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【紅染め】リアス《警備部警視・紅港巡視係の長》

紅染めサイドストーリー 【海神の恋】 私は、仕事には真面目な方だと思う。 書類は苦手だが、巡視や警備は人一倍働いてきたという自負がある。 港でトラブルを起こす荒くれ者や海賊をボコって、縛り上げて…… いつの間にか発現していた刀術【海神の錨】に気付いてからは、海賊を船ごと浮かせて逮捕したりもした。 そんな毎日を繰り返していたら、 「海神(わだつみ)のリアス」 いつからか、そんな風に呼ばれていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 「それでは皆様、御唱和下さい!」 『『酒は百薬の長~!!!』』 居幸屋〈呑船亭〉の座敷に宴会恒例の掛け声が響く 小さいながらも勢いのあった海賊団を一斉摘発で一網打尽にし、役人側は軽傷者のみで完全勝利 浮かれた上層部と関連部署で祝勝会が開かれる運びとなったのだ でも、部下に現場を預けて呑み明かすのは気が引けて。 私-リアス-は窓際に逃げて夜風に当たっていた… 「置いてきた部下の事、気にしてはるん?リアスはん」 徳利数本と猪口を持ち、優しい声色で女性の役人が声をかけてきた 「……そんなところです。お久しぶりですね、セイロンさん」 差し出された猪口を渋々受け取り、注がれた酒に口を付ける 芳醇な純米酒の香りが鼻腔に広がり、ほんの少し気が楽になる 「部下のためを思うんやったら、こないな場もきちんとこなさなあかんえ?」 若く美しい女性役人-セイロン-は優しく諭すように語る 「うちらみたいな出世した役人が、上との間をしっかり取り持ったらんとね。下の子達は安心して働けへんのよ?」 セイロンは自分の猪口に注いだ純米酒をクイッと飲み干し、息を吐く 宴会の輪の中心で派手に暴れて服を脱ぎ出す男達を横目に、呆れつつもリアスは応える 「あれに混ざるのはちょっと遠慮したいものですが……大先輩の姐さんの忠告は聞かなきゃいけませんね」 「…あれはウチもどうかと思うわ……ここに居って正解や」 2人は顔を見合わせ、苦笑する 宴会終わりが大変になりそうだ。 男達のバカ騒ぎを避け、窓際には段々と女性役人が集まりだしていた。 新人巡査に、警部補、警視……部署の垣根を越えて様々な面々が一同に集い酒を酌み交わす。 恋の話に美形男子の噂話…かしましい話題が飛び交う。 リアスは少し居心地の悪さを感じて、左足の義足を無意識にさすっていた。 そんな折 「リアス警視って、本当に凄いですよね。憧れちゃいます」 警備課の新人女性巡査が頬を赤らめてすり寄り、リアスは思わず酒を吹き出しそうになる 「あっはっはっ…リアスはん、モテはるなぁ!」 酒が回って上機嫌なのか、セイロンが大笑いする 「……あの失礼な若い方、誰なんです?」 新人巡査が毒づきながらリアスに聞く 「あの方はセイロン様。見た目は若いが、85歳の現役警視正で私の恩人だよ…」 聞くや否や、女性巡査は土下座していた 「し……失礼致しました!警視正殿!!」 セイロンは笑いつつ、優しく巡査の頭を撫でる 「かまへんよ。今日は無礼講やさかい」 ホッと胸を撫で下ろす巡査 しかし、セイロンの目が光り悪戯っぽい笑顔が浮かぶ 「そやけど、部下の教育不行届は上司の責任やし?うちもまだ聞かして貰うてへんあの時の話、そろそろして貰おかいな?」 ブッ! 今度は耐えられなかった。 吹いてしまった酒を拭きつつ「流石に勘弁して下さいよ...」とリアスは抗議する。 しかし、集まった女性役人達は既に興味で目を輝かせていた 『『その話、詳しく聞きたいですっ』』 「~~~!……わ、分かったよ」 寸分の狂いなく揃えられた声に気圧され、リアスは仕方なく覚悟を決めた。 猪口に残った酒を飲み干し、 「あんま面白い話じゃないからな?期待しすぎんなよ」 と前置く。 身を乗り出して目を輝かせる女性役人達。 (なんでこんな事に…………) 深くため息をつき、私は猪口を傾けながら渋々と語り出した ━━━━━━━━━━━━━━━━ 20年前。まだ17才の見習い巡査だった私は先輩警部補の下について港の警備を教わってた。 物覚えが悪い自覚はあったから、非番の時にも足げなく港に通ってさ 端から端まで覚えようと必死になってたんだ。 そんな、ある夏の日の事さ 例によって非番で港近くの砂浜をうろついてた私は、波打ち際に漂う人の姿を見つけたんだ。 「だ、大丈夫ですか!?」 駆け寄り、波の届かない場所まで引きずり上げてから声をかける。 ─脈と呼吸はある 私は、安堵しつつ助けた人物を観察する。 まだ若い、小麦色の肌をした美形の男 服や手の豆の感じからするに、恐らく船乗りなんだろう 同い年くらいだろうか?そんな事を考えていると、男が目を開けて起き上がった。 「……ここは?」 まだ焦点の合わない目が、私を捉える 「紅港横の砂浜だよ。あんた、波打ち際で浮いてたんだ」 上着を脱いで手拭い代わりに差し出すと、男は口に入った砂を吐き出しつつ応えた。 「うわ、口の中ジャリジャリだ…………君が助けてくれたのかい?」 とても大人びていて 思わず頬が熱くなるほど、低くて落ち着きのある声だった。 「な、波から引き上げただけさ。大したことはしてないよ」 気恥ずかしくなって顔を反らして、思わず脱いだ上着を放り投げてしまった 「わっ……」 男は驚いて転がる 波に揉まれてはだけた服から鍛えられた胸元や腹筋があらわになって、私は思わず固まってそっぽを向いた。 「あ……これは申し訳ない。お借りしますね」 男はいそいそと立ち上がり、私が投げつけた上着で身なりを整えはじめる その様子をチラリと横目に拝みながら、(女物の上着でも様になるような船乗りも居るもんなんだな……)なんて見とれてたら、 身綺麗に整えた男は、急に畏まって私に頭を下げた 「お助け頂き、ありがたく存じます。あっし、名をウミヒコと申します船乗りの小倅で。どうか、御恩人の名を頂戴したく存じます」 予想だにしなかった丁寧な名乗りと態度に放心してしまい 「り……リアスです…………」 と短く返すのが精一杯だった。 この出会いが、私の人生の転機になるだなんて この時は思いもしなかったんだよねぇ………… ━━━━━━━━━━━━━━━━ 「美男子を海で助けるとか、展開が美味しすぎませんか!?」 「その美男子は今何処に!?」 「お写真は?お写真は無いのですか!?」 酒が回り、女性役人達の反応が熱を帯びる 気圧されて壁際まで下がるリアスに、セイロンがクスクスと笑いながら酒を注ぐ 「そないな事がありはったんやなぁ。それで、その後どないなったん?」 「よ…酔ってますよね、セイロンさん……?」 リアスは思わず腰を浮かせるが、セイロンにガッチリと肩を組まれ、足を絡めて固められる 「最後まで逃がさへんさかいな。しっかり語りやぁ?」 他の女性役人達も加わり、揉みくちゃにされて身動きが取れなくなる。 「わかりましたからっ!話しますからっ!!」 ようやっと拘束が緩み、乱れた着衣を整えながら座り直す 「……私らの肌は見せ物じゃないよっ!!」 どさくさに紛れてこちらを覗いていた男共を一喝し、リアスは自分の猪口に酒を注ぐ 男たちは慌てて視線を反らし、バカ騒ぎに戻って行った。 「まぁ、出会いは何とも奇妙な縁だったんだけど。アイツ、乗ってた船の記憶が無いなんて役所の聴取で言いやがってね。身元も不明だったもんで、本当に難儀したよ……」 窓の向こう、遠く紅港の海へ視線を送る ほんの僅かに香る潮風が、酔いに火照る身体に心地良い。 「そこからしばらく、紅港で警備の仕事をするうちに私はウミヒコと度々会うようになって行ったのさ。それで、出会いから一年経つ頃か。ウミヒコは港の漁師の手伝いで何とかやってて、私は見習いから巡査に格上げが決まったとこだったな……」 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 「ウミヒコ、聞いてよ!私、ついに見習いを卒業するんだ!」 船着き場近くに積み上げられた木箱に腰をかけて話すリアスの声は、とても明るく響く 「リアスちゃんもついに一人前かぁ!仕方ねぇ、後でウミヒコに今日一の魚を届けさせらぁ!」 「親方、それ俺が捕った魚だぜ!?」 漁具を片付けながら、ウミヒコは元気よく声を上げるが 「ワシの船で揚がった魚はワシのモンに決まっとるじゃろうが!お前はさっさと網を片付けんかいっ」 親方と呼ばれた漁師は、笑いながらウミヒコの頭を小突き、リアスに近付いて耳打ちをする 「あんなだけどな、ウミヒコはわりかしヤるもんだぜ。旦那にするならああいうのは悪くねぇかもな?」 「ななな……なに言ってるんですか親方さん!?ってうわぁ!」 耳まで真っ赤になって転がるリアス。 親方はシシシッと肩を揺らして笑い、 「ほんじゃウミヒコ、後でちゃんと届けてあげるんだぞ!」 と二人に背を向けて組合小屋の方に歩いて行った。 リアスは仰向けになり、恥ずかしさを誤魔化すように足をパタパタと揺らす 「親方の許可も出たし、俺が捕ったバカデカい鯛を持ってくからな。楽しみにしとけよ?」 網を片付け終わったウミヒコが、立ち上がってリアスを見下ろす 潮風で軽く縮れた髪が顔に張り付くが、それがまた美しく感じる程の色男っぷり 胸の高鳴りを誤魔化すように、リアスは目線を逸らしながら起き上がって小指を出す。 「約束、だからね?」 ウミヒコは白い歯を覗かせ、リアスの小指に自分の小指を絡める。 「あぁ、当たり前だろ。俺は、言ったことは守るぜ?」 透き通るような夏空に、カモメの声が響く。 互いに見つめ合う二人の距離を溶かすように、優しい潮風が吹き抜けて ……自然と、唇が重なっていた。 「リアス巡査、居るか!」 遠くから先輩警部補の声が響く。 ハッと我に返り、距離を離す二人。 「……じゃあ、行くね?」 リアスは木箱から飛び降り、詰所に向かって歩き出す 「……あぁ、また夜に」 ウミヒコは、普段よりも少し高い声で応える それがまた、可笑しくって リアスは跳ねるように走っていった。 一人残されたウミヒコは空を見上げ、背伸びをしながら独り呟く。 「ずっと、こうしてられりゃあ良いんだけどなぁ……」 小さく吐き出した祈りにも似た言葉は誰に聞かれる事もなく、小さな波音に溶けて行った ━━━━━━━━━━━━━━━━ その日の夕方。 警備の仕事を終えて自室に戻ったリアスは、床を転がり回っていた。 高身長(181㎝)で親無しの孤児。 生まれて18年、男と付き合った事など当然の如く一度もない 役人になるための特訓と勉強に費やした青春時代に、男女の作法など無縁の代物だったのだ。 「髪……変じゃないよね!?」 「着物…お洒落なの買っとけば良かったぁ!!」 と右往左往。 しかし、壁に貼った辞令が目に入るたびにパタパタと身体を揺らす ─見習いから、正式に巡査へ。 まだ刀術を発現していないリアスには、本当に心から嬉しい事だった。 オマケに、明日は非番。 喜びと緊張が交互に押し寄せ、頭がどうにかなりそうだ そんな事を考えていると 《コンコン》 と、戸を叩く音が響いた。 「ひゃっ!?…ひゃいっ、どちら様でひゅか」 ……盛大に噛んだ。 もし部屋に穴があったなら、何も考えずに飛び込んだだろう 「ふふっ……ウミヒコだよ。約束の魚、持ってきたぜ」 焦って転びそうになるのを堪えながら、戸を開ける。 すると、 「昇進おめでとう、リアス!最高の鯛を持って来たぜ!」 木桶からはみ出す程の鯛を自慢げに見せながら、ウミヒコが笑顔で見下ろしていた。 「えっ……すっご!デカすぎじゃないのこれ!?」 あまりの大きさに思わず驚きの声が漏れる 「だろ?俺が捕まえた今日一番の獲物だぜ。人生で最高の1匹になること間違いなしさ!」 胸を張って宣言するウミヒコ。 だが、リアスはとても重要な事に気がついた 「…私、魚捌いたこと無いんだよね……」 少しの沈黙。 「ぷっ……はははっ!そりゃ仕方ない。なら、俺の腕の見せ所だな。台所、借りられるかい?」 桶を持ちなおし、ウミヒコは目配せをする 「あ…うん。狭いけど、それでも良ければ」 リアスが戸を開き中へ招き入れると、ウミヒコは玄関口で深く礼をしてから部屋に上がった。 「綺麗な部屋だな」 ウミヒコは素っ気なく言いながら、台所に木桶を置く 「そりゃまぁ、当たり前でしょ。これでもちゃんと女の子ですからね、私」 拗ねたフリをしながら、台所に立つウミヒコの背中を眺める 「包丁と食材、使わせて貰うぜ」 「良いよ」 何気ないやり取りに、何故か心が踊る。 「何か手伝う?」 「主役は座ってな。俺、料理も上手いんだぜ」 小気味の良い包丁のリズムが部屋に響く 「あれから、もう一年経つんだねぇ」 「ほんと、早いもんだよなぁ」 「覚えてる?私に魚見せようとして魚ごと船から落ちたの」 「……あの時は親方にボロっカスに怒られたよ」 ──思い出話に花が咲く。 「…………めっちゃ良い匂いしてきた」 「自信作だぜ」 そう言いながら、ウミヒコはちゃぶ台に料理を運んで来た 御造りにあら汁、米が並ぶ。 料亭のように完璧な盛り付けに、リアスは驚きの声を上げる 「凄すぎない?良いの、これ?」 ウミヒコは笑い、リアスの頭を撫でる 「昇進祝いなんだ。遠慮なく食ってくれよ」 大きな手と温もりが心地良くて、リアスは目を細める 「ん……じゃあ、一緒に食べようよ。私一人じゃ食べきれないし」 ウミヒコは、ほんの少し固まって。 「じゃあ……箸と器、借りるぜ?」 と照れくさそうに聞いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ ウミヒコの作ってくれた料理は、本当に絶品だった。 二人で語らいながらする食事は本当に楽しくて幸せで。 余韻に浸るように、食事が終わってからもしばらく語り合っていた。 「……遅くなっちまったな。そろそろ帰るぜ」 ウミヒコが、立ち上がろうとする。 リアスは、咄嗟に着物の裾をつまんで引き寄せた 「…………今日は、ここに居てよ」 つい、声に出てしまった ─大胆すぎやしないか? 自分でも驚いている。 でも、離れたくないと思った。 「……分かった」 ウミヒコは、優しく頭を撫でて座りなおす。 「…今度は、海もカモメも見てないね」 「……そうだな」 ─蝋燭の灯りが揺らめき、二人の影が重なる。 窓の外…夜空に浮かぶ月だけが、静かに優しく見下ろしていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ ─夜の闇を引き裂くように、轟音と衝撃が響いた。 驚いて飛び起き、窓から外を見る。 遠く、紅港の辺りで火の手が上がるのが見えた。 「爆発!?」 ウミヒコも立ち上がり窓から覗く 瞬間、風切り音と共に数十間先の建物が爆発する 「─砲撃だ!」 ウミヒコが港の奥を指差す その先には、砲撃の閃光を放つ巨大な船があった。 再び町に砲弾が降り注ぎ、今度は筋向こうの路地に爆発が起こる 警報が鳴り響き、町全体が混乱と叫喚に包まれる。 リアスは迷わず寝着を脱ぎ捨て、制服に袖を通し刀を履く 「私、行かなくちゃ」 ウミヒコも、服の乱れを直して立ち上がる 「俺も行くぜ」 だが、リアスはそれを咎める 「ウミヒコは漁師なんだ。現場には連れていけないよ」 拳を握りしめ、何か言おうとするが… 「わかった……気をつけて」 ウミヒコは、小さく息を吐き渋々と頷く 「……頑張ってくるから、待っててね」 そう言って、リアスは振り返らずに部屋から飛び出す 後ろ姿を静かに見送り、一人残されたウミヒコは再び拳を握りしめる。 「……俺も、やらなきゃな」 誰に聞かせるでもなくそう呟き、動き出した ━━━━━━━━━━━━━━━━ 町は惨憺たる状態だった 道端で転ぶ老人、取り残された子供、怪我をして叫ぶ若者。 一人一人に声をかけたい気持ちを抑え、ひたすらに港へ走る。 心臓が早鐘を打ち、呼吸が上がる それでも、足は前へ。 息を切らしながら全力で走っていると、誰かが横に並びかけて来る。 「あんた、所属は?」 濃蒼の髪を靡かせた女性が、涼しい顔で問いかけてくる 「っ……警備部の……り、リアス……巡査です……はぁっ…………」 何とか声を絞り出す。 「警備部か。ウチは公安部のセイロン。警視正や。緊急事態ゆえな、現着まであんたも入れて仮の班を形成する。ついておいで」 息も切らさず命令し、さらに速度を上げるセイロン。 その後を追うように、数十人の役人が走り抜けて行く 「……っ…………は……っやすぎ…………」 酸欠の頭は全く回らないが、それでも。 置いて行かれないように必死に走る。 角一つ分は離されただろうか。 息を切らしながら遅れて港に走り込むと、セイロンは連れていた役人達に指示を飛ばしながら刀を持った男を一刀の元に斬り伏せていた。 「……来たね。リアス巡査言うてたな。見た感じ、非番やのに本部行かんと飛び出して来たんやろ?」 セイロンは、刀を振り上げ走り寄ってくる小汚ない男に向かってクナイを投げて沈黙させる 「敵は恐らく海賊。アンタの上司は今港の反対側、倉庫の方で鎮圧に当たっとるみたいやけど…こっからやと距離もあるし危ないな。ウチが指示を出したるさかい、それまではここで見張りしとり」 リアスは何とか息を整え、敬礼する 「了解致しました、警視正殿!命に換えても、賊を町には入れません!」 その様子を見て、セイロンは少しだけ表情を緩める 「そないに気ぃ張らんでえぇよ。この辺りはウチらが片付けるさかいな」 そう言って、セイロンは部下に指示を出しながら船着き場の方へ向かって行った。 船からの砲撃が止み、港のそこかしこから鍔迫りの音や銃声、悲鳴と怒号が聞こえる。 だが、港の入り口に近づいてくる音は無い。 リアスは刀を抜いて油断なく構え続けるが、近くの戦いは急激に収まりつつあるように感じた。 ─少し経って、港の入り口に向かってくる足音が響く。 リアスが振り返ると、 「いたいた!リアスー!!」 警備部の同期が手を振りながら走ってくるのが見えた。 「オンジュ!」 手を振り返し、持ち場を離れず迎える。 同期の見習い巡査-オンジュ-は、息を切らしながら辺りを見回す 「警部から、こちらにいらっしゃる警視正のセイロンさんに報告をするよう言われて来たんだ。どこに居られるか分かるかい?」 しかし、辺りに人影はない。 「船着き場の方に向かわれたけど…オンジュ、貴方セイロン警視正を見た事あるの?」 「僕は会ったこと無いんだよー。リアス、知ってるなら代わりに伝えてきてくれない?{敵、倉庫に集中せり。応援求む}って」 情けない声でオンジュが頼み込む。 はじめての事だらけで、互いに混乱していたのだろう 「仕方ないわね…分かったわ。代わりに、ここの見張りをお願いね」 リアスは、その頼みを快く引き受けた。 「じゃあ、行ってくるから!」 リアスは船着き場に向かって走り出す。 「うん、お願いねー!」 オンジュは、その背中に手を振って見送った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 船着き場では、上陸してきた海賊の掃討を終えてセイロンが部下の点呼を取っていた。 そこへ、リアスが駆け寄る 「セイロン警視正、伝令です!」 声に反応し、振り返ったセイロンの目が一瞬鋭く光る 「……内容は?」 「{敵、倉庫に集中せり。応援求む}との事です!」 セイロンの表情が険しくなる。 「伝えに来た役人は何処の所属か確認した?」 「伝令に来たのは私と同期のオンジュ見習い巡査でした。情報に間違いは無いと思います!」 セイロンは少しだけ思案し、倉庫側に目を凝らす 「発煙爪も上がっとるな…情報に間違いは無いか。一班から三班はすぐに倉庫に向かい。四班は医療班と連携して負傷者の救護、五班はウチとここに待機や」 セイロンは即座に指示を飛ばし、部下達は素早く動き出す 「……リアス巡査、伝令ご苦労様。持ち場に戻って待機、よろしゅうな?」 リアスはハッとして、敬礼を返す 「っ…!失礼しました。持ち場に戻ります……」 忙しなく行き来する役人達に指示を出すセイロンに背を向けて、港の入り口に戻るリアス。 しかし、視界の端-海賊船近くの海面-で誰かが泳ぐ姿が見えた 船からの明かりに照らされた人影は、海賊船から垂らされたロープを掴んで海から上がる。 リアスは、その人影の着物に見覚えがあった 「ウミヒコ……?」 様々な思考が頭を駆け巡る。 だがリアスは考えるより早く駆け出し、海に飛び込むべく地を蹴っていた。 着水の瞬間─ほぼ同時に、倉庫側で爆発が起こる。 ほぼ全ての役人達は爆発に気を取られ、リアスの動きに気付く事が出来なかった。 だが、セイロンだけは爆発音に紛れた微かな水音を聞き逃さなかった。 違和感を察知し、周囲を見渡す。 海賊船の様子がおかしい。 港の入り口に向かったはずのリアスの姿も無い。 慌てて岸壁に駆け寄り海に目を凝らすと、海賊船に向かって泳ぐリアスの姿があった。 「っ!何やっとるんやあの子は!?」 思わず、叫ぶ。 驚いた様子でセイロンの方を向く役人達。 一瞬の逡巡。 しかし、すぐに意を決した。 「ウチは海賊船に単身攻撃を仕掛け、これを倉庫側への援護とする。五班、現場指揮は任したで!」 部下が敬礼で応えるのを確認し、セイロンは海へと飛び込んだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 海賊船のロープに引き上げられ、ウミヒコは甲板の中央付近に上がる。 周囲には海賊が集まり、下卑た笑いを浮かべている 「ぃようっ、息子よ!よく帰ってきたなぁ!!」 船首側から声が響き、一人の男が姿を表す。 「……親父」 ウミヒコが鋭い視線を送る。 『船長っ!』 ウミヒコを囲んでいた海賊達の一部が道を空ける。 船長と呼ばれた男は、一際豪奢な着物を揺らして手を広げる 「探したんだぜぇ?このクマノ様の一人息子が、嵐の日に船から落っこちて行方不明になっちまったんだからよぉ!!」 ウミヒコは海賊の作った道を通り抜け、船首への階段を昇る。 「……その割には変わらず略奪三昧してるみたいじゃねぇか。町に大砲ばら撒きやがって」 「そりゃ、俺達の常套手じゃねぇか。何怒ってやがる?」 海賊船の船長-クマノ-は、大袈裟に肩を竦めて見せた。 ウミヒコは苛立ちを隠さず詰め寄り、声を荒げる。 「とにかく、すぐに兵を下げて引き上げろ。ここでこれ以上暴れるな!」 「どうした~?ウミヒコ、思春期ってやつか?」 クマノは冗談めかして笑う 「いいから早くしろ!!」 ウミヒコは更に声を張り上げる。 瞬間、空気が凍りついた。 「お前、誰に向かってそんな口聞いてんだ……ぁ゛?」 下卑た笑いを浮かべていた海賊達も、気圧されて押し黙る 誰も彼もが、2人に注目していた。 甲板が一触即発の空気に包まれている頃。 リアスは何とか海賊船に泳ぎ着き、垂れ下がっていたロープを上り始める。 泳ぎ疲れて腕も足も重い。 でも、この船にウミヒコが居る そう確信していたから。 必死で…ただ必死で上って行く。 「俺はアンタの息子、この海賊船の副船長として言ってんだ!!」 声が、響く。 甲板の後部に這い上がったリアスは、豪奢な着物を着た男と睨み合うウミヒコを見つめる。 「──嘘、だよね……?」 震えるように、か細い声が漏れた。 ふらふらと、海賊の隙間を通り抜けて歩いて行く その姿を見つけた海賊の何人かが叫ぶ。 「役人、それも女だ!!」 我に返った海賊が、すぐにリアスを捕まえ縛り上げた。 声に反応し、クマノとウミヒコも睨み合いをやめる。 「一人で上がってきたみたいですぜ。へへっ」 縛られたリアスを艦首側に引っ立てた小太りの海賊が報告する 「リアス!?何でここに……!」 狼狽するウミヒコ 「ウミヒコこそ、海賊の息子って本当なの!?」 涙を溢しながら声を絞り出すリアス ─2人の様子をしばし眺めていたクマノは、何かを思い付いたかのようにわざとらしく大袈裟に振る舞いだした 「ぃやあ!流石は俺の息子だっ。役人の娘をたらし込んでこんな所まで着いて来させちまうなんて、とんだ色男っぷりだな。ぇえ?」 道化のように身体を揺らしながら、クマノは嫌に通る声を張り上げる 「まぁ、こんな小娘役人一匹入り込んだところで港の壊滅は時間の問題。ぼつぼつ大掃除と行こうじゃねぇか!」 ウミヒコは意図を察してリアスに声をかけようとするが、感情を制御できなくなっていたリアスは挑発に乗ってしまった。 「アンタ達なんかに皆や先輩達がやられるもんか!紅港には大砲もある。こんな船なんか一網打尽だ!!」 そう叫び終わった瞬間、リアスは我に返る。 クマノは顔を歪め満面の笑みを溢しながら港を見る 「ん~…大砲隠すならあの辺りか?確かに人影がよく動いてんな。よしお前ら、あの辺りと倉庫にありったけ大砲ブチ込んでやれ!!」 命令を聞いて、海賊達が動き出す。 「やめろ……やめろぉ!!」 リアスは叫ぶが、縛られている上に小太りの海賊に押さえられて身動きが取れない。 「親父っ……!やめさせろ!!」 ウミヒコも止めようとクマノに向かうが、銃を突き付けられてしまい止まらざるを得ない 「や~めるわけねぇ~だろうが!女一匹に絆されやがって。お前は後で船倉行きだぁ!!」 大砲が次々と並べられ、砲手達が照準を合わせて行く。 「港も役人も全部ブッ飛ばしてから金と女詰め込んで帰るぜ、お前らぁ!!」 クマノと海賊達の高笑いが響く ━━━━━━━━━━━━━━━━ 「─そら、ちょいと困るなぁ。全員閻魔さんとこまで送るさかい、大人しゅうしといてや」 凛とした、女性の声が響く。 クマノは素早く声がした方向を向いた。 リアスが上がったロープとは反対側、海賊達の死角─セイロンは甲板に躍り出て、片手でクナイを4本同時に投げる。 「「ぐあっ!?」」 砲手4人がほぼ同時に首を押さえて倒れこみ─ その身体が甲板に沈むよりも早く、抜刀された刀が近くに立っていた海賊3人を斬り伏せていた。 一瞬の間に7人が倒され、硬直する海賊達 慌ててクマノが発砲するが─遅い。 弾を避けたセイロンは、鋭い呼吸と共に小さく呟く。 「─邪祓青龍」 セイロンの身体と刀を、青い龍鱗のような光が包む。 独自の呼吸法で賦活した生命力を纏う事で武器と肉体の硬度と威力を増大し、絶大な力を発揮する秘剣。 変刀術と呼ばれる、刀を極めた者だけに発現する特殊な力だ。 刀術を発動したセイロンは、姿勢を低くしたまま別の海賊に突撃する。 転がっていた木箱ごと、立っていた3人の胴体を横なぎに斬り払う。 次いで、踏み込みながらの斬撃。 慌てて刀を抜いた海賊が、抜いた刀ごと縦に両断された。 「ひぃぃっ!?」 大砲近くに居た海賊数人が、悲鳴を上げながら火縄銃を撃つ。 《ガイン!!》 と、激しく甲高い音が響き、命中した弾丸は青い鱗光を纏ったセイロンの肩口からポロリと落ちた。 「そないな玩具じゃあ、ウチに傷はつけられへんなぁ?」 見せつけるように笑い、前進。 更に2人を切り捨てる。 「─これで13人」 「っ……刀術使いか!?」 クマノが声を荒げ、小太りの海賊が怯えて船首側に逃げる 甲板にはまだ15人程の海賊が残っているが… 「「おらぁ!!」」 刀を抜いた海賊が3人同時に斬りかかる。 だがセイロンはその隙間を縫うように前方へ跳躍し、地面に転がった砲手の首からクナイを回収。 すぐに別の男に投げ、眉間に突き立てる。 「─これで14人」 大砲の砲身を両断しながら走り、すれ違った刀持ちの海賊達に躍りかかって鍔迫りすら許さず斬り伏せて行く。 「船の上でなんて動きしてやがんだあの女!」 クマノが発砲した火縄銃の弾丸が背中に命中するが、セイロンは意にも介さない。 「……あれじゃ、役人の格好したバケモノって言った方がまだ通じるぜ!」 追加で発砲するが、今度は避けられる。 その動きに、クマノは微かな違和感を持った。 「ぐぎゃっ!?」 甲板に居た最後の海賊の心臓を突き潰し、セイロンは刀に付いた血と汚れを払った。 マストの裏に身を隠しつつ、納刀して状況を再確認する。 「中央甲板に居った海賊は、今ので全員倒したな。他に出てくる気配は無いから…後は船首側に居る3人と、捕まった巡査の救出か。難儀するなぁ」 使えるクナイはあと2本。 「─近寄って来てはくれへんか。しゃあなしやなぁ…」 深呼吸をし、呼吸を整える。 「ちっ……マスト裏じゃ迂闊に撃てねえな」 火縄銃に弾を込めつつ、クマノは汗を拭う 船に残っていた配下はほぼ全滅 バケモノ相手にどう立ち回るかを思案する (人質……は効果が薄いだろうな。新人切り捨てるタイプなら悪手だ。とにかく手数が欲しい。なら……) 「その女は錨鎖にでも括りつけろ。死にたくなけりゃ、あのバケモノが見えたらとにかくありったけ撃て」 後ろで縮こまる小太りの男に小声で指示を出す 「もう止めろ、親父。さっさと引き返すんだ」 ウミヒコは何とか説得しようと声をかけるが、 「うるせぇっ!戦わねぇならせめてそこで邪魔にならねぇように突っ立ってろ馬鹿息子が!!」 クマノは声を荒げウミヒコを怒鳴りつける その瞬間、セイロンが動いた。 姿勢を低く、素早く船首階段に走る。 クマノと小太りの海賊が慌てて銃を向けるが、すぐに死角に入ってしまい発砲出来ない (っ…速ぇ!だが、顔出した瞬間終わりだ!) 階段に向けて銃を構える。 セイロンは手前から勢いをつけて階段を登り、中ほどで大きく上に跳んだ。 ─鳥と見紛う程の見事な跳躍。 空中で敵を視認し、一瞬の判断を下す。 (銃2人、一人は言い争いしてた奴やな。なら!) クナイ2本を両手で同時に投げる。 1本は小太りの海賊の腕に命中 銃を落とさせる。 だが、クマノはギリギリでこれを回避。 「クソッたれが!」 火縄銃が火を吹くが、セイロンは身体を捻り回避。 弾丸が左頬を掠めて飛び、血が滲む。 着地。 瞬時に刀に手をかけようとするが、クマノは火縄銃を捨てて舶来の回転式拳銃を眼前に突き付けていた。 「ギリギリだが…こっちが一手速いみたいだな、バケモン?」 「……ウチに銃が効かんのは見とったやろ?」 2人は構えたまま動かない 「絶対に効かないなら、もう斬ってるだろ。この距離で目玉撃たれりゃ、お前さんでも死ぬんじゃないか?」 「アンタが撃つより速く斬れるとしたら?」 互いに牽制し合うが…… (ウチの不利か…マズいねぇ……) 刀術は、刀に触れていなければ発動しない。 刀に手を触れられていないこの状況では、流石に相討ちが精一杯だ。 だが、相討ちではリアスを救えない。 セイロンの背筋に緊張の汗が流れる。 「くっそぉ!痛ぇよお!!」 小太りの海賊が声を上げ、無事な側の手で銃を持ち直す すかさず、クマノが指示を出す 「デブ、お前はそこの女役人に銃を向けとけ!そんでウミヒコ、お前はこっちに来い!!」 小太りの海賊は指示通りリアスに銃を突き付ける。 それを見て、ウミヒコは渋々とクマノに近付いた。 「……何させる気だよ、親父」 クマノは、セイロンから目を離さず語りかける。 「あの繋いでる女役人を助けたけりゃ、俺の腰にある予備の銃でこのバケモノ女を撃ちな。そうすりゃ、あっちは助けてやる」 内心の焦りを抑えつつ思考を巡らせるセイロン。 だが… (この状況から3人斬るんは……流石に、手が無いか……!) 状況が悪すぎる。 舶来の銃は威力が高く、刀術が発動出来たとしてもこの距離では致命傷は避けられない。 「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」 リアスが涙をこぼす。 自分の身勝手な行動のせいで、人が死ぬかもしれない。 そんな思いが胸を締め付ける 「早くしねぇか、ウミヒコぉ!!」 苛立ちを隠さずにクマノが叫ぶ。 ウミヒコはゆっくりと無言でクマノに近付き、 (最後に、やるだけやって終わろか……) セイロンは、覚悟を決め深く集中する ウミヒコがクマノの着物を捲り、腰の銃に手を伸ばそうとしたその時─ 轟音が響き、船に衝撃が走る。 港から放たれた大砲が船に命中し、船首近くを貫通したのだ。 「きゃっ!?」 衝撃で錨の固定具が根元から吹き飛び、リアスは船縁に叩きつけられて錨鎖ごと海に引きずり込まれた。 バランスを崩すセイロンとクマノ。 その一瞬のうちに、ウミヒコは動いた。 引き抜いた銃でクマノのこめかみを正確に撃ち、即座に小太りの海賊の頭を撃ち抜く。 「あ゛……?」 クマノがゆっくりと倒れる。 セイロンは瞬時に刀を抜いて刀術を発動させたが、ウミヒコはその前に銃を海へ投げ捨てていた。 「……戦意はありません」 喉元に突き付けられた刀に臆する事なく、ウミヒコは静かに告げる。 セイロンはその言葉を信用し、刀を納めた。 だが、事態は一刻を争う。 セイロンは大砲の追撃を避けるためにすぐさま発煙爪を上げて合図し、 「アンタ、飛び込んであの子を引き上げたって」 と声をかけるが、ウミヒコは首を横に振る。 「親父が略奪する時はいつも二段構えなんです。このままだとすぐに別の船が来てさらに被害が広がります。でも、俺がこの船で引き上げればそれは避けられる」 「……信用できへんね」 セイロンは冷たく言い返す。 だが、ウミヒコは涙を堪えて絞り出すように声を出す。 「それに、俺はリアスに合わせる顔が無い。だから、せめてあいつの過ごす町だけは守りたいんです。……どうか、お願いします」 深々と頭を下げ、懇願する。 セイロンは空を仰ぎ、深くため息をついた。 「─しゃあなし、やなぁ。すぐに飛び込むから、ウチが海に入ったら小舟だけ落として出発しぃ!煙は消したらアカンで!!」 「わかりました。リアスを、お願いします!!」 2人は、同時に動き出す。 ウミヒコは海賊船に備え付けられた特殊な龕灯(がんとう)を準備し、海へ向ける。 セイロンは手近な紐でたすき掛けをし、即座に海へ飛び込んだ ━━━━━━━━━━━━━━━━ 海中に飛び込んだセイロンは、海底に向かって深く潜る。 (──あそこか!) 錨鎖に繋がれたまま意識を失っているリアスを見つけ、すぐさま泳ぎ寄る。 身体を縛っていた紐を外し、すぐに浮上させようとするが… ガクン、とリアスの身体が止まる 不審に思いよく目を凝らすと、リアスの左足首が錨鎖に完全に巻き込まれて潰されていた。 呼吸が危うくなり、セイロンは仕方なく海面まで浮上する 「リアスは!?」 船上からウミヒコが声を上げる 「鎖が足を潰してて動かせん。何とかしてみるけど、小舟と救命具があらへんと助からんかもしれん!急いでや!!」 「…っ!わかりました!」 ウミヒコは船内に向かい、セイロンは大きく息を吸って再び潜る。 リアスの元まで辿りつき、もう一度足を確認する (あかん……完全に挟まれて潰れてしもとる!) 抜こうにも、ビクともしない。 錨鎖は重く、セイロン一人では動かす事もできない。 さらに、水中では呼吸が出来ないため刀術で鎖を斬る事も不可能。 (─時間もない。やりとうはあらへんけど、かんにんやで……!) 意を決し、水中で刀を抜く。 海底の岩を足で掴んで身体を固定し、精神を研ぎ澄ます。 刹那、小舟が落ちる音が海中に届いた。 (…遡龍一刀流─潮断ち!) 鋭い一閃が、リアスの左踝の少し上を切断。 セイロンはすぐさまリアスを抱え、海面に浮かぶ小舟に向かって浮上する 小舟に上がり、リアスを引き上げる。 そこには、着物を剥がれたクマノの遺体と救命具 そして、ウミヒコの着物が積まれていた。 セイロンは迷わず救命具の蓋を開け、リアスに応急処置を施していく。 切断された足を迅速に止血し、脈拍を確認。 (脈はまだある……息さえすれば……!) 気道を確保し、人工呼吸をする。 ウミヒコはその様子を上から少しだけ見ていたが、すぐに顔を上げて船を動かし始める。 数度目の人工呼吸で、リアスは海水を吐き出し自力で呼吸をしはじめる。 セイロンはホッと息を吐き、沖合いの方に目を向けた。 数隻の海賊船らしき灯りが近付いて来るのが見えるが、ウミヒコの乗った船が動き出したのが見えたのだろうか? 船団の動きはすぐに止まり、引き返しはじめた。 ウミヒコの乗った船が、その後を追うように沖へと進んで行く。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ ─足と顔の痛みで目を覚ます。 肺が痛み、声が上手く出せない 「ごっ……あぁあ゛!?い゛た゛ぃ゛ぃ゛!!」 顔を押さえて飛び起き、左足に手を伸ばす。 でも、何故か踝から先が無い 「起きたか!今から港に戻って、すぐに医療班とこ連れて行ったるさかいな。しっかりしぃや!」 セイロンが優しく声をかける。 リアスは自分の身体にかけられた着物を見て、痛みの中で我に返る 「……ウミヒコっ……ウミヒコは!?」 着物を握りしめて周りを見渡すが、姿は無い 「……あの子は、船で沖へ向かったわ。追加で攻めてくる海賊を止めて、町を守る言うてな。……それで、ウチにアンタの事を頼むて頭下げたんや」 聞くや否やリアスは船から飛び出そうとするが、即座にセイロンに掴まれ制止される 「そんな傷で海に入ったら死ぬよ!それに、これが一番マシな方法やったんや……!」 「っ……やだよぉ!ウミヒコっ!!ウミヒコぉぉ!!!」 リアスの叫びが、波間に響く だが、その声に返事は無い。 紅港を襲った海賊船は、ウミヒコを乗せて沖へと消えて行った…… ━━━━━━━━━━━━━━━━ そこからの記憶は、殆ど無い。 小舟の上では泣きっぱなし。 陸に上がってからは放心状態。 セイロン様が、病院に運ばれる寸前まで手を握っててくれた事だけはうっすらと覚えてる。 …病院に運ばれてからは散々。 顔や、失った左足先の痛みで2ヶ月はまともに眠れず。 昼間は事件の調査と称して取り調べ。 あんま酷いこと聞かれなかったのは、多分誰かが庇ってくれていたんだと今なら分かる。 ただ、あの時は心も身体もズタズタだった。 ……でも、一番キツかったのは自室に帰った時。 傷と身体が落ち着いて、退院が決まったのが事件から3ヶ月後。 杖をついて帰って、色々覚悟して戸を開けて中に入るとさ、全部ちゃんと片付けてあったんだよ。 食器も、服も、布団も。 で、大家さんが言うんだ。 「役人の人から言われて、あんたが入院した日に片付けに入ったんだけどね。全部片付いててやる事は無かったよ。だから、何もせずそのままさ」 って。 ─あいつ、最初から帰らないつもりであの場に居たんだ それを理解したとき、また涙が溢れてきて。 部屋の中で、一人で泣いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 「……っとまぁ、だいたいこんな所ですよ。半分以上は、セイロンさんは知ってるでしょう?」 少しだけ、抗議するように声をかける だが、セイロンはクスクスと笑う 「いやぁ、調書にはあの男の子との関係は書いてなかったからなぁ。長年気になっとったんよぉ。いやぁ、胸のつっかえがやっと取れたわぁ」 徳利に口をつけて酒を飲み干し、セイロンは続ける 「それに、あの後のリアスはんは荒れに荒れてたやろぉ?港で海賊っぽい人が居ったら、片っ端からしばいてはったもんねぇ。ウチらの追ってた無法者を先に捕まえてしもたりして、えらい難儀してたんよぉ?」 隣に座り意地悪く笑うセイロンを見下ろして、リアスは深くため息をつく 「……その件は正式に謝罪したじゃないですか。なのに、『海神のリアスに手柄を取られた~』なんて忘年会で言いふらすし!おかげで、急に班持たされたりして大変だったんですからね!」 ワイワイと言い合い、じゃれ合う2人。 リアスがふと視線を外すと 話を聞いていた女性役人達は肩を寄せ合って泣いていた 「悲恋……あまりにも、悲恋っ!」 「美男子海賊との禁断の恋っ……憧れしかないっ……!」 「なぜ神は2人を結ばなかったのか。厳重抗議の必要があります」 などと思い思いの感想を語らっている。 横から聞き耳を立てていた男共も、 「姉御…憧れてたのに……」 「いや、まだチャンスはあるはずだっ!」 などと勝手に盛り上りを見せはじめる リアスは呆れてため息をつき、猪口に酒を注いで飲み干す。 「だから面白い話じゃないって言ったろ!?さぁ、散った散った!!」 照れ隠しに声をあげ、集まっていた役人達を散らして行く。 その様子を横目に見ながら、セイロンはふと思い出したように質問をする 「そういえば、あの時の海賊船は舶来の《がれおん船》いうヤツやったなぁ。のぉでんす号、ちゅうて書いてあったっけ。今思い出したわ」 リアスの肩がビクッと震えるが、セイロンは続ける 「それにリアスはんが普段振り回しとる錨。あれ、やっぱりあの時の錨やんなぁ?自力で引き揚げたんかぇ?」 ギギギ…と音がしそうな程ぎこちなく振り返り、リアスはセイロンににじり寄る 「リアスはんの刀術【海神の錨(のーでんすあんかー)】って、やっぱり……」 ダンっ! と音が響き、リアスがセイロンに壁ドンを仕掛ける。 「─海賊に戻ったアイツがもし、また私の前に現れたら。次は、必ず捕まえますから」 耳まで真っ赤にしながら、リアスはセイロンの目を見て言う。 「ほな、そういう事にしとこか。かんにんえ?」 セイロンは、どこか見透かしたように─だが、優しく微笑んだ。 しかし、敏腕警視と凄腕警視正の一触即発の空気に当てられて場が完全に固まっている。 全員の視線が注がれている事に気付き、2人は 「…なんでもないよ!」 「…なんもあらへんよ?」 と言いながら立ち上がり、宴会の輪の中に戻っていく。 (ウミヒコ……あんたがまだあの船に乗ってどこかの海で生きてるなら、私はそれで十分さ。私は、生きてここに居る。この紅染めの港で、ずっと居るから) ─ほんの僅かに香る潮風が、酒宴の席を優しく包む。 酔いは宵へと深まって、やがて月が顔を出す。 飲んで、笑って、転がって 役人達は、一人、また一人と帰路へつく。 皆、一人一人。 それぞれが、想いを胸に明日へと向かう。 その歩みの先など知らずとも、人の営みは続いて行くのだ……   紅染めSS【海神の恋】─おわり ━━━━━━━━━━━━━━━━ ──???の独白── 若い2人の切ない恋は、海神の船と海神の錨…2つに分かたれ、沖と陸とに別れて終わった。 20年を過ぎてなお、巡り合わぬこの因果 再び相まみえる日は来るのだろうか? それは、もう少し先の話。 私の占いでも、まだぼんやりとしか見えないんだ。 でも、もしもそんな日が来るとしたら とても、素敵な事だとも。 あぁ、でもね、 紅染めにまつわる今宵のお話は、これにてお仕舞い、お開きだ。 君がお話を聞いてくれるなら、またいずれしてあげよう。 私も、とっておきの話を用意しておくからね。 それでは皆様、ごきげんよう。 過去が今を創り、未来を紡ぐように 紅染めの空の下で、また会いましょう……       ???の独白─おわり