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【街角の探偵】レイチェル

「聞いた? ローラ。黄昏の森の奥には、こわぁい怪物が住んでるって!」  白樺の森の小さな教会から続く、長閑な小道。金髪のポニーテールを揺らしながら歩く少女、レイチェルは、自分より三つも年下の可愛らしい友人に向けて、熊の様に両手を広げておどけてみせた。ニタニタしているレイチェルを見て、ローラは人形の様にふわふわしたブロンドを風に流しながら、不服そうに聞き返す。 「怪物?」 「あれ?ゾフィさんから聞いてない?」 「……おばあちゃんは、あの森に入ったらいけないって」  不満げに語るローラの反応を見て、レイチェルはクスッと笑う。幼い頃から草花を好み、放っておけば何処まででも花の匂いに釣られて駆けていってしまうローラが、あの立入禁止の森に興味を惹かれないはずがない、とレイチェルは思っていたからだ。勿論、好奇心旺盛と言う点に関しては、レイチェルだって負けてない。 「私もあの森には行ったことが無いけど、噂は色々集めたよ。怪物の他にも、御伽話に出てくる様な幻想的な花園があるとか、山賊が隠した金銀財宝が眠ってるとか」 「ないない、そんなの」 「なーんでそんな事言い切れるのよ?」 「……そ、れは。ある訳ないって言ってるの。レイチェルったら、夢の見すぎ」  それはどちらかと言えば普段、夢を見がちなローラが大人達からよく揶揄されている言葉だった。その意趣返しのつもりなのか、彼女らしくない返答にレイチェルはまたカラカラと笑う。 「夢見たって良いじゃないの」 「……それはわたしもそう思う」 「それにね。ここだけの話、あの森に私はいつか入る気でいるの! 国に立入許可を申請して、強い護衛を雇って、隠されし金銀財宝の山を……」 「レイチェルってば、まだそれ言うの!」  顔を見合わせて笑い合う二人。取り留めもない愛すべき平和な日常。これが、二人が会って話した最後の記憶になる。ローラが失踪したのは、その翌日だった。  捜索隊として出発したはずの村の男達は、絶望的な知らせを持って踵を返してきた。その手に握られていたのは土で汚れボロボロに痛んだ靴の片方で、彼ら曰く、黄昏の森に入ってすぐの所に転がっていたらしい……。  ゾフィはその場に泣き崩れ、誰もが掛ける言葉の一つさえ見つからない。レイチェルは唇を振るわせながら、耐えきれずに前に歩み出ようとした、そんな彼女の肩を誰かが強く掴む。母さん……、そう呟きながら思わず涙腺が緩むレイチェルを、母はどこへも行かせぬように、強く強く抱きしめた。    王国から調査団が派遣されたのは、それから三ヶ月も後の事だ。名目は森に住まう異形の観測調査と緩んだ結界の張り直しで、ローラの捜索ではなかったけれど。彼等が言うには、異形の巣にローラと思しき特徴の少女が捕まっていた痕跡は見られなかったらしい。尤も、この期に及んでは、それは慰めになるどころか一層残酷な話に聞こえた。彼女の祖母はその死を認める事が出来ずに、今でも彼女の帰りを待っているのだから。 「……認められないのは、私も同じか」  あの事件から、もう幾度も季節が流れていた。レイチェルはもうじき成人を迎え、この生まれ育った白樺の村を出る。戸棚に仕舞われた古びたアルバムの中から、肖像画の様に微笑む少女の写真を一枚抜き出すと、レイチェルは囁く様に彼女に語りかける。 「ローラ、私はアナタに聞きたい事があるのよ。……どうしてあの日、アナタが黄昏の森に行こうと思ったのか」  もしかするとローラは、御伽話のような花園を見に行ったんじゃないのかって。あの何気ない会話が、親友の人生を左右したのだとしたら。ゾフィはそれを無関係だとレイチェルを庇ったが、その棘は今でもレイチェルの胸に刺さったまま抜ける事がない。彼女はグッと唇を結び、自分を奮い立たせた。 「……人の捜索にはお金がかかるわ。最悪な事に、一歩街を出れば魔物や異形と出くわすかもしれない世の中だし。国の所有する土地を調べるとなると、コネもカネも要る。私が金銀財宝でも持ってれば、話は早かったんだけどね? ……でも必ず、アナタを見つけてみせる」  それが、どんな形であれ。  生きている可能性が無いとは言い切れない。実は彼女は黄昏の森の入り口で踵を返していて、この村での暮らしが窮屈に感じるくらいどこかで幸福に生きている……。  そうだとしたら、レイチェルは謝るより先に、連絡を寄越さないローラを叱るところから始めなければならない。……そうだとしたら、どんなに良いだろう。    レイチェルは親友の写真をそっと手帳に挟み、ボストンバッグにそれを仕舞い込む。その青い瞳には何者にも揺るがせない、決意が揺らめいていた。 ————————————————————— オリジナルキャラの創作小説です©️yoko 【関連人物】 幸福なアルラウネ https://ai-battler.com/battle/4d73edb3-bdc9-4fbc-af14-0a3c25f34b9a ↑実質この話の続きです↑