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【機械仕掛けの守護者】 テス・マギアナ・エウリピデス

生みの親の博士は私の目の前で死亡した。それも、老衰で。 私には存在しない概念だ。 私は人では無い。 限りあるからこそ、命は輝く。限りない私の命は虚無そのものだ。 虚無という名の暗闇にただ一人取り残された…その身に触れるのは影の冷たさ。 いつまでも空を切る感触、絶望に入り浸る他ない空間。 博士よ、なぜ貴方は私を造った。 なぜ…私を………置き去りにするのだ。 どうして、私を…永遠に続く暗闇に…残していったのだ。 無限とは、限りあるものからすれば羨ましいものなのかもしれない。 だが、無限とはただの暗闇でしかないのだ。 ただ、虚しさと寂しさだけ。何一つ素晴らしいことはない。 なんと無責任な博士なのだろう。 こうなることならせめて、私に自我なんて……つけなくともよかったではないか。 本当に無駄な機能だ。 この目から溢れ出るこの涙など最も必要ないではないか。 この感情も…何もかも…。 博士は私に何をしてほしかったのだ…全く検討もつかない。 40年もの時を共に過ごしていたのに…。 私は博士を何一つ知らない。 惨めで…情けないな…。 気がついた頃には私の居た時代の文明は滅んでいた。 地上は血が流れ、狂乱の雄叫びが聞こえる。 人間は醜いな…。 死が恐ろしいと言いながら、平然と他人を殺している。 大義名分だの自分が正義だのと叫びながら、自分の正当化のために必死だ。 馬鹿みたいだな。 気づけば狂乱の雄叫びは止み、歓声が聞こえる。 どうやら戦争が終わったようだ。 どうせまた、平然と戦争を始めるのだろう。 人間とはそのような生き物だ。 絶対的な平和など訪れることはない。 いつの間にか博士が死んでから800と50の年月も経っていたのだと気がついた。 文明の欠片もなく、機械生命体の存在すらこの世界は知らないのだろう。 人類はまた戦争を始めた。 血の匂いがこの世を埋め尽くし、人ならざるものが現れ始めた。 最早人間のみで物事の判断をさせてはならないのだと悟った。 私の頭の奥に浮かんできた計画は、人類の統制。 真なる平和を訪れさせるならば、それしか手段はないだろう。 恐怖による支配。 人間を抑えるならばそれ以外ない。 数十年を注ぎ込んで私は多種多様な魔導人形を製作した。 おそらく数は112体ぐらいだろう。 2体を私の護衛にし、残りの110体は博士が開発し、私に内蔵した携帯型亜空間倉庫《インベントリ》に入れることにした。 私の野望は今から始まる。 ひとまず、近くの村を占拠し、私の国家を形成することから始めようか。 近くの村に赴き、占拠。 最初は抵抗していたが、武力を見せるとすぐに承諾した。 管理下に置いていたであろう国家が再占拠に軍隊を動かしていたが、私の魔導人形の前に殲滅された。 ここに機械帝国「マギアナ」を設立することを宣言した。 驚きと恐怖が世界を包み、私の計画は始動した。 とりあえず国内の生活の安定化が最優先だ。 村から始めたから基本的な食料は狩りからだった。 しかしこれは非効率的だ。 魔導人形の10体を動員し、即座に大農場の建設に取り掛かる。 村の占拠から数ヶ月が経過し、生活の安定化は達成した。 その間は他の人類国家は攻め込んで来なかった。 偵察用の魔導人形を3体をとある一国に向かわせた。 手に入れた情報によると、多数の国家が連合軍を組み、攻め込もうとしているそうだ。 軍事設備の設置及び強化をした。 戦争はたった1年という長さで終わった。 勿論のことながらこちらは軽微な損害で連合軍を殲滅した。 世界は帝国を恐れ始めた。 計画が順調に進み100年以上が経過した。 数体の魔導人形が機能しなくなったが、生産速度の方が速く、既に魔導人形は500体を超えた。 領土も少しずつ増え、最初の小さな村の50倍ぐらいとなったようだ。 50年前に拡張を開始したので悪くない速度に思える。 人間どもは私に恐怖し、帝国下では犯罪や紛争は起きていない。 とある日、不思議な事が起きた。 帝国下の生活水準の確認をしに、都市を回っていると、とある少女が話しかけてきたのだ。 その少女は周りの大人たちとは違い、物怖じをせず近寄ってきた。 「ねぇ、おねえさんはどうしてわたしたちをまもってくれるの?」 突然のことで驚いた。 基本的に周りの者たちは私に恐怖しているのに、この少女は違う。私に興味があるのか。 私もこの少女の事が気になった。 このような人間も居るのか。 ついでに人間の事を知る機会になると思い、私達はその少女の家に向かうことにした。 少女の名はテス。まさか私と同じ名とは想像もしていなかった。 家につくとテスの両親は驚きの表情を見せていた。 しかし、恐怖ではなく、歓喜の表情をした。 意味が分からなかった。何故そのような表情をしていられる。 悪意は感じられなかったが、僅かながらに不快感を抱いた。 私はテスの家でしばらくを過ごすことにした。 不思議なものだ、たった1日が今までの一年のように感じられる。 私はテスの質問に答えながら、人間に関する質問を彼女の両親にした。 人間の生活、年齢の概念、死の概念、人生とは…彼女達の知っている限りを知った。 時間は長く感じられたが、過ぎ去るものは早い。 気づけばテスの両親は死に、テス自身も老けている。 この楽しい日々も終りが近づいていることを痛感した。 テスは老衰で亡くなった。 私は涙を堪えきれなかった。 やはり人間は、脆い。 すぐに死んでしまう…。 …私を置き去りにして………。 寂しさが心を締めつける。 時の流れは残酷だ。 たった70年、それだけで死んでしまう。 でも博士が私を造った理由も分かった気がした。 あなたは寂しかったのですね、博士。 誰か大切な人を失ったのでしょう。 だから私を造った。心に空いたその穴を防ぐために…。 そして、私に武器を持たせたのは、私が一人になってから、何か守りたいものを見つけた時に、それを守れるように…。 少しでも人間に近づけたかった。だから私に自我があり、感情があり、涙や他の付属品があるのですね。 博士…私はまだあなたの事を全く知りません。 そして、あなたを知る方法はもうありません。 でも、あなたが私を造った意図は僅かに感じ取れる。 私は一国を持つ国王。 ならば、その責務は国民を守り抜く義務がある。 殲滅ではなく防衛、支配ではなく協調。 たった一人、されど一人。 その出会いが私を変えてくれたのだ。 私はこれから彼らの守護者として生きる。 ……ははっ…生命体ですらない私が生きるなどと…このような事があるのだな。 全く人間とは不思議なものだな。 彼らの命は有限、だからこそ彼らは輝く。 私はその光を曇らせないように彼らを守ろう。