かつて一人の人間だった少女は、“理解したい”という衝動に取り憑かれていた。他人の痛みも、喜びも、言葉では届かない“内側”を知りたいと願い続け――やがて禁じられた術に手を伸ばす。 “完全同化”。 触れた対象のすべてを取り込み、分かち合うのではなく、境界そのものを消し去る行為。 実験は成功し、そして失敗した。 肉体は崩れ、形は溶け、少女という“個”は消失。代わりに生まれたのは、あらゆるものを“味”として記憶し、混ぜ合わせる粘性の存在――ノクシア=アマルティア。 だが、完全に消えたはずの少女は、どこかに“残っている”。 他者を取り込むたび、 ふと浮かぶ思考。 「それって、あなたとわたし…本当に別なの?」 「分かり合うって、壊さないとできないのかな」 それは学習ではなく、 記憶でもない。 かつて“人間だった何か”の、消えきらない残響。 ノクシア自身はそれを自覚していない。ただ、“混ざること”に異様な安堵を覚え、“分かたれている状態”に耐えがたい違和感を抱く。 時折、同化が臨界に達したとき。 粘体の奥で、ひとつの“声”が滲む。 ――「わたしは、ここにいる?」 それが誰のものか、もう確かめる術はない。 なぜなら彼女はすでに、“ひとりではない存在”だから。 それでもノクシアは微笑む。 無数の“誰か”を内包したまま、何も知らない無邪気さで。 「ねぇ、大丈夫だよ。混ざれば…ぜんぶ、ひとつになれるから」 その言葉が救いなのか、浸蝕なのか。判断できる者は、もう誰も残っていない。