「貴方に愛想を尽かされて置いていかれない為よ。…こういうの、嫌い?」 ——— 「彼女の生い立ち?ああ、知ってるよ。 生まれは"菓子の国"。…知らないか?無理もないな。 なんせあの国は結構前に無くなっちまったからな。 菓子の国ってのは当時の通名でな、本当は『ドルチ』って言ったんだ。 通名の通り菓子が有名で…っていうか、菓子しかないような国でな。 国民全員が菓子を愛してた。 スラム街で横行する粗悪食がドーナツだったんだぜ。すげえだろ。 あいつはそんな国で、貴族の娘として産まれたんだ。 あの国じゃ、菓子ってのは嗜好品じゃなかった。 他の国で言うパンだとか、その辺と同じ感じさ。 手間も掛かるしなんでだか分からんが、とにかくそうだったんだ。 確か…菓子製造の方向にだけ、有り得んくらい発展してたんだったかな? スマーテイトの"キカイ"ってあるだろ、あれはドルチのかまどを参考にして発展したって噂だぜ。 あと、砂糖の原料になる作物…よく知らんが、ソレが大量に自生してて、砂糖の価値がすげえ低かったのもあるみたいだな。 まあとにかく、ドルチじゃ菓子ってのはそれだけありふれてたんだ。 だからだと思うが、あの国の住民はみんな恰幅が良かった。 賤民から富裕層まで、みーんなデブ。 んで、王族とか貴族とか、そういう政治に関わるヤツらってさ、下々の民と差をつけたがるだろ? みんな菓子食ってブクブクな中、外見で生活レベルの差を見せつけるには何が最適だと思う? そう、食生活だ。 あの国の人間は、上の立場になればなるほど痩せてたんだ。 相対的に価値の高かった『粗食』を食って過ごして、俺たちゃ菓子を食わずに生きてるんだぜーって周りに見せつけてたのさ。 "太っている"ってステータスが示す価値が、他の国とは真逆だったんだ。 王は栄養失調でガリガリだったらしい。 随分脱線したな。プリンの話に戻ろう。 話した通り、あの子は貴族の生まれだから、貧相な飯を食って過ごしてた。 身体は人一倍でけえのに、推奨されるのは最低限生きられるだけのもんときた。 健康的な飯じゃねえぞ、ショボい飯だ。 笑えるよな、他の国じゃ賤民層が食ってるような飯が、ドルチじゃ高級品なんだ。 当たり前だが、めちゃくちゃキツかったそうだ。 当時のプリンの顔っていったら、それはもう嫌そうだった。 ある日、彼女は一度だけ、街で食事を買うことを許された。 貴族たるもの、やはり文化を知るには座学だけじゃ足りないーだとか言われたんだとさ。 彼女は喜びながら屋敷を出て、街を歩き始めた。 嗅いだことのない甘い匂いに囲まれて、とても幸せそうだったよ。 なんせ、産まれてから一度も庭の外に出たことがなかったからな。 すると、ある男が近づいてきた。 まあ太ってたのは置いとくが、そいつはかなり整った身なりをしてて、多分貴族の枠に空きが出来たら次はコイツだろうなと思えるようなやつだった。 その男はプリンに近づくと、自分の菓子をプレゼンし始めた。 曰く、貴族様が菓子をお食べになることはめったにないので、どうか自分の菓子を食べて、気に入ってほしい。 成程面白い、とプリンはその男の提案を受け入れた。 貴族に取り入ろうとするやつが生半可なものを出してくるはずはない、これは良いもん食えるぞ、って俺は思ったね。 で、プリンはその男の菓子を買って、屋敷に持って帰ってきた。 確か…でっかいプディングだったかな? ああすまん、あの国じゃプディングってのは菓子みたいなモンだったんだ。 普通の飯みたいなプディングはなかったんだよ。 ま、それで彼女は初めての菓子を食ったのさ。 それまでで一番の笑顔を見せながら、美味そうに食べてた。 箱の細工が動く瞬間までは。 爆発したんだ。 箱が。 プリンの父は、そのプディングを作った男のことを知ろうとして、箱を手に取ってまじまじと見てた。 まあ、即死だっただろうな。 プリンの母は、崩れた屋敷の瓦礫に運悪く潰されちまった。 プリンの貴族は、当主が死んで没落した。 それからのことはあまり詳しくないんだが、知ってることだけ話そうか。 一族の中で唯一生き残ったプリンは、空いた枠に入ってきた新入りの貴族に引き取られていった。 まあ予想通りだと思うが、その新入りの顔には見覚えがあったね。 そのうち、貴族をターゲットにした爆殺事件が発生し始めた。 序列の低い貴族から高い貴族まで、順番は関係なかったと思う。 最初の頃こそ手口はプリンの時と一緒だったが、次第に巧妙になっていったな。 最初から最後まで共通してた点って言ったら、爆殺されたってとこだけか。 空いた枠に入りたがるやつがいなくなって、貴族が随分減った頃だったかな。 一人の少女が、王宮に入っていった。 小さい爆発音が何回も鳴って、その後デカいのが一発ボカン。 簡潔明瞭、起こったのはそれだけだ。 それだけで、ドルチは終わった。 混乱の最中、例の貴族が前に出てきて、大声で話し始めた。 曰く、王が事件に巻き込まれてしまったのは最早仕方がない。 とにかく誰かがこの場を治めなければならない。 どうか自分についてきてほしい。 皆の前で男がそう話をしていた。 俺はそれをいい位置で聞いてたんだが、ふとすると男の後ろにプリンが現れた。 どうしたんだとよく見ると、彼女の頬には涙の跡が良く見えて、眼は覚悟を決めたやつの眼をしてて、手には爆弾を持っていた。 ミリシアの手榴弾だったな。あの無骨なやつ。よーく覚えてる。 一瞬間を置いて、彼女はピンを抜いた。 何をする気だったかはわかるよな。 皆の目の前で、男はプリンに抱きつかれた。 そして次の瞬間、男だったものが俺たちに降り注いだ。 プリンは無事だった。 そこで初めて、彼女は自分のチカラに気付いたんだと思う。 茫然としてたよ。 俺は急いでプリンを抱えて走り出した。 多分ここにはもうプリンの居場所はないと思ったからな。 その後はまあ、流浪の旅を経て、今だ。 旅してるうちに何を学んだかちょっとばかしカワイコぶってるが、嘘が何を引き起こすか知ってる良い子だよ。 彼女についてはこれで終わり。 俺か? プリンの貴族の初代に、少し恩があってな。 一族の血が絶えるまでは見届けたいと思ってるんだ。 どうせ不死だしな。 それで、ただついていくのもなんだから、護衛としてお前みたいな虫を片付けたりしてるって訳さ。」 ベルトに挟んでいた短剣が床に落ち、カチャンと金属音を立てた。 いつの間にか、私の腹は横一文字に開いており、そこから内蔵が零れ落ちていた。