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【韋編悪党】リーゼル-運任せの魔女-

「な……なぁんで──私がこんな目にィッ!?」    森の中に響いたのは、困惑と焦燥に満ちた少女の声。  暖かな陽光に微睡む小鳥たちを羽ばたかせ、暢気に草を食む小動物が駆け出す喧騒に紛れるのは無数の足音。  走り慣れていない者が命からがら逃げようとする足音と、それを冷徹無慈悲な(ガチャガチャとした)金属音で追いかける荒々しい複数の足音。   「ガンバガンバだぜ、リーゼル嬢! とっ捕まったら、首が飛んじまうかもなぁ!」 「もう、とっくに首は飛ばされていますって!」  先程から耳横で笑えない首ジョークを騒がしくまくし立てているお供に、リーゼル嬢と呼ばれた少女は子供っぽく泣きわめきながらも走り続ける。  草木を掻き分け、舗装のなされていない地面を走ったばかりに汚れたメイド服を身に纏う少女リーゼル。彼女はその装い通りに“とある城”で働いていた侍女だが、その見た目麗しき相貌とやんごとなき雰囲気は確かな王族としてのオーラが拭いきれていない。  そう、リーゼルは王女であった。  もちろん、かつてはである。  同名の侍女に騙され、王位を奪われ、自らは侍女へ堕ちる。  それが、彼女の今までの物語──  しかしながら、紆余曲折を経て彼女は再び王女としての地位を取り戻す──のが正しき物語の結末。  だが、今の彼女は韋編悪党。  正しき物語から逸れた存在。  悪趣味な劇作家によって紡がれた今の彼女の物語は、当然のことながら本来の筋道を辿る訳が無かった。 「と言うか、ファラダぁ! なぁんで、貴方はそんなにハイテンションなのですか! 貴方が門を通る人たちに軒並み話しかけているせいで、私が話しかけられない位に有名な観光スポットになったんですよ!」 「まあ、文字通り吹っ切れたってやつ? みんな、俺に首ったけだったな首だけに! お、馬だけに上手い事言っちまったな!」  とまあ、相変わらず笑えないジョークを飛ばしまくるのは。頭だけになった馬のファラダ。人語を話せる彼はリーゼルが王位を奪われた際の口封じとして首を刎ねられたのだが、何故か生きており“とある門”に留められた。  そこまでは本来の物語通りだったのだが──どうしてかファラダはその陽気な饒舌さで大衆の注目を浴びてしまい、彼自身もそれを良しとした結果リーゼルの物語は逸れてしまった。  それは韋編悪党を生み出し続ける“烏”による改悪が差し込まれたものなのだが、そんな事をリーゼルもファラダも露知らず。  逸れた物語は全く別の話を展開し、そうして今やリーゼルは王位を奪還する所か命を狙われ、必死に逃げている状態なのである。 「と言うかよリーゼル嬢、逃げるのは良いがこの先はどうするんだ?」 「……知りませんよ! てか、韋編悪党って何ですか!?」  追手が口にしていた言葉を聞いていたリーゼルだが、当然韋編悪党など聞いたことも無い。 「vanitas vanitatum et omnia vanitas……」 「うわーん、なんか凄そうな雰囲気のヴァニ君もこの調子ですし、本当にどうすればよいのですかーーッ!!」  城で働いていた際、一羽だけ雰囲気の違うガチョウ──その台詞から“ヴァニ君”とリーゼルは呼んでいる──を片手に抱えながら森の中を走るリーゼル。  何とか追手からは逃げ切ることは出来たものの、本来の物語から逸れた彼女にとっては“ここからが本番”なのであった。 「vanitas vanitatum et omnia vanitas……」  深夜、静けさに包まれた森の中。走りつかれて眠ってしまったリーゼルと彼女の身を一応は案じているファラダを余所にヴァニ君は静かに夜空を見上げている。  いや、正確には生い茂る木々の間に隠れ“リーゼルの逃走劇”を見物していた悪趣味な彼を見つめていた。 「下手な芝居は見るに堪えんな、ガチョウ」 「下手な脚本は演じるに堪えんよ、烏」  姿を現した一羽の烏──黒羽の劇作家にして韋編悪党を生み出す存在にヴァニ君は鋭く睨む。 「リメイクを用意してやったのだ。少しは感謝の言葉も欲しい所だな」翼で嘴を隠しながら(ククッと)笑って烏は言って続ける。「哀れな悲劇の中でも、お前の元には数々の美しい物語が現れ、数多の宝を残していった。空虚なガチョウは多くの宝を得て、新たな物語を紡ぐ為に生まれ変わったのだ」 「不愉快極まりないスターシステムだ。何よりお前ならば、この少女の物語をより醜悪な悲劇にでもすればよかっただろう」  ヴァニ君は苛立ちを隠さずに言う。  望んでも無いのに悪趣味な物語に付き合わされ、気付けば今度は不憫で無関係な少女の物語に付き合わされているのだから当然である。 「陳腐な悲劇よりもつまらない喜劇の方が愉快だ。なにより今は少々悲劇が供給過剰すぎる、一端のクリエイタとしては鼻で笑える程度の喜劇を供給してやらねばな」  烏はそう言うと翼を広げて飛び立つ準備をしようとして、一言付け加える。 「せいぜい彼女の為にお前の力を使ってやるのだな。それと安心しろ、少しばかりはお前たちの進むべき道を示してやる」  飛び立った烏の姿は数秒で夜の闇に消えていく。不愉快極まりない創造主は消え、静かな夜の森にはリーゼルの寝息だけが静かに聞こえている。  韋編悪党という趣味の悪い物語の登場人物として選ばれてしまった彼女の今後は波乱に満ちたものになるだろう。今こそはくだらない喜劇の役者であっても──あの烏が今後どんな最悪な物語を用意していても不思議ではない。   “キャラクターなど──物語を動かす舞台道具でしかない”  そんな事を平然と言う奴だ。本当なら台本を投げつけて、舞台を降りたい所だが──それは叶わない。   「vanitas vanitatum et omnia vanitas……」 「……ヴァニ君?」  ヴァニ君の物悲しい言葉が聞こえたのか、リーゼルが眠たげな眼を擦っている。隣では寝起きにも関わらずハイテンションなファラダが忙しなく飛び回っていた。  その時、ふいに枝を踏む音が聞こえ、驚いた一同が視線を向けて“そこに立っていた灰色のドレスの女”を見やる。 “灰被りのお姫様か……なるほど烏の言う進むべき道を示す案内役が彼女か。相も変わらず貧乏くじを引くのが得意な女だ” 「貧乏くじを引いたのはそっちも同じでしょうね、空虚な鳥」  ヴァニ君の心の声が聞こえたように灰色の女はしかめっ面で言う。彼女は本来のヴァニ君の姿に既に気付いた。 「えっと……貴方は?」  突然現れた女に警戒しつつ尋ねるリーゼルに、灰色の女は優雅に煙草を燻らしながら微笑みを湛えて答える。 「私はエラ──灰被りの魔女。そして、ようこそこの世界へ、同じお姫様として歓迎するわリーゼル……まあ、もっとも私は偽物だけどね」