「ジョン!?、しっかりして!、目を覚まして!」 "ジョン……!" これは魔王の物語、その間で紡がれた勇者を志す少女と英雄を目指す男の冒険譚。 これは人間の物語、そして誰も知らない二人の物語…… ジョン・テイルという少年は駆けていく、燃え盛る村を一人で駆けていく。荒い息遣いが、少年の恐怖を物語る。 彼は逃げる、父を置いて逃げていく。激しい戦闘音、父の雄叫びが迫り来る敵を叩き切っていく。息子を逃がす為、彼は一人戦う。亡き仲間の想いを胸に敵を見据え、もはや上がらぬ腕を無理にでも構える。 敵は魔王の軍勢およそ二千、宿敵たる魔王……憎き天凛の魔王が眼前へと迫る。 しかし彼は怯まない、決して後ろを振り向かない。 全てを託す、今は弱き息子に託す。 英雄は笑う、敵に歯を剥き笑う。英雄アラン・テイルは構えた剣を、全てを、この一撃に込めた。全ては未来に託す為……息子に全てを託す為である。 「魔王ォーーーッッッ!!!」 英雄の一撃、地を割りて魔王に迫る。 魔王は笑う、宿敵の最期に全力で報いる為に……。 これは一つの英雄譚、その最後の幕引きである。 そして一つの始まり、新たな英雄譚の幕開けである。 「んっ……………」 男は目を覚ます、それは古い記憶、父の最後の姿であった。 今は亡き英雄アラン・テイルの一人息子、駆け出し冒険者ジョン・テイルは寝台から身を乗り出して支度を始める。今日もまた、あの女に会う為に……一歩また英雄へと近づく為に…… 朝早く、市場を歩くジョンの視界に、とある少女が映り込む。 「あっ、ジョン!、こっち!こっち!」 「おうサラ、いつも元気だな」 少女の名はサラ・リベイル、この国…"帝国"における名家の一つ、勇者の末裔"リベイル家"の分家に属する少女。此処とは別の国、魔王を討ち倒した初代勇者を始めとした一族全員が"王国"から追放されて以降、この一族は帝国の庇護を受けて現在まで存続してきた。要は余所者、しかし後発的な存在である彼ら一族は帝国で大きな影響力を有している。 理由は勇者、長きに渡って代々引き継がれてきた勇者の系譜こそが彼ら一族の全てである。加護と呼ばれる生まれながらの権能、初代を筆頭に歴代の勇者は何らかの加護を有してきた。 「んっ、どうしたサラ?」 「えっ?、ああ何でもない!」 このサラと呼ばれた少女は勇者の末裔でありながら加護を有していない、むしろ…加護持ちの存在こそが世界全体において稀だ。仮にリベイルの名を冠していたとしても、実際に加護を所持する者の存在はほんの一握りである。 「またイジメられたのか……」 「えっ!、いやーソンナコト……」 リベイル家にとって加護こそが全て、一族が存在できる唯一の利用価値にして帝国の主力である勇者の存在は、帝国において最優先に考えるべき事項である。裏を返せば、加護持ち以外に価値は無いと見做される。生まれながらに価値を決めつけられ、虐げられる。このサラという少女の生い立ちを気にかける事はやめた、そのつもりであったのだが……。 「口を開けば加護や加護持ち、それに勇者と口早にお前らの一族は語るが、正直なところ俺はどうでもいい。自分の価値は才能や生まれじゃ決まらない、自分の成した偉業で決まるべきだ」 ジョンはそう呟く。このサラという少女は勇者を目指していた、加護を持たざる身で勇者を目指す馬鹿者をジョンは放っては置けなかった。 「ジョンは優しいね、なんだか力が湧いてくる!」 「そうか、俺はいつも通りだがな」 加護無しの勇者、実際には居ない訳であるが、加護を持たざる身で勇者の座に名乗りを挙げた馬鹿はもう一人いた。 サラの兄、トルスト・リベイル。加護無しの身でありながら魔王の懐刀"深海のブレル"を打ち取る寸前まで追い詰めた強者。しかし、彼は勇者には成れなかった。死闘の果てにトルストは戦死、敵であるブレルの逃走を許したからだ。 サラは兄に憧れている、俺が英雄であった父の背を追い続けている事と何も変わらない。だから俺は、この少女とタッグを組んだのだ。 「ねぇジョン、私と組んで本当に良かったの?」 「駆け出し冒険者が二人一組で行動する事は協会のルール、そして余り者であった俺とお前が偶然にも組んでしまったに過ぎん。これは単なる偶然で神の気まぐれ、つまりは俺に聞くな」 「ふふっ、やっぱりジョンって優しい」 「さて?、何の事やら」 タッグ制度、それは帝国の冒険者協会が定めた規則。駆け出し冒険者は同じく駆け出し、又は熟練の冒険者と行動を共にしなければならない。駆け出しは直ぐに死ぬ、その予防策という訳だ。 「よし!、今日も冒険ガンバロー!」 「実際には冒険とは名ばかりだがな」 冒険者とは形式上の呼び名である、昔の名残で呼ばれ続けているに過ぎない。昔はそれこそ未知を旅する冒険が確かにあった、しかし今では開拓がされ尽くされて冒険など夢物語である。現状は帝国の兵士が担う防衛と周辺の村々の維持管理、その中で早急な解決が求められる厄介事を俺らが代わりに遂行する。差し詰め代行業者、俺ら冒険者は帝国にとって幾らでも替えが効く捨て駒に過ぎない。 「サラ!、そっちに行ったぞ!」 「分かった!」 田畑を蹴散らしイノシシは駆ける、しかしただのイノシシではない。魔獣化したイノシシが駆け抜ける、サラのいる方へ真正面から突っ込んで行く。 「ごめんねイノシシさん!」 サラは槍を構える、青銅製の鍛え込まれた槍を敵へと構える。一閃、洗練された一撃がイノシシの首筋を撫で切った。イノシシは体勢を崩してサラの真横を転がるように過ぎていく、立ち込める土煙と血の臭いが視界と嗅覚を邪魔する。 倒れ込んだイノシシの頭部をサラは突き刺す、少しでも苦しませぬ為に迅速な一撃を繰り出したのである。 イノシシは事切れた、魔獣化した動物は殺さなければ死ぬまで凶暴的になる。サラの判断に決して間違いはない。 魔獣化とは、魔力の暴走__過度な魔力の摂取、又は長期的な魔力の枯渇からの回帰時に発症する永続的な能力向上と著しい凶暴化。まず動物が発症した場合は助からない、死ぬまで暴れて周囲を破壊していく。人間や魔族などは幾つか魔獣化から回復した例があり、遥か昔には軍事利用されていた記録がある。 あるいは…… 「ねぇジョン、今日の冒険はもう全部終わり?」 「冒険じゃない、依頼だ……まあ今日のところは全て済んだ。あと残るは報告だけだ」 「私、根掘り葉掘り聞かれるから好きじゃないんだよな〜、報告」 そう言って槍を肩にかけるサラ、先程まで命を刈り取っていたとは思えない程に綺麗な槍をジョンは見つめる。リベイル家は勇者の一族、しかし加護を持たぬ者達は自らが前線で戦うのではなく武器の製造や物資の調達、依頼の発行など多岐に渡る分野で活躍してきた。現在では複数の異なる派閥や分家がそれぞれの組織の運営を独自に担っている。冒険者や帝国兵士である者ならば必ずと言っていい程にリベイル家が関わってくる。勇者を目指す少女、サラの家系は代々冒険者協会の運営を担ってきたが、彼女はその事を決して口にしたくないらしい。 「そんなに報告が嫌なら冒険者をやめて善意で人を助けるんだな」 ジョンはそう呟く、あくまで少し突き放した様子でサラに接する。しかし、サラはそんな無遠慮なジョンを気に入っている。初めてリベイルという家柄ではなく、サラという一人の人物として彼女自身と対等に話してくれる存在。同じく果てしない理想を追い求める彼、ジョンの存在はサラにとっては言い表せない程に大きかった。 「ジョン〜!、待ってよー!、置いてかないでよ〜!」 此度の戦争において"浄化の勇者"マーサ・リベイルが戦死、加えて戦争に同行していた"魔族殺し"エリル・リーカー"が天凛の魔王"を討ち取ったという報告が入った。それは帝国中を駆け巡る、当代の勇者が死去した事で周囲は新たな勇者の誕生を待ち望んでいた。しかし、サラはこの報せに一人自室で泣いていた、ひどく泣いていたのである。 「マーサさんが……、強くて…優しくて……誠実で………」 次の言葉が出てこない、唇が震えて、喉も上手く動かせない。死んだ勇者はサラにとっては姉のような存在であった、サラの叔母にあたる。歴代勇者の中でも指折りの実力者であったマーサ・リベイルは同じく歴代最強と謳われる魔王の手によって殺された。心が…ひどく痛くて、涙が止まらなかった、どうしても止められなかったのだ。 垂れ落ちた涙が頬を赤く染める、胸元を伝って身体に染み込む。ひどく塩っぱい、とても苦い涙であった。 ___コンコンッ…… 「___っ!?」 誰かが部屋の扉をノックする、サラは咄嗟に自身の服で涙を拭い、平常を装って扉を開ける。 「サラ、今回の依頼の件なんだが……」 ジョンは黙る、サラの目は腫れており、未だ堪えきれない涙が眼球を覆い、やけにサラの瞳は光沢を帯びていた。それに気づき、サラは咄嗟に顔を逸らして笑った。 「あはは、ごめん…子供みたいに珍しく泣いちゃって……トル兄さんの時で慣れてたつもりだったんだけどな………」 「悲しみに慣れはない、俺も父を亡くした時はそうだった。悲しみは決して堪えるものではない、そして耐えられるものでもな…」 珍しくジョンは俯き、悲しげな表情を見せた。ジョンもまた知っている、失うことの恐怖を、無力さを、悲しみを……全て知っている、知っているのだ。 「ふふっ、ジョンはやっぱり優しいよ」 サラは少し笑みを溢した、悲しみは消えない……だけど、ほんの少しだけ気持ちが楽になった、少しだけ救われたのである。 小さき勇者は笑う、今は弱き勇者は笑ってみせる。 「サラ!、後ろだ!」 「っ!?、分かった!」 振り向きざまにサラの槍が獣の腹を貫く、獣は苦しみに四肢をバタつかせるが生きている。サラの槍が獣の脳天を貫く、これで動く事は二度とないだろう。 「ふぅ、疲れた〜」 「サラ、まだ警戒を怠るな」 ここは洞窟、最近急激に増えてきた魔獣の群れを討伐する為に二人は此処に来ていた。一見何の変哲もない洞窟、しかし奇妙な点が一つだけある。 「これを見てみろ、サラ」 「んっ?、なになに?」 人間の足跡、それも争った形跡がある。しかし、肝心の人間がいない。衣類や武器、何かしら他に人がいた痕跡がある筈だが足跡以外は発見できなかった。 「変だねジョン、私達より先に来ていて争った形跡はあるのに、私達が来た時には魔獣の死体は無かった……つまり」 「ああ、罠だろうな」 恐らく洞窟の奥に誘き出す為の罠、不自然な形跡も故意にそうしているのだろう。二人は引き返す、その瞬間に洞窟は揺らぐ、膨大な魔力によって揺れ動く。 「そうも恐れるな、私の余興に付き合え」 洞窟の奥から現れた魔族、背後には人間……いや、魔獣化した人間の群れがいた。 「なるほど、今回の元凶か」 ジョンは至って平然を装う、単純な数でもそうだか目の前の魔族とは実力に歴然の差がある。内心は今にも挫けてしまいそうであった、しかし決して彼らは引き下がらない。父ならば引き下がらない、どんな敵であっても英雄は決して引き下がらなかったのだ。だから自分自身も引き下がらない、英雄のように敵を見据える。 「魔獣を増やしてどうするつもりだ」 「まぁ暇つぶし半分、あとは単純に戦力は必要だからね」 魔族の目線がサラに向けられた事に気づく、ジョンは咄嗟にサラを守るように腕を広げる。 「そこの彼女、良い素体だ。どれ私が__」 目にも止まらぬ、視界を掠めた魔族がサラの真横にいた。生温い鼻息が頬に触れる、恐怖が滲み出る、冷や汗が頬を伝う。体が動かないサラ、一転して無意識にジョンは隠し持っていたナイフで魔族を切り付ける。弧を描く一撃、狙いは首筋。正確無比に動脈を切り付ける。 ___ピシッ…! しかし浅い、魔族の薄皮を少し切り裂いたに過ぎない。魔族は笑う、不愉快そうに笑う。 「死ね」 手をかざす魔族、途端に押し寄せる魔力波がジョンの肉体を吹き飛ばす。骨が軋み、血が地面に零れ落ちる。サラは叫んでいた、なりふり構わず叫んでいた。 「ジョン……ッ!!?」 「し、心配は…無用……だ」 ジョンは立ち上がる、痛みに震えた肉体を酷使して立ち上がる。魔族は面白そうに笑う、少し興味を持ったように笑う。 「この程度では死なぬか、呆れる程に頑丈だな」 「生憎……俺は、英雄になる男…そう、簡単には死なん」 肺が痛い、息をするのもやっとだ。しかし、ジョンは決して魔族から目を離さない。決して揺らぐ事のない殺意を以て魔族を見据える、決して折れぬ闘志がジョンを魔族へと進ませる。 「オラァーーーッッッ!!!」 普段の自分なら決してこう熱くはならない、真っ先に逃げる事を考えていただろう。しかし、今は違う、今回は状況が違うのだ。仲間を見捨てるのが英雄ではない、強敵に屈する事が英雄ではないのだ、英雄とは仲間の為に強敵に立ち向かえる大馬鹿者である。父がそうであった、だから自分もそうあろう。父のように、英雄のように、憧れに駆け出す、死へと駆け出すのだ。 この一撃に全て賭ける、命すら賭ける。だから神よ、今だけは俺に全てを預けてくれ。 ___バアァァン……ッッ!!! 切先から迸る衝撃、魔族は反射的に障壁を張っていたが足りない、こんな程度では足りないぞッ!! ___ピシッ…! ナイフが障壁を破る、ジョンの一撃が魔族の胸を貫いた。 「はぁ………はぁ……はぁ……」 肉体が砕ける感覚、全てが抜け落ちていく。意識が揺らぐ、しかしサラの叫ぶ声に意識が覚醒する。 「惜しかったな」 ___ッ!? ジョンは防御姿勢を取っていた、魔法に体が吹き飛ばされる。意識が揺らぎ、そして事切れた。 力無き体が地面を激しく跳ねる。 「魔獣ども、そいつも良い素体になる。捕まえておけ」 魔族は笑う、とても愉快そうに笑う。魔法が胸を覆い、徐々に塞いで修復していく。もう少し深く捩じ込まれていたら危なかった、しかし魔族は生きている。魔族は笑うしかなかった。 「ジョン!?、しっかりして!、目を覚まして!」 "ジョン……!" サラは叫ぶ、魔族は笑った。その瞬間、サラの槍が魔族に駆ける。魔族は軽くそれら連撃をいなし、槍を弾き飛ばす。 「筋はいい、だが未熟だ、非常に拙く、粗い」 「このッ!」 サラは殴りかかる、武器を失った今、魔族の顔面に向けて殴りかかる。しかし遅い、魔族の手がサラの胸に触れる。 「まずはお前から」 許容範囲外の魔力量がサラの肉体を駆け巡る、血管を焼き千切り、魔力が内臓を侵す。血液が沸騰し、吐血する。サラは壊れていく、全てが壊されていく。 「あっ……が……」 地に倒れた、肉体が震えている。感覚が機能していない、血涙が頬を赤く染める。痙攣が止まらない、視界は何も見えない。耳も、鼻も、舌も、手足も、何もかもがおかしい。 脳が熱い、意識がぐらつき、サラの意識はそこで事切れた。 「ほお、魔獣化の進行が遅い」 サラの魔力は暴走寸前で押し止まっていた、爆発寸前で耐えていたのである。魔族はサラの肉体に触れる、再び魔力を流し込む。 「これで魔獣化が……ッ!?」 ___ガアン……ッ!! 魔族の顎を拳が穿つ、少女の拳が魔族の顎を搗ち上げたのだ。魔族は混乱する、衝撃と状況に理解が及ばずに肉体が揺らぐ。 サラはゆらりと立ち上がる、肉体を魔力が迸る。魔獣化した少女の瞳が魔族を捉える。 「………ユル…サナイ」 ギラつく視線、魔族を捕捉する。魔族は恐怖を抱く、決して逃れられぬ恐怖に支配される。それと同時に高揚する、嬉々とした強敵との対峙である。 「面白いッ!」 魔族と少女、二人の拳が交差し、衝突する。衝撃が魔族を吹き飛ばす、サラの一撃が魔族を吹き飛ばす。 「素晴らしい!、力では私を凌駕している!、だが……」 魔族は次の一撃を回避する、攻撃は単調で見切りやすい。魔獣化の影響で動きは感情任せの大振りばかり、真正面からバカ正直に戦わなければ負ける事はありえない。 「ンンッ!!、魔族ァァァーーッ!」 魔族を睨みつけるサラ、確固たる殺意。それは魔族にのみ向けられた濃密な殺意である、魔族はゾクゾクとした感覚に歓喜する。 「無差別ではなく恣意的な暴力、操作されている訳ではないのに魔獣化でここまでの意識を維持していること自体が奇跡だ!、素晴らしい肉体だよ!」 魔族は喜ぶ、ここまでの例は類を見ない。魔獣化したとしても魔法で精神と肉体を支配すれば同じ事はできる、だが魔法も無くここまで意識を保つ個体は居なかった。 だが、意識があるという事は理性がある事の裏返し、魔族は気絶したジョンの方を指差して高らかにこう叫ぶ。 「止まれ魔獣!、お前の愛しき者がどうなってもいいのか!」 「___ッッ!?」 瞬間、魔族の一撃がサラを穿つ。殺しはしない、だが確実に戦闘不能に陥る一撃がサラの腑を貫いた。 「ジョ…ン」 サラは倒れゆく瞬間、ジョンに手を伸ばしていた。届かぬと理解していながらも手を伸ばす、愛しき者へと手を伸ばしていたのである。 「ふぅ、これでどうにか」 「あら?、本当にそうかしら」 ___ッ!?? 魔族は洞窟の入口を見入る、人間…それも女が立っていた。気配に全く気づけなかった、この女は何者……ッ! 「ここで殺されたい?、それとも冒険者二人を解放する?、好きに選びなさい」 「解放する事はできない、今回の素体だけは決して手放す事などできない」 「そう……じゃあ、仕方ないわね」 殺意が場を包む、一歩また一歩と魔族に近づいてくる。 「くっ……魔獣ども!、こいつを食い潰せ!」 魔族は命令する、使役する魔獣どもに命令する。迫り来る魔獣の群れ、不意に女は微笑んだ。それは綺麗に、とても不気味に……… ___ダッ! 女は駆け出す、迫り来る獣を一撃のもとで殴り殺す。流れるように、舞うように、軽々と魔獣の群れを撲殺し、優雅に魔族に振り替える。 「悪いけど、相手が悪すぎたね」 女は笑う、優しい笑みの奥に秘めた殺意が魔族の心を凍りつかせる。 「まっ、待て……待っ…!」 ___ブチ…ッ!! 魔族の首がもげていた、一瞬の事である。 「さて、これからどうしよっかな」 女は首を投げ捨て、倒れたサラとジョンを見つめた。 「んっ……ここは…?」 サラは目を覚ます、冒険者協会に完備された病室であると気づくのに時間はかからなかった。全身が酷く痛い、片目が包帯を巻かれていて見えにくい。ジョンは……彼は無事なのだろうか…? 「よっ、サラ!、久しぶりに見たら一段と大きくなったみたいだな」 女性がサラに話しかけてくる、サラは知っている、彼女は___ッ!? 「エリルさん!?」 サラは驚く、彼女は"魔王殺しの英雄"エリル・リーカーである。今回の戦争で死去した勇者に同行、見事に魔王を打ち倒した帝国最強の冒険者である。彼女は今、辺境の地にて花屋を営んでいると聞いていたが、そんな彼女が何故ここに…… 「ちょっと薬草摘みに来てみたら膨大な魔力を感じてねぇ」 「ちょっと……?」 彼女の住む村から帝国までの距離の話は今はいい、問題はジョンの安否である。 「エリルさんには助けていただき感謝の言葉しかありません……ところで彼は、ジョンは大丈夫なのでしょうか…」 「お前よりはマシだったよ。なんせサラ、お前は5日も目を覚まさなかったんだ、逆にあっちがお前を心配してたよ」 「そう、ですか……良かった…」 「じゃあ私は帰る、花屋がここに居たらおかしいからね」 「あの、エリルさん!」 サラは彼女を…、エリルを引き留めた。誰にも言えなかった感情を、心を、言葉を打ち明けた。全てを曝け出した。 「私っ!、私は勇者になれるでしょうかッ!」 怖かった、面と向かって否定される事が怖かった。だから避けてきた、逃げてきた事を英雄に問う。彼女だからこそ聞ける、勇者を身近に知っている人物、勇者の親友であった彼女だからこそ聞きたかった。私は、勇者に相応しい人物に値するかを…… ふっとエリルは優しく微笑んだ。 「成れるか成れないかじゃない、本当に大事なことは成りたいって真に思い、願い、掴み取る、自分自身の心次第だよ」 「でも、それは…!」 エリルは制止する。 「分かってるサラ、きっと望んでいた答えではないだろう……だが、私はお前なら成れると思っている、偉大な勇者にな」 そう言って再び優しく微笑むエリル、無意識に泣いていた。サラは自分自身から溢れた涙に気づく、気休めや嘘であったとしても私はその言葉が嬉しかった、嬉しくて仕方がなかったのである。自分の呆れ果てた夢を誰かに肯定してもらえた事がどんなに……嬉しかったか、サラは涙を拭う。去り行くエリルに感謝を、目一杯の感謝の念で彼女を見送ったのである。 「もう動いて大丈夫なのか?」 「うん、もう大丈夫!、それより見て!見て!」 サラは嬉々としてジョンの視界に映り込む。一瞬の静けさの後、サラの魔力が迸る。それは全身を駆け巡り、肉体の内側を稲妻が如く駆け巡る。 "魔力の暴走"、ジョンは不意の出来事にナイフを構えていた。しかし、返ってきたのは彼女の笑い声であった。 「あはは!、ジョンったら怖がりすぎ!、大丈夫、私はいつも通りだから!」 サラはそう言って両腕を広げる、魔力が風圧となってジョンを撫でる。暴走しながらも魔力を制御しているのか、信じられない。暴走をコントロールするという矛盾、しかし実際に目の前で起きている事にジョンは納得せざる負えなかった。 すると、ジョンもナイフを強く握り直して微笑んだ。 「今度は俺の番だな」 ジョンは突きを繰り出す。しかし、それはただの突きではない、地面を抉り、空気を切り裂く一撃。ジョンもまた得たものがあった。 「サラ、お前が寝たきりの間に何度も練習したんだ、あの時の感覚を忘れぬ内にな」 脳裏を走るは魔族との戦闘。あの時たしかに何かを掴んだ、誰かを守れる力を掴んだのだ。だから決して忘れぬ為に体に叩き込んだ、"英雄志願"ジョン・テイルの大きな一歩である。 「すごいジョンっ!、凄すぎるよっ!!」 サラは興奮気味に両手を振ってジョンを讃える。両者の力は互いにお互いを守る為に得た力、両者は心の奥底で誓った。 "相手を守る、決して失わぬように" 両者の冒険譚、それは未だ幕開けに過ぎない。両者の冒険はこれからだ、それらは素晴らしく光輝いた物語に違いない。 数年後、新たな勇者が誕生した。 史上初の加護無き勇者、生まれながらの才能に左右されず武勇のみで勇者の座に到達せし者。 彼女は決して恵まれてはいなかった、これまでに数えきれない程に失い、抱えきれない程の悲しみを背負って戦ってきた。 しかし、彼女は歴代勇者の中で唯一天寿を全うした人物である。最も長く在位し、帝国を守る盾となり続けた。 彼女の名はサラ・リベイル、そしてもう一人、彼女の傍に生涯身を置いた英雄の名は…… これは人間の物語、勇者を志した少女と英雄を目指した男の誰も知らない冒険譚。 勇者は笑う、英雄は微笑む、二人は進む、そんな物語、そんな結末、これはそんな全ての素晴らしき幕引きである。 https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204