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禁域に封じられし少女『ねェ…こコからダしテ?解放…シて?』

境界管理局《宵断機関》。 世界に生じる“裂け目”を監視し、封鎖し、必要であれば切除する為に創設された、存在そのものが秘匿指定となっている超常管理機関。 だが、その名の由来を知る者は機関内部にも殆ど存在しない。 “宵断”とは、 本来とある存在を指す名称だった。 ――【禁檻】宵ヶ裂。 まだ機関が存在しなかった頃。 世界には幾つもの境界災害が発生していた。 時間逆流。 未確定領域の侵食。 記録改竄。 世界汚染。 異能力者の誕生。 そして、その全ての中心には、一人の少女が居た。 黒髪。 白い着物。 全身を覆う無数の封印札。 彼女は何もしない。 ただ、“見る”。 存在を理解しようとする。 知ろうとする。 解析しようとする。 それだけで世界法則は彼女に“回答”を始めてしまう。 人々は恐れた。 この少女は、世界そのものに「続きを読ませてしまう」のだと。 故に当時の術師達は、彼女を殺そうとした。 だが不可能だった。 存在を消しても、記録を消しても、概念を否定しても、“解析済み”となった瞬間に世界側が結果へ収束してしまう。 そこで彼らは結論に至る。 倒せないなら、“続きを読ませなければいい”。 そうして造られたのが、後の《宵断機関》である。 封印。 隔離。 境界固定。 未観測処理。 機関の技術体系は全て、たった一人の少女を封じる為だけに発展した。 しかし皮肉な事に、《宵断機関》最大の切札もまた、宵ヶ裂本人だった。 世界規模の境界災害が発生した時だけ、機関は封印を一部解除する。 すると少女は静かに目を開ける。 「……みつケた」 その瞬間、災害側が“観測対象”へ転落する。 だから機関には、ある禁則事項が存在する。 『宵ヶ裂を、最後まで解放するな』 それは世界を守る為の規則であり ――同時に。 機関創設者達が、最期まで恐れ続けた“結末”でもあった。 まだ、微かに残る 遠い遠い昔の、人としての少女記憶… 小さな村だった。 山と霧に囲まれた、地図にも載らないような場所。 少女はそこで、“気味の悪い子”として生きていた。 誰かが転ぶ前に手を伸ばす。 喧嘩になる前に泣き出す。 嵐が来る前に窓を閉める。 まるで、これから起きる事を最初から知っているみたいだった。 だから村人達は、少女を避けた。 「縁起が悪い」 「気味が悪い」 「目を合わせるな」 それでも少女は、誰かを助けるのをやめなかった。 だって放っておけなかったから。 ある年の冬。 村で火事が起きた。 夜空を焼く炎。 崩れ落ちる家。 泣き叫ぶ人達。 少女は知っていた。 この火事で、たくさん死ぬ。 だから走った。 燃える家の中へ。 煙の奥へ。 何度も、何度も。 小さな身体で、 必死に人を運び続けた。 そして最後。 崩れかけた蔵の奥に、 一人の男の子を見つけた。 少女のたった一人の友達だった。 でも、 その瞬間に分かってしまった。 ――もう、間に合わない。 助ければ村が燃える。 村を守れば、この子が死ぬ。 少女は震えた。 嫌だった。 どっちかを選ぶなんて。 だから“両方助かる未来”を探した。 必死に。 壊れるほど。 その瞬間。 世界が、裂けた。 空気が軋み。 空間に黒い亀裂が走る。 燃えていた炎が止まり、崩れた筈の柱が宙で静止した。 まるで世界そのものが、“答えを出せなくなった”みたいに。 少女はその隙に男の子を抱えて飛び出した。 助かった。 誰も死ななかった。 ……その筈だった。 でも。 裂けた空間は閉じなかった。 黒い亀裂は村を呑み込み、家を、道を、人を、境界ごと削り取っていく。 村人達は恐怖した。 あの子がやったんだ、と。 少女は泣きながら謝った。 「ごめんなさい……っ  ごめんなさい、ごめんなさい……!」 でも、もう誰も近付かなかった。 やがて現れた術師達が、少女の身体に大量の御札を貼り付ける。 封印されながら、少女は震える声で尋ねた。 「わたし、まちがってたの……?」 誰も答えなかった。 ただ一人、年老いた術師だけが、空間に走る裂け目を見つめて呟く。 「……宵に生まれ、境界を裂いた子か」 それ以来。 少女は“名前”ではなく、現象として呼ばれるようになった。 ――宵ヶ裂、と。 さいしょは、みんなやさしかった。 「すごい力だ」 「人を助ける為に使おう」 そう言って、頭を撫でてくれた。 だから頑張った。 泣いてる人を助けた。 怪異に呑まれた街を戻した。 壊れた境界を繋ぎ直した。 「ありがとう」 って言われる度、うれしかった。 もっと出来るようになりたかった。 もっと、ちゃんと。 でも。 だんだん、 みんなの顔が変わっていった。 わたしが“みる”たびに。 わたしが“理解”するたびに。 みんな、少しずつ怖い顔をするようになった。 どうしてだろう。 ちゃんと助けてるのに。 ちゃんと、救えてるのに。 ある日、大きな境界災害が起きた。 街ひとつ消えるって、 みんな言ってた。 いっぱい人が死ぬって。 だから、わたしは全部みた。 みんなが助かる道。 誰も泣かない終わり。 壊れない未来。 ちゃんと見つけた。 だから、止めた。 ……止めた、はずだった。 気付いた時には、 街が静かになってた。 風も。 音も。 人も。 みんな、そこで止まってた。 笑ったまま。 歩いたまま。 抱きしめたまま。 まるで、“完成した絵”みたいに。 わたしは怖くなった。 違う。 こんなのじゃない。 こんな風にしたかった訳じゃ―― でも、 術師達はもっと怖い顔をしていた。 「封印しろ」 「もう遅い」 「理解領域が世界規模に達している」 そんな言葉ばっかり聞こえた。 やだ。 やだ。 こわい顔しないで。 わたし、まだちゃんと出来るから。 次は失敗しないから。 だから―― 「まって」 いっぱい御札を貼られた。 身体が重くなった。 声も上手く出なくなった。 結界の奥へ押し込まれる。 暗い。 寒い。 さみしい。 いやだ。 ひとりにしないで。 「ねぇ……」 誰も返事しなかった。 封印が閉じる直前。 ずっと一緒だった術師のお兄さんだけが、泣きそうな顔で言った。 「お前を外に出したら、世界が終わる」 ……分からなかった。 どうして。 わたし、 そんな悪い子じゃないのに。 助けたかっただけなのに。 だから今でも、 封印の奥で待っている。 誰かが来るのを。 御札の隙間から、 小さく手を伸ばして。 「……ねぇ」 ぺたり。 封印札の向こうに、指先が触れる。 「もう、おとなしくするから」 ぺたり。 「こんどは、ちゃんとするから」 ぺたり。 「だから――」 暗闇の中。 宵ヶ裂は、ずっと微笑んでいる。 「ここから、だして?」