グレゴール「炎拳事務所だ!あの服装は 我が炎拳事務所の制服だ!」 姐?「……。」 グレゴール「まったく…あぁ、こうなるっ て思ってたよ。姐さん。生きてるならせめて 連絡くらいくれよって。」 姐?「夢と…希望で…。」 職員「しっかりしてください! どこをどう見たらあれがおたくの事務所の制服に見えるんです!?」 グレゴール「何を…言ってるんだ?あれは。 俺たち炎拳事務所の制服じゃないか。」 姐?「いっぱいのラ・マンチャランドへ…。」 職員「近づくなって!アレ血袋だって! このままじゃおたくも死ぬぞ!」 グレゴール「離せ!あそこ。あそこに姐さんがいるんだよ!」 姐?「クルナ!!!」 グレゴール「…!」 職員「大丈夫ですか?突然ボーッと突っ立って返事もされませんでしたけど。」 グレゴール「…大丈夫だ。少しめまいがした だけで。それより…。」 グレゴール「今日も…開かないのか?」 あれほど待ち望んでいた遊園地が、 門を開かなかった。 職員「最近ずっと雨が止まないせいか、 まったく開かないんですよね。」 理由は単純だった。雨が止まないからだ。 踵を返して帰る場所も無い。 炎拳事務所に残されたものといや、 空っぽなのに狭い部屋と家賃を催促する 郵便物だけだったからな。 グレゴール「ちょっと…中に入りたいんだけど。」 職員「作戦用のテントにさえ入らなければ 大丈夫です。」 職員「…遺品でも探されるんですか?」 グレゴール「そうじゃないけど…いや、 探しといた方が良さそうだな。」 広い空き地だったが、入口があった場所を 見つけるのは難しくなかった。 血とは違い、燃料タンクから漏れ出た油は 簡単に洗い流されなかったから。 虹色に光る痕跡の先には、壊れた燃料タンクと無造作に捨てられた防毒マスクがあった。 半月前。 事務所の皆を集めた姐さんは、 窓を大きく開け放った。 姐「ほら、見てみな。」 窓の外には、P社の高い建物が放つ白く霞んだ光が広がっていた。 姐「今回の依頼さえ上手く解決できれば、 あたしたちも寄与金貰ってあんな立派なビルに住めるんだ!」 姐「寄与金が入ったらまず引っ越しからしよう。その次に、装備をもっと燃費良いのに 買い換えるのさ。」 グレゴール「まったく、夢がドデカいなぁ。 俺たちみたいな低ランクのフィクサー事務所がどうやって寄与金を貰えるってんだ。 途中で盾にされなきゃいい方だ。」 姐「あぁもう。そんな依頼じゃないって! あたしたちはあの血鬼だかなんかを 討伐する必要すらないんだってよ!」 仲間「そ、そうです。中に入って生き残り さえすれば良いって聞きました。 たったの15分間証言できる情報さえ得られたら…。」 グレゴール「ふぅ。なんか嫌な予感がするんだけどな…。」 姐「一応翼の公開依頼だし。協会のフィクサーも沢山参加してんだから、怪しがる必要ないさ!」 姐「あ!今思い出したけど、ついでに 生存者救出のチラシを何枚か剥がしてくるか?駅にたくさん貼ってあるし、 一人くらい救えばナンボくらいなると思う?」 頭の中で疑念が次々と湧き上がった。 都市悪夢に指定されたラ・マンチャランドの 討伐に、なぜ俺たちのような場末の事務所が 必要なのか。 P社で名の知れた事務所がいくつか参加したのを見たのに、なぜまだ討伐が完了しないのか。 だが、輝く姐さんの目を見ながら そんな疑念を口にすることはできなかった。 姐「あたしたち、ここから出ないと。 いつまでもこんな場所で、つまんねぇ依頼ばかり受けて生きていくわけにはいかないだろ?」 抜け出したかったのは俺も同じだったから。 燃え広がる炎のような希望に 水を差したくはなかった。 俺たちは皆、半地下のように湿っぽくて 陽の光すら差し込まない荒涼とした生活から 逃げ出したかった。 依頼を引き受けたのは、心の奥底に残っていた一抹の楽観であり…。 同時に、今の立場から少しでも遠ざかりたかった俺たちの柔弱な逃避だった。 職員「雨の日は開かないと申し上げましたけど…。」 職員「遺品も、前回全て回収されましたよね。」 それからも俺は、毎日この空き地に足を運んだ それが習慣なのか、罪悪感なのか、 それともただの執着なのかは自分でも分からなかった。 グレゴール「…戻らなきゃいけないのに、 どこに戻ればいいのか分からないんだ。」 太い雨が都市の雑音をかき消しているにも かかわらず、耳には未だに 音楽の残響がこびりついていた。 夢見たことも、信じた未来も、 ラ・マンチャランドに投げ捨てたまま… 結局戻る場所はここしかなかった。 血鬼「ど、どうしてここまでするんだ…。」 血鬼「お前が言う情報なら、 この前全部教えてやったろ!それなのに、 なんでまたここに戻ってきたんだよ!」 グレゴール「ふぅ…。」 グレゴール「ここしか戻る場所がなかったんだよな。」 グレゴール「仲間は全員死んだのに、 あの冷たい半地下に閉じこもっているわけにはいかねぇだろ。」 雀の涙ほどの貯めていた金を全部はたいた。 まず最初に1ヶ月は十分に持つ量の 燃料を確保し、 その後、P社のブリーフィングに集まった 者たちからラ・マンチャランドの情報を 買い集めた。 グレゴール「あれは6回目の討伐隊のときだったか。血鬼の狩人の連中と話してて気づいたんだ。お前らにとって血とは…全てだってこと。」 グレゴール「よかったって思ったよ。 俺が、燃やせるもんだからな。 お前らの目の前でぶっ潰せる人生があるって ことに、どれだけ安堵したことやら。」 血鬼「だ、だめだ…そんなことしないでくれ!血は…血は残してくれ!一滴でもいいから!」 激しい炎がすべてを焼き尽くし始めた。 建物も、死体も、姐さんが着ていた あの忌々しい服も。 そして、奴らが渇望していた血さえも。 燃え尽き、焦げ付き、ついには 蒸発してしまった血を見た血鬼たちの反応は 毎回同じだった。最初は否定し、次に怒り、 最後にはやめてくれと俺に縋る。 その姿は姐さんが血袋になったあの日の俺と 大差なく、思わず乾いた笑いがこぼれた。 血鬼「頼む。な、何でもするから! なにかあるか…。あっ!第2区画!第2区画を 突破する方法でも…。」 グレゴール「そいつは…なかなか魅力的な提案だ。もっと早く言うべきだったな。」 着火スイッチを押すと、血鬼は必死になって 情報を吐き出した。 第2区画に何があるのか、血鬼たちがどこに潜んでいるのか、その管理人はどんな血鬼なのか。 以前は閉園時間が近づいたせいで、情報を 聞くだけ聞いてすぐに引き上げたせいだろうか。 息が上がるほど次々と情報を吐き出す血鬼の 目には、どこか期待の光が宿っているのが見えた。 ここで俺が手を止めると思っている期待が。 グレゴール「…まあ。なかなか高値で 売れそうだな。ブリーフィングでも 聞いたことのない話だ。」 血鬼「じゃあ…ぎゃあああ!!」 ふらつきながら立ち上がった血鬼に、もう一度炎を浴びせた。 悲鳴を上げながら転げ回る血鬼は、 理解できないといった表情で俺を見上げた。 グレゴール「それがな。復讐ってのは、 こういうもんだったんだよな。」 グレゴール「俺が上手くやってきたいから やってるわけじゃない。」 グレゴール「お前たちの人生が地獄であることを望んでんだ。」 炎が鎮まり、悲鳴すら燃え尽きた頃。 閉園時間が近づいたのか、奥にいたフィクサーたちがひとりふたりとラ・マンチャランドを 出ていった。 俺も静かに彼らの後を追うため、踵を返した。 多くのものを燃やしたにもかかわらず、 この遊園地は未だに燃やし尽くさなければならないものだらけだ。 一度の訪問で全てを焼き払うことはできなかった。 今日が無理なら明日。明日が無理なら、 その次にでも。 グレゴール「次は、もっと燃料を持ってこないとな。」 グレゴール「あのクソッタレの衣装室も、 憎らしい告解所も、馬鹿げた行列も。」 グレゴール「全部…燃やし尽くすべきだから。」 グレゴール「これは… うちの炎拳事務所の服装だな。」 グレゴール「ほら、姐さん…俺が言っただろ。戻ってきたら、全部焼き尽くしてやるって」