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『実演販売』オスカー・ブラス

「今の装備を替えたいとは、一度も言っていないんだが」 「はい。そこは、私も替えない方がよいと思っています」 男はにこやかに答えた。 シュエスニカ・インダストリーの社名が入った資料を前に、傭兵はしばらく黙った。営業を相手にしたとき特有の、話の入口を見失った沈黙だった。 男はそれを急かさず、差し出されていた茶へ手を伸ばした。 「扱い慣れた装備ですし、ご自身で近距離から遠距離まで対応される。そこへ違う物を入れるなら、慣れるまでの負担に見合う理由が要ります。今日は、その理由があるかだけ確認させてください」 「売りに来たんだろう」 「もちろんです。ただ、替える必要のない物まで替えていただくと、次にお会いしづらくなりますので」 初対面から、次の訪問が予定に入っていた。 男は端末を開いたが、商品紹介は映さなかった。空欄の多い面談記録が表示される。 「普段の補給で、困ることはありますか。価格でも、納期でも、持ち込む量でも」 「必要な弾が、必要な数だけ来れば困らない」 「直近では、揃いました?」 傭兵の返事が少し遅れた。 男は顔を上げず、ペンを構えたまま待っていた。 「……指定した弾がなくて、別の物を積んだ」 「使い切れましたか」 「余った。持ち替えるほどでもなかった」 「帰ってきた分は、在庫に?」 「そうだ」 男は短く書き留めた。満足そうな顔はしなかったが、次のページを開く手つきが少し滑らかになった。 「一発の単価より、そちらの方が気になりますね。持って出た分だけ機体は重くなりますし、余れば次の補給判断も面倒になる」 「だから、お前の会社の弾なら解決する?」 「種類を増やすだけなら、悪化します」 男は初めて、商品の資料を傭兵の前へ寄せた。 「ですから、最初は二種類に絞るつもりです。近距離側で一種類、距離を取ったときに一種類。今の構成と比較して、実際に使う機会があるかを見る。その後、必要なら選択肢を増やします」 紙面には、PSH-20とPGH-20が並んでいた。 傭兵が銃の写真へ目を留めると、男はその下の弾薬欄を指した。 「本体は評価期間だけ借りていただけます。今回ご提案したいのは、弾薬と補給の組み方です」 「銃を買わせて、弾も買わせるより親切だな」 「本体をお持ちいただいても、使われなければ弊社に弾のご注文は来ませんので」 そこを隠さないことまで、営業の手口に見えた。 傭兵は資料を持ち上げた。 「随分、現場の話をする」 「試験機にも乗っています。今回の開発計画には、営業側の担当として入っていますので」 「作った本人か」 「設計は開発部です。私はお客様から伺った条件を持っていって、出来た物に乗る。試験結果を戻して、仕様と価格が固まったら売りに行く。担当が少々広いだけです」 「開発には嫌われそうだ」 「返却期限を守っている間は、関係良好です」 男は笑って、机の端へ別の端末を置いた。試験映像がいくつも並んでいる。 傭兵が適当に一つを選ぶと、男は止めなかった。 画面の機体は、射撃を挟みながら遮蔽物を渡っていた。距離を詰める敵へ短く撃ち、誘導弾で進路を絞ってから位置を替える。判断も操作も手堅い。だが一度、切り返しを読まれて側面を撃たれた。その後の立て直しは速かったが、無傷で済ませるほどではなかった。 傭兵は少し巻き戻した。 「これ、お前か」 「ええ」 「撃つ前に動けばよかったな」 「試験後に、同じことを言われました」 男は画面へ指を伸ばした。 「その場面は、銃より私の判断です。ただ、直後の弾倉交換は見ていただけますか。そちらは開発へ戻して直しています」 映像の中で、腕部がラックから弾倉を抜きかけ、持ち直していた。 「止まらないと交換できなかった。射場だと、時間を掛ければ済むんですが、撃たれているとそうはいかない」 「形を変えたのか」 「保持位置と、抜くときの動きです。図面の説明が必要なら、開発を呼びます。私は、今は持ち直さず抜けるところまで確認しています」 傭兵は映像を閉じた。 腕はよかった。気を抜いて相手にすれば痛い目を見る。ただ、どんな装備でも勝ってしまうような乗り手ではない。その程度には、製品の出来も見えそうだった。 男は窓の向こうへ視線を向けた。 搬入を終えた試験機が、整備区画で待機している。 両手に射程の異なる銃。背面に誘導ミサイルとマガジンラック。傭兵自身の装備構成を、そのまま少しずつ置き換えたような姿だった。 「俺に合わせて持ってきたのか」 「はい。同じ武器ではありませんが、武器を切り替える場面が近くなるようにしました。狙撃の実演だけされても、あなたが知りたいことは分からないでしょう」 「近接は?」 「今回は、その枠を弾倉に使っています。接近されたときの余裕は変わりますから、そこも見てください」 都合の悪い点を先に置かれると、こちらから切り出すつもりだった言葉が一つ減った。 男は、その分だけ静かに話を進めた。 「もし試す価値があると思っていただければ、本体は短期レンタルで。実戦使用でしたら、破損保険を付けた条件をお勧めします」 「貸出料に、保険に、弾代か」 「はい。ですから、合計で見てください」 見積書には、最初から総額が出ていた。 「この金額に含まれない物は、下に分けています。保険の免責と補償上限もここです。安く見せても、返却のときに揉めるだけですので」 傭兵は数字を追った。男は、読んでいる行へ説明を被せなかった。 「試供弾はこれだけか」 「最初の比較に必要な分です。足りなければ、何を確認したいか伺って追加します。弊社側の試験にもなる内容でしたら、こちらで負担できるか掛け合います」 「出来るかどうかは、今は言えない?」 「試験費から出せるかは、営業の一存では決められません。ただ、通りそうな書き方は知っています」 男は声を落としたわけでも、意味ありげに笑ったわけでもなかった。普通の業務の話として言った。 それが妙に信用できて、同じくらい信用ならなかった。 傭兵は見積書を机へ戻した。 「現場で使っているところを見てからだ」 「承知しました」 返事が早かった。 「では、確認する点を三つだけ。普段の立ち回りを大きく変えずに使えるか。弾の持ち替えが戦闘中に間に合うか。それから、任務を終えるまでに何をどれだけ消費したか。ほかに気になる点はありますか」 傭兵は少し考えた。 「帰ってきてから、何を交換することになるか」 男はすぐに書き足した。 「整備後の記録もお出しします。では、その四点で」 まだ借りるとも買うとも言っていない。だが、いつの間にか二人で評価項目を決めていた。 男は面談記録を傭兵の端末へ送った。そこには貸出申込みへの同意などなく、今話した四項目と、試験結果を確認するための次回面談だけが記されていた。 「日程は仮で入れています。任務の都合で動かせますので」 「抜け目がないな」 「お帰りになってから連絡がつかないと、私の実演が社内向けの試験で終わってしまいますから」 男はようやく資料を片付けた。 窓の向こうでは、整備員が試験機の手元から離れつつあった。男はその様子を確かめ、上着の内側から操縦用の手袋を取り出した。 「任務への参加は別途、依頼主の承認を得ています。現場では指揮に従いますし、見せたい弾を撃つために動きを変えることもしません。その使い方で出番がなければ、それも評価に入れてください」 傭兵は返事をせず、窓の外を見た。 男は立ち上がった。面談の間、一度も崩れなかった愛想のよい笑みを、最後にもう一度向ける。 「それでは。これから私が一傭兵として、実際の任務現場で実際に実演します」 男は手帳を閉じ、見積書だけを机に残した。 「ご判断は、任務の後で結構です。使った弾の数も、残った弾も、帰ってから掛かった整備費も、まとめてお出しします。そのうえで、今の装備と比べてください」 「随分、見せるつもりなんだな」 「同じ現場にいらっしゃる方へ、都合のよい報告は出せませんから」 傭兵が窓の向こうを見る。整備を終えた試験機が、出撃を待っていた。 男もそちらへ目を向け、上着の袖口を整えた。 「現場では指揮に従います。試験のために余計な手間を掛けるつもりはありません」 「それだけ分かっていればいい」 「ありがとうございます」 まだ何も買うとは言っていない。その礼がどこへ向けられたものか、傭兵には分からなかった。 男は操縦用の手袋をはめ、最後にもう一度、愛想よく笑った。 「では、商談の続きは帰還後に。ここからは一傭兵として、私が実際の任務でお見せしょう」