本名:茜白 周(せんはく あまね) 性別:女性 性格:天衣無縫、優しい、天然 口調:わざとらしい緩々口調 年齢:18歳 発現年齢:11歳 身長:149cm 容姿:水髪碧眼、ポニーテール 服装:我力者討伐部隊 第五班 隊長制服 ・黒を基調とする ・一度きりの瞬足機能付き 趣味:周囲と普通に話すこと 部下との関係:概ね良好 一部反発する者もいるものの、皆周の事を尊敬している ────────────────── 能力:《時を操作する能力》 発現者:茜白 周 熟練度:21% 能力評価:S その名の通り、"時"という万物と空間そのものに結び付く概念を操作する能力。 その効果は強力であり、時と結び付く物全てに対し、影響を与えることを可能としている。 ただ、発現者本人が能力に対し、無意識的な強い忌避感を持つ為、本来の力のほとんどを引き出せていない。 あくまで現在の形態は、ただ惰性に、しかし毅然とした無意識の拒絶による、周囲の"時"そのものを近付かせないという副次的効果を、己の能力として"使用"しているにすぎないのだ。 ────────────────── 遺物《グングニル》 現所持者:茜白 周 全長:150cm (所持者により、全長は変化する模様) 重量:5.5kg 素材:特殊な合金のような金属で形成、破壊されても一日経てば復元する 外観:全体的に雪の如き白配色、細身だが重量を感じる外観 『投擲すると必ず命中し、自動的に戻ってくる』という特性がある遺物。 その特性はあらゆる場所で発動し、発動不可能な場所はない。 ──何故ならば、そうなることこそが既に定められている"運命"なのだから。 ────────────────── 《我力者討伐部隊》 その名の通り、この世界に跋扈する"我力者"を根絶する為に作られた組織。 班は全十班、それぞれ隊長一人に副隊長一人、隊員五名で構成されている。 班ごとに序列があり、隊員は純粋な『強さ』にてどの班に配属するかが決まる。 序列は数が小さい一班が最も高く、逆に数の大きい十班が最も低い。 隊長・副隊長に関しては隊員とは異なり、複数の項目から配属班が決定する。 『強さ』はもちろんとして、『統率力』『軍師力』『戦術的知識』『決断力』『信頼性』『部下のケア』と、計七つの項目で判断され、配属先が決まる。 その為隊長・副隊長に関しては、班の数値が小さいからと言って弱いとは限らない。 また隊長・副隊長になる為には、上層部へ志願し、各々の適性を診断される事によって決まる。 ────────────────── この世界は、平和だ。 確かに、皆それぞれに"能力"なんて物騒な物はついてるけど…それでも、この世界は平和だ。 だって、何にも取り柄がない私が…家族と楽しく、自由に歩き回れるんだから。 そう、思っていた。 ◇◇◇◇◇ "あれは、何歳の誕生日の時だっただろうか" "そうだ、確か11歳の誕生日の日" 私は今日、家族からいつもより盛大に祝われていた。 理由はわかってる。私が…11歳になっても能力を発現できなかったから。 まわりの殆どは10歳、何なら何人かは9歳、8歳…5歳の時には能力を発現している子だっていたのに。 私は、発現の兆候すらない。 もう高学年にもなったのに。能力の一つすら使えない。 そんな私の様子を見て、みんなが慰めてくれた。 「うちの家はみんな、元々軍人さんだったみたいな人も…いないからねぇ。」 「実際、うちってみーんな能力大したことないもんな! お父なんてよー、箸くらいの物を動かせる程度なんだって─」 ドンと、お父さんの手刀が弟の涼太の頭に炸裂する。 「まぁだから完全に大丈夫…って訳ではないけどね…。 でもまだ、気にする時じゃないわ。 それに…貴女には貴女にだけ、できることがあるじゃない。 この前のあの絵─」 「そうだぞ! あの絵、ぐ、ぐらたん?しょう?だっけ? 取れてただろ!」 「それを言うなら、グランプリ賞ね〜。」 お母さんが、興奮して突っ込んできた弟を宥める。 「そうだぞ〜。 周が気にする必要なんてないんだ。 むしろ、そういうのはお父さん達に任せな!」 その言葉を聴いて、私は思わず泣いてしまった。こんな私でも、こんなに暖かく迎えてくれる。 私は、そんな家族が大好きだ。 "私を気遣って、おばあちゃん、弟、お母さん、お父さんが慰めてくれたのを覚えている" "その時…私の心はまるで、太陽に包まれているようだった" その日はさらに私の為に、美味しい食べ物も作ってくれた。 美味しい。嬉しい。食べている時に思わず、また涙すら流れてしまった程。 "でも、それとは別で" "私の心の奥底には" "ぽっかりと、それはそれは…大きな穴が空いていくんだ" ◇◇◇◇◇ 次の日。 私は、いつも通り学校に登校していた。 教室に着く。 席に座り、今日の一時間目は何だろう…と思い、タブレットで確認をしようと取り出した時、後ろから声をかけられた。 ……いつもの、聞きたくもない声だ。 振り返ると、そこには一人の女子学生と男子学生がこちらを見下すように立っていた。 「あら、ごきげんよう。お荷物さん♡ 今日も無事に学校まで来れて、ほんと〜によかったですね?」 ──"西園寺 柊" "世にも珍しい『能力早期発現型』で、幼い5歳の頃に能力を発現した、俗に言う天才児" "彼女の父は『須菱財閥』の傘下会社の社長であり、彼女はそのご令嬢" 「おい、荷物。 昨日、お前のお袋を俺のスーパーで見たぜ? さぞ仲良く、豚みたいに美味しく貪ってくれたんだろうな?」 ──"二階堂 純" "柊と同じく"能力早期発現型"で、幼い5歳の頃に能力を発現した、もう一人の天才児" "彼の父は同じ財閥傘下の庇護下にある、スーパーの店主" "この二人は、小さい頃から相性が良かったらしく、同じ早期型だったこともあって、すぐに仲良くなったという" "そうやって、児戯をするよりも簡単に能力を扱える彼らだからこそ、発現すらできなかった私を虐めるのは、必然だったとも言えるのかもしれない" 「…何でしょうか。」 「あら、その目は何かしら。 私、貴女にはなーにもしていないのに。」 ……何が『何もしてない』、だ。 これまでもたくさん………たくさんみんなの前で、恥ずかしいことを強要してきた癖に。 「…ごめんなさい。」 「ふふっ、まぁいいわ。 それよりお荷物さん? 喉が乾いたから、そこの購買で飲み物買ってきて。 ……断ったらどうなるか、わかるよね?」 「わかり…ました。」 その言葉を最後に、私は駆け出した。 ◇◇◇◈◈ 周が小動物のように走っていくのを見届けた後、私は純に呼びかけた。 「ねぇ…。 例の仕掛け、ちゃんと仕掛けたかしら?」 「はい!もちろん! きちんと設置しましたよ。」 「ふふっ、上出来ね。 ありがと♡」 このお願いは前にもしたからね。 同じ事をしても、つまらないじゃない…。ねぇ、そうでしょ? 「さぁ、高みの見物と行きましょ。純。」 ◈◈◈◈◈ それから私は、購買への道を進んでいた。先生に見つからないように、震えながらも素早く。 本来、購買の使用は中学生の特権だ。 そんな場所に小学生の私が買いに行こうとするのがバレれば、説教だけでは済まされない。 それだけじゃない。 アイツのおねがいを失敗すれば、アイツはその広い人脈で、ただでさえ孤立している私をさらに追い込むだろう。 それは絶対に、嫌…! 何よりそうなれば、家族にさらなる迷惑と心配をかけてしまうだろうから。 だから私は、思うツボだとしてもひたすらに歩くの。 ◇◈◇◈◈ 購買に着いた。 私は飲み物コーナーへ行き、在庫を見る。 アイツは特に何の飲み物がいいのかは言っていなかった。しかしそれは私に伝えてないだけで、ちゃんと指定された飲み物はある。 それがこの炭酸飲み物、バブレープ。 ここにしか売られていない、特別な商品らしい。前回は知らなかったせいで、大変な目にあった…。 手に持ってから、購買のおじちゃんに渡す。ここで購買を開いているおじちゃんは、何故か私の買い物だけは見逃してくれる。 本当にありがたい限りだ。 そうしてバブレープを買い、外に出た…次の瞬間。 近くから、私がよく知っている、非常に聞き馴染みのある声が…聞こえた。 「ひっく、ひっく。 だ、だれかぁ…助けてよ……。」 「……ッ!涼太!」 校舎の高い屋根の先に、落ちるか落ちないかの瀬戸際に、弟はいた。 注意してよく見ると、涼太の顔全体が真っ赤に膨れ上がっている。 ──殴られたんだ。 私はまるで弾丸のように、涼太の元へ駆ける。 こんな事をするのは…柊。そして、アイツの言う事を聞く純、それだけだ。 その瞬間から、私の奥底より途方もない怒りが湧いてくる── ──が、それとは別に、私の奥底に『何も出来ない』という『絶望』が体中より出でて、私を徐々に、しかし迅速に闇へと包み込んでいく。 心拍数が上がる。 (涼太を、助けないと) 『無理だよ、貴女じゃ。』 (無理じゃない…!少し、あと少しで駆ければ助け─ 『何を言ってるの…貴女は。あそこから助ける術すら持っていないのに。』 呼吸が荒くなる。 依然として、喉奥に風は食い込む。 (確かに持ってない… でも、だからって助けない訳には─ 『あら? 貴女は救助が必要な場面で、率先して前を占拠して動く荷物に感謝を覚えるのかしら? 確かに心意気は立派!尊敬しちゃうわね。』 『でも…邪魔。 その行為には、何の価値もない。 そう─ただの、荷物。』 ズキンッ 心臓が一度、激しく波打つ。 風は遠くへ駆けてゆく。 『果たして、貴女は? わかっていないのなら、はっきりと言ってあげる。 ──貴女は誰にも望まれてない、皆の荷物だってこと。』 何度も、何度も息を吸う。 その度に心臓は、私に楔を打ち込む。 風はもう、既に去っていた。 (に、にもつじゃ…ない。 私は…わた、し、は…) 『この程度で逡巡する貴女如きが、何で荷物じゃないと言い切れる? 「私はわたし、必要とする人がいる」 ──その程度の他責思考で、ぬくぬくと今を怠惰に居る貴女が、何でそう言い切れるのかしら?』 "闇が、声が、楔が" "心臓を通じて、全身へと流れゆく" "そうして…私は、その場で膝を折ってしまった" 動けない。無様に、カタカタ震えて。 涙を流す。己を呪いたくて。 下を見る。荷物には、その光景しか見えない…何より、それしかなくて。 そう、だから…わたしは結局、荷物でしか── 「──うよ!違うよ!お姉ちゃん!」 その声を聴き、私は現実に戻ってきた。 「お姉ちゃんは優しいんだ! 僕が一緒に遊ぼうって言ったら、自分を構わずに遊んでくれるし、悪い夢を見たら、優しく慰めてくれるし…。 だから…そんなこと、言わないで。」 ──私は、バカだ。 空想に呑まれて、涼太のことを…放置しようとしてた…! 次の瞬間、涼太が屋根の先から落ちた。痛みに耐えながらも能力を使った為に、体を力んでいたのが原因だろう。 私はそんな弟の元へ駆ける。残りの距離はざっと50mは離れていた。 もう、落下は始まっている。普通は、間に合うはずがない。 でも── 「私は、助ける! 助け、れる!」 次の瞬間、私は『能力を発動する』。 すると、私の周りの時間が流星の如く、超加速を始めた。50mなんて、まるでなかったかのように。 一瞬で弟の下に着く。 そこから私は、さらに能力を発動する。対象範囲は、今の私の頭上。 すぐに、その空間の時は鈍化した。 ゆっくりと、涼太が落ちてくる。 そうして私は、ゆっくりと優しく、涼太を受け止め、抱きしめた。 涼太は既に気絶していた。 体は顔は腫れただけでなく、手と足も痣だらけになっていた。 軽く見るだけで、その姿は非常に痛々しい。 「痛かっただろうに…。 よく頑張ったね。えらい。」 涼太の頭を撫でる。 この子は、私なんかよりずっと強い。 でも、私はこの子の姉なんだ。 なら…ちゃんと、護らないといけない。 この、物にした"力"で。 ◈◈◇◇◇ それから私は足速に保健室に行った。涼太の容態を診てもらう為だ。 幸い、保健室の先生が傷を完璧に治してくれたので、涼太はすぐに元気になった。 その後、涼太を呼んでおいたお母さんに任せ、一人私は走っていた。 目的は勿論、柊に引導を渡す為だ。 アイツは私だけに飽き足らず、私の家族にまで手を出した。 いくら私でも…許せない。 そして…私は、柊がいる教室の前に立つ。 一呼吸してから、扉を開けた。 夕焼けが照る、教室の中。 茜に輝く鏡を背に、柊は一人、凛として立っていた。 その顔には、普段の余裕は感じられない。 「……やぁ。 よくもやってくれたね、柊。」 「…何の事かしら。」 柊は、限りなく平静を保った声でそれを言い放った。 ……まったくの歯牙にも掛けないらしい。 「しらばっくれないで。 貴女達がした事はわかってる。」 「貴女達は、面白さの為だけに私の弟を利用した。」 「それだけは絶対に。 ──許さない。」 その一言を合図に、私は進み始める。 柊の元へと。 「……舐めんな!」 背後から純と取り巻きが数人、飛び出して来た。……が、私は振り向かずに、背後の空間へ能力を発動する。 「私には届かないよ。」 「………く……そ…っ、た………れ、が。」 背後には、まるで虫が罠に引っかかったかのように、空中で遅行している純達の姿があった。 私はそれを気にも止めず、進む続ける。 柊は明らかに動揺していた。 「な、なによそれは…! 貴女には…能力はなかったはず…!」 「…御生憎様。 貴女達のおかげよ。皮肉な事にね。」 私はそのまま、柊へ接近する。 柊が必死に能力を発動しようとするが、させない。 「止まって。」 私は能力の対象を、柊が発動させようとした『能力』だけに絞った。 それにより…柊の能力は、 「なっ……!」 不発に、終わった。 「貴女の能力は一撃必殺に近いから。 防がせてもらうね。」 「ば、化け物が…。」 ……化け物だって? 貴女達如きを、軽く蹂躙しただけで? 無意識に、私の唇から言の葉が漏れる。 「……本当の化け物はどっちだよ。」 そうしてついに、私は柊の目の前までやってきた。 「それで貴女。これでもう、力の差は─」 「ッ…!うあぁぁッ…!」 柊が最後の抵抗と言わんばかりに拳で殴ってきたけど、関係ない。 私は前方の空間の時を極限にまで遅らせ、その拳を止めた。 「……これでもう、力の差がわかった? 貴女では、どう足掻いても私には敵わないって事を。」 柊はその事実に声を失い、ただただ唇を白くなるまで噛み締めていた。 自尊心を傷付けられた為か、体をワナワナと震わせている。 「本当なら、散々痛めつけられた弟の為にも、貴女達を隅々まで痛めつけたいけど…。」 ふと、私は遠くを見て─ 「─涼太に免じて…止めてあげる。」 私は一歩下がる。 「これに懲りたら、もう私達には関わらないで。」 それだけ言い残して、私はその場を去る。 "それが…悪手となる事も知らないで" ◇◇◈◈◈ 周が離れた事によって、純達に掛けられた能力が解除された。 「……ッ!くそがッ! アイツ…調子に乗りやがって!」 純は怒りのままに、拳を打ち付ける。 それの影響下に及んだ机が、大きな音を上げて粉微塵になる。 「絶対に、許さねぇ…! さて…どうしますか。柊さ……ッ!」 純がわたしを見て、何故か口篭る。 「あら。 どうしたの、純。」 まるで金縛りにあったかのように、純が固まっている。 何故──そう思ってから、私は口の端を歪めているのに、気付いた。 「あぁ…、はは。 なるほどね。」 周…貴女は、わたしの自尊心を踏み躙った。 確かに弟君の件は悪かったかもだけど…それとこれとは、話が別よね? 「……ふふふ、いいわ。 なら、貴女に捧げてあげる。 ──わたしとの、逢瀬をね。」 ◇◇◇◈◈ "それから、半年" "私は家族と、それはそれは楽しく、平和に過ごした" "山登りに勤しんだり、海で泳いだり" "家族皆で花札や麻雀を楽しんだりもした" "あれ以来、いつも絡んできた柊も、純も、一切私に絡んでこなくなった" "私はその現況に、ただ能天気に 『アレが効いたんだ。よかった。』 としか、思っていなかった" "……長年やり続けていた奴が、あの程度で止めるはずも……ましてや、反省する訳がないのに" ◈◈◈◈◇ 「今日は、もう暗いなぁ。」 "その日は、夕方の遅くまで地元のクラブ練習があった" "心配を掛けまいと、急いで帰ってたな" 家まで歩きと走りを交互に繰り返し、素早く家へと向かう。 それを15分程続けると、ようやく家が見えてきた。 その事実に安心を覚え、私は足を速める。 しかし、そこで違和感に気付く。 今日は涼太の誕生日だ。家族は皆、既に帰っている時間のはず…。 にも関わらず、家には一つとして明かりが着いていなかった。 そこだけが隔離されたかのように、真っ暗になっている。 家に着いた。 ……中の音は、何も聞こえない。扉の窓から中を見たが、墨汁で塗り潰したような色に変化しており、何も見えない。 私は意を決して…慎重に、ゆっくりと玄関の扉を開けた。 中は、暗闇で閉ざされていた。 電灯は一つも着いておらず、物音も一切しない。 中は何故か煤だらけになっており、呼吸をする度に肺の奥へと入ってきた。 私が防ごうとハンカチで口を覆っても、その煤はハンカチを貫通し、さらに奥へと入ってくる。すると、段々と気が滅入ってくるように感じられた。 さながら、自分の中に闇が住み着いているように。 私は警戒を強めながら、奥へ進む。 それほど広くはない家なので、私はあっさりと元凶を見つけた。 「……柊。 なに、してるの。」 「…あら、周。 ごきげんよう。」 今や無惨な姿となった私の家族の前に、柊は立っていた。 奥を見ると、涼太の亡骸を蹴り飛ばしている純の姿も見える。 「そういうことじゃない…! なにをしてるのって、聞いてるのよッ…!」 「何って…見たまんまよ。落ち着きなさい。 貴女との逢瀬に相応しい物を作ろうとしているのよ」 「逢瀬…?」 そう意味の分からない事をほざく柊の方向には、目を覆いたくなる程、真っ赤な空間が広がっていた。 視界が、世界が、ただ真っ赤に染まる。 今も溢れ出ていく命の奔流は、リビングの隙間から、容赦なく押し寄せてくる。 静まり返ったその暗赤色の湖面はまるで鏡のようになり、呆然と立ち尽くす私の情けない顔が映り込んでいた。 何でこうなったのだろう。 何で私は、家族と普通に過ごせないのだろう。 何で…何で……。 そう、アイツら。アイツらのせい…。 (…いや、何かに擦り付けるのは止めよう。 結局は、私があの程度で許したのがよくなかったのだから。) (あぁ……。今度は、赦さない。) ◇◇◇◇◇ 暗闇に、光の帳が落ちる。 足元を浸す紅い海は、もうどこへも広がる余地がないほど部屋を満たしきっている。 家は、静かだ。 もうこの家に家族はいない。そして今後、ここに私が住む事もない。 ここは既に、無人の館。 ……何も、する気が起きなかった。 いつも私に沢山の愛をくれた、お母さんも。 些細な事を常に笑い飛ばしてくれた、お父さんも。 どんな時も優しく包み込んでくれた、おばあちゃんも。 毎度毎度面白い事を起こして私を癒してくれた、涼太も。 今は誰も…いない。 私は、一人。 少しずつ、されど強く、その事実を意識する。そして同時に、私は思う。 「一人なのに…何で、私は存在しているんだろう。」 ……と。 そうして…私はずりずりと、力無くゆっくりと歩き出す。 この歩みを止める為に、歩く。 しかしその刹那…先程の帳が、眼前へと落ちた。 先よりも強く、凛然とした姿勢を保ち続けるその茜に、私は思わず見惚れ、無意識に惹かれてゆく。 そのままとぼとぼと、されど強くゆっくりと外へ踏み出し、その茜を浴びた。 静かに瞼を閉じ、一身を投じる。 瞼ごしに感じる 心臓が静かに、されど確かな音をたて鼓動する。その時私は、『あぁ、生きているんだ。』と確信をした。 それほどの──『生命』そのものと呼称しても違わない陽射し──茜が、そこにあった。 そして茜は、まるで赤ん坊を抱きしめるかのように、優しく私を包み込む。 (暖かい…。) そして…その暖かみには、何処か懐かしさがあった。 私はこの茜を知っている。 そう、あれは── 「お姉ちゃあーん!」 "──ゆっくりと、私は瞼を開く" 幻聴かと思った。 夢かと思った。 "──目尻に、熱い光が灯る" しかしそこには、確かに──皆が、いた。 いなくなってしまった、取りこぼしてしまった、私の、大切な家族。 おばあちゃん、お母さん、お父さん、涼太。 ──"私"を形容する、すべて。 私はその光景に、思わず足から崩れ落ちてしまった。 声も、出ない。 ただ、ただ。 私の頬から、一筋の光が零れ続けていく、そんなばかりだった。 ◇◇◇◆◆ 「周や。」 ──おばあちゃん。 「お前さんは強い子じゃ。 なんでも出来るし、それを成せる度量もある。」 おばあちゃんは、私に諭すように語りかける。 「しかし、それにかまけちゃいけないよ。 貪欲に、されど理性を以て歩きなさい。そうすれば貴女は、誰よりも強く、逞しくなれる。」 そう言い終えると、おばあちゃんは私に近付き、崩れていた私をひょいとすくい上げると、頬に優しく触れる。 おばあちゃんは優しく、微笑みかけてくれた。 「最期に…私は、貴女の笑顔が大好きよ。 嗚呼──この茜のように、その顔が再び輝きますように。」 おばあちゃんの像が、霧散した。 「周。」 ──お母さん。 「ふふっ。なぁに不安な顔してるの! ほら、顔上げなさい。せっかく、私の綺麗な顔を受け継いだんだから、笑って、ね?」 そうお母さんは言うと、屈託のない笑顔を見せてくれた。 私も、負けじと笑ってみせる。 「……大丈夫よ。 貴女はお父さんに似て、真面目で頑固で、意地っ張りだけど…。」 お母さんは、優しく私を抱きしめる。 まるで、体の中心に太陽が生まれたかのように、より暖かい。 「だからこそ、何周も頑張れる。 だから…安心して、歩きなさい。」 そのまま、お母さんの像は霧散する。 「周。」 ──お父さん。 「お前というヤツは本当に…真面目だな。 もちろん、それがいい所でもあり、お前の悪い所だ。 ったく、誰に似たんだか。」 お父さんは肩を竦ませ、おどけてみせる。 いつも場を和ませようとするポーズに、思わず笑みが漏れる。 「…周。 何があろうとも、俺達は、お前の味方だ。 だから、自由に生きなさい。」 お父さんはそう言うと、最期に手を、私の頭に乗せた。 「……俺は、お前を子に持って、よかったよ。」 静かに、お父さんの像が霧散する。 「お姉ちゃん。」 そして──涼太。 「お姉ちゃんはね、優しすぎるんだよ。 特に僕に、へへっ。」 そうやって、やんちゃな笑顔を覗かせる。 その笑顔を見て、私は思わず、手を伸ばす…が、触れない。掴む事は、できない。 「……ありがと、お姉ちゃん。 そんな風に優しい所が、僕は大好きだよ。」 ただ宙に彷徨う私に、涼太はそう言ってくれた。 前が少し、霞む。 「……でもね、お姉ちゃん。 だからって僕達が居なくなったら、『自分はもう存在してはならない』なんて、そんなの言ったらダメ。」 涼太は手を大きくバッテンさせる。 その動きもまた、愛しい。 「お姉ちゃんが僕を好きなように、僕たちもお姉ちゃんが大好きなんだ。 ……だから、どうなったっていいから。 ──ただ、生きて。」 ◆◆◆◆◆ 茜は、夜明けに満ち溶けた。 未だ頬に、その茜色の熱い光を保ちつつも、私はそこから背を向ける。 私一人には、勿体ない光だった。 だけどそのおかげで…私は、これ以上先へと生きる勇気と方法を貰えた。 なら…やってみないと。 「さて…これから、どうしようかな。」 私は歩き出す。 その歩みに、先程の弱々しさだけは既に、なくなっていた。 一先ず、人と必要以上に絡む事は止めよう。 そして誰の目からも、怠惰で愚鈍な道化を演じよう。 家族が愛してくれた…この笑顔を浮かべて、周囲を、心を……己を騙す。 そうやって生活を続ければ── ──今の私でも、ただ…ただ、『生きる』ことができるから。