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九罪纏いし砂の狐獣

※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 Nine Sins―Pride 【傲慢君臨】 傲慢よ。 貴殿の考えは、ただ傲慢なり。 叶わぬ事を追い求め、それを成さんとする思い上がり。 ならばこそ、傲慢の罪は貴殿に与えよう。 徳も濁れば毒となる。 悪意とは善き者にこそ、最も効果を見せる。 傲慢な思い上がりをしたことを悔いろ。 そして数多の罪と人の負の感情で化け物に堕ちるがいい。 それこそ、貴殿の辿るに相応しい末路なのだから。 ────────────────────── 「ここが傲慢の区画……なんと奇妙な」目の前に広がる光景を見たロメルの率直な感想が口を衝いて出る。  九罪の箱庭、その最奥と思わしき場所へ、あなたとロメルはついにたどり着く。しかし、九罪の箱庭の主にして韋編悪党の一人“白面”なる女が待ち構えるにしては、この区画の光景は少々異質に感じられる。  まず目を引くのは──この区画を形成する壁。  白。  ひたすらに白。  ただの白。  壁も床も天井も全て味気ない白で染め上げられているのだ。ただ、カンバスや紙のような人工物的さが一切感じられない不気味さ。  まるで何も無い空っぽさ。いわば空虚という触れる事も見る事も叶わず、僅かに感じられる“無い”という存在を塗り固めたようだと言えばいいか。  床を靴が叩く音が永遠に響いているようで、しかし一瞬で何処かに吸い込まれてしまうような、ただただ気味の悪い空気がひっそりと漂っているのだ。  それだけに、壁の一部に取り付けられた無数のモニターの存在へあなたは図らずも安堵感を得てしまっている。  それらはこれまで通ってきた各区画を映し出しており、自分達の動向の全ては白面に筒抜けであった事を示している。ただ白面が九罪の箱庭の主である時点で、何らかの監視を受ける事は逃れられないのは明確。  何よりもあなたは韋編悪党から名指しで敵視されている。大抵の素性は連中に知られているのだから、今さら監視の一つ二つを気にする理由もない。 「九罪の箱庭の主、傲慢を司る者、そして蒐集家……白面を称する言葉に反して、ここは何と簡素なのでしょうか」 “確かに。てっきり、伝説の品や幻の芸術品的、或いはとんでもない骨董品やお宝があっても良いのにね”  あれだけ蒐集に執着している風な白面にしては、この区画はモニター以外を除けばあまりにも殺風景。  待ち受ける戦闘を考慮して、何処かに移動させていたのか。  それとも憤怒の区画へであなたに告げたように、彼女はそうした物品には興味がないのか。  いずれにしろ白面に直接尋ねれば分かる事だが、別段尋ねるだけの理由もなく、何よりあの自分以外の全てを小馬鹿にしている彼女がまともに答えるかも怪しい。  世の中には、聞いてもいないのに己の計画や野望を滔々と自慢気に語る悪党がいるが、白面にしろ韋編悪党にしろ──連中はそうした腹の中を明かしはしない。    あなたがそんな事を考えている間も、白面が現れる気配は全くない。ロメルは周囲への警戒を緩めておらず、当然あなたも多くの戦闘で鍛え上げた気配察知能力を解いてはいない。    数分経っただろうか。  一向に姿を現さない白面に、あなたとロメルはいよいよ痺れを切らし、既に彼女は何処かへ逃走したのではないかと思い始める。  ふと、あなたは今までの区画の構造を頭に浮かべる。いずれの区画においても各罪は二区画仕立てになっており、つまりこの区画は所謂前哨戦的な場所なのではなかろうか。  その事をロメルへ伝えると、彼女は暫し考え込んでから、成程と頷いてくれる。 「そうなると、まずはこの区画の何某を倒してから白面に挑めるという訳でしょうか。ですが、肝心の敵は何処に?」  そうなのだ。周りを見渡してもそれらしき敵は影も形もない。唯一怪しいのはあのモニターだ、何か操作をする必要があるのか。  云々と考えるあなたは、その瞬間、凄まじいまでの悪寒が背中に走る感覚と共に相手を小馬鹿にするねちっこい声が耳のすぐ近くで響く。 「お背中、ガラ空きですよ?」  勢いよく振り返った先に白い面。  間違いない白面だ。  彼女の接近を許してしまった事を後悔する間もなく、あなたは反射的に大きく飛び退こうとする。  それを阻止しようと白面の背後から出た九つの尾が、まるで獲物へ襲いかかる蛇の如くあなたへ巻き付こうと伸びる。  回避できるか否か微妙な所だが、今までの経験から得た力があなたの自信を支えてくれる。また九尾の動きはやや緩慢で、紙一重で逃げ切れそうであった。    それでも、あわや絞め上げられる寸前で、ロメルの砂が一歩速くあなたを絡め取るようにして九尾の拘束を回避。  何とか奇襲は防げたか──そう思ったあなただが、それは甘い見通し。 「他人を優先する見上げた自己犠牲の精神。ですが他者を優先するあまり、蔑ろにした自分が“罠”に掛かっては本末転倒──ああ、それとも破滅願望をお持ちで?」  あなたを優先して助けたロメルへ、白面が何かを投げ放つ。白面の動作は非常に手慣れており、尚且つ投げる予備動作もほとんど無かった。仮に身構えていたとて、あなたですら反応するのは難しいだろう。  黒い筆でおどろおどろしく文字が書かれた紙に包められたそれは、ロメルが咄嗟に回避する暇もなく彼女の肩へと深く刺さる。  釘等の先端が尖ったモノを紙に包んでいたのか、ロメルの肩は微量ながらも出血しており、引き抜こうとする彼女は顔は今まで見たことも無い程の苦悶で満ちている。  あなたは駆け寄ろうと足を踏み出した──その瞬間、ロメルの砂が勢いよく叩きつけられる。  まるで、私に近づくな、と言わんばかりに。 “──ッ” 「流石は自己犠牲精神の塊。“もうすぐ自分が自分で無くなる”というのに、まだ他人を気づかえますか」  嘲りを交えた哄笑を上げる白面は、苦しむロメルを称賛する拍手を送る。  吐き気すら生温い悪意を露わにする白面へ、あなたは今にも飛びかからんとばかりに構えながら彼女へ問う。  何をした、と。  ロメルに何をした、のか。  射殺す程に強く睨見つけるあなた。そんなあなたを全く意に介さない白面は、まるで好みの料理を答えるかのような呑気さと悪意に満ちた喜悦を混じえた声で告げる。 「与えたのですよ、かのワルキューレに九罪の一つ“傲慢”を。決して人が手放せぬ至上にして、最大の罪を」  白面は続ける。 「感情を、愛を、学びたい等と宣ったとて、所詮は大神の下僕たるワルキューレにそれは叶わず、叶ってはならない。何故なら、感情は生物のみに与えられた枷なのですから。 「それを幾ら神性を落としたとて、神の一端である事に変わりないワルキューレが得ようなど土台無理な話。 「人の魂を宿し、神でありながら人間臭くなったのが終戦乙女。それでも尚、彼女は感情を殆ど理解できていない。それなら、もう無理なのですよ、そしてその決意は傲慢そのものなのですよ」  白面は滔々と語った。  その間ロメルは依然として苦悶した表情を浮かべ、彼女の身体から溢れ出した砂が舞い上がると真っ白な区画は瞬く間に砂の嵐に包まれていく。  吹き荒ぶ砂嵐に耐えながらあなたは必死にロメルの名を呼ぶ。その声こそ彼女は聞こえていたのだが応えはしない。  ただ、こちらに向けた彼女の苦しむ顔には、何か嫌な諦念と──必死で取り繕った微笑みの謝罪。  反射的に手を伸ばすも、それは砂嵐に阻まれ、やがてロメル自身も砂の中へと埋没する。彼女を埋める砂はやがて“巨大な獣”の様な形へ変化していき、見上げる程に大きな頭部に光る禍々しき双眸が“あなた”へ敵意の視線を送る。 「Magnificent!!(素晴らしい) なんと美しきかな罪の形! 傲慢なワルキューレに相応しい末路! 美しい形がここまで醜悪な化け物に堕ちるとは──まっこと甘美な尊厳破壊!」  絶頂の歓喜にも等しい声を上げる白面を、あなたはもう気に掛ける余裕すらない。共にここまで歩んできた彼女は──ロメルは、今や何処にもなく。  あなたの眼前にはかつてロメルであった砂の怪物がぎらりと瞳を輝かせながら、鋭利な牙を生やした顎を開き──薄気味悪く笑っている。 “ロメル……”  愕然とするしかない。  あの不器用ながらも真面目な彼女は何処にもいなくなってしまった。  ……いや、そんな筈はない。  あなたは知っている筈だ。  かつて自暴自棄な程に堕ちた彼女は、あなたを含めて多くの人々との出会いで再び翼を広げて這い上がってきた。  誰が灯してくれた彼女の中の火は、多くの者たちとの出会いがそれを今日まで絶やさぬように保ってきてくれていた。  まだ、ロメルはいる。  そこに──あの砂の怪物の中に彼女はいる。  だったら、やることは一つ。  再び沈まんとしているロメルへ、手を差し伸べてやるのだ。  かつて誰かが手を差し伸べ続けてきたように。  その想いを無駄にしないためにも。 “──待っててねロメル”  あなたは息を整え、砂の怪物へと対峙する。 ──────────────────────  憎悪と叫喚と欲望の浴槽に浸かっているようだ。頭の中では様々な声が響き続けている。絶叫、悲鳴、怨嗟、怒声、罵声、それに混じるかのように激しい爆発音が遠方でしていた。  混濁した意識の中では最早自分という存在すら見出せず、指一本も動かせないロメルは自分が肉体から離れてしまったかのように思えて仕方がない。  抗おうだなんて、出来なかった。  堰を切って押し寄せる濁流の如き感情を受け入れきれず──いや、その波濤の猛々しさに圧倒され彼女は“感情を学ぶ行為自体”が間違いであり、己の傲慢さであったと叩き込まれたのだ。  所詮、自分はこの程度、と己の本心を隠すように自嘲した。  本当は多くの人々を守りたいと、そして何より“彼”を含めた多くの優れた英雄、戦士、勇者、達と共に戦い抜きたかった。  そうした思いの全てを適材適所などと言い訳をしてきたが、いざそれを目の当たりにすると悔しい気持ちが溢れてくる。    でも、もう遅かった。  意識は徐々に、だが確実に薄れていく。  自分という塊が解け、夥しい数の意識が混在する大海に溶けていくようだ。もう誰が誰で、自分が自分なのかも分からない。  きっと自分はここで終わるのだろう。死に対する恐れは無い。ただ、ここまで共にしてきた“あなた”へお別れの言葉を告げられなかったのが心残りだ。  でも、きっと、あの方なら前に進んでくれる筈だ。前に進んで、白面を、韋編悪党を、終戦乙女を──世界を人々を脅かす存在に終止符を打ってくれるに違いない。  そう、それなら、それでよいのかもしれない。 “本当にそれで良いのかいロメル?”  突然響いたのは彼──将軍の声。全身の何もかもが悍ましい負の感情に侵されているというのに、彼の声は鮮明にロメルの意識を掴んでいた。 “あの人を置いて君だけ先におさらば……だなんて虫が良すぎると思うよ。ここまで一緒に来たんだ、帰るときも一緒でないと”  将軍はそう言う。  確かにロメルも、それが本当の望みだ。  でも、悍ましい負の感情がそれを許さない。動くことも、抗うことも、全て邪魔をしてくる。  ふと、ロメルは思った。  まるで地獄にも等しいこの中で、どうして将軍は正気を保ちあまつさえ自分に声を届かせられる程の余裕があるのか。 “地獄は何度も経験してきたからね”  自嘲を混じえた答えを将軍は返した。 “それに、私は私だ。他の誰でもない私は、今ここにいて、今ここでロメルと話しているんだよ。他の誰にも奪われない、奪うことの出来ない誇り(Pride)──ありのままの己を受け止める自尊心だ” “白面はそれを傲慢だのと言ったね。でもね、人は多かれ少なかれ傲慢なものさ。何故なら私は私で君は君だ、私は私だけで君は君だけなんだ” “傲慢──それは他者と己を分けるモノ。有象無象の群ではなく唯一無二の個であり続ける為のね。この言葉の意味を、ワルキューレではなく終戦乙女である君なら理解できる筈だ”  ワルキューレではなく終戦乙女。  有象無象の群ではなく唯一無二の個。  出された命令を実行するのではなく、自らで考え悩み答えを出す──それは自我。  私は、私は、私は──ロメル。    それを再認識した途端、急に混濁していた意識が明瞭さを取り戻していく。周囲に渦巻く負の感情がそれを阻もうと脳内に流れ込んでくるも、ロメルはそれを振り払うように──感覚の戻った両手を必死に振る。    私はロメル──愛を知るために感情をより学びたいと思い、そのために戦う道を選んだ終戦乙女。  それこそが私の誇りであり、私が私である事の証明。  意識は戻った。  身体の感覚も戻った。  なら、早く“あの方”の元へ戻らねば。  でも、どうやって── “考えるまでもないよ。手を伸ばすんだ、ただ伸ばすだけで良い”  将軍の言葉に導かれるようにして、ロメルは手を伸ばす。限界など知らない、ただただ伸ばし続ける。 “それで良い。自分一人で抱え込んでは駄目なんだ、もしどうにもならなければ構わず手を伸ばしなさい。君の周りには、その手をしっかりと掴んでくれる人で溢れているんだから”  必死に伸ばしたその手が、何かを突き抜ける。その瞬間──その手を決して離さんとばかりに強く握られた。 ──────────────────────   “ッ⁉”  あなたは砂の化け物の額の辺りから、突然腕が飛び出してくる瞬間を目の当たりにする。何とも奇天烈な光景は戦闘中のあなたを呆気に取らせるほどで、思わず見せた隙に砂の化け物からの急襲を受けそうになる。  間一髪で攻撃を素早く回避すると、あなたはその勢いのまま砂の化け物の額へと果敢にも飛び乗る。額から出ていた手は紛れもなく、ロメルのものだったからだ。  あなたを振り落とそうと砂の化け物は暴れ回るのを必死に耐えつつ、ロメルから伸ばされた手を強く握り──満身の力を込めて引っ張り上げる。  まるで根がかりした釣り糸の様に最初こそはビクともしなかったが、やがて“重みが取れたように”或いは“彼女を逃がさんとする力が薄れたように”あなたは彼女の手を掴んでひたすら引き上げる。 「──ッ⁉ あなた様」  やがて蠢く砂の中からロメルの顔が覗く。感動の色に溢れた顔はその美しく綺麗な瞳を僅かに濡らして、あなたを真っ直ぐに見つめる。  乾いた砂漠を潤すような一雫を頬に流しながら、彼女は(パッと)花を咲かすような笑みを見せる。  ただ感動の再開も束の間。暴れ回る砂の化け物が渾身の力を込めてあなたを振り払う、が──その行為が逆に仇となった。  宙に放り投げられたあなたはそのままロメルと共に大きく吹き飛ばされるも、次の瞬間にはロメルがあなたを強く抱きしめながら背中の翼を広げて見事に体勢を整えた。  そのまま華麗に着地をするあなたとロメル。一方、砂の化け物は“ロメルという力の源”を失ったことで体を維持することが不可能になり、不明瞭な叫びを上げながら巨体をぐずぐずと砂に変えて消えていく。  吹き荒れた砂嵐も収まり、徐々に元の白く無機質な区画へと戻る中、あなたとロメルは互いに見つめ合いながら喜びに浸っていた。 “おかえりロメル” 「はい、お待たせしましたあなた様」  交わされた言葉はそれだけ。  過度に脚色された冗長な文言など不要。  互いの双眸、そして二人の相貌。そこに宿る様々な感情の表われだけで充分なのだ。  だが忘れてはならない。  そんな再会の場には“相応しくない”者がまだここにいることをだ。 「はいはい、素晴らしいお涙ちょうだいの物語はそこまでにしてもらえますか。ワタクシ、我慢できずにポップコーン投げてしまいそうなので」  乾ききった拍手を鳴らし、白面はさぞ不愉快な声で邪魔をする。白い面のせいで表情はやはり窺えないが、その声色から彼女の浮かべている表情は手に取るように分かる。 “白面”  呆れを通り越して最早清々しい程までの彼女の態度だが、あなたはそんな事を思うまでもなく彼女を強く睨みつける。  同時に隣に立つロメルがあなたを守るように一歩前へ。喜びを今だけ忘れた顔の彼女は、口を(キュッと)固く結んで砂を手繰り寄せるように周囲に集める。  これから最後の決着が始まる──そう思ったのだが、しかし白面はあなたの決意を足蹴にし、けらけらと笑いながら(スッと)片手を上げる。 「生憎ですが、こんな場所でワタクシとの決着をつけられても困りますので──」  片手を(ギュッと)彼女が握りしめたその瞬間、激しい爆発音が九罪の箱庭内に轟き、あなた達の足元が凄まじい振動で揺さぶられた。  次々と巻き起こる爆発音、その度に九罪の箱庭は激しく揺さぶられる。あまりの揺れにあなたは体勢を崩しかけたが、ロメルがしっかりと支えてくれている。  白面が何をしたかは一目瞭然。  九罪の箱庭に仕掛けていた爆薬の類を一斉に爆発させたのだ。  止まらぬ爆発の一つがすぐ近くで喧しい音を響かせ、亀裂を走らせた白い天井の一部があなたのすぐ側に(ガラガラと)轟音を鳴らし落下。すかさずロメルが砂壁を造り出して破片の飛散を防ぐ。 「それでは、ワタクシは用があるのでお先に失礼しますよ」白面は茶化すように手をひらひらと振ってみせる。 “逃げるのか?”  あなたの言葉に白面は何の躊躇もなく答えた。 「ええ、先にも述べたようにここはワタクシとの決着をつけるのには相応しくない。それに、貴方をここに引き込んだ──木っ端妖怪にしっかりとお仕置きしないといけまんせからね」  そう言って立ち去ろうとする白面をロメルの砂が阻む。 「そう易易と逃げられると思い──」 「あまり調子に乗るなよワルキューレ」    心臓を握りつぶさん程に恐ろしい声で白面はロメルの言葉を遮ると、片手を(サッと)振っただけで行く手を阻んでいた砂を消し飛ばす。   「それともぶっ殺されるのをご所望で? お前の目の前でそいつの柔肌を一枚一枚剥いでやろうか?」  今の白面は悪意と嗜虐に満ちた顔を浮かべているに違いない。艶めかしく、いやらしく、悍ましく、両の指を蠢かす白面にあなたは身震いする。  無論、ここで彼女を逃がす訳には行かない。決死の覚悟で戦う気は充分にあるが、それをロメルは許しそうにない。 「どうしても遊びたいなら、こいつらと遊んでなさい」すると白面は地団駄を踏むように足を床に打ち鳴らす。  次の瞬間、彼女の足元に奇妙な魔法陣が一瞬現れると、そこから無数の魔物が這い出てくる。そればかりか、壁や天井からも大量の魔物が続々と現れ、あなたとロメルを取り囲むように陣取る。  あの足踏み(何らかの魔術だろうか)だけでこの数の魔物を一瞬で呼び出す力量──白面の実力の底が知れない以上、下手な戦闘は控えるべきだろう。 「そのまま魔物共と一緒に瓦礫に沈むがいい。まあ、もし生還したならそれはそれでワタクシのコレクションとして防腐剤を食う末路ですけど……それでは──拜拜!」  先程までの恐ろしさを彼方へと追いやったかのように、白面はあからさまな猫なで声で(更には可愛らしげに手を振って)別れを告げ、瞬く間にその姿を消し去る。  ほぼ同時にあなた達を囲んでいた魔物がじりじりとにじり寄る。一匹一匹は大した事もない下級の魔物、しかし数が問題だ。  人海戦術、数の有利生。それは一騎当千の古強者だろうと百戦錬磨の戦術家だろうと抗えない。複数の敵を巻き込めるロメルの砂であっても、際限が無く現れる魔物に対処し続けるのは困難。  当然、この数の魔物達から逃げながら九罪の箱庭を脱出するのは不可能。  どうする──あなたが必死に考えを巡らしていた、その時だ。  背後の壁が(ごうごうと)燃え盛る炎によって焼き溶けされたかと思えば、次の瞬間凄まじい衝撃を受けて破壊される。  区画に飛び込んできた一つの影。  黒い体毛、全身に纏う灼熱の炎。  煌々とした光りを湛える赤眼があなた達を睨みつける。   “焔狼……ッ!?”  あなたとロメルは驚愕を隠せない。  憤怒の区画にて対峙し、驚異的な身体能力と強烈な怒りの炎、そして【再点火】による復活能力を有してこちらを苦しめた──彼。  あの時確かに消えた筈の焔狼が再び現れたのか、そんな疑問を浮かべる暇はあなたに無い。ただでさえこの数の魔物に囲まれている中で、焔狼と戦うなど言語道断。  万事休す、かと思ったが──あなた達を睨んでいた焔狼が区画を揺らす程の咆哮を上げるや否や魔物達の群れへ飛びかかる。  強靭な筋肉により繰り出される前脚の一撃が数匹の魔物ごと床を粉砕し、同時に巻き上げられた炎が周囲を一瞬で魔物を燃え滓へ変える。 「……もしかして、私達を助けにきたのでしょうか」  魔物達を蹴散らす焔狼を見つめるロメルは、目を丸くさせながら呟く。  するとその声を耳にしたのか焔狼は跳躍してあなた達の目の前に着地すると、鋭い眼光を放ちながらもその巨体を僅かに下げる。  乗れ。  そう言わんとばかりに焔狼が睨みつけてくる。  しかし、突然の出来事に理解が追いつかず、困惑したままのあなた達。すると焔狼は催促するように唸り声を上げながら、射殺す程の眼光で更に睨んでくる。  彼の真意は不明だが、まさしく渡りに船。  あなたとロメルは顔を見合わせ、焔狼の背へと乗り込む。正に燃える炎の様に彼の身体は熱を帯びていたが、しかしあの時彼が放っていた激しい怒りの炎とは程遠い。  その体温に安心感を得ながら、後ろで不安そうにしているロメルを気遣い、あなたは焔狼のやや堅い黒毛をしっかりと掴む。  それを合図にしたのか、焔狼は勇ましい咆哮を上げる。近寄る魔物達の本能に恐怖を叩き込むと、次の瞬間──彼の後脚部が激しく爆発するとその勢いに全身を乗せてハネる様に飛び出した。