ここは管理塔、荒野に聳える白塔、世界の中心、天上の管理人。 その主人たる管理者は、こう呟いた。 「疲れた〜!、もう無理〜!」 机に突っ伏した管理者、柔らかな胸部が押し潰される。 「そうおっしゃらないで下さい、こうして私達も手伝っていますので」 勝利者はそう呟いて書類の山を机に置いた、その背後から迫るは追加の紙束、ドサッ…という音を立てて机上を揺らす。 「これも追加です。」 そう呟いた彼女は敗北者、彼女は勝利者の姉にあたる存在。そして、書類から目を逸そうとする管理者の頬を押さえて資料の山へと向けさせる。 「ねぇ、ちょっと流石にこの量は私の手に余るわ……」 引き攣った表情の管理者、かれこれ数千年ほど彼女と過ごしてきたが、弱音を吐くのはいつもの事である。 「はいはい、そうですかそうなんですね、それでは頑張りましょう」 「冷たい!、あまりにも冷静な対応!、昔は今より可愛げがあって抱きしめたくなるぐらい愛らしかったのに……」 どこから取り出したのか、泣き真似をしている管理者はハンカチで目元を拭う。 その様子に慌てたように勝利者は呟く。 「だ、大丈夫ですよ!、私たち三人で頑張ればきっと終わります!」 「ん〜!、勝利者は今も変わらず可愛らしいわ!」 頬を擦り寄せて抱きつく管理者、その様子を敗北者が溜息混じりに引き剥がすと椅子へと再び座らせた。 「はい、それでは元気が出たようですので仕事を再開しましょう。」 「くっ!、わたし管理者なのに逆に管理されてるわ!」 管理者の嘆き、白塔にて木霊する。 この世界の住人は両手指に数えられる程度しかいません。"管理者"さんを筆頭にして姉の"敗北者"と私、それから先輩にあたる"生誕者"さんに……えーと、それから最近来た"凍結者"さんと……あとは、ん〜……すみません、全員は覚えきれませんでしたっ! 私、"勝利者"はそう呟いて本を開いた。 最近から日々の終わりに日記を付けてみようかと数日前から書き始めたのは良いものの、残念な事に私ではペンを握るばかりで上手く喉奥から言葉が出てこないのです。 私とは正反対に姉はこういった事が昔から大得意で、さらさらと本日の分までを書き終えてしまいました。 そういった事は得意不得意の領分なのですが、とても……私は羨ましく感じてしまいました。 あっ、そうです!、では今日は姉の事について書いてみましょう。 うん!、我ながら良い考えです、早速書いてみましょう。 ________________ 私ですね、ずっと姉の背に守られながら育ってきました。年は私より幾つかばかり上で、この世界に来る前はよく両親から私の事を守ってくれるヒーローのような存在でした。 もちろん、今もヒーローですよ?………そう!、姉はすごくカッコよくて昔からの私のヒーローなんです! たぶん、私は今でも……そんな姉の背中を追っているのだと思います……。 しかし、この世界に来てから姉は少しだけ変わってしまいました。 それは___、とても良い意味での変化なのです。 聞いて下さいよ、姉がよく笑うようになったんです! だってそんな事、前にいた暮らしでは本当に想像できなかったんです。そして、そんな今の姉の姿を見れて私は本当に幸せ者ですね。 あっ!、そういえば昔だとか今だとか話が飛躍していて分かりにくかったですよね? すみません、まずは順を追って説明を致しますね。 大事なことは、この世界の事を"皆さん"は「管理塔」と呼んでいる事です! 先に断っておきますが私自身、この世界の本当の名前なんて知りませんし、それは他の方だって同じ事です。それにですね……、管理者さんはその話題をご自身では口にしたがりません……。 何故でしょうか……??? だから、仕方なく私もこの世界の事を他の方々と同様に"管理塔"と呼ぶようになりました。 Q1.まず、何で管理塔なのか? A.そうですね……、多分この世界の中心に巨大な塔があるからでしょうか?、管理者の住まう塔、つまりは管理塔なのですが、不思議な事にそれ以外はこの世界に目立つ建造物がまったく"無い"のです。 だから、この世界のシンボルである"管理塔"の名前で自然と呼ばれるようになったらしいです。 Q2.次に姉との仲は? A.すごく良好です!、もう相思相愛と言ってもいいでしょう!、これは秘密なのですが、実は姉は……ビリビリビリッ! ……残念、何者かによってページが破かれたようだ。 Q3.では次、名前が変ですよ? A.はい、間違いなく私の名前は勝利者です。そして姉は敗北者と呼ばれていますが、それについては各人の役割が込められている事を説明する必要がありそうですね。 まず私は名前の通り"勝利する者"の役割を担っています、言い換えれば私自身は『"勝利する"という概念の擬人化』に近いのかもしれませんね。 なので、私は勝利という概念及びに結果を他者に押し付ける力を有しています。 しかしですね、よく"指導者"さんに修行と称して私はコテンパンに返り討ちにされてしまいます。 要するに、私は無敵ではありません! 勝利という概念を押し付ける力、という事は相手との概念での押し合いに押し勝つ必要があるのです。 私は概念力とも言うべき要素に欠けているらしく、勝った回数を数えるよりも両手の指を数えていた方がまだ多いぐらいです。 つ・ま・り!、この世界において『概念をどれだけ他者に強く押し付けられるか』が重要であり、私はこの世界において限りなく最弱に等しい存在だと言いたい訳です。 あっ!、すみません……いつの間にか本題から逸れてしまいましたね。 こほんっ……!、分かりやすく説明するなら私達の持つ名前は自分自身が何者であるかを示す証明書であり、これから何を為すべきかを記した取り扱い説明書のような役目も担っているのです。 だから、私は役割である勝利を目指して頑張りますし、先程の話に登場した指導者さんも私を強くするという役割を果たす為に指導を頑張ってくれている訳です。 Q4.それでは姉はどうなの?、名前通りに負けるの? A.はい、負けます!。 たしかに姉は"敗北者"という名前です、ですから"敗北する者"の役目を背負った存在です。それは呪いにも似ていて、私が勝とうとすればする程に姉はひどい負け方をしてしまいます。 言うならば勝利と敗北は表裏一体、片方が圧勝したのならば残された一方が惨敗を喫するという結末は必然の出来事だという事です。 それは私たち姉妹も同じ、そして私は……姉の役立ちたくて勝利を捨てたのです。私が"勝利を知らぬ者"である限り、姉は"敗北を知らぬ者"でいられるのです。 だから、私は負けて負けて負け続けて……… あれ……?、わたしは何を……?? ご、ごめんなさい!、少し考え事をしていました! Q5.最後に管理者とは仲がいいの? A.はい、私たち姉妹は管理者さんと凄く仲が良かったのですよ! しかし、もう居ませんが…… へっ……???、何を言っているのですか? ほら、ここに管理者さんは居ますよ?、私の直ぐそこに…… 私は、硬直した。 あはははっ………なるほど、悲しい事に今までの話は全てが"錯誤"であったようです………。 ___パタン… 私は静かに日記を閉じた、そして……その視線は不自然なまでに何もない空間を睨んでいた。私は立ち上がる、そして語りかけた。 「そこにいらっしゃるのですよね、錯誤者さん?」 空間が歪む、いや……この場合は元に戻っていくと考えた方が正しいのだろう。 本当に残念ながら……、どうやら今の今まで私は周囲に何も無いと"錯誤"していたらしい、そして先程から"彼女"は間違いなく立っていたと確信を持って断言できる。 すると、私の目の前には1人の見知った少女が姿を現した。 彼女はビックリした様子で喋る。 「あれ…?、バレちゃった……」 「なんで……」 彼女を睨んだ勝利者の表情には怒りが込み上げていた、"錯誤者"と呼ばれた少女に語気を強めて問いかける。 「あえて確認しますが、管理者さんは今どこなのですか?」 錯誤者はバツが悪そうな表情で頬をかく。 「君も知ってるだろ…、彼女なら死んだよ……」 頭部を鈍器で殴られた感覚がする、私は怒りで震えた口を無理に動かした。 「まさか…!、あなたは先程まで私の認識をズラしていたのですか!?」 体を震わせる錯誤者は悲しげな目で勝利者に弁明する。 「管理者がいなくなって、君はどこか魂が抜けた様子だった……だから、少しの間だけでも気を楽にしてあげようと……」 私はどうしようもない感情が湧き上がり、錯誤者を罵倒してしまっていた。 「ふざけないで下さい!、私はそんな事を望んでいなかった!」 錯誤者は身をすくめた、彼女の権能は"認識、ひいては現実すらも間違っていた事にする概念"である。それは気づかなければ二度と出られない錯誤の檻、さっきまで私はそこに閉じ込められていたのだろう。 「悪かった……、でも君を怒らせたかったわけじゃ……」 どうしても私は怒りを抑えきれず、図らずも錯誤者を傷つけてしまう。 「そんな言い訳!、私は聞きたくなんか……!」 言葉を言い終わる前、背後から誰かに肩を掴まれる。 ___バッ! 咄嗟に振り返った私の視界、そこには姉の姿があったのだ。 「お姉ちゃん……、何を…?」 私は理解が出来ないでいた。 姉の敗北者は首を横に振り、こう呟いた。 「そこまでにして…、貴女の様子がおかしかったのは紛れもない事実。そして、錯誤者が貴女にした事は悪気があっての事じゃない、だから許してあげてほしい」 私は地面に膝を折り、そして姉に問いた。 「管理者さんが死んだってどういう事ですか!、彼女が死ぬ筈が……!」 姉は黙っていた、私は喉を引き裂いて叫んだ。 「いいから答えてよッ!」 すると、静かに敗北者は語り出した。 「やっぱり、覚えていないのね……」 まったく意味が分からない、私は首を傾げていた。 「何を……言って…?」 私は管理塔がある筈の方向を向く、そして目を見開いてしまった。 管理塔が崩れていた、あの巨大な塔が崩落していたのである。 「な、何……これ…」 私は突然の事に混乱し、ひどい眩暈に襲われていた。 姉が溜息をつく。 「はぁ………仕方ない、少しだけ乱暴するよ?」 瞬間、誰かの手が背後から心臓を突き破って伸びてくる。私は痛みと恐怖に押し潰され、気を失ってしまった。 これは管理者が殺される、その少し前の会話記録である。 「もう事務作業なんて大嫌いです!、私はこれからストライキを起こします!」 いつも通りに管理者が駄々をこねていた。 「だ、大丈夫です!、私も頑張りますので!」 勝利者はいつもと変わらぬ様子、その奥で姉の敗北者は黙々と書類整理を行っていた。 そんな時だった___、 塔が激しく揺れ始めた。 勝利者は混乱していた。 「な、ななな何ですかコレは!?、地震が起きています!」 しかし、管理者は冷静であった。 「どうやら誰かが塔に攻撃を仕掛けたようだ、二人とも頭を低くしておくように……」 管理者は塔の崩落状況を確認する、その次の瞬間には何か巨大な存在が突っ込んで来る事に気づいた。 「伏せて!」 管理者は二人に指示したと同時に二人を塔の外に瞬間テレポートさせる、しかし当の本人は間に合わずに衝撃に備えていた。 ___ズッバァン……ッッ!!! 床全体が吹き飛んだと同時に突っ込んできた者の正体は巨大な何かの頭部である事に気づいた。 強く肉体が吹き飛ばされる、内臓が破裂しながらも管理者はその場から瞬間テレポートする。 次の瞬間、敗北者達の前に現れた。 「管理者さん!?」 勝利者は取り乱していた、しかし管理者は落ち着かせる。 「大丈夫、私はこの程度では死なないわ」 腹部を撫でると傷ついた内臓が修復されていく、そして先程までいた管理塔を睨んだ。 塔を蝕むように巨大な芋虫が内部から管理塔を破壊していた、あの虫は何だというのか……?? 「まさか…!?」 以前に報告のあった虫ではないのか?、"研究所"からの連絡が途絶えて以降は消息不明であった筈の存在が今になってどうして此処に…… 管理者は苦虫を噛み潰したような表情を見せると、背後に振り返ってこう言った。 「敗北者、それから勝利者は他の皆を集めて逃げなさい。脱出ルートについては指導者が知っている筈だから……!」 しかし、勝利者は叫ぶ。 「待って下さい!、管理者さんはどうするつもりですか?、私達と一緒に逃げましょうよ!」 だが、管理者は首を横に振った。 「ごめんなさい、私は行けないの……だって、私は管理者、この世界を何があっても守らなければならないの」 管理者は虫へと踏み出す、勝利者はその背中を追おうとするが姉に止められる。 「勝利者!、今は私達にできる事をするべき!」 姉は、私の手を握って管理者から遠ざかる。その手は微かに震えているのが分かった。しかし、恐怖を押し潰して叫ぶ。 「管理者さんなら大丈夫!、だってこの世界で一番強い存在だから……!」 私はそれに頷いた、今はただ信じるしかなかった。 管理者は遠くに見える塔を見据えていた。 「まぁ、調べるしかないわよね」 ____手を翳す……! 管理権限を行使、その身を現したからには私の支配圏から逃れる術は無い。 アーカイブを参照、対象:不明の巨虫に関する行動記録を抽出。 「嘘……!」 その瞬間、管理者は息を飲んだ。 どうやら………、この忌々しき虫は消息不明となっていた間に最上位の存在、即ち管理者の仕える"運命則"に寄生していたらしい。 ____しかし、何故だ? 『運命則』は全てを司る至高の存在、虫けら程度に寄生されてしまう事など有り得はしない。 ふとした疑問、次にそれは一つの答えとして口に出た。 「まさか………、この管理塔を裏切った…?」 運命則の裏切りについて思考を巡らせる。 この世界に侵入した虫に関する疑問、だが此の世界は不可侵の領域だ。そう易々と攻め入れる空間ではない筈だ、それを可能とするのは私と同じ権限を有する存在……もしくは、その更に上……即ち"運命則"ただ一つしか有り得ない…! しかし何故だ……?、まさか私が邪魔になったとでも言うのか? 疑念は晴れない、だがしかし今はそれどころではない……!? 大地を踏み鳴らし、その巨体が地響きを鳴り響かせて迫り来る。 ____覚悟を決めろ……ッ!! 強風になびく髪が一瞬だけ視界を過ぎ去る、その瞬間には既に私は動き出していた。 足に力を込める、もっと……!もっと強く力を……ッ!! ____バァン……ッッ!!! 地面を蹴り砕く衝撃、私は拳を振りかぶる。 「ふんっ……!」 ____カアァン…!! あまりの硬い表皮に拳が弾かれる、敵の巨体が衰えを見せる事なく管理者を轢き殺す。 敵の突進攻撃、衝撃が肉体に伝播し、管理者は吐血する。 だが____、 「私を…、舐めるな……ッ!」 両脚で地面に踏み縛る…ッ!、血を垂らした口を噛み縛り、振り絞った両腕で全てを押し留めようと絶叫を挙げる。 しかし、勢いは止まらない。 瞬間、管理者は叫んだ___! 「止まれァーーーーッッ!!!」 瞬間、管理者は脳裏で権限を行使する。その途端、それに呼応するかのように彼女の肉体が躍動し、外敵たる虫へと牙を剥く。 「アァーァァアアァァァアアア……ッッッ!!!」 腕の血管がズタズタに弾ける感覚、しかし其の両腕が敵の表皮を押し砕く…! 掴んだ外骨格を握り潰しては決して離さない、地面に突き刺した両脚が悲鳴を挙げて敵の勢いを殺す。 ____その瞬間、両者の力は拮抗した。 それ即ち、見事に敵の動きを封じ込めたのである。 そして____、 「クソ野郎〜〜〜ッッ!!!」 天空を舞うは虫の巨体、怒号を轟かせて管理者は敵を投げ飛ばした。 周囲に舞う土煙、管理者は息を切らして地面にへたり込む。 「いや〜私……、そろそろ運動不足すぎて現役引退かも……」 痛みに悶えた肉体を無理に動かして立ち上がる。肉体の修復を急ぎたいところではあるが、あまりの消耗具合に修復が追いつかないでいた。 「あーもう、こうなるなら日頃から真面目に鍛えとくべきだったわね」 そう、再び動き出した虫を見据えて呟いた。 虫へと伸びた指先、標準はもう既に定まっている。 「固定式概念砲、装填準備完了!、即座に全弾一斉掃射!」 複数のレーザーが発射された音、空間を一直線に貫いては虫の肉体を焼き払う。だがしかし、効果はイマイチの様子であった。 そして、虫がこちらに向けて突進を仕掛けてきた。 迫り来る影、管理者を踏み潰さんとばかりに接近する。 「管理権限"___"を行使!、空間を断然せよ!」 その瞬間、管理者の眼前に大きく亀裂が走る。その途端に虫の巨体が見えない壁にぶつかり、大地を揺らす衝撃が世界全体に響いていく。 管理者の指先、眼前の敵を見据える。 「概念砲最大出力、直ちに発射ッ!」 最大火力の概念砲、彼女の視界の先の一切を灰燼と帰すかの如く一撃。 ____しかし、残念ながら虫は生きていた。 見開いた瞳、唇が震えた。 「嘘……!?」 さすがに無傷ではない事を祈る、それと同時に迫り来る巨体を上空へとワープする事で回避する。 「喰らえェーーーッ!!」 肉体の落下速度を込めた拳が虫の表皮を貫く瞬間、その衝撃が肉体を伝播し、反対側の腹部までもを貫いた。 聞こえる虫の悶える叫び声、ならばもう一発…! だが、その瞬間に虫の装甲に亀裂が走り、外骨格から漏れた光、その隙間から超高熱の蒸気が噴き出てきたのだ。 反射的に展開した防壁、しかし遅い。管理者の肉体が蒸気の中へと姿を消していく。 辺りを覆うは熱気と湯煙ばかり、溶かされた地面が音を立てて蒸発していく。 ____息を吸う、そして………! 「管理権限"落命"____、始動…!」 その声が響いたと同時に周囲の視界が一瞬にして晴れた、吹き荒れるは命の息吹、聞こえたるは神の如し言葉、その中心には管理者が存在していた。 灼熱を帯びた肌、黄金を纏いし瞳が敵を睨む。 「邪魔だ…!」 瞬間、あの巨体が視界の奥底へと軽々と吹き飛んでいく。 今まさに管理者の背後に響くは命の消えゆく儚き鼓動、そして………その拳に握られし決意は敵を討ち倒すと誓かった約定の証である。 キッ…と敵を睨む、管理者は自らの命を代償に一世一代の大勝負に出たのだ。 「私の全て、貴方にあげる」 ふっ……と、笑う。管理者は笑ったのだ。 今まさに崩れゆく自分自身の身体を見下ろし、覚悟を決めたようにニッ……と、笑う。 「これも運命ってやつかな?」 誰に問いたい訳でもない疑問が口から出た、そして一歩を踏み出す。 ____空間が歪んだ…… 彼女の一撃が敵を吹き飛ばす。肉体を穿つ拳、その勢いは止まらない。 ____ズバズハズバ……ッ!! 躊躇の一切ない連撃、一撃を放つごとに彼女の肉体が張り裂けていく感覚が肉体を駆け巡る。しかし、その握りしめた拳が制止する事は決してない。 頬の血管が派手に千切れた、顔を染める血飛沫が止まらない。 だが____、管理者は歯を食い締めて拳を更に硬く握り締めた。 「オぉりゃぁぁああああーーーッッ!!!」 拳を駆け巡るは渾身の一撃、敵の表皮を突き破り白濁とした体液が大空を染めるように噴き出した。 管理者が、見事に勝利したのだ…っ! 管理者の指先、敵を穿つ___。 「"変動式"概念砲!、一斉掃射ッ!」 次元を歪ませる一撃、敵の肉体を消し飛ばす。 地面に両膝をつく、息を切らした肉体から溢れた汗がポタポタ…と、地面に垂れては蒸発するかのように吸収されていく。 「ハァ……、はぁ…、ハァ…ハァ、ハァハァハァ」 肉体の崩壊が止まらない、徐々に自らの命が終焉に向かっている事を嫌でも知覚する。 「全く……、管理者って立場も楽じゃないわね」 揺らぐ視界、勝利の代償はあまりにも大きなものであった。 弱まる鼓動、間隔の広がる呼吸、小さな苦笑いを浮かべて大の字で倒れ伏した。 しかし、耳先に聞こえてきた物音に管理者は顔を上げる。 それは遠く、視界の真っ先に見えた人影。こちらへと駆け寄ってくる勝利者や敗北者、それに他の者達の姿である。 「もう……逃げなさい、って念を押したのに」 管理者は力無く笑った、勝利者の慌てた表情がどうにも彼女の笑いを誘ったのだ。 しかし、わたしの役目はこれでおわり…… また、あらたな管理車が彼女たちを導いてくれる事だろう。 そう、彼女は心で納得し、今はただ駆け寄る者達に向けて最後に別れの挨拶代わりに手を振ろうと右腕を上げた。 ____その時だった…! 地面が爆ぜた、ものすごい轟音と共に管理者のいる場を中心に土煙が舞ったかと思うと、いつの間にか彼女の肉体が空高くに存在していた。 その様子を遠くで見ていた勝利者、彼女は叫んでいた。 「管理者さん〜〜〜ッッ!!?」 管理者、彼女の肉体から血飛沫が飛び散った。"あの虫"の顎先が管理者の肉体を噛み砕いた。 地面から突如として現れた虫、だが先程の個体より幾分か小さく見える。 「二匹目…だと……っ!?」 噛み砕かれた下半身の痛みに喘ぎながら管理者は視界に虫の姿を捉えていた。まだ幼体だろうか、そんな存在が今の今まで地中深くに隠れ潜んでいたと言うのである。 管理者はすぐさまに対処しようと管理権限を行使する、 ____しかし、 「なっ……!?」 指先に力が入らない、先程の戦闘による疲労もあるだろうが、今回ばかりは少し異なった"違和感"である。 「私を……いや…っ!、管理権限そのものを取り込もうとしているのか…!?」 管理者の核たる"管理権限"が肉体から引き剥がされていく感覚、それは内側から骨身を削ぎ落とされていくかの如く激痛である。 管理者は喘いだ。 「ガッ……、ア……ぁ……」 今にも消し飛びそうな意識、だが未だに彼女は屈してなどいなかった。 「私はマズいぞ虫けらが……!」 顎先を鷲掴むと無理矢理にでもこじ開けようと両腕に力を込める、しかし更なる力が彼女の腹部を圧し潰す。 内臓を潰された瞬間、息が吸えずに全てを吐き出した。 勝利者はその様子を見てはいられなかった、だからこそ彼女は飛び出した。管理者を救うべく彼女は絶叫を挙げて飛び出したのだ。 「管理者さんから……ッ!、離れろォ〜ッッ!!」 勝利者の"権能"が発動された。 それは勝利への凱歌、勝利に対する渇望の一撃である。 しかし、敵の方が一手先を行く。 ____ズバァン……! 虫の巨体が勝利者を一瞬のうちに踏み潰す。 辺りに舞うは砂煙、だが周囲の予想とは結末は違う。 へたり込む勝利者、彼女の前に立ち塞がるは敗北者の後ろ姿である。 「お姉ちゃん…!」 勝利者の声、すると姉の声が返ってくる。 「何してるの!?、早く逃げて…!」 "敗北"の権能、それは敗北へと至るまでの道しるべ。 だがしかし、これは言い換えれば敗者の"特権"である。 巨体に今でも押し潰されそうに四肢を震わせる、だがそうなるのには些か時間がかかるだろう。 何故ならば、敗北という結末が変えられずとも"敗北までの道のり"は変えられるのだから…… 敗北者はそれを引き伸ばした、敗北という結末を肉薄とした惜敗にまで結果を"逸らした"のである。 しかし、弱い……ッ! 更なる重荷が加わり、敗北者の肉体が軋む。 「くっ……!」 勝負はここまでか……ならば、 「私が手を貸そう」 敗北者の視界の端、男の立派な腕が伸びてくる。 そして、虫の表皮に触れると____。 「教えておこう敗北者、敵に押し勝つにはこうするのだ!」 ____バァン…! 巨体を弾き飛ばす一撃、敗北者の真横で爆ぜた。彼女は思わず目を見開いていた。 虫が轟音を響かせ、地面に落下する。その様子を見て男は呟いた。 「ふむ、コツはこんな所だろうな」 指導者の"権能"、男はへたり込んだ敗北者を横目に敵へと歩みを続ける。そして、敵へと視線を向けた。 「悪いがお前の咥えている、その脳筋バカは私の教え子だ。さっさっと返してもらおうか」 放たれた威圧、背筋を刺した殺気に呻きを挙げながら虫は体勢を立て直そうと身を捻る。 だが遅い____、 「んっ、勝手に動かない」 地面が凍る、空気が凍る、肉体が凍る。 虫の肉体が一瞬にして凍った。 凍結者の"権能"、白濁とした吐息が彼女の口元でフゥ……と、空気中に霧散する。 「管理者がいなくなると私達が困る、だから死んで?」 凍結者の呟き、それに呼応してか虫が激しく身を揺する。表皮から吹き出した蒸気が瞬く間に氷河を溶かし、凍結者へと迫り来る。 ____ズバァン……ッ!! 凍結者を捉えた突進、地面を割り砕く。 だがしかし……、それは"錯誤"である。 「ん、助かった…」 凍結者の背後、隠れ潜むように"彼女"が現れた。 「ま、まぁ……私に出来るのって、これぐらいですし……」 錯誤者の"権能"、先程の全てが間違いに変わったのだ。 虫は混乱した、その瞬間に……ッ!? 「管理者は返してもらいます!」 ____ガァン…! 顎先を砕いた強烈な一撃、死すら感じる恐るべき一撃が虫の口元で爆ぜた。 管理者を抱えた存在、痛みに悶えた虫から一旦身を引く。 「管理者、まだ生きていますか…?」 その問いに管理者は呼びかけた。 「死亡……者…」 死亡者と呼ばれた存在、彼女は優しく管理者に微笑むと語りかけた。 「こんなに傷だらけになって、いつもの貴女らしくないですよ」 その言葉に管理者は苦笑いを浮かべた。 「はは……、それは……少しばかり手厳しいかな…」 「まぁ、詰まる話は後で、という事に今はしておきましょう」 そして視界におさまるは幼虫にして寄生虫にして害虫、そんな存在に向けて死亡者は呟いた。 「害虫駆除は、死を以て対処するに限ります」 管理者の身を静かに地に下ろした。 そして____、 死亡者の肉体がユラリ……と、揺れて消えた。 死亡者の"権能"、即座に敵を捉えた。 虫の視界、迫るは剣撃。恐るべき視線、虫を射殺す一撃である。 ____ズバァん……ッッ!! "不死殺し"……それはあらゆる存在、ひいては物質までもを殺す『形を成した死の結晶体』である。 虫の肉体を貫いた一撃、途端に全身を駆け巡るは這い寄る死である。 虫は叫んだ、叫び声を挙げたのだ。 あの"蠱毒"の中で感じた、あらゆる存在から隔絶されし"孤独"の慣れ果てを目視した、これを知覚した、それを感じていた、我が身に"全て"を受けていたのだ。 首の皮一枚、魂の奥底に刃先が届くまでのほんの一瞬の瀬戸際に"奴"は全てを理解したのだ。 管理塔を揺らす、空間を歪ます、瞬間を終わす。 そんな叫びを奴は挙げていた。 ____"管理権限『an9」2=36.???/』" 虫は、幼虫から成虫へ、成虫から新たな存在へと昇華する。 "【新たな管理者】、即ち『誕生の瞬間』である。" ____我こそを見よ、 ____真偽の果てを視よ、 ____愚かなる者達を観よ、 ____この先の行く末を看よ、 ____溢れんばかりの祝祭を覧よ、 ____終わらぬ結末の始まりを廻よ…! 我は管理者、孤独な管理塔、万象の管理人。 《特例権限》保有者"krnvaj57" 虫がいななく、その声は大地を割り、あらゆる存在に向けて威を向ける。 「あっ、これは不味い、笑えないくらい非常にマズいかも……」 管理者はただ顔を青ざめた。 魂の半分を消失、私が生きていられる時間はほんの残り僅かであろう事は理解している。 もはや私に意味はない、ただ死ぬだけの存在、今更に事を解決する手段など持ち合わせてはいない。 だが____、 管理者は目を開く、迫り来る脅威に目を向ける、そして死に損なった肉体を無理に立ち上がらせる。 虫が迫り来る、もはや敵は"管理者"と成り果てた。そんな相手を止められる者など存在する筈がない。 しかし、管理者は構えた。 覚悟を決めろ!、命を燃やせ!、全てを差し出せ管理者! 二つの力が衝突する、不完全な力の拮抗。 同じ管理者という存在にある者、今まさに覇を競ってせめぎ合う。 世界を揺るがす、大空が割れた。 もはや抵抗する力など無いと思っていた、しかし実際は違った。 まだ……、まだだ私…!、未だに私は朽ちてなどいない!、眼前の脅威に屈してなどいないのだッ!! 視界は既に光を失っていた、とっくの昔に希望など消え去っていた。 そう思っていた、信じていた、事実であった。 ____だが……ッ! 私は管理者、託された管理塔、始まりの管理人。 その全てに刮目せよ____ッッ!! ____否……! 「終わりの原点、始まりの終端を見せてあげるわ!」 その瞬間、全てが静まり返っていた。 時が止まった瞬間、あらゆる物質が動きを止めた。 そんな寂しい世界でただ一人、管理者は微笑みを浮かべて歩き出した。 それは脆く、小さく、儚い歩みであった。 今にも消えそうな存在、今まさに倒れ伏さんとばかりに震えた足取りを伴って管理者は前へと突き進む。 虫の前まで来た、この世界に奴の介入する余地はない。ただ白濁とした世界で静止するばかりだ。 管理者は笑いかけた。 「先輩管理者として、後輩たる貴方に一つ忠告をしてあげる」 蒸せる喉元、途端に血を吐いた。 しかし、管理者の言葉を遮る事はできない。 「あまり、この世界をナメないことね」 管理者の指先が"奴"の表皮に触れた。 【これより管理権限の移行を開始します、許可しますか?】 管理者は儚く微笑んだ。 「………Yes」 【許可を認証、移行を開始します。】 管理の視界に映り込む文字列、すると再び変化した。 【移行完了、お疲れ様でした。管理権限を剥奪します。】 ____ドクン…! 心臓が止まる音、そして世界は再び動きを始める。それと同時に管理者は両膝をつき、震える口元を動かした。 「皆んな、ごめんなさい……、私ってバカで面倒くさがりで不器用だから…、今は"こう"するしかなかったの____」 管理者の視界が閉じられる、迫り来る地面を見下ろしつつも、その表情はどこか儚く晴れやかなものであった。 何もかも理解が出来ない、敗北者はそう思った。 管理者さんが……、さっきまで立っていた管理者さんが今は倒れていて、"あいつ"はまだ生きている。理解が出来ない、何があったか何も理解が出来ないでいた。 虫が迫り来る、管理者の死屍を薙ぎ払い、私達に向けて脅威を剥き出した。 私は理解が追いつかない、だけど分かっている事が一つだけある。 「管理者……さん….?」 この感情の正体は"憎しみ"だ____ッ!? 憎悪がわたしを染め上げる、全てがわたしを壊してしまう、そんな感覚、そんな瞬間…… そんな時でした____、 皆んなの制止を振り切って、私は理不尽へと踏み出していた。敗北する運命だと私自らが知っていた筈なのに…… 私は敗北者、"敗北にたどり着く者"、それこそが敗北者だ。 しかし、私はそれを全て否定しよう。 私は敗北者、だがしかし今より私は"敗北を知らぬ者"、それこそが敗北者である私の成れの果て。それこそが!、今この瞬間からの私の"役割"であるッ! 敵を睨む、拳を握る、全力で振りかぶる。 全てを奪った、勝利を捨てた、敗北を捨てた、ただ有るのは"果てなき死闘"、結末を失った闘争だけだ。 背後で勝利者の苦しむ声を聞いた、勝利する者、それまでが"勝利者"だ。 だがしかし、ここから先は"勝利を捨てた者"、それこそが勝利者、彼女の為すべき役割だ……! 敗北者の打ち出した一撃、足りない力を補うように更なる力で敵の勢いを押し殺す。 私は叫ぶ…… 「クソムシがッ!!」 同格の力同士が互いに衝突する、勝利を捨てた事で辿り着いた敗北を知らぬ境地。 その戦いに一度の勝利はなく、その結末に敗北の二文字は刻まれず、あるのは終わりなき死闘の果てのみである。 剣を握る、勝つためではない、負けるためでもない、ただ闘争のまま身を擦り潰すだけである。 幾度にもわたる剣撃、何度もぶつかり合っては互いを相殺する。クソムシが更なる力で迫るならば、こちらも同等の力で弾いてみせた。 互いに決定打のない戦闘の継続、私はより鮮明に洗練されていく。 ___ズバァァン…ッ!! 今この瞬間、管理者たる"虫"は理解が出来なかった。今この瞬間にも自身へと刃を向ける存在、それはただの虫けら、簡単に捻り潰せて然るべき存在の筈だ。 だがしかし、奴は何故に死なない? 何故、奴は負けない?、何故、我は勝てないのだ? 力の差は歴然、こちらが圧倒的に有利な事実に変わりはない。管理権限を行使、眼前の敵を焼き払おうとするも奴が膝をつく事は決してない。 虫は理解が出来なかった、虫は状況を打破できなかった、虫は間違いに気付けなかった。 終わりなき死闘、最果てに向かう勝敗の行く末を未だに知らない。 敗北者、彼女は虫に抗った。 "敗北を知らぬ者"、それが今の彼女の役割だ。 その権能に敗北の二文字はなく、されど勝利の美酒も存在しない。ただ勝敗を失った無意味な死闘が続くばかりだ。 敗北者は止まらない、その手に構えた剣先を下ろす事はない。 虫は、奴を踏み潰そうと出力を上げるが、奴もまた対抗するように出力が上がっていく。故に互角、負ける事も勝つ事も許されない拮抗した戦況。 「」 【執筆途中】