女王の復活とそれに応じて始まった新たなる支配の幕開け。 城の下に広がる街のあちこちで三月機関と死刑執行部隊による鎮圧が行われる中、早期に女王への忠誠を誓った地区もあった。 支配へ抗う人々が次々と鎮圧され連行されていく光景を目にしながら、少なくとも今日だけは穏やかに過ごせると思い込んでいた住民たち。 しかし、今や彼らに安寧の時間はない。 何故なら、彼らが住んでいた家を含んだ区内の建物が次々と解体されていくのだ。 解体作業の指揮を執っている白衣を着た老齢の男の指示に従い、木製の人形たちが住民を強制的に追い出しては家を無慈悲に解体していく。 流石の住民たちも我慢の限界だった。各々が農具や武器を手にすると、白衣の老人の元へ一斉に押しかけていく。 仮設テントで何らかの設計図を見ていた老人は、怒りで顔を真っ赤に染めている住民たちを見ても臆する事はなく、非常に落ち着いた声で住民の意思とは正反対の内容を話す。 「作業の手伝いを志願しに来たのかね? ハハハッ助かるよ、人の手は幾らあっても助かるからな」 眩しい笑顔を見せる老人の言葉は住民たちの怒りに火を点けた。 今すぐにでもこの老い耄れを殺してしまおう、己の家と安息を守るため容易に武器を振りかざす住民たち。 暴徒と化した群衆を冷静にすることは難しいが、しかし一つだけ有効な手段がある。 鳴り響いた銃声。 老人の背後から空気を切り裂き飛んできた無数の弾丸が数名の住民をバタバタと倒す。 思わぬ反撃に狼狽した彼らを、陰から忍び寄っていた人形たちが次々と拘束していく。 「雪白君、援護は有り難いが“原住民を殺すな”と女王から言われたのを忘れたのか?」 「あんたの頭がパックリ割られて死ぬよりマシだろ」 粗暴な口調で現れたのは黒檀の艶やかな髪と雪の様に白い肌の女。硝子の棺桶を軽々と背負っており、左右の手には拳銃を一丁ずつ握っている。 「そんな事より“ドクター”、男爵から直々の応援の要請だ。近くの場所で白騎士が暴れているらしい」 「私は忙しいのになぁ。狼や灰色は何をしているのだ?」 「あのサボリ魔が当てになると思うか」 「それもそうか……やれやれ老人をこき使うのは勘弁願いたいね。しかし、ここの作業を放棄する訳にもいかぬのだがなぁ」 「あら、それなら私が代わりましてよ?」 妖艶さの中に狂気と陰惨さを孕む声。テントの暗がりからぬっと現れたのは青い服と青い髪が特徴的な女だ。 「青ひ……失礼“青髪”君じゃないか。森の方でやっていた実験を手放して良いのかね?」 「ええ、このワンダーランドでやりたい事は一先ず終わった……と言いたい所ですが、少々素材が不足していましてね」 青髪はそう言って住民たちを見つめる。獲物を捕らえた猫の様な瞳からの嗜虐を纏う視線は、住民たちの肌をゾワリとさせる。 「住民に手出しをするな、と女王と大魔法使いから言われていたのに君も本当に節操がないな」 「私たちが規則を守るだなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことでしょう?」 「それもそうか。よし、この場は君に任せよう。設計図通りにやってくれたら、後は君の好きにして構わんよ」 老人は言い残して雪白と共にテントから出ていく。 残された青髪は設計図をサッと見渡し、くすりと微笑む。 「あっちこっちから資材をかき集めて、何を造っているのかと思えば機関車ですか。男の子は本当にこういう物が好きですよねぇ」