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CORD NAME【DHER-ZYU】

 昼休みを告げる時刻になっても、W.Q.Fの施設内から忙しさが消えることはなかった。  天井近くを走る空調設備が低い駆動音を響かせ、一定の間隔で通路の照明が白い光を落としている。その光を受けた金属製の壁や床はどこか冷たく見え、遠くの整備区画からは工具を扱う音が断続的に聞こえていた。何か大きな機械を動かしているらしく、時折、建物の奥から重たい振動が伝わってきて、足元へかすかな揺れを残していく。  そんな無機質な施設の中を、DHER-ZYUはいつものように歩いていた。  腰の辺りまで伸びた黒髪が歩調に合わせて静かに揺れ、その長さを本人が鬱陶しそうに一度だけ手で払う。細身の体に合わせた軍服は多少着崩されており、襟元には本人なりの『男らしく見せるための工夫』が施されていたが、残念ながら、それによって彼の印象が大きく変わることはなかった。  透き通るような黒い瞳、切れ長で整った目元、すっきりとした輪郭、細い身体と長い脚。  何も知らない人間が彼を見れば、まず女性だと思う。  それどころか、DHER-ZYUが「俺」と名乗っても、冗談を言っているのだと受け取られることすら珍しくない。  本人にとっては、あまり笑えない話だった。 「……ったく。」  DHER-ZYUは小さく呟きながら、休憩区画の扉を開いた。  扉の向こうには、簡素なテーブルと椅子、それから飲み物を購入するための小型端末が並んでいる。休憩時間ということもあって何人かの隊員がそれぞれの席で食事を取っており、低い話し声と食器の触れ合う音が穏やかに重なっていた。  DHER-ZYUは空いている席を探そうとして、そこで足を止めた。 「DHER-ZYU。」  呼ばれて振り向く。  白い長髪を肩から背中へ流し、鉛色の瞳をこちらへ向けている女性がいた。  同僚のセレナだった。  見た目だけなら近寄りがたい雰囲気がある。感情を大きく表に出すタイプではなく、普段から落ち着いた態度を崩さないため、初めて接する人間には少し冷たい印象を与えることもある。  しかし実際のセレナは、困っている人間を放っておけない性格をしていた。  仕事で誰かが手間取っていれば自然に手を貸し、誰かが体調を崩せば真っ先に気付いて声を掛ける。本人にそのつもりがあるのかは分からないが、周囲からは面倒見の良い姉御肌として認識されている。 「何だよ。」  DHER-ZYUが近づくと、セレナは向かいの席を指した。 「ここ空いてるよ。」 「見れば分かる。」 「じゃあ座れば?」 「……お前、たまに雑だよな。」 「そう?」 「そうだよ。」  DHER-ZYUはそう言いながらも、結局その席へ座った。  テーブルの上にはセレナが飲んでいるコーヒーが一杯だけあり、DHER-ZYUの前には何もない。彼は端末からいつもの飲み物を注文しようとしたが、その前にセレナが口を開いた。 「DHER-ZYU……。」 「今度は何だよ。」 「ネイル、やってみない?」 「……は?」  あまりにも予想外の言葉だった。  DHER-ZYUは端末へ伸ばしていた手を止め、ゆっくりとセレナを見る。 「何で?」 「似合いそうだから。」 「いや、理由になってないだろ。」 「そう?」 「そうだよ。」  セレナは特に気にした様子もなく、自分の鞄から小さなケースを取り出した。  DHER-ZYUはその瞬間、露骨に嫌そうな顔をした。 「お前、最初からそのつもりだっただろ。」 「そうだけど。」 「やっぱりかよ。」  ケースの中には、いくつかの小さな瓶が整然と並んでいた。  透明なものから淡い色のものまで種類は様々だったが、その中でもセレナが手に取ったのは、黒に近い濃い紺色だった。 「これなら目立たないよ。」 「目立つかどうかの話じゃねぇよ。」 「じゃあ何?」 「……俺は男だぞ。」 「知ってる。」  セレナはあっさり答えた。 「だから?」 「だからって……」  DHER-ZYUは言葉に詰まった。  セレナの鉛色の瞳には、からかうような色がない。  本当に、単純に勧めているだけなのだ。 「別に女っぽくしようとしてるわけじゃないよ。手元を綺麗にするだけ。」 「……」 「嫌ならやらなくていいけど。」  その言葉を聞いたDHER-ZYUは、少しだけ黙った。  断ればいい。  それだけの話だった。  だが、セレナが持っている濃紺の瓶を見ていると、ほんの少しだけ興味が湧いてくる。  自分でも、それが意外だった。 「……それ、派手じゃないのか?」 「かなり落ち着いた色だよ。」 「軍服に合う?」 「合うと思う。」 「……」  DHER-ZYUは自分の黒い軍服を見下ろし、それからもう一度瓶を見る。 「一回だけな。」 「分かった。」 「本当に一回だけだからな。」 「うん。」 「それと、絶対に変な色にするなよ。」 「しないよ。」 「……なら、いい。」  DHER-ZYUは右手を差し出した。  セレナはそれを受け取ると、まず爪の状態を確かめた。指先に触れる手つきは慣れていて、DHER-ZYUが思っていたよりもずっと手際が良い。 「お前、こういうの慣れてるのか?」 「少し。」 「少しってレベルじゃないだろ。」 「細かい作業は好きだから。」 「そうなのか。」 「うん。」  セレナが爪の形を整えていく。  小さな道具が爪に触れるたび、微かな音がする。  DHER-ZYUは妙に落ち着かない気分になり、何となく窓の外へ視線を向けた。  施設の外には灰色の建造物が連なっている。  曇り空の下を輸送車両が走り、遠くの設備から白い蒸気が上がっていた。風が建物の間を抜けているらしく、窓越しでも分かるほど雲の流れが速い。 「……なあ。」 「何?」 「これ、誰かに見られたらどうするんだよ。」 「普通にネイルしてるだけって言えば?」 「そうじゃなくて。」 「じゃあ何?」 「……俺が女みたいだとか言われたら嫌なんだよ。」  セレナの手が一瞬だけ止まった。  DHER-ZYUは視線を逸らしたまま続ける。 「俺は、見た目がどうこうって言われるのが嫌なんだよ。自分でもどうにもできないところを毎回言われると、さすがに腹立つだろ。」  声には怒気が混じっていたが、それはセレナへ向けたものではなかった。  彼自身が、自分の外見について抱えている苛立ちだった。  男性ホルモンの欠落によって、DHER-ZYUの身体は一般的な男性とは大きく異なる形で成長している。  それは本人が望んだことではない。  だからこそ、彼はせめて自分の態度や言葉遣いだけでも男らしくあろうとしていた。一人称を『俺』と決め、軍服を少し着崩し、髪を切ろうとしたこともある。  だが髪については、切ろうとするたびに周囲から『もったいない』と止められ、そのたびに結局そのままになっている。  セレナは何も言わず、再び作業を始めた。 「分かってるよ。」 「……そうか。」 「だから、女に見せるためにやってるんじゃない。」 「……」 「DHER-ZYUが気に入るなら、それでいいと思う。」  DHER-ZYUは少しだけ目を伏せた。 「……お前、そういうところずるいよな。」 「何が?」 「そういうこと普通に言うところ。」 「普通のことを言っただけだけど。」 「それがずるいんだよ。」  セレナは小さく笑った。  しばらくして、右手の爪に濃紺の色が乗せられた。  黒に近い色だった。  けれど、照明の下ではほんの少し青みが見える。  DHER-ZYUは思わず自分の手を持ち上げた。 「……」  想像していたよりも、ずっと自然だった。  派手ではない。  軍服にも馴染んでいる。  何より、指先だけが妙に浮いて見えることもなかった。 「どう?」  セレナが尋ねる。  DHER-ZYUはしばらく黙っていた。  そして、ほんの少しだけ眉を緩める。 「……結構良いじゃん」  言ってから、DHER-ZYU自身が固まった。 「……いや。」  セレナが顔を上げる。 「今のなし。」 「何で?」 「違うから。」 「何が?」 「……その、別に良いって意味じゃなくて。」 「良いって言ったよ。」 「言ってない。」 「言った。」 「言ってねぇよ。」 「聞こえたけど。」  DHER-ZYUの顔がみるみる赤くなる。 「……思ったより悪くなかったって意味だ!」 「それ、ほとんど同じじゃない?」 「違う!」  セレナが笑う。  DHER-ZYUは恥ずかしさをごまかすように顔を逸らし、長い黒髪が肩からさらりと滑り落ちた。 「笑うなよ……。」 「ごめん。」 「絶対ごめんって思ってないだろ」 「少しだけ。」 「ほらな。」  それでも、DHER-ZYUは自分の右手をもう一度見た。  濃紺の爪は、やはり悪くない。  むしろ、思っていた以上に気に入っている。  それを認めるのは少し悔しかったが、無理に嫌いになる理由もなかった。 「……左もやるなら、同じ色でいい。」 「分かった。」 「ただし、これはあくまで一回だからな。」 「うん。」 「次もやるとは言ってない……。」 「分かってる。」 「……。」  DHER-ZYUは少しだけ考えてから、ぼそりと付け加えた。 「……まあ、気が向いたらまたやってもいいけど。」  セレナは何も言わず、ただ少しだけ嬉しそうに笑った。  左手の作業が始まる。  休憩区画の外では、誰かが廊下を走る足音がして、その直後に『急がなくていいって』と別の隊員が笑う声が聞こえた。自動扉が開閉する音、遠くから聞こえる通信機器の電子音、空調の低い唸り、誰かが椅子を引いたときに床へ伝わる小さな擦過音。  それらすべてが混ざり合い、いつものW.Q.Fの昼休みを形作っている。  DHER-ZYUはその中で、黙って自分の手をセレナに預けていた。 「DHER-ZYU。」 「ん?」 「手、綺麗だね。」 「……またそれかよ。」 「本当のことだから。」 「……そういうこと言うから女扱いされる気がするんだよ。」 「手が綺麗なのは男でも同じでしょ。」 「まあ……それはそうだけど。」  少し考えてから、DHER-ZYUは小さく笑った。 「……じゃあ、それならいい。」 「うん。」  しばらくして、左手も終わった。  両手を並べて見ると、濃紺の色が黒い軍服とよく馴染んでいる。  DHER-ZYUは指を軽く曲げたり伸ばしたりしながら、何度か角度を変えて眺めた。 「……」 「気に入った?」 「……まあな。」 「良かった。」 「でも、誰かに聞かれても俺がやりたいって言ったわけじゃないからな。」 「はいはい。」 「その返事、絶対分かってないだろ。」 「分かってるよ。」 「ならいいけど……。」  DHER-ZYUはカップを手に取り、冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。 ――少し苦い――  けれど、それもいつもの味だった。  何か特別なことが起きたわけではない。  任務があったわけでもなく、訓練があったわけでもなく、緊張するような出来事が起きたわけでもない。  ただ、昼休みに同僚からネイルを勧められて、最初は嫌がっていたのに、実際にやってみたら思っていたより悪くなかった。  それだけのことだった。  だからこそ、DHER-ZYUはもう一度だけ自分の指先を見た。  濃紺の爪が照明を受けて、わずかに青く光っている。 「……結構良いじゃん」  今度は、誰にも訂正しなかった。  その日の朝、DHER-ZYUが自分の顔を見て最初に思ったのは、寝癖がひどいということだった。  W.Q.Fの施設内に設けられた居住区画は、朝の時間帯になると人の気配が一気に増える。廊下にはまだ眠そうな顔をした隊員が行き交い、給湯設備の周辺では簡単な朝食を取る者たちが立ったまま飲み物を口にしている。壁面に埋め込まれた照明は夜間の明度から少しずつ通常の明るさへ切り替わり、白い光が無機質な床を均一に照らしていた。  DHER-ZYUは、その廊下を歩きながら、自分の髪を片手で押さえていた。  腰の辺りまで伸びた黒髪は、起床直後ということもあって普段以上にまとまりがなく、ところどころが妙な方向へ跳ねている。本人としては軍務へ向かう前に整えたつもりだったのだが、鏡を見る限り、どうにも納得できる状態にはなっていなかった。 「……最悪だ。」  DHER-ZYUは小さく呟き、壁面の鏡を横目で確認する。  透き通った黒い瞳はまだ少し眠たげで、切れ長の目元も普段より柔らかく見える。顔立ちは元から整っているため、本人がどれだけ不機嫌そうな顔を作ろうとしても、どこか可愛らしい印象が残ってしまう。  それが、朝から気に入らなかった。 「……もうちょっと男らしくならねぇかな。」  鏡に映る自分へ向かって言ってから、DHER-ZYUはため息をついた。  そのときだった。  背後から、誰かの声が聞こえた。 「DHER-ZYU先輩、おはようございます。」 「ん?」  振り返ると、そこには一人の後輩が立っていた。  名前は、ミレア。  紫色の長いサイドテールを肩から流し、歩くたびにその髪が背中でゆっくりと揺れている。瞳はアメジストを思わせる色で、朝の照明を受けると透明感のある紫が浮かび上がる。  W.Q.Fに所属してからまだそれほど長くない後輩だが、DHER-ZYUとは何度か任務や訓練で顔を合わせており、普段から比較的気軽に話しかけてくる相手だった。 「ああ、おはよう、ミレア。」 「朝から髪すごいっすね。」 「……見なかったことにしてくれ。」 「無理っす。」 「即答するな。」  DHER-ZYUは髪を手で梳かしながら、少しだけ眉を寄せた。  ミレアはそんな彼を見て笑っている。 「先輩、寝起きっぽい顔してますよ。」 「今起きたばっかりだからな。」 「ちゃんと寝たんすか?」 「寝たよ。むしろ寝すぎたくらいだ。」 「へえ。」  ミレアはそう返してから、何かを思い出したように自分の端末を取り出した。  DHER-ZYUはそれを何気なく見た。  ミレアの指が画面を数回操作する。  そして、ほんの一瞬だけ表情を変えた。 「……あ。」 「何だよ。」 「いや……。」 「何だよ、その反応。」 「……先輩。」 「だから何だって。」  ミレアが端末の画面をDHER-ZYUへ向ける。  DHER-ZYUは何気なく覗き込んだ。  そして――固まった。 「…………」 「…………」 「…………これ。」 「はい。」 「誰?」  画面に表示されていたのは、一枚の写真だった。  暗い室内、薄い毛布。  枕の上に広がった長い黒髪。  そして、その中央で無防備に眠っているDHER-ZYU。  写真はかなり近い距離から撮られたものらしく、顔がはっきりと写っている。  目は閉じていて、普段の鋭さはどこにもない。  口元も僅かに緩んでいる。  長い黒髪が枕へ広がり、白い寝具との対比によって顔立ちが余計にはっきりと見えていた。  何より問題なのは、その写真が既に一部の隊員たちの間で共有されているらしいことだった。  画面の上部には、何人かが送った短いメッセージが並んでいる。  DHER-ZYUは無言で画面を見つめた。  数秒後、ゆっくりと顔を上げる。 「……ミレア。」 「はい。」 「これ、何だ?」 「先輩の寝顔っす。」 「それは見れば分かる。」 「じゃあ何が分からないんすか?」 「誰が撮ったんだよ!」  廊下にDHER-ZYUの声が響いた。  近くを歩いていた隊員たちが一斉にこちらを見る。  DHER-ZYUは慌てて声を落とした。 「……いや、待て。そもそも何で俺が寝てるところの写真があるんだよ。」 「私に聞かれても分からないっすよ。」 「流出してるんだぞ!」 「そうっすね。」 「何でそんな落ち着いてるんだよ!」 「だって、私が撮ったわけじゃないっすから。」 「そういう問題じゃねぇ!」  DHER-ZYUはミレアから端末を受け取ると、写真を拡大した。  間違いなく自分だった。  自分の部屋なのか、それとも別の場所なのか、そこまでは写真だけでは判断できない。  だが、少なくとも本人が眠っている間に撮影されたものであることは間違いない。  DHER-ZYUの顔が引きつる。 「……これ、どこまで回ってる?」 「結構。」 「結構ってどのくらいだよ。」 「私が見た範囲だと、かなり。」 「具体的に言え。」 「……言ったら先輩、たぶんさらに慌てるっすよ」 「もう十分慌ててる!」  ミレアが少しだけ笑った。  DHER-ZYUは頭を抱えた。 「……最悪だ。」 「そんなに嫌っすか?」 「当たり前だろ!」 「でも、寝てるだけですよ?」 「そういう問題じゃないんだよ!」  DHER-ZYUは写真をもう一度見る。  見れば見るほど、腹が立つ。  普段の自分とは明らかに違う。  任務中の鋭い目つきもなく、軍人らしい緊張感もなく、普段なら意識して作っている男らしい表情すらない。  ただ眠っているだけだ。  だからこそ、余計に嫌だった。 「……これ、消せないのか?」 「元の投稿を消すことはできるかもしれないっすけど、もう保存してる人もいるでしょうね。」 「……」 「先輩?」 「……俺、今日から誰にも寝顔見せない。」 「寝るときは目閉じるから無理じゃないっすか?」 「そういうことじゃねぇよ!」  ミレアが笑いを堪える。  DHER-ZYUは端末を返しながら、深く息を吐いた。 「……もういい。仕事行く。」 「先輩。」 「何だよ。」 「顔赤いっすよ。」 「うるさい。」 「可愛いっすね。」 「……」  DHER-ZYUの動きが止まった。  ゆっくりと振り返る。 「今、何て言った?」  ミレアは何でもないことのように首を傾げた。 「先輩、可愛いっすね。」 「……」  DHER-ZYUは絶句した。  ミレアはアメジスト色の瞳を細め、楽しそうに笑っている。 「寝顔、すごく可愛かったっすよ。」 「お前……。」 「普段はちょっと目つき悪いのに、寝てると全然違うんすね。」 「……ミレア。」 「はい。」 「それ以上言ったら怒るぞ。」 「でも本当に可愛かったっす。」 「だから言うなって!」  DHER-ZYUの耳まで赤くなった。  ミレアは笑いながらも、少しだけ声を落とす。 「でも、安心してください。私は先輩が男なの知ってますから。」 「……」 「そこはちゃんと分かってます。」  DHER-ZYUは少しだけ黙った。  その言葉には、からかいとは違うものがあった。  DHER-ZYUが外見について気にしていることを、ミレアも知っている。  彼がどれだけ女性に見えるとしても、本人が男性であることに変わりはない。 「……ならいい。」  DHER-ZYUは少しだけ落ち着きを取り戻した。 「ただし、可愛いって言うのは禁止な。」 「えー。」 「禁止。」 「じゃあ、寝顔だけなら?」 「それも禁止。」 「綺麗は?」 「それも微妙。」 「格好いいは?」 「……それならいい。」 「分かりやすいっすね。」 「うるせぇよ。」  ミレアは笑いながら端末をしまった。  DHER-ZYUもようやく歩き出す。  だが、数歩進んだところで、ミレアが後ろから声を掛けた。 「DHER-ZYU先輩。」 「何だよ。」 「今日、寝不足っすか?」 「……何で?」 「目元、少し眠そうだから。」  DHER-ZYUは少し考えてから答えた。 「昨日、ゲームしてた。」 「またっすか?」 「悪いかよ。」 「悪くないっすけど、寝落ちしてたんじゃないですか?」 「……」 「図星?」 「違う。」 「じゃあ何で黙るんすか。」 「うるさい。」  DHER-ZYUは歩く速度を少しだけ速めた。  ミレアもその後を追う。  しばらくして二人が廊下の角を曲がると、前方からセレナが歩いてきた。  白い長髪が朝の照明を受けて淡く輝き、鉛色の瞳がDHER-ZYUとミレアを捉える。 「おはよう、DHER-ZYU。」 「……おはよう。」 「どうしたの?」 「何でもない。」 「何でもない顔じゃないけど。」 「本当に何でもない。」  セレナはDHER-ZYUの顔を見て、それから隣にいるミレアを見る。  ミレアは少しだけ口元を押さえた。 「セレナ先輩、これ見ます?」 「何?」 「ミレア!」  DHER-ZYUが慌てて止める。  しかし遅かった。  ミレアが端末を差し出し、セレナは画面を見る。  数秒の間、鉛色の瞳が写真を確認する。  DHER-ZYUは固唾を飲んで反応を待った。 「……。」 「……どうだよ。」 「……DHER-ZYUだね。」 「それ以外に何があるんだよ。」 「寝てる。」 「だから、それは見れば分かるって!」  セレナは写真をもう一度見た。 「珍しいね。」 「何が?」 「こんなに無防備なの。」 「……。」 「普段より表情が柔らかい。」 「……セレナ。」 「何?」 「頼むから、それ以上言うな。」 「分かった。」  セレナは素直に端末から視線を外した。  DHER-ZYUはほっと息を吐く。  しかし、その直後、セレナが静かに言った。 「でも、可愛いと思う。」 「セレナまで言うのかよ!」  DHER-ZYUの声が再び廊下へ響いた。  ミレアが笑い、セレナも珍しく口元を緩める。 「DHER-ZYU。」 「何だよ……。」 「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」 「気にするだろ、普通。」 「そうかな。」 「そうだよ。俺が寝てるところだぞ。」 「それはそうだけど。」 「しかもこんな顔……。」  DHER-ZYUは途中まで言って、また写真を見てしまった。  そこには、いつもの自分とは別人のような顔で眠っている自分がいる。  普段なら鋭く見える目元は閉じられ、長い黒髪が枕へ広がっている。 「……」  DHER-ZYUは少しだけ黙った。  そして、ものすごく不本意そうな顔で呟いた。 「……そんなに変か?」 「変じゃないよ。」  セレナが答える。 「普通に寝てるだけ。」 「……そうか。」 「うん。」  ミレアも頷く。 「普通に可愛いっす。」 「お前は黙ってろ。」 「はい。」  ミレアは素直に口を閉じた。  DHER-ZYUは少しだけ肩の力を抜いた。  どうにも納得はできない。  できないが、少なくとも二人が悪意を持って言っているわけではないことくらいは分かる。 「……とりあえず。」  DHER-ZYUは自分の髪を後ろへ払いながら言った。 「この写真がこれ以上広がらないようにしろ。」 「先輩、そこは私も協力するっす」 「頼む。」 「でも……。」 「何だよ。」 「写真自体は消したくないっすねぇ。」 「……ミレア。」 「冗談っす。」 「絶対冗談じゃなかっただろ。」 「半分くらいは。」 「お前なぁ……。」  DHER-ZYUが呆れた顔をすると、ミレアは楽しそうに笑った。  セレナはそんな二人を見ながら、静かに歩き始める。 「二人とも、仕事遅れるよ。」 「あ。」 「やべ。」  DHER-ZYUとミレアは同時に時計を見る。 「……行くぞ、ミレア。」 「はいっす。」  二人は慌てて歩き出した。  DHER-ZYUは途中で一度だけ自分の端末を確認し、写真が表示されている画面を見てから、すぐに閉じた。  そして小さく呟く。 「……寝顔くらい、放っといてくれよ。」  隣を歩いていたミレアが聞き取ったらしく、紫色のサイドテールを揺らしながら笑った。 「先輩、やっぱり可愛いっすね。」 「ミレア!」  朝のW.Q.Fに、DHER-ZYUの怒鳴り声とミレアの笑い声が重なって響いた。