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封印されし堕神

 私は___である。  この世界を__する存在。  全ての存在は___の掌の上。  これは魔王の物語、次代へと至るまでの前日譚。  これは恐ろしき神との物語、そして悲劇の始まる物語……  かつて世界は、一柱の神に滅ぼされかけた。  「もっとだ!、私を楽しませよ!」  周囲の家屋は倒壊され尽くし、あちらこちらでは逃げ惑う者の悲鳴と燃え盛る炎が渦巻いていた。  「私を!、この昂りを!、その身に受けよ愚民がッ!!」  怒号と共に解き放たれた力。この世界とは全く違う、魔力とは一切異なる未知の力が周囲を吹き飛ばす。飛び交う悲鳴、怒号も何処からか聞こえてくる。絶望に打ちひしがれた誰かの泣き声、恐怖に屈した命乞いの言葉。全ては神の前では無意味、この"堕神"の前では全て無意味である。  目指すは魔王城、ここは魔族の国"魔王国"。堕神は今、魔族の王たる魔王の首を取る為に進軍する。その身一つで迫り来る兵士を破壊し、立ち塞がる家屋を吹き飛ばす。堕神は笑う、狂ったように笑う。  しかし、そんな堕神に真正面から迫り来る者がいた、堕神は歓喜する。その気配、間違いない…"魔王"である。  一歩、また一歩……その足取りは重くしっかりと、堕神を睨む目には闘志が宿る。神を前にして決して絶望しない者がいた、決して希望を捨てぬ者がいたのだ。その名は魔王……若かりし頃の"最強の魔王"ユティーハート・センバルである、歴代の魔王の中で最も強き存在。彼は立ちはだかる、神の前に堂々と立ち塞がったのである。  彼の傍には人間の少女がいた、その正体は8000年以上を生きた仙人。唯一この世で解脱を果たした偉大な人物にして仙法の開祖である。  しかし、堕神は嘲笑う。  「小娘、また私に返り討ちにされに来たのか!」  堕神を深く睨みつける仙人、彼女は堕神の出現にいち早く気づき迅速に対処にあたった。しかし、彼女は神に一度負けた。だが二度目はない、彼女は魔王に堕神の事を知らせた。彼ならば堕神を討てると、最強の魔王である彼ならば必ず勝てると信じていたからである。  「堕神、俺は魔王、この国の王だ」  「王!?、笑わせるなクソムシ風情が!」  堕神は笑う、彼女の存在は未知数である。何処から来たのか、何がしたいのかも分からない。ただひたすらに破壊の限りを繰り返す災害、決して生かしてはおけない存在こそが彼女の全てである。  「ユティーハート、手筈通りに進めるぞ」  仙人は魔王に呟く、それに対して魔王はこう答える。  「オウッ!!」  ___ダッ…!  魔王は駆け出した、堕神に向かって真っ直ぐと駆け出した。両者、拳を握って解き放つ……果てしない暴力を解き放ったのである。  ___バァン…ッッ!!!  拳と拳がぶつかった。両者は笑う、初めての好敵手の登場に歓喜する。幾つかの拳が交差し、大気を震わせる。  「ユティーハート!、準備が出来た!、押さえて!」  仙人の声に反応して魔王は駆け出す、堕神への突進が炸裂し互いに相手を掴んでは一歩も譲らない膠着状態に入った。仙人はこれを待っていた。  「いくよ!、仙法"イズチ"」  両手に練り込まれた仙力が魔王と堕神を勢いよく包み込む。飛び退こうとする堕神を魔王は決して離さない。  視界がぼやけた瞬間、次に目を開けた時には魔王国ではない別の場所に飛んでいた。ここは仙郷、仙人が作り出した箱庭世界。浮世と断絶された別世界に堕神を引き込んだのである。  「ユティーハート!、あとは分かってる!?、そっちは気にせず暴れる事に集中!」  仙人は叫ぶ、堕神を閉じ込める事には成功した。あとは全力でぶつかるのみ、魔王は笑う。誰にも気にする必要のない、全力が出せる環境が整ったのだ。  両者の全力がぶつかる、雨が降っているかのような目紛しい拳での殴り合い。両者の力はほぼ互角、どちらも揺るがない。  「魔王ォォーーー!!」  堕神の拳が魔王の顔面を殴る。  しかし、魔王は揺るがない。  「歯ァ食いしばれッ!!」  ___バゴォン……ッッ!!!  魔王の一撃が堕神を地面に叩きつける。最強の魔王ユティーハート・センバル、彼は魔族でありながら魔法が扱えない、それどころか魔力すら持たない忌子であった。  魔族とは、本来は魔を冠する一族である。生まれながらに魔法の才覚を持ち、人類を凌駕する肉体強度を誇る最強の種族である。しかし、ユティーハートは魔王の息子でありながら魔力を一切持たない身で生まれ落ちた非力な存在、その生い立ちは決して順風満帆ではなかった。しかし、とある人物との出会いが非力な彼を大きく変えた。人類最強との出会い、幼き彼の師にして今は亡き友であった。彼は魔族らしからぬ戦い方で魔王の座に上り詰めた、それは筋肉!、筋肉が全てを解決した。  彼は肉弾戦以外は全くの素人、魔法に関しては一切使えない始末である。だが、こと殴り合いにおいて彼は神すら凌駕する。  堕神へのタックルが決まり、そのまま木々を薙ぎ倒しながら岩壁に突進する。魔王と岩に挟まれた堕神は呻く、だが魔王の攻撃の手は止まらない。神すら凌駕する筋肉が堕神を地面に叩きつける、彼は魔法において最弱である。しかし、肉弾戦においては最強の更に先を行く。  堕神は歓喜する。これ程までに自身を追い詰める存在に歓喜していた。最強の好敵手、堕神は認めざる負えなかった。"今のまま"では負けると………  魔王の拳が堕神を殴る、しかし堕神の姿勢は揺るがない。むしろ、段々と力を増していく。堕神は本気を出した、この世界に堕ちて初めて本気を出したのである。  魔王の腑を一閃、刹那の一撃が魔王を吹き飛ばす。  ___ズバァン……ッッ!!  「くっ……!」  魔王は地面に食いしばり耐える、勢いを殺して立ち止まる。全身の筋肉が脈打つのが分かった、恐るべき強敵に奮い立つ、筋肉が奮い立っていく。  「神もどき、お前は強いな!」  魔王は歓喜する、かつてない強敵に歓喜していた。瞬間、堕神の拳が顔面を穿つ。あまりの一撃に身体が揺らぎ、隙が生じる。  ___グズッ…!!  神の一撃、魔王を貫く。  「ぐっ…!?」  魔王の心臓を貫いた一撃、ぐらつく体…息も段々と苦しくなる。しかし、魔王は決して諦めない。彼には守るべき国が、民が、家族がいるのだから!  "彼は魔王、最強の魔王である。"  「ウオォォォーーーッッッ!!!」  魔王の雄叫びが仙郷を揺らす、貫かれた筈の心臓が激しく鼓動する。魔王は決して倒れない、魔王は決して倒れなかったのだ。堕神を穿つ一撃、魔王の一撃が神を吹き飛ばす。  しかし、状況は芳しくない。既に疲労によってピークを過ぎた筋肉が重く魔王にのしかかる。対する堕神は未だ計り知れない可能性を秘めている。勝つ事は不可能である事は魔王自身が一番よく理解していた。しかし、彼は決して諦めない、決して屈しない、決して倒れない。宿敵たる勇者、今は亡き妻がそうであったように彼は決して希望を捨てず、敵に立ち向かう。神に抗うのだ!、絶望がなんだ!、それが変わらぬ運命だとしても!、彼は決して守るべき者を見捨てない、今は幼き娘の為に命に替えても堕神を討ち倒すと誓った。彼は魔王だ、最強の魔王である。神に仇なす愚か者にして神を討ち倒す大馬鹿者。ユティーハート・センバル、魔王の名において神を討つ。  敵は勢いを増して魔王を攻め立てる、防戦一方とはこの事だ。魔王は一方的に押されていた、決して覆せぬ状況に抗っていた。  仙人の姿は見当たらない、彼女には彼女の役目がある。ならば自身が果たすは勝つ事のみである。  神の一撃が迫り来る。魔王は受け止めた、その一撃を硬く受け止めた。決して放さない、この一撃が…全てが…今この瞬間に魔王は解き放つ。自身の全てを賭けた一撃、神を穿つ。  ___バァンン…ッッ!!!  神は吹き飛ばされていく、魔王の抗えぬ一撃に吹き飛ばされていく。魔王の瞳が神を見据える、神の肉体が地を跳ねて遠ざかる。  「ふざけるなッ!」  堕神は振り絞る、勢いを無理矢理に止めて立ち上がる。己が神に等しき存在である自負を以て下等な魔王を蔑如する。  互いに肉体の限界を迎えていた、しかし堕神は更なる高みに立とうとしていた。神が神である証を魔王に刻む為に、更なる高みへと登っ……ッ!?  魔王の右腕が堕神の肩を掴んだ。それは強く、硬く、恐ろしいまでの力を秘めていた。  「オリャァァァーーーッッッ!!!」  堕神を投げ飛ばす魔王、咄嗟の事で反応が遅れてしまった。堕神は木々を薙ぎ倒しながら落下する。  驚愕の表情を浮かべる堕神に対して魔王の瞳は闘志を更に燃やし、筋肉は更なる熱気を帯びていく。とっくに限界など過ぎていた肉体が、最後の最後に最大限の悪足掻きをする。神を討ち倒せと躍起立つ、堕神を叩き潰せと全身が叫んでいた。限界の果てに到達した世界、しかし堕神も同じ高みに到達していた。  両者は睨み合う、決して退かぬ、決して負けぬと心を燃やす。全力を込めた拳がぶつかり合う、互いに肉体を殴打する。駆け引きなど存在しない単なる殴り合い、臨界点を遥かに超えた両者の実力に違いはない。拮抗した力同士の純粋な肉弾戦が地面を抉る、仙郷を揺らす、世界を揺るがす。  覚悟を決めろ、そして燃やせッ!  魔王の一撃、神を討ち倒す。  神は絶望の果てに吹き飛んだ。  魔王は崩れ落ちる、肉体が悲鳴を挙げて倒れ伏す。  神は倒れた、その筈だ……  「ハァ…ハァ……ハァ」  魔王は笑う、息も絶え絶えに笑う。己の勝利を誇る、しかしその代償は大きかった。もはや動かぬ四肢を地面に広げて天を見上げる。晴やかな空、素晴らしい程の晴天である。  しかし…………  「マォ…ォ」  神は立ち上がる、震えた四肢を以て立ち上がる。神は更なる高みへと登り続ける、魔王など置き去りにするほど高みに登っていくのである。  「ぐっ……この…動け!」  動かぬ肉体に叱咤激励をする魔王、しかし肉体は動かない。地に張り付いた岩の如く一切動けないのである。  「魔…王…おまえ、が」  堕神は魔王に語りかける、少しずつ距離を詰めながら笑みが溢れる。魔王を確実に、そして着実に殺す為に歩みを進める。  「ははは、私の勝ちは変わらぬ」  笑う堕神の背後、何者かが佇んでいた。  「堕落した神、そっちの負けだよ」  仙人たる彼女はそう告げる。それは静かな、冷たい声であった。堕神は笑う、笑ってみせる。  「私は不死身だ!、今倒したとしても再び立ち上がる!、いつかは魔王ですら敵わない存在になる!」  「仮にも神様が情けない、たしかに今の私には不死を殺す大層な技術は持ち合わせてないよ」  仙人は告げる、苦笑するように語る。神は笑う、しかし仙人もまた笑う。  「だから封印するよ、私が不死を…神を殺せるようになるまでね!」  「………ッ!?」  途端に神は逃げていく、悲鳴を挙げる体を引きずって逃げていく。最後に、情けない背に向けて仙人は呟いた。  「ばいばい、また会う時は殺す時だね」  "仙奥[封印]"  神を縛る、仙郷全体が神を縛ろうと波打っている。逃れられない現実、その最後まで神は足掻き、罵倒する。  「クソがッ!、クソムシがッ!!、私は高みへと登り続ける、封印されていたとしてもだ!、お前らが追いつけない程に更なる高みにだ!、私は"戻るのだ"、本来の私に……ッ!?」  仙郷の地に封印されし堕神、神を岩に封じたのだ。その周囲を鎖が巻きつき、固く封じ込めたのである。  「私に殺せるかな…神……」  仙人は少し不安を吐露した、己の無力さに反吐が出る。しかし、神は今もなお強くなっている。神を殺す、それこそが仙人たる彼女の使命である。  「まぁ、考えても仕方ないか、ユティーハート、自力で起きれそう?」  「む、無理…助けて……」  「はいはい、でしょうね。全身の筋繊維が断裂したんだ、もう無茶はできないよ」  「俺が望んだ結果だ、そのぐらい安いもんさ」  ___ピトッ…  「イダダダ…ッッ!?」  「何カッコつけてんのさ、怪我人は黙って治療されてなさい」  「はいはい、そうで…イダダダッ!」  これは魔王の物語、次代へと至るまでの前日譚。  これは恐ろしき神との物語、そして悲劇の始まりを記した物語、然して希望へと向かう物語。  物語は次へ進む、魔王と共に…… https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204