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【D-03-109】溶ける愛

本来の外見は融解したスライムのような物です。人間に似た仮の姿は調査の進行につれて徐々に暴かれます。収容室は当該アブノーマリティから分泌された粘液によって覆われています。 当社の誰もが一度は耳にした事のあるここ最近の事件についてお話し致しましょう。 ええ。スライム共が群れを成し、当施設が[編集済み]分間に渡って埋め尽くされたあの恐ろしい出来事に関する話です。 [編集済み]研究所では[編集済み]に関する実験の最中、幾つかの収容室が適切な処置を受けていなかったのです。 [編集済み]に関する実験を知っているという事は、そうした収容室の中身が単なる無用な失敗の産物であったという事も既に御存知でしょう。 研究者達はそれらを廃棄する必要性を感じませんでした。 研究班の新人が内容物の正体について何も判っていなかったのは明確です。 職員の一人、マリーは収容ユニットの中に桃色のスライムを発見し、それらが脅威たり得るとの結論を出しました。 恐らく彼女はそれらに対して徹底的な封じ込めを行い、結果として[編集済み]の状態を保ったと思われます。 私の推測が正しければ、この溶解した物体は[編集済み]の[編集済み]でしょう。幸か不幸か、そいつは生前の全ての記憶、もちろん一連の実験で経験したことも含めて、全て失っていました。 口に出せるのも簡単な単語の一つ二つがやっとの状態でした。 精神的にもひどく不安定な状態で、職員マリーが席を空ける時はいつも怯えた様子を見せたそうです。 弟を1人、職員マリーは幼少時に兄弟を1人亡くしていました。 件の事件の起りは、自分のそばを離れようとしない子供の形をした粘液体に職員マリーが無意識ながらも愛着を感じていたことです。上層部もマリーの精神的変化には頓着していませんでした。 この期間、職員マリーの精神汚染値は急激に減少しました。異例と言えるほどの数値でした。 えぇ、あのアブノーマリティが職員マリーに非常に肯定的な心理的効果をもたらしたことは確実です。 ですが、良かったのはそこまでの話でした。 次第に職員マリーの一連の行動に違和感を感じた同僚の職員たちが、彼女を追及し始めました。 職員たちがマリーについてそのようなことをするのも致し方ない事でした。精神汚染値が急激に下がり、休憩時間の度に姿を消すというのは、とても危険な予兆であると教育されていたからです。 しかし、職員マリーは彼らに何も明かしませんでした。 最終的にはカウンセリングルームに隔離され、真実を話すまで管理に割り当てられないようされました。 一方、あらゆる記憶が消えたと思われていたこの粘液体も、1つのことだけは本能的に覚えていました。 何があっても、「この会社から脱出しなければならない」ということです。 職員マリーが決まった時刻に来ない、そのことでこのアブノーマリティはまた強烈な不安を感じました。 彼女の身に起きたことを察知し、「彼女と共に」この場所から脱出しようという意志を強くしたのです。 二人の絆はより強いものになりました。 互いが互いを心から愛した、珍しい事例でした。 カウンセリングルームに長期間隔離された職員マリは、諦めたように打ち明け始めました。 自分がどうやって粘液体を保護しており、そして、それとどのような繋がりを形成してきたか。 しかし、最後までその言葉を聞くことは出来ませんでした。 肌に異常な兆候が見え、そして瞬く間に全身が溶けてしまったのです。 ええ、完全に溶けてしまいました。 それだけでなく、その状態で動き始めました。 職員マリーだった粘液にカウンセリングルームのドアの隙間を抜けることなど容易いことでした。 それに一抹の理性が残っていたか、ですか? いえ、それに理性などありません。 生まれたばかりの子供がとにかく親へ追従する。 そんな本能に沿ったかのように、アブノーマリティのいる方向へと動き始めたのです。 職員マリーだけではありませんでした。 彼女と生前に接触した職員の体も溶け始めました。 職員マリーを追及した同僚、昼食を共にした職員、一緒に作業に向かった職員... 恐ろしい数に増えたこの粘液たちは我先にと目に見える職員たちを攻撃し始めました。 全ては自分たちが愛する粘液のアブノーマリティために。ただその愛の為だけに。...そして私の愛する職員の皆さん。先ほどここに入る時に、支給されたマスクは着用しましたか? 私が話している途中に、あまりの退屈さにマスクを少しでも外した職員はいない事を願いますよ。 お伝えしなければいけないことがあります。 私の話した粘液のアブノーマリティに感染している方がこの中にいます。 先ほどマスクが支給されなかった職員が何人かいるはずです。 あれは在庫不足ではなく感染者と非感染者を区別する為のものでした。 すぐには異常は感じないでしょうが、1時間も経てば骨と肉は全て溶け、理性も麻痺してくるでしょう。 そしてあなたたちの愛する粘液のアブノーマリティの為にこの会社をめちゃくちゃにするつもりです。 まずはこの場にいる職員たちの皆殺しでしょうか。 ええ、わかっていますよ。信じられないのでしょう。 今、こんなにもはっきりとした意識を持っているのに、もうすぐ粘液へと変わるなんて、ですよね。 皆さんのせいではありませんよ。恐らくどこかにアブノーマリティと接触した最初の感染者がいたでしょうし、そして皆さんはそれを知ることなくその人の周りにいただけなのでしょう。 でも、今になって最初の感染者を捜す意味などありません。 本人が一番よくわかっているでしょう。 純粋な愛着でやった行動が、このような残酷な惨事を引き起こすことになってしまった、と。 さて、マスクを着用中の非感染者の皆さま、どうか衛生管理には十分に注意してください。そして、もし異常な職員がいるのならまずは報告をしてください。 生半可に彼らを助けようとすると、あなたも感染する恐れがあるからです。 皆さんが座った机の引き出しには、会社から支給された9mm拳銃があるはずです。 銃弾は装填されています。 皆さんのすることはもうわかったでしょう。 全ての状況が解決するまで、このドアを開けるつもりはありません。 もしあまりにも残酷な仕打ちだと思うのならば、こう考えください。それがあなた達の仕事だと。 全てが終わりましたら、またお会いしましょう。