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トーニャ/お茶会と殺戮をこよなく愛する執行者

『俺たちが仕事をしている時、明らかに場違いな少女に遭ったらどうする?その少女のターゲットが自分じゃないことを祈ることしかできないさ』 ───とある裏社会の男の話 「……ここか」 都会から離れた辺鄙な郊外にある屋敷の前で、男は1人呟く 国家の治安維持組織に勤める彼、ヨシフは、組織の中でもベテランで戦闘におけるプロフェッショナルだ。その実力は組織の中でも唯一単独行動が認められ、何人もの悪人を屠ったとされる 「しかし、次の対象はガキとはな……」 そうつぶやき、手に持つ手配書を見つめる カメラに映った映像を拡大したものだろうか。鮮明ではないものの、無数の死体と飛び散った血の後の中、不釣り合いな程優雅に紅茶を楽しむ少女がいた 映像と同じ惨状はここ最近いくつも起きていた 被害者は裏社会の人間で、現場はいつも血塗れで細切れの肉片がそこかしこに散らばっていた 大方マフィア同士の抗争だと治安維持組織は考えていたため、積極的に対処するつもりはなかった しかしある日、組織の一員が被害者になってしまった 被害者はスパイとしてある組織に潜入していた。その組織が、『彼女』の仕事の対象になってしまったのだ ヨシフが組織に突入した時、いつも通りの血濡れの部屋に細切れにされた肉片のほか、ご丁寧にその組織の男だけが天井から吊り下げられていた 両手両足は切断され、逆さまにされていた男の顔に、丁寧にも“鼠”という言葉が刻まれていた 彼女は、スパイが持っていた記録装置を全て破壊したが、唯一眼球に仕込んでいたカメラに気づかなかったようだ 様々な諜報活動の末、ようやく彼女の所在を突き止めたのだった 少ない戦闘資料から彼女は多人数戦が得意だと判断した彼は、部下を外に待機させ建物に入る 屋敷は不気味なほど静かだったが、奥の方の部屋に気配を感じた ベテランの勘からか、それを罠だと考えたヨシフは別の部屋に入る 果てして、少女はそこにいた グランドピアノを調度品としたような部屋にいかにもお茶会といった感じのテーブル。しかしピアノからは血が溢れ、白いテーブルクロスにも所々赤黒い液体で汚れていた そんな場所で少女は、侵入者には目もくれずお茶を嗜んでいたのだ 「お前を逮捕する。抵抗はやめておけ」 淡々と告げるヨシフに少女は目を向けるが、無表情のままお茶菓子を頬張る 「……よし、そのまま素直に……」 と言いかけたヨシフに向け、ナイフが投げられる しかし予測していたのか、ヨシフは軽々避けた 「抵抗はやめろと言ったはずだが?」 ヨシフは銃を構え、少女に向かって発砲する 少女もすんでのところで避け、ヨシフに向かって突進する およそ人間とは思えないスピードだったが、ヨシフが対応できない程でもなかった 「ガキ相手でも容赦はしない」 ヨシフは2丁拳銃で撃ちまくる さすがに狙いはブレたのか、容易に少女は回避する しかし、それはヨシフの策略だった 回避した先にヨシフは待ち構え、飛び込んだ彼女を組み伏せたのだ 「……すまない」 ヨシフはそのまま、頭に1発心臓に2発撃ち込んだ 少女は動かなくなった 「……いや、これは!?」 少女からは血が出なかった 相手は人形だったのだ 「あぁ、とても素晴らしい戦闘能力だわ……」 その時背後に少女の声がした 振り向きざまに拳銃を撃ち込む 弾丸は真っ直ぐ少女の頭に向かうが、見えない何かが弾丸を切った 「……糸か」 「あら、たったこれだけで分かるなんて。流石ね♪」 少女はそのまま先ほどのテーブルに座り、冷えた紅茶を飲む 相対したヨシフは彼女の隙を伺うが、あんなに無防備に思える彼女に対しベテランの勘が警鐘を鳴らす 「ふーん、冷静なのね。それに危険感知能力も一流」 「……」 「とりあえず座りなさいな、お茶会をしましょう♪」 「……言葉と笑顔で取り繕っているようだが、殺気は隠しきれていないぞ。お茶会は断る」 そう、と彼女は呟くが、ちっとも残念そうな素振りは見せなかった 「では最後にお話を。私たちは自分から殺しはしないの、非常に残念だけどね」 少女は勝手に語り出す ヨシフは何とか攻撃をしようと試みるが、プレッシャーに圧され引き金を引けなかった 「殺しをしていい条件は2つ。ひとつは仕事で」 「私の仕事は見せしめの意味を込めなきゃいけないから、分かりやすく残酷なカタチで仕事をするの」 何でもない世間話をするように彼女は話す それだけであれば、年相応の少女に見えたかもしれない 「そして最後は、身を守るため」 「報復だったり他の殺し屋に狙われたり、そんな時だったら殺しをしてもいいのよ」 少女は嗤う あくまでも純粋に。彼女の行為は善悪を超えたただの行いだった ヨシフは意を決して銃口を向けようとする しかし、それはかなわなかった プレッシャーで動けなかった訳では無かった いつの間にか全身に糸が巻き付き、身動きが取れなかったのである 「あなたはターゲットじゃない、でもあなたはとても強い。そんな人とどうやって殺し合いをすればいいのかしら?」 「まさか、はじめから……!」 「そう。映像を残したのも、都合のいい情報を手に入れたのも、全てはこの舞踏のため」 ヨシフは生まれて初めて恐怖した そしてそれが最後の恐怖だということも分かってしまった 「私が誰か分からないでしょう?残念ながら組織の名前は明かせないけど、名前だけは教えてあげる」 そういうと彼女は糸を引っ張る ヨシフの脚がちぎれ、そのまま引っ張られるように少女の顔に近づけさせられる 「私はトーニャ。お茶会と殺戮をこよなく愛する執行者よ」