清らかな川を泳ぐ一匹の龍。双眸を爛々と光らせる漆黒の蛇龍は身体をくねらせ、一定の方向へ流れる川を気ままに泳ぐ。 川岸に立つ少女へ龍は誇らしげな視線を送り勢い良く飛び出しすや否や、水を用いた巧みな神通力を披露する。 正しく水を得た魚のよう。 鉄砲水を飴細工の様に曲げ、 水飛沫は流星の如く。 その光景は周囲への被害を無視すれば、なんと幻想的なことか。 少女が冷めた目つきで乾いた拍手を送り、 龍は益々調子に乗り始める。 「水を差すようで悪いけど、力を抑えないと川が干上がるわよ」 「大丈夫さ姫ちゃん。俺は龍、水の扱いは上手なのさ」 「上手の手から水が漏れる、私をものにする為にとんでもない失敗をしたのを忘れてるの?」 「過去の事は水に流そうぜ姫ちゃん」 「覆水盆に返らずよ」 「…まあ、また頭から水を浴びるような事態になるのは御免だしな」 過去の事を思い出して龍はぶるりと身体を震わせて川から上がる。 「…貴方の性格からして、お叱りや罰則なんて焼け石に水だろうけどね」 「ふふん、俺は姫ちゃんの為なら水火も辞さないからな」 「韋編悪党だなんて組織の力を使ってまでやることかしらね。渇しても盗泉の水は飲まない方が身の為なのに」 「俺と姫ちゃんは水魚之交。それに姫ちゃんにいろいろな場所や体験をさせてあげたいからな」 「…そんな思いも韋編悪党という組織に入ってるせいで水の泡でしょうけどね」 「そこは安心してくれ。何せ俺は龍、扱うのは最強の水だ。上善如水、水は万物に勝る、俺と一緒にいれば敵なしさ!」 えへんと龍は自慢気だ。 本当に懲りない奴だ。 自分勝手で我が儘で、 偉そうに威張っては、 痛い目にあう。 ある時は追放されて、 ある時は私に退治されて、 ある時は許しを乞うて、 どれもこれも末路は悲惨。 ハッピーエンドはありゃしない。 …だからなのだろう。 私を愛してるからこそ、彼はこの選択をした。 それが例え悪しきことでも、 物語を酷く歪ませる行為であっても、 万人に受け入れ難い改悪であっても、 自分勝手な選択であっても、 私を愛している故の選択。 …雨垂れ石を穿つとは、こうなのでしょうね。 魚心あれば水心。 これだけ愛を向けられたら、答えてやらねば女も廃るというものでしょう。 「姫ちゃん、そろそろ行こうぜ!」 「…はいはい、トラブルは起こさないでくださいね」 何処までも共に、 いつまでも共に、 お付き合いしますとも。