あの日。故郷は消えた。 建物が焼け落ちるとか、人が逃げ惑うとか、そんな隙も与えず災害は全てを奪っていった。 丁度私が国境を越えて数年離れる故郷を見納めるべく振り返った瞬間だった。見つめるしかなかった。慰めてくれる人は居ない。そんな人は全員消えてしまった。 私は気づけば走っていて、荷物はどこかに消えていた。多分その辺に置いてきたかもしれないし盗賊に取られたかもしれない。 そして、旅の目的地に辿り着く。門番に言われるまで気づかなかったが、編み込んだ髪型は崩れ、服の裾は破れ、腕には矢が刺さっていた。 そこは天界の門。城壁の上には兵士が何人か、扉は一見容易く通れそうだが、黒いドレスを着ていて、剣を腰に指している門番がこちらを見つめている。 「通行許可証は?」門番が聞く。 「あ…」 荷物が無いので、まずある訳が無い。その状況を察したのか、門番は 「通行許可証が無いと通れません。」と半ば予想通りの音を私に返す。 一夜にして帰る場所を失った私には後がない。いっそ、この矢を引き抜いて命を絶とうかとも思うが、そんな決心する気力も災害は奪っていってしまったのだろう。私はしばらく立ち尽くす。 門番はしばらく無言で、口を開いたかと思えば、「その矢を引き抜く覚悟はありますか?」と何気ない顔で聞く。「貴方は余程衰弱しているように見える。このまま待って頂ければ、どうせここを動けずいつも口に出来ないままの私の配給を分けましょう。その後は…」と、私が来た道をそのまま指さす。 私は「矢を抜けば、ここを通してくれるの?」と聞く。門番は顔を動かして、上にいる兵士に指示し通行の為の書類と帰る分の食料を持ってこさせる。 門番は「貴方は今にも死んでしまいそうな身。ここでその矢を抜き、死んでもいい覚悟があるなら、貴方はここに来る有象無象の悪人ではないと私は進言することが出来る。」 「最も、門番らしくない考えですが。」 上にいる兵士が書類を持ってきた。門番は書類を両手で受け取り、どこからかペンを取り出す。 私は今も腕に刺さり、気づけば血色に染まったその矢を見つめる。もう片方の手で矢尻を触る。痛い。痛い。本でしか見たことがない痛みがそこにある。 私は意を決して抜こうとする。しかし、矢は華奢な腕に思ったより深く刺さっていた。 その様子を見た門番は少し眉を動かし、「…そこまでするんですか。」と言う。私はそれでも抜こうとした結果か、血が急に溢れ出し、意識が遠のく。倒れる私を、誰かに支えられる感触で意識は遠のく。 次に目を覚ました瞬間、そこは医務室だった。「…」決死の行動は報われたようだ。安心すると涙が出るというのに、今日故郷は滅びて死のうともしたのに、涙は一粒も出ない。ぼーっと木造の天井を見つめる。微かに物音がするくらいで、驚くほど静か。 腕を見るともう矢は抜けていた。もう動かせないのかと思うほど、腕は上がらず痛かった。 窓の外から見える景色は、私がずっと求めていた景色。天使の私が居るべき場所。天界を抜け、堕天し、そんな私を受け入れてくれた人の国と似ているようで違う場所。 ここに来たのは、同じく堕天した、私の師匠の頼み。「弟子の様子を見てきて欲しい。」そんな簡単な依頼のはずだった。最も、その弟子に死を迫られるとも思わなかった。 木造のベッドの縁に手を伸ばし、起き上がれないかと試みる。その動きに気づいたのか、一人の天使が入ってくる。 先程の門番だった。もとい、私が尋ねるはずの弟子。「…お怪我は、大丈夫ですか。」と申し訳なさそうに聞く。「…痛い。」と私が答えると、「怪我人にさせる行動では無かったと思います。申し訳ございません。」と謝られる。私は何か言おうと思ったが、かける言葉は見つからなかった。 静寂の中、医務室にもう一人、若そうな兵士が入ってくる。「隊長。身に余る独断の処分については、現在審議中。だそうです。」と言い、私を見ると「大丈夫か?」と既視感がある言葉をかけられる。そして、「とりあえず、国には怪我が治るまで居られる。申し訳ないが、それ以上は居られない。」と。 門番は部下に礼を言うと、部下は去っていく。そして私を見ると、「申し遅れました。私はスフェーン。隊長みたいなもので、現在は天界の門番をしています。」と言い、「もう隊長で居られなくなるかもしれませんが。」1拍置いて続ける。 スフェーンは、「貴方にあんなことをさせたのは申し訳なく思っています。多くの兵士が見ている手前、通せば、あなたも私も処分されます。」 「私一人ではあなたを守り切ることはできません。だから、私だけが責任を負いました。」と言う。 外はまだ真昼。非日常感が2人を包み、この後にやってくる喧騒を予感させる。 重たい空気の中、「仕方なかったんだね?」と共感のようなよく分からない返事をする。 スフェーンは無言で頷く。私は、「…急だけど、ここに来た目的は貴方に会うためだったんだ。」と言うと、スフェーンは少し言いたそうに、「貴方も、師匠の…お弟子さんですよね。」と予測していたように言う。「最初来た時から分かっていました。だって、」 「私と同じ髪の結び方をしているから…」と私のほつれた髪を指さす。 私も、「戦いの時に崩れて邪魔にならないように…だっけ?」と返す。空気は少し和やかになり、スフェーンは少しハッとした表情で話を遮ってしまったことを謝罪する。 私は師匠の他の弟子に会えたことに感慨深さを覚える。かつて師匠の元に居た時、私1人しか弟子はいなかったからだ。それだからこそ、私を一人前の弓使いにしてくれたのかもしれない。そして、少し思い出した。刺さっていた矢は私が自分で命を絶とうとして、刺さったものということを。 思えば、その弓もその時置いてきてしまったと思う。痛みで全て忘れて、暗い森の中を走り抜けて。かつて師匠から頂いた鍛錬の証すらもそこへ置いてきてしまった。 ふと、「刺さってた弓矢はどこにあるの?」とスフェーンに聞く。スフェーンの目線の先は、私が寝ていた枕の横だった。 「え?」と私は困惑するが、そういえば、あの弓は《星弓》と言って、主のもとを絶対離れず、守り抜くといった弓だったと思う。 記憶が戻ってきたことを感じる。もしかしたら、弓もまた私の死ぬ時の強すぎる意志を死ぬ気でねじ曲げて、かろうじて腕に射させた?と思えてきた。 ある一つの物事に対して、必要以上に深く考えてしまうのは私の悪い癖だ。時に、そばに居る誰かを放っていってしまう。 今、こう思ったのもスフェーンが「…少し席を外しましょうか。」と言いかけたからだ。 私は「あ…待って。」とか細い声で呼び止め、「師匠が、剣の調子はどうだ?って。」とその鞘に刺さっている剣を指して言う。 「…」 「やっぱり忘れ物じゃなかったんですね。」 と微笑む。少し鞘から出すと、揺らめく炎と怪我人には辛い冷気が溢れ出す。 「すごいね。」 「師匠が渡す武器は、私も貴方も不思議な物ばっかり。」 「…私の場合は、」 「師匠が置いていった剣を勝手に自分の物にしてしまっただけですが。」とスフェーンは言うが、剣は不意に燃え上がる。 わたしはそれを見て、 「主を守りたい気持ちも同じなんだね。」 スフェーンは微笑みながら、 「…師匠にお伝えください。私は元気だって。」と言う。 長く短い時間は不思議な進み方をする。そして、スフェーンは席を外し、私は1人になる。 目的は果たしてしまった。帰る場所はなくなった。弓も… 私は外を見る。そして、こちらに気づいたかのように窓をゴン!ゴン!と叩き、挙句の果てにバリイイイイン!と突き破って部屋に入ってくる星弓を。 「こうなること、分かってたかも。」と独り言を呟く。周りはきっと慌ただしいが、気にせず私はベッドの上に落ちてきた星弓を拾う。 愛武器は手に馴染み、怪我人の体とは思えないほど楽に矢を放てそうだ。その様子を飲み物を持ってきていたスフェーンが見ていた。 「…何があったんですか?」 アステリアは星弓を抱きしめながら、 「帰ってきちゃった。」と苦笑する。 スフェーンが星弓を見る。 「……主を放っておけなかったんですね。」 アステリアは初めて少し笑った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ▶天界の門番 スフェーン https://ai-battler.com/battle/f2abdc6b-cab6-4483-8e7c-7039cfe21ce8 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー