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管理者(初代)

 ここは管理塔、荒野に聳える白塔、世界の中心、天理の管理人。  その主人たる管理者は、こう呟いた。  「疲れた〜!、もう無理〜!」  机に突っ伏した管理者、柔らかな胸部が押し潰される。  「そうおっしゃないで下さい、こうして私達も手伝っていますので」  勝利者はそう呟いて書類の山を机に置いた、その背後から迫るは追加の紙束、ドサッ…という音を立てて机上を揺らす。  「これも追加です。」  そう呟いた彼女は敗北者、彼女は勝利者の姉にあたる存在。そして、書類から目を逸そうとする管理者の頬を押さえて資料の山へと向けさせる。  「ねぇ、ちょっと流石にこの量は私の手に余るわ……」  引き攣った表情の管理者、かれこれ数千年ほど彼女と過ごしてきたが、弱音を吐くのはいつもの事である。  「はいはい、それですかそうなんですね、それでは頑張りましょう」  「冷たい!、あまりにも冷静な対応!、昔は今より可愛げがあって抱きしめたくなるぐらい愛らしかったのに……」  どこから取り出したのか、泣き真似をしている管理者はハンカチで目元を拭う。  その様子に慌てたように勝利者は呟く。  「だ、大丈夫ですよ!、私たち三人で頑張ればきっと終わります!」  「ん〜!、勝利者は今も変わらず可愛らしいわ!」  頬を擦り寄せて抱きつく管理者、その様子を敗北者が溜息混じりに引き剥がすと椅子へと再び座らせた。  「はい、それでは元気が出たようですので仕事を再開しましょう。」  「くっ!、わたし管理者なのに逆に管理されてるわ!」  管理者の嘆き、白塔にて木霊する。  この世界の住人は両手指に数えられる程度しかいません。"管理者"さんを筆頭にして姉の"敗北者"と私、それから先輩にあたる"生誕者"さんに……えーと、それから最近来た"凍結者"さんと……あとは、ん〜……すみません、全員は覚えきれませんでしたっ!  私、"勝利者"はそう呟いて本を開いた。  最近から日々の終わりに日記を付けてみようかと数日前から書き始めたのは良いものの、残念な事に私ではペンを握るばかりで上手く喉奥から言葉が出てこないのです。  私とは正反対に姉はこういった事が昔から大得意で、さらさらと本日の分までを書き終えてしまいました。  そういった事は得意不得意の領分なのですが、とても……私は羨ましく感じてしまいました。  あっ、そうです!、では今日は姉の事について書いてみましょう。  うん!、我ながら良い考えです、早速書いてみましょう。 ________________  私ですね、ずっと姉の背に守られながら育ってきました。年は私より幾つかばかり上で、この世界に来る前はよく両親から私の事を守ってくれるヒーローのような存在でした。  もちろん、今もヒーローですよ?………そう!、姉はすごくカッコよくて昔からの私のヒーローなんです!  たぶん、私は今でも……そんな姉の背中を追っているのだと思います……。  しかし、この世界に来てから姉は少しだけ変わってしまいました。  それは___、とても良い意味での変化なのです。  聞いて下さいよ、姉がよく笑うようになったんです!  だってそんな事、前にいた暮らしでは本当に想像できなかったんです。そして、そんな今の姉の姿を見れて私は本当に幸せ者ですね。  あっ!、そういえば昔だとか今だとか話が飛躍していて分かりにくかったですよね?  すみません、まずは順を追って説明を致しますね。  大事なことは、この世界の事を"皆さん"は「管理塔」と呼んでいる事です!  先に断っておきますが私自身、この世界の本当の名前なんて知りませんし、それは他の方だって同じ事です。それにですね……、管理者さんはその話題をご自身では口にしたがりません……。  何故でしょうか……???  だから、仕方なく私もこの世界の事を他の方々と同様に"管理塔"と呼ぶようになりました。  Q1.まず、何で管理塔なのか?  A.そうですね……、多分この世界の中心に巨大な塔があるからでしょうか?、管理者の住まう塔、つまりは管理塔なのですが、不思議な事にそれ以外はこの世界に目立つ建造物がまったく"無い"のです。  だから、この世界のシンボルである"管理塔"の名前で自然と呼ばれるようになったらしいです。  Q2.次に姉との仲は?  A.すごく良好です!、もう相思相愛と言ってもいいでしょう!、これは秘密なのですが、実は姉は……ビリビリビリッ!  ……残念、何者かによってページが破かれたようだ。  Q3.では次、名前が変ですよ?  A.はい、間違いなく私の名前は勝利者です。そして姉は敗北者と呼ばれていますが、それについては各人の役割が込められている事を説明する必要がありそうですね。  まず私は名前の通り"勝利する者"の役割を担っています、言い換えれば私自身は『"勝利する"という概念の擬人化』に近いのかもしれませんね。  なので、私は勝利という概念及びに結果を他者に押し付ける力を有しています。  しかしですね、よく"指導者"さんに修行と称して私はコテンパンに返り討ちにされてしまいます。  要するに、私は無敵ではありません!  勝利という概念を押し付ける力、という事は相手との概念での押し合いに押し勝つ必要があるのです。  私は概念力とも言うべき要素に欠けているらしく、勝った回数を数えるよりも両手の指を数えていた方がまだ多いぐらいです。  つ・ま・り!、この世界において『概念をどれだけ他者に強く押し付けられるか』が重要であり、私はこの世界において限りなく最弱に等しい存在だと言いたい訳です。  あっ!、すみません……いつの間にか本題から逸れてしまいましたね。  こほんっ……!、分かりやすく説明するなら私達の持つ名前は自分自身が何者であるかを示す証明書であり、これから何を為すべきかを記した取り扱い説明書のような役目も担っているのです。  だから、私は役割である勝利を目指して頑張りますし、先程の話に登場した指導者さんも私を強くするという役割を果たす為に指導を頑張ってくれている訳です。  Q4.それでは姉はどうなの?、名前通りに負けるの?  A.はい、負けます!。  たしかに姉は"敗北者"という名前です、ですから"敗北する者"の役目を背負った存在です。それは呪いにも似ていて、私が勝とうとすればする程に姉はひどい負け方をしてしまいます。  言うならば勝利と敗北は表裏一体、片方が圧勝したのならば残された一方が惨敗を喫するという結末は必然の出来事だという事です。  それは私たち姉妹も同じ、そして私は……姉の役立ちたくて勝利を捨てたのです。私が"勝利を知らぬ者"である限り、姉は"敗北を知らぬ者"でいられるのです。  だから、私は負けて負けて負け続けて………  あれ……?、わたしは何を……??  ご、ごめんなさい!、少し考え事をしていました!  Q5.最後に管理者とは仲がいいの?  A.はい、私たち姉妹は管理者さんと凄く仲が良かったのですよ!  しかし、もう居ませんが……  へっ……???、何を言っているのですか?  ほら、ここに管理者さんは居ますよ?、私の直ぐそこに……  私は、硬直した。  あはははっ………なるほど、悲しい事に今までの話は全てが"錯誤"であったようです………。  ___パタン…  私は静かに日記を閉じた、そして……その視線は不自然なまでに何もない空間を睨んでいた。私は立ち上がる、そして語りかけた。  「そこにいらっしゃるのですよね、錯誤者さん?」  空間が歪む、いや……この場合は元に戻っていくと考えた方が正しいのだろう。  本当に残念ながら……、どうやら今の今まで私は周囲に何も無いと"錯誤"していたらしい、そして先程から"彼女"は間違いなく立っていたと確信を持って断言できる。  すると、私の目の前には1人の見知った少女が姿を現した。  彼女はビックリした様子で喋る。  「あれ…?、バレちゃった……」  「なんで……」  彼女を睨んだ勝利者の表情には怒りが込み上げていた、"錯誤者"と呼ばれた少女に語気を強めて問いかける。  「あえて確認しますが、管理者さんは今どこなのですか?」  錯誤者はバツが悪そうな表情で頬をかく。  「君も知ってるだろ…、彼女なら死んだよ……」  頭部を鈍器で殴られた感覚がする、私は怒りで震えた口を無理に動かした。  「まさか…!、あなたは先程まで私の認識をズラしていたのですか!?」  体を震わせる錯誤者は悲しげな目で勝利者に弁明する。  「管理者がいなくなって、君はどこか魂が抜けた様子だった……だから、少しの間だけでも気を楽にしてあげようと……」  私はどうしようもない感情が湧き上がり、錯誤者を罵倒してしまっていた。  「ふざけないで下さい!、私はそんな事を望んでいなかった!」  錯誤者は身をすくめた、彼女の権能は"認識、ひいては現実すらも間違っていた事にする概念"である。それは気づかなければ二度と出られない錯誤の檻、さっきまで私はそこに閉じ込められていたのだろう。  「悪かった……、でも君を怒らせたかったわけじゃ……」  どうしても私は怒りを抑えきれず、図らずも錯誤者を傷つけてしまう。  「そんな言い訳!、私は聞きたくなんか……!」  言葉を言い終わる前、背後から誰かに肩を掴まれる。  ___バッ!  咄嗟に振り返った私の視界、そこには姉の姿があったのだ。  「お姉ちゃん……、何を…?」  私は理解が出来ないでいた。  姉の敗北者は首を横に振り、こう呟いた。  「そこまでにして…、貴女の様子がおかしかったのは紛れもない事実。そして、錯誤者が貴女にした事は悪気があっての事じゃない、だから許してあげてほしい」  私は地面に膝を折り、そして姉に問いた。  「管理者さんが死んだってどういう事ですか!、彼女が死ぬ筈が……!」  姉は黙っていた、私は喉を引き裂いて叫んだ。  「いいから答えてよッ!」  すると、静かに敗北者は語り出した。  「やっぱり、覚えていないのね……」  まったく意味が分からない、私は首を傾げていた。  「何を……言って…?」  私は管理塔がある筈の方向を向く、そして目を見開いてしまった。  管理塔が崩れていた、あの巨大な塔が崩落していたのである。  「な、何……これ…」  私は突然の事に混乱し、ひどい眩暈に襲われていた。  姉が溜息をつく。  「はぁ………仕方ない、少しだけ乱暴するよ?」  瞬間、誰かの手が背後から心臓を突き破って伸びてくる。私は痛みと恐怖に押し潰され、気を失ってしまった。  これは管理者が殺される、その少し前の会話記録である。  「もう事務作業なんて大嫌いです!、私はこれからストライキを起こします!」  いつも通りに管理者が駄々をこねていた。  「だ、大丈夫です!、私も頑張りますので!」  勝利者はいつもと変わらぬ様子、その奥で姉はの敗北者は黙々と書類整理を行っていた。  その時___、  塔が激しく揺れ始めた。  勝利者は混乱していた。  「な、ななな何ですかコレは!?、地震が起きています!」  しかし、管理者は冷静であった。  「どうやら誰かが塔に攻撃を仕掛けたようだ、二人とも頭を低くしておくように……」  管理者は塔の崩落状況を確認する、その次の瞬間には何か巨大な存在が突っ込んで来る事に気づいた。  「伏せて!」  管理者は二人に指示したと同時に二人を塔の外に瞬間テレポートさせる、しかし当の本人は間に合わずに衝撃に備えていた。  ___ズッバァン……ッッ!!!  床全体が吹き飛んだと同時に突っ込んできた者の正体は巨大な何かの頭部である事に気づいた。  強く肉体が吹き飛ばされる、内臓が破裂しながらも管理者はその場から瞬間テレポートする。  次の瞬間、敗北者達の前に現れた。  「管理者さん!?」  勝利者は取り乱していた、しかし管理者は落ち着かせる。  「大丈夫、私はこの程度では死なないわ」  腹部を撫でると傷ついた内臓が修復されていく、そして先程までいた管理塔を睨んだ。  塔を蝕むように巨大な芋虫が内部から管理塔を破壊していた、あの虫は何だというのか……??  「まさか…!?」  以前に報告のあった虫ではないのか?、"研究所"からの連絡が途絶えて以降は消息不明であった筈の存在が今になってどうして此処に……  管理者は苦虫を噛み潰したような表情を見せると、背後に振り返ってこう言った。  「敗北者、それから勝利者は他の皆を集めて逃げなさい。脱出ルートについては指導者が知っている筈だから……!」  しかし、勝利者は叫ぶ。  「待って下さい!、管理者さんはどうするつもりですか?、私達と一緒に逃げましょうよ!」  だが、管理者は首を横に振った。  「ごめんなさい、私は行けないの……だって、私は管理者、この世界を何があっても守らなければならないの」  管理者は虫へと踏み出す、勝利者はその背中を追おうとするが姉に止められる。  「勝利者!、今は私達にできる事をするべき!」  姉は、私の手を握って管理者から遠ざかる。その手は微かに震えているのが分かった。しかし、恐怖を押し潰して叫ぶ。  「管理者さんなら大丈夫!、だってこの世界で一番強い存在だから……!」  私はそれに頷いた、今はただ信じるしかなかった。  管理者は遠くに見える塔を見据えていた。  「まぁ、調べるしかないわね」  管理権限を行使、姿を見せた今ならばアーカイブを参照して虫のこれまでの行動を確認できる筈である。  管理者は息を飲んだ、どうやら今まで消息不明となっていた訳ではなく管理者が仕える最上位の存在"運命則"に寄生していたらしい。  しかし、何故だ?  運命則は全てを司る至高の存在、虫程度に寄生されるような事など有り得ない。  「まさか……裏切った…?」  この世界に虫が攻め込んできた事を含めて運命則には不審な点が幾つか思い浮かんだ。まさか、私が邪魔になったとでも言うのだろうか?  「そんな事はどうでもいい、必要な事は虫を駆除することよ」  管理者は権限を行使する、虫に向けて標準を定めた。  「固定式概念砲、装填準備完了!、即座に全弾一斉掃射!」  複数のレーザーが虫を貫く、しかし効果はイマイチであった。  そして、虫がこちらに向けて突進を仕掛けてきた。  「管理権限"___"を行使!、空間を断然せよ!」  管理者の眼前、空間に亀裂が入ったかと思うと虫の巨体が見えない壁にぶつかった様子で止まる。  「概念砲最大出力、直ちに発射ッ!」  最大火力の概念砲が視界を焼き払う、しかし虫は生きていた。  「嘘……!?」  さすがに無傷ではない、だが効果は大してなかったと言える。巨体が迫る、管理者は上空へとワープした。  「喰らえッ!!」  落下速度を込めた拳が虫の肉体に突き刺さる、その瞬間に虫の装甲の隙間から高熱の蒸気が噴き出た。  「」   【執筆途中】