遥か昔の話である。 海に一匹の大きな鯨が現れた。その名を『蒼鯨』と言う。 『蒼鯨』は、一匹のただの大きな鯨であった。その大きさは、口を開けば山を容易く一呑みし、海面に現れれば一つの大陸が出来ると言われるほどであった。 あるところに一人の青年がいた。その名は"ロバーツ・クロウ"。若き漁師である。 ロバーツは海にたった一人の友人がいた。『蒼鯨』である。 ロバーツは嘗て海へと漁をしに行き、そこで『蒼鯨』と会合した。 眼前には大陸が如き巨体を誇る鯨。対してロバーツは釣り竿一本。 しかし、ロバーツは退かなかった。釣り竿一本で『蒼鯨』へと立ち向かい、死闘を繰り広げた。 『蒼鯨』は侮っていた。眼前の男を、ロバーツ・クロウを。 『蒼鯨』は軽く身動ぎした。愚かにも立ち向かった男を、海底へと沈めるために。 高波が立ち、海は大きく荒れる。船は激しく揺れ、まともに立つことさえ難しかった。だが、ロバーツは立った。 ロバーツは決して釣り竿を離さず、ただ目の前の『蒼鯨』を見据えた。 『蒼鯨』は慢心していた。誰だってそうだろう。たった一匹の蟻と一匹の象を戦わせたら、当たり前に象が勝つ。それほど当たり前のことだ。 直後、『蒼鯨』は大きく力を入れた。いや、入れざるを得なかった。ロバーツは目の前の『蒼鯨』を引っ張ったのだ。 そこから、一進一退の攻防が続いた。大きく暴れ始める『幽鯨』に対し、決して釣り竿を離さず引き続けるロバーツ。 その決着は、釣り竿の糸が切れたことにより終結した。 海の底へと戻る『蒼鯨』。ロバーツは悔しさ隠さず、ただ海を見ていた。 それからというもの、『蒼鯨』はロバーツが漁へと出る時に限り現れる様になった。 ロバーツと『蒼鯨』は会合する度に死闘を繰り広げ、その絆は深まっていった。 そんなある日のことである。とある兵器が海へと逃げ出した。その名は『幽鯨』。 『蒼鯨』を模して作り上げた、殲滅兵器。 ある日、ロバーツと『蒼鯨』が対決をしようとしたその時のこと。『幽鯨』は現れた。 天から星が降り注いだ。否、星では無い。無数の、空を埋め尽くすほどのミサイルである。 ロバーツは船を動かしたものの、負傷し、『蒼鯨』は辛うじて直撃を避けた。 しかし、『幽鯨』がいる以上、この海に平穏が訪れることは無い。 そして、『幽鯨』が現れ、数ヶ月が経った。未だなお、『幽鯨』は海で暴れ続け、不漁が続いた。 そんな折、とある一人の発明家が訪ねてきた。その発明家が作ったのは…『時化』と呼ばれる人型機体であった。 曰く、あの『幽鯨』を倒すための物である。 多くの大人がこの『時化』に乗り、『幽鯨』へと挑んだ。しかし、悉く返り討ちに遭い、帰って来た者はいなかった。 世界中で『幽鯨』の被害は拡大し、未だ被害者は増え続ける。 そして、ロバーツは決断した。あの『幽鯨』を打ち倒す…と。 ロバーツは『時化』の搭乗者に志願した。 しかし、周囲の残り僅かとなった人々に止められた。『時化』に乗ること、『幽鯨』に挑むこと。それ即ち、死にに行くことである…と。 だが、ロバーツは一歩も退かず、三日三晩言い争い、そして、大人達は折れた。 斯くして、ロバーツは『時化』へと乗った。 そして、『幽鯨』を釣り上げるために、海へと出た。 眼前には大波な如く暴れる『幽鯨』。 こうして、ロバーツと『幽鯨』の死闘が始まった。 『アンカー』は幾度と無く、『幽鯨』の身体を打ち砕き、『幽鯨』もまた、幾度と無く『時化』を海面へと叩きつけた。 最早、前すら見えない程に意識は朦朧とし、それで尚も退かぬロバーツ。 その時、『アンカー』が『幽鯨』へと深く、深く突き刺さった。 渾身の力を込めて、『幽鯨』を海から引きずり出した。 『幽鯨』は宙を舞い、落ちてくる。 だが、最早ロバーツは動けるほどの体力は無かった。 『幽鯨』は即座に再起動し無数の武装を以て『時化』を排除しようとする。 回避も出来ず、ただそれを見ることしか出来ないロバーツ。 そして、そして…… 海は赤く染まった。 ロバーツの目の前に一つの巨大な影が落ちる。 それは『蒼鯨』の影であった。 『蒼鯨』は自らの命を犠牲に、ロバーツを救ったのだ。 ロバーツは吠えた。動かない身体を気合で動かし、『アンカー』を投擲した。 弾丸が如く、投擲された『アンカー』は『蒼鯨』の死骸を貫き、『幽鯨』を打ち砕いた。 斯くして、『幽鯨』は海から去った。 ロバーツは、海底へと沈む友人を見送り、遥か海の彼方へと進んだ。 宛はない。だが、一つの目的があった。 二度と負けない様に、二度とこの様な惨状が起きぬ様に。 命尽き果てるその日まで、ロバーツは戦い続ける。 全ては守れずとも、目の前の、友人の命ぐらいは守れる様に。 今も、船は海面にて揺蕩う。一人と一匹の築いた、平穏の中で。