「いいか我が友よ」 「我は今より君を打倒し、その身に巣食う悪しきモノを君から切り離す」 「君を生かして支配より解き放ち、共に贖罪を果たさん」 「……『そんなこと、できっこない』、と?」 「否、否である」 「我が友よ。いつか君は我をキラキラしていると言ってくれたな」 「君が憧れたキラキラがどれほど強いか、いま君に示そう」 「少なくとも今の、濁らされた君には奪われたり負けたりしないと証明して見せよう」 「そして……共に見つけ直そう。我ら自身を、我らのありようを。今度こそ、二人で、正しく、共に……泥鬼よ」 「……いざや!悪縁断ち切るべし!天地を返さん!」 ######################### 壮鬼は郷の守護を任せられている一族に生まれた女の鬼であった。体躯のいい父と母、兄と姉。幼き頃から鍛え教える最高の師。幼いながら恵まれた環境にいると漠然と解っていた。そのうえで自らを鍛え高めることが好きな、そんな子供だった。 父が母が兄が姉が言っていた。我らは郷の守護。弱きを、幼い者を老いた者病んだ者を闘えぬものら守る郷の盾であると。壮鬼は心と体を磨き育っていた。 幼い頃のある日。一人の幼い鬼が複数人に虐められてるのを見かけた。幼い鬼が頬を殴られたのを見て稚気な正義感で複数人側をボコボコにし虐められていた鬼を助けた。 自分と年が近いだろうか。幼いとしても尚、体躯の小さい、言っては失礼だが貧弱な鬼の少女だった。殴られた頬を赤く腫らし、しかしその瞳には涙を溜めながらも輝く知性と勝気な光を湛えていた。 『もう少しで言い負かしてやるところだったのに……でもありがとう』 これが体躯の小さな鬼の少女、泥鬼との出会いだった。 泥鬼は皮肉屋な、しかし心優しく確りと知性を持った少女だった。壮鬼も知らないような知識をたくさん持ち、また活用できる知恵を持っていた。自分の知らない事を沢山知っている泥鬼に驚き興味を持った壮鬼は泥鬼を連れまわすようになりすぐに友人になった。おしゃべりをしたり家の書庫で一緒に本を読んだり、遊んだり、共に成長していった。 友達だというと顔を背け恥ずかしがる小さな友人が好ましかった。 唯一訓練だけは共にできなかった。身体の弱い泥鬼ついてこれる訓練ではなかったし、一族の使命として壮鬼も訓練の中身を中身を泥鬼に出来る物に合わせるわけにはいかない。幼い泥鬼の申し訳なさそうな,悔しそうな顔をよく覚えている。 身体が弱い泥鬼だが、それを補って余りある叡智の持ち主だと壮鬼は知っていた。壮鬼は人や郷を護り変えないことは出来るが、泥鬼は人を郷をより良く変え飛翔させることができる。壮鬼が郷を守り、泥鬼が郷を発展させる。二人ならそれができると信じていた。 二人は大人になった。壮鬼は無窮無双と呼ばれるまでに身体と技を磨き上げた。泥鬼は体躯は小さいままだったが、その知識でもって郷の皆に助言を求められる生業をしていた。 時間が合えば二人で食事をしたり出かけたり この時間がずっと続くのだと思っていた。 ある日、壮鬼は遠征に向かうことになった。数年に一度山に入り魔物の間引きをするのだ。 一ヶ月に及ぶ山狩りから戻ると事件が起きていた。泥鬼は手紙を残し消えていた。手紙には鬼種であるのに力のない自分の長年の苦悩、壮鬼が羨ましかったと書き連ねられていた。 気が付いていなかった。否、目を背けていたのかもしれない。自分が迎えに、話に行かなければならない。 壮鬼は家族の引き留めを聞かずに郷を飛び出した。初めて一族の掟を破った。それでも自分が行かねばならない。そう思った。 一ヶ月の差があれど自分と泥鬼との身体能力の差を考えればすぐに追いつけると考え、そう考える自分を殴りつけたくなった。 その後、泥鬼を追う旅路が一ヶ月が経ち二ヶ月が経ち……泥鬼を見つけることはできなかった。まさか、と最悪の事態がよぎるようになった頃。ある噂を聞くようになる。 泥をまき散らし能力を奪う角の生えた怪物の話。見た目を聞くと泥鬼に違いないと安堵した。しかし同時に不審に思う。泥鬼はそのようなことをする者ではない。 怪物が襲った村を訪ねた。村の守護者の能力を奪い死人まで出したその泥と戦いの跡を見て確信を得た。神か魔かいずれかの強い気配が泥鬼の気配とともに残っていた。 泥鬼はナニカに悪縁を結ばされ支配されていると。 助け出さねばならない。そして彼女を追い詰めてしまった自分も共に贖罪を果たせねばなるまい。 壮鬼は泥鬼を探すのと並行して神魔滅却の業を会得するべく修行を行った。 神魔より友を救うために。今度こそ彼女と真に向き合うために。 ######################### 「父上!なぜ止めるのです!我が追わねばならぬのです!」 [壮鬼よ。それが掟だからだ。山狩りの遠征に向かった者は更に1カ月間、郷の内から離れてはならぬ。理由も伝えたな。山で狩りし魔物の恨みを、呪いを浴びぬためだと。お前であっても無事ではすまぬぞ] 「しかし!それでは泥鬼が!」 [それに、だ。壮鬼よ。不躾ながら手紙の内容を聞かせてもらった。お前が、お前との力の差こそが郷から出た理由なのだろう] 「それは……!」 [私も、彼女には力の事など気にせんでも良いと言っていたが、それでも気にしてしまったのだろう。酷なことよ、それが如何ともしがたい産まれの差なのだから] 「……」 [……お前が出向かう事で彼女を更に傷をつけるかもしれない。既に郷の者から捜索が出ておる。家の者からも山狩りに遠征しなかった、郷を出ても良い者を選びすぐに捜索に向かわせるつもりだ。だから壮鬼よ……] 「それでも!それでも我が迎えに行かねばならぬのです!」 [壮鬼!] 「我らは共に育った!それが彼女を傷つけたのだと……我はそれでも我がこそ行かねばならぬのです!人に任せるのが正しいのでしょう。ですが人に任せれば我と泥鬼の関係はここで終わってしまう!そう思うのです」 [……会ってどうするのだ、追いつき謝り。強さの差を謝るつもりか?そしてどうする] 「……わかりませぬ。今ほど我が力が頼もしくなく忌まわしく思ったこともありません。それでも、我が追いつき我が顔を合わせ、話さねばなりません。もはや元の関係には戻れない、そうであったとしてもです」 [……] 「父上申し訳ございません。壮鬼は掟を破ります」 ######################### 我は強くあろうとした。郷を護るがため。家の使命であるが故。 我は強くあろうとした。弱きを護るがため。正しき行いだと信ずるが故。 我は強くあろうとした。彼女に誇れる自分であるがため。月のごとき優しき光の彼女を護るが故。 我は強くあろうとした。それが、彼女を傷つけていたのだ。 彼女の手紙に、悲痛な告白にあった。何年も前から羨ましかった妬ましかった輝いて見えたと。 なにをしても努力しても強くなれぬ自分を恥じたと。智慧ではなく鬼種としての強さが欲しかったと。 そんな彼女に我はどうした、どう言った。強さを磨き見せた。智慧によって共に輝けるなどと守護は我に任せろなどと。解らぬがまま。 幼き頃、我は言った。智慧を生かせばいいと。最初は二人で共に考え実現し大人に褒められた。 そのうち泥鬼一人でも大人と渡り合うようになり、郷の者も泥鬼を慕うようになった。 乗り越えたのだと勝手に思いこんでいた。 その実、幼いあの日の訓練を共にできなかった、彼女の悔しそうな表情のあの日から変わっていなかったのだ。 これは我が罪である。未だ償い方も、どうすれば良いのかも解らない。 ただ会わねばならない。正しく向き合わなければならない。 我は強くあろうとした。 #########################