知る人ぞ知る『山猫軒』。その屋台を見れば、迷わず入れと言われる隠れた名店。だが、今宵の『山猫軒』は不定期に訪れる客によって貸し切り状態だ。 屋台の調理場では猫耳の少女が慣れた手つきで魚を焼いている。青魚の香ばしい匂いは屋台の外に漏れるが、その独特な臭いはある種の魔除けにもなっている。 「ふむ、もう少し焼いてくれよ。ああ、大根もしっかりと下ろしてくれ」 琥珀色のビールを嗜むのはシルクハットに眼鏡を付けた客……というより猫。 「注文が多いですね」 猫耳の少女は毒づく。普段から愛想のない彼女はその目を鋭く吊り上げる。 「チミも昔はその口だったろう、人を食べるのは辞めたのかね」猫は不機嫌そうに言う。 猫の問いに少女は答えない。 過去は過去。今は今。何より己の身の上話をする程に少女は他者に心を許さない。 「吾輩もいい迷惑だ。何故に誰彼構わずに名を求めねばならぬのだ…」 猫はビールを一飲み、次いで煙草をふかす。 ふと外を見れば真っ黒な恐竜が料理を食べ終え、満足そうに寝息をたて始める。暢気な奴である。あの風貌に癖に悪事を働かぬと言う。 奴の中にあるのは食事のみ。 まあ、それでもあの芋虫よりマシだが。 「チミ、ビールを一杯頼むよ」 「どうぞ…酔っぱらって最期は水甕で溺死…しないでくださいね」 「チミは嫌な事を思い出させてくれるね!」 「そうですか、先生?」 「その呼び方も辞めたまえよ! 吾輩の美しい記憶に毒を塗るつもりかね!」