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【CANCEL】Sierra

 ___パンッ……!  一発の銃声、暗い雨天の夜空に響き渡る。  私は、震える手で銃を下ろした。  「上出来だ」  私の肩を誰かが叩いた、子供の私より幾分も大きな手に私はビクッ……と、肩を微かに震わせた。  「"コイツ"を買おう、いくらだ?」  メキシコ訛りの英語、私の肩に触れた音が先程まで私の"飼い主"であった男と交渉している。  「30万ドル、ぬるいミサイルを買うよりは幾分かマシな金額だな」  ___30万ドル、それが私についた値段らしい。それがどれほどの意味を持つのか、私の乏しい金銭感覚では計り知れない。ただ、今はこの手鎖が無くなるのであれば、それで私はよかったのだ。  自身の手を見下ろした、巻かれた鎖によって変色した手首が痛々しい紫色を発していた。  「って、事で……」  新たな飼い主がこちらを向いた、暗闇に溶け込むようなサングラス。私の背丈に合わせるように血生臭い檻の中で片膝をついた男、そのスーツの膝下は汚れ、されど男は笑ってみせた。  ___サッ  私の持っていた銃を取り上げられた、いわゆるコンパクトハンドガンという奴か。  男は問いた。  「これは何だか分かるか?」  私は横首を振った、"銃である"という以外に分からなかったからだ。  男は言った。 「こいつはセーフティー解除後の初弾はダブルアクションで撃つ事になるが、撃鉄を引き起こしておけばシングルアクションで撃つ事ができる。」  よく分からない言葉、それを男は淡々と喋り出す。  「そしてだ……、こいつは今もセーフティーが作動してやがる。つまりはお前、こいつを"どうやって"撃ったんだ?」  サングラス越しに男が見殺す、私は訳が分からずに男の握った銃を見つめる。  私がそれを望んだから___、否…  「私がそれを拒否したから……!」  私は呟いた、まるで手足の延長上にあるかのように当然の如く呟いた。  「拒否……ねぇ」  男は眉を吊り上げて考えた。  「面白い…!」  男は笑った。  「そんじゃあ、死んどけよ!」  「へっ………???」  ___ゴリ…、パンッ…!  男が握った銃を躊躇なく発砲、それは私の眉間に無理矢理に押し付けられた瞬間の発砲であった。  私は眉間に風穴が開いたまま地面に倒れ込んだ、そして死んだ。  これは私にとって都合の悪い話である。  だから、拒んだ。  ___カチッ…!  私の額に押し付けられた銃、その銃が虚しくも空砲を鳴らした。私の額から冷や汗が吹き出した。  男が確かめると銃の中身、取り出したマガジンの中身は空っぽである。  ___男は、私を見た。  「お前、名前は?」  「名前はまだ無い」  「ならば、今日からお前の名前は"ラフカ"だ。ようこそ、ラフカ。お前をファミリーは歓迎するよ」  私、改めてラフカはどうやら不幸にも厄介者に拾われてしまったらしい。  いや……、私自身もまた世間では厄介者なのだろう。ならば、これはお似合いという奴かもしれないな。  「ラフカ、お前に最初の仕事をやる。」  私の胸元に先程の銃が押し付けられた、私の鼓動が早まっていく感覚と共に最初の"指令"が下された。  「俺の娘を守れ」  ___はっ……???  私、ラフカは呆気に取られた。  「わ、私の名前はメリアと、もも…申します!、よろしくなのです!」  私と、そう歳の変わらない少女のいる部屋に連れて来られた。  私は、面倒くさそうに"ボス"を見た。  「そう怪訝な顔をするな、可愛い娘だろ?」  親バカの気配を察知して私は心の中でゲロを吐いた。  「そんじゃあ、俺はこれで」  おっと、質問の暇すら与えずにボスが逃げてしまったではないか。仕方ない、私は目の前の"護衛対象"を見返した。  「・・・・・・。」  「あ、あの〜……」  メリアといったか、この少女はどうも消極的で好きになれない。そう私は心で呟いた。  「・・・・・・。ギロッ」  「ひぃ〜ん、怖いです〜!」  なかなかに愉快な反応ではないか、そう私を笑わせてくれた礼を返そうじゃないか。  「……ラフカ、私はラフカだ。」  「へっ……、あっ、[ラフカちゃん]って言うんですね。私はメリア、【メリアリッチ・ノーバード】みんなからは親しみを込めて"メリー"って呼ばれてるの」  そう名乗ったメリーは微笑んだ。それが私の悪夢の始まりである。  「くっ、なんだこの記号の羅列は……!」  メリーはお嬢様学校に通う"生粋のお嬢様"という奴だ、つまりはそれを護衛する私もそれに相応しいだけの品位と勉学を以て通わないと行けない訳である。そして、今は入学に向けた試験の勉強中である。しかし、これまでの私の人生において品や勉強よりも、教えられてきたのは効率的までの人体殺法と、どうやって空腹を満たせるかの両方だけである。  だから、私には勉強などという拷問に耐える術を知らないのだ。私はグルグルと回っていく脳みそと目ん玉を押さえてペンで文字を書き殴っていく事で精一杯である。  ___ようやく、休憩時間が訪れた。  「ぐはぁ〜!、こんなんならボスに撃ち殺されてた方が全然マシだったわぁ〜!」  私は砂糖たっぷりの紅茶を飲み干して脳みそにエンジンを掛け直す。  「ってか、この数学とかいう奴なんて何処でいつ使うんだよ???」  私は馬鹿馬鹿しいとばかりに後ろの床に勉強本を放り投げてしまった。  「もお〜、そんな事せずとも私なら感覚と運でどうにかやれるのによ〜!」  私は昔から運が良かった、しかし運は運でも"悪運"が強かったのだ。  なんとなく人生が思い通りに進んでいく感覚、私は何となく幸運を謳歌していた。  「って、言っても数字の前では私の豪運も無意味か……」  溜め息と共に椅子から立ち上がり、高級そうな床にゆっくりと倒れ込んだ。なんとなく、ベッドで眠るより安心できる。この木で作られた床の冷たさが安心する、微かに香るワックスの臭いが私を少なからず安堵させた。  ___私は、そのまま目を閉じた。  ___ハッ……!  私は眠っていたらしい。  まだボヤけた視界の中、私は暗闇で体をゆっくり起こした。  「あっ、ようやく起きたんですね。」  ___なんだ?、私は首をもたげて振り向いた。  メリア、あの子がすぐ隣に座っていた。  「あ、えと……、床で震えてたから寒いのかな、と思って毛布を持ってきたの」  毛布……?、私は自身に掛けられていた毛布を掴んだ。  私は少女を見た、不思議そうにメリアを見つめた。  「なぜ、私にかまう?」  「えと……」  メリアは言葉に迷った。  「な、なんというか……妹みたいだな……と……」  ___はっ…???  「あっ、えと!、その!、私は一人っ子だから!、妹ができたみたいで嬉しいなぁ……なんて」  まさかの私を妹扱いである、私はこの少女の所有欲を満たす為の人形でもないのだがな……  「その、でも!、気に障ったのならごめんなさい!、あなたは父に頼まれただけ!、雇われただけなのは理解しているの!、だから気に障ったのなら謝るわ!」  初めて人に頭を下げられた、私はどう反応していいか分からずに視線を彼女以外のどこかに逸らした。  メリア、彼女はどうも純粋で良い子すぎる。だからこそ、私という薄汚い輩が関わっていい存在ではない事も理解している。  ___だから……  「私に……、私には極力関わらないでくれ」  私はバツが悪そうな顔をして床を見つめた、どうにも彼女の瞳は眩しすぎる。  「そう……ですか…」  彼女が俯くのが横目で分かった、私の対応はメリアを突っぱねるものである。しかし、私はそれ以外に自分の心を守る方法を知らないのだ。  「そ、そうです!」  メリアが急に立ち上がる。  「この屋敷には中庭があるの!、いい…一緒に行きましょうッ!」  あまりの緊張で目を回しながらもメリアが私の手を引いて部屋を飛び出す。こんな真夜中にどこへ連れて行かれるのか、私は心配で呆気に取られていた。  中庭というよりも緑豊かな植物園のような場所に来ていた。  「えと、この花の名前は"アルストロメリア"。この花の名前から父が…私に付けてくれたの」  ピンク色の花である、形の特徴的にはユリ科に近いのだろうか?、私はスラム街に植えられた草花を思い出す。  「この花言葉はね……」  その時、微かに風が舞った。  「持続」「未来への憧れ」「友情」「幸福な日々」  そう口にした彼女の表情には確かな未来への希望と日々の幸福が映り込んでいた。そんな彼女のまっすぐな瞳が、こんな私に微笑んだ。  「あなたの名前にも、何か由来はあるのかしら?」  私はその言葉に考える。  ラフカ、それは恐らく【ラフレシア】が訛った言葉なのだろうと考えた。  ラフレシア、その花言葉は夢現(ゆめうつつ)。夢と現実の区別がつかない、そんな今の私にはピッタリの花言葉であろう。  「ラフレシア……?」  メリアが小首を傾げた。  ___まぁ、世界一臭い花と言えば伝わるだろうか。  植物に寄生する事でようやく成長する歪な花、それこそがラフレシアである。  夢と現実、そんな曖昧な境界線上で私は腰のホルダーから銃を取り出した。  「私は……今が現実なのかが分からない」  ___パンッ…!  天井に一発、運悪く天窓を撃ち抜いたのかガラス破片が周囲に降り注ぐ。メリアは、鳴り響いた銃声に萎縮していた。  そして___、  「これが本当は夢ではないのか……、私には分からないんだ。」  自身のこめかみ、そこに己に押し当てた銃口。私は冷静にその撃鉄を引き上げた。  メリアは叫んだ。  「待って……ッ!?」  ___パンッ………  銃声と一緒に白煙が舞った。  しかし、その銃声は少し不自然であった。  私は落ち着いた様子で彼女、メリアの目を見返した。  「今のは空砲ですよ。」  「えっ……??」  目を丸くしているメリア、そんな彼女に取り出した空っぽのマガジンを放って渡した。そこに弾薬は一つも入っていなかった。  「私は昔から運が良い……いや、不自然なまでに悪運が強いんです。」  不自然、だからこそ覚える違和感。私はこれが本当に現実であるのか、はたまた今は死にゆくだけの屍が見ている夢物語なのかは分からなかった。  「だからこそ……、私には極力関わらないで下さい」  夢と現実、その境界が曖昧なまま彼女を撃ち殺す可能性がある。今この瞬間に私を見ている彼女が本物なのかどうか、私には分からないのだ。  これこそ私が狂っているのか、それとも世界の方が狂っているのか、ならば私はその両方に賭けるとしようか。  ___カチン…!  私は受け取ったマガジンを装着し直した、そして撃鉄を引いて中身を確かめる。銃口に澄ました耳、装填完了。弾薬がセットされた微かな物音を確かに聞いた。この銃は、いつでも人を殺せる状態にある。  「よければ、私を撃ってみませんか?」  私が投げ渡した銃、それを慌てた様子で受け取ったメリア。  「えっ?、え…??」  混乱するメリアを他所に私は両手を広げた。  「さぁ、いつでも私を撃っていいですよ。どうせ、私なんかの命に価値なんてありません。それに私は死にはしませ………」  私は駆け出していた、メリアが自分自身の顎に銃口を突きつけたのだ。  ___パンッ…!  銃弾の貫通した頭蓋骨、彼女の体が派手に地面へと倒れていく。  私の目が見開く、伸ばした手は届かない。  ___しかし、それは私にとって不都合な出来事である。  【時が遡る】  ___パンッ…!  メリア、彼女は鳴り響いた銃声を聞きながら倒れ込んでいた。しかし、それは銃弾にその頭蓋骨を撃ち抜かれたからではない。この私、ラフカに押し倒されたからである。  取り上げた銃口、私は息を切らして叫んだ。  「アンタ!、死にたいんですか!」  彼女は目をパチクリさせて驚いていた、そして私は息を荒げて地面に座り込む。  「ったく、だから子供の相手は嫌いなんだ」  ___と、子どもの私が悪態をついた。  メリアを見る、少し泣きそうになりながらも私に抱きついてくる。  ___そして、こう命令した。  「ラフカ、自分に価値が無いなんて二度と言わないで…!、あなたが見ている事、感じてる事は現実!、確かに現実なの!、だから生きていいの!、幸せになっていいの!、生きたいと願っていいんだから!」  夢と現実、そんな曖昧な境界線を結ぶように彼女の声が響いてきた。  泣いている彼女の声、それが私の耳に木霊する。そして、私は握っていた銃と共に手足を弛緩させ、地面に全てを投げ打った。  彼女、メリアからの初めての命令に私はこう返す。  「分かりました、お嬢様……。もう二度と、私はそんな事を言いません。」  彼女、メリアの頭を撫でて言った。そう彼女に誓ったのだ。  ___すると、  「おうおう…!、子どもの遊びにしては過度なオモチャを持ち出したじゃねぇか」  ボスが中庭に現れた、部下も揃いも揃って大層な登場である。先程の銃声で慌てて駆けつけたのだろう。  ___ゴリ…  私は眉間に押し付けられた銃口を睨む、その奥に立つ男も含めて睨みつけていた。  「おいテメェ、何の分際で俺の可愛い娘を泣かせてんだ!、それに銃なんてブッぱなしやがって、どういう事かあの世で説明する準備は出来てんだろうな?」  ___ガシッ  胸ぐらを掴まれた、大きな手である。私はそれでも負けずに睨んだ。  「離せ……!」  「ア"ッ…?」  私はボスの手首を両腕で掴んだ。  「私は死ぬ訳にはいかない、私は生きていいと言われた、生きたいと願っていいと言われた。だから、私には生きる義務がある!、死んではいけない責任がある!、だから離せ!、その手を離せ!」  力の差は歴然、私に勝ち目はない。  男はメリアを、娘を見た。  ___そして、、、  「チッ…!、しゃあない」  ___ドサッ…!  私は地面に尻餅をついた、生きている。  「子どもの気が変わるのは早い、それまで待つとするか」  そんな言葉を残してボスはその場を去っていく。  ___万事休す、という奴である。  「ラフカ……っ!!」  メリアに抱きつかれた、あまりの勢いに二人一緒に地面に倒れ込む。  私は思わず安堵の溜め息を吐いていた。そして、これが私の紡いだ物語の序幕であった。  ___数年後、  「お嬢様、お急ぎください。学校までは大通りを抜ければ間に合うでしょう。」  「ちょっ、待ってよラフカちゃん!、置いてかないでよ〜!」  息も絶え絶えに私が待ち受ける黒塗りの車に乗り込んだお嬢様。そして、私もその後部座席に乗り込もうとした折、不審な物影を捉えた。  「あれ?、ラフカちゃん…?」  「お嬢様、少しばかりお静かに……ここから先は私のお仕事です。」  私はホルダーから銃を素早く抜いて構えた、真っ直ぐに向けられた己の銃。  それが私、ラフカ・ノーバードの描いた物語。未だ完結しない私だけの物語。  目の前に見える対象、標準を合わせる。  銃弾一発、外さない。  私はそう、引き金を弾いたのだ。  ___カチッ…!  [完。]