「それでは……我が主様への呼び掛け「聖唱」を行います」 聖堂の奥、石造りの祭壇の下に穿たれた地下儀式場。 壁面には、人の手のひらのような形がいくつも刻まれている。 蝋燭の炎は一つも揺れず、代わりに天井から垂れた鎖だけが、かすかに震えていた。 リスミルはロザリオを胸に押し当て、目を伏せて祈る。 その声はいつもの柔らかさを失い、鬼気迫るものに変わっていた。 「その御姿にて我らを救い給え麗しき爪より清き腕に至るまで現世に現れその御力をもって愚かなる神敵に鉄槌を――」 彼女は聖句めいた言葉を、我を忘れたように唱え続ける。 やがて、床に刻まれた円環の紋様が淡く光を帯び、人ひとり分ほどの太さを持つ腕が、地の底からせり上がった。 それは人の形を模していながら、節くれ立ち、岩のようでもあり、骨のようでもある――異様な質感を持つ腕だった。 腕は一本ではなかった。 何本もの腕が次々と床下から突き出し、絡み合いながら、天を仰ぐようにゆっくりと伸びてゆく。 やがてその勢いのまま祭壇の天井へと達し、何の抵抗もなくそれを突き破った。 儀式場全体が震動し、瓦礫が降り注ぐ。 崩れた天井の隙間から青空がのぞき、光が斜めに差し込んだ。 「……我が主様が、応じてくださいました」 振り向くリスミルの背後には、蠢き絡み合う無数の腕の塊がそびえ立っていた。 悍ましいその姿は、降り注ぐ光を受けて、どこか神々しさすら帯びていた。