、ソラバハルは叫ぶ。  「それをどうするつもりじゃ…!」  「どうって……、これも保管されてある研究資料の一つだからな、元あった場所に戻すだけだ」  そう言うと俺はその場を去ろうとする、しかし背後でソラバハルの声が聞こえた。  「返せ!、それを今すぐに返すのじゃ!、ワシの娘を返せ!」  ガラスに頭を擦り付け、握った拳がガラスを打つ。  「返せ…か、それは出来ない相談だな」  俺はそう言って小瓶を懐にしまい、ソラバハルを見据えた。あのソラバハルが感情を剥き出しにしていた、いつもの飄々とした表情は崩れている。鼻息を荒くし、俺を噛み殺さんとばかりに牙を剥いた眼光がこちらを睨みつけている。  俺は頭を掻くと、一つ提案を持ちかけた。  「だが……、これを返す代わりにお前に提案がある。もちろん、悪い話ではない……まぁ、これを受け入れるかはお前次第だがな」  俺は獣を見据えてそう呟いた。  ____あれから数ヶ月が経った。  「対象の健康状態は?」  「良好です、精神状態も安定していて今のところは問題ありません。」  「そうか、では引き続き確認を頼んだぞ」  俺はそう言って、監視カメラの映像に目を向けた。  例のソラバハル、そして____  「母!、母ッ!」  小さい、そして黄金の毛を有したソラバハルが母と呼んだ存在に飛びついた。  「おーよしよし、お前はワシに似て元気な子じゃな!、将来は立派に育つんじゃぞ」  "人造ソラバハル計画"、今や絶滅寸前にまで頭数を減らしたソラバハルを人工的に増やそうとする人類の計画だ。全く……人間とは傲慢なものである、あらゆる生命を弄んでは神でもなった気でいるらしい。  そう俺は心の中で呟くと、マイクに向かって語りかける。  『ビア、そっちの調子はどうだ?』  「んっ?、何じゃいお前さんか!、相変わらず問題なしじゃよ!」  すると、子供の声が聞こえてくる。  「父!、父ッ!」  『違う!、俺はただの研究者だ!』  そんなやり取りに一匹のソラバハルは笑ってみせた。  「ワハハハハ!、どうやら気に入られたようじゃの」  "人造ソラバハル第一号・サバル"、その育ての親として彼女を採用したが俺の判断に間違いはなかったらしい。  しかも、今回の個体に関しては____  「よぉしサバル!、いつものをやるぞ!」  「うん!、母!、やる!」  その言葉に俺は全員に指示を飛ばした。  「全員、耳を塞いで床に伏せろ!」  その瞬間、二匹の獣の叫びが研究所を大きく揺らした。"鳴響"のソラバハルによる重複した鳴き声の共鳴、これは通常の鳴き声の何倍もの声量を発揮する鳴響のソラバハル同士に許された生命殺しの発声である。  「全員……無事か…?」  まったく……毎度、これをやられる身にもなってくれよ……  そう言って俺は心の中で苦笑する。  「どうじゃ小童!、今回のは特に凄かったじゃろ!」  「父!、すごい!、じゃろ!」  カメラ越しに笑っている二匹のソラバハル。  「これは……先が思いやられるぞ…」  と、苦笑いを溢した。  しかし、これはこれで……悪くはないかもしれない。  人間とソラバハル、それらを分つは憎しみか……それとも両者の本質か……、もしかすると争いの連鎖は断ち切ることが出来ない運命なのかもしれない。  だが然して希望せよ、この物語の果てに待つのはハッピーエンドこそが相応しいのだから……!  と、いう事で____  「ワハハハハ!、ワシらの冒険はこれからなのじゃ!、さらばじゃ読者よ」  「さらば!、さらばッ!、なのじゃ〜!」  『そこの二匹!、勝手に物語を良い感じで締めるものじゃありません!、ってか急なメタ発言はやめなさい!』 [完。]