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【F-02-70】黒鳥の夢(妹)

エリヤには、大勢の家族がいました。貧しかった両親は、彼女に何もしてやれないといつも言っていました。 それでも彼女はとても誠実で、勤勉でした。 その宝石のような美徳は今のところ役に立たないかも知れませんが、きっと良い結末をもたらしてくれる事でしょう。ある日の事、街は濃い霧に覆われていました。 はじめは自然現象だろうと思われていたその灰色の霧は、数日が経過しても消える事はありませんでした。何人かの住民が、このままでは方向感覚を失ってしまうと注意しましたが、大部分はこれを無視し、霧の中で働いていました。 エリヤも、その中の一人です。 彼女の家は多額の借金を抱えていて、そして働く事ができたのは家族の中で唯一彼女だけでした。 彼女には多くの兄がいましたが、彼らは度重なる失敗の後に、心が壊れてしまっていたのです。 エリヤには休む暇もありませんでしたが、自分が少しでも他人より多く働く事で、まるで彼女の両親が読んで聞かせてくれたおとぎ話のように、きっと最後にはうまくいくはずだと、そう願っていました。 白い翼を広げる白鳥のように、みんなが羨ましがるような結末を迎えられるはずだと。住民の中には、霧を避けて街を出ていく人もいました。 街に残った人はみな、口々に「この街は終わりだ」と言いました。しかしエリヤは聞く耳も持ちません。 度々彼女は吐き気を催し、体中に水ぶくれができました。 あと少し。もう少しの辛抱で、イラクサで作った服が完成する...... 愛する兄たちに服をプレゼントすれば、きっと自分を取り戻すはずだ、ほんの少しの間であっても......ある仕事帰りの日の事です。彼女が歩いていると、通りすがりの人とぶつかりました。 その人はそのまま転んでしまったので、彼女は手を差し伸べて助けようとしました。 しかしその人はエリヤを拒み、立ち上がって、数歩歩いて...... そしてまた膝から崩れ落ちました。 まるで何かから逃げているような態度が気になったエリヤは、その人を引き止めました。 エリヤは何があったのか問いただそうとしましたが、見知らぬその人は口をほんのすこし開くだけで一言も喋りません。エリヤは返事を待ち続けます。見知らぬ人は返答を拒んでいるようです。 刹那、彼の体から血液と緑色のドロドロしたものが混ざったような液体が流れ出てきました。 まずは口から。そして、耳と目から。 もしもそれが口だけから出ていたのであれば、きっとエリヤはその人を介抱していた事でしょう。 遠くからうなり声が聞こえた彼女は、見知らぬ人から離れ、ゆっくりと歩き去っていきました。 黒鳥が、白鳥になった夢から覚めた時、何が起こるのでしょうか? 霧の中に、大勢の人が倒れています。 ある人は叫び、ある人は笑い、ある人は棍棒を振り回し...... そして、ある人は絶望して蹲っていました。 黒く湿って、異臭のする塊が、足跡と共に辺り一面に散らばっていました。 彼女は兄たちを探し始めました。 イラクサの服を着せて、霧の影響を受けないようにさせなければ。 彼女の家族は、家族一緒に幸せになる事を夢見ていたのですから。 そして、彼女はやっとの思いで遠くに兄弟を見つけました。 途端、エリヤはひざまずき、他の住人たちと同じく嘔吐し始めました。 沢山の白鳥が飛び立ったかのように、その湖面に静かな波が立ちました......