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【終焉を断つ呪刀の巫女】天逆 無月(あまさか むつき)

年齢 18歳 身長 168cm 体重 まあ...プライベートな問題なので... 性別 女性 種族 巫女 《1》 森は、最初からおかしかった。 夜になれば静かになるはずの場所で、音だけが消えていた。風は木々を揺らしているのに、葉擦れの音が鳴らない。小動物の気配も、虫の声もない。 ただ、“何かが抜け落ちた静寂”がそこにあった。 その異様な森の中を、天逆無月は歩いていた。 彼女の足音だけが、わずかに地面へ沈んでいく。 柔らかい土が、靴裏を拒むように絡みつく。それでも彼女は構わず進む。 止まらない。 止まる理由がない。 彼女は、この森に“呼ばれている”。 それが何かを、理解しているから。 「……広がっている」 無月は、そう呟いた。 視線の先には何もない。ただ暗い森が続いているだけだ。 だが彼女には見えている。 空気に混じる、歪み。 見えないはずのものが、確かにそこに“ある”。 それは煙のようでもあり、霧のようでもあり――しかしどちらでもない。 触れれば、何かを失う。 そんな直感だけが、確かな輪郭を持っていた。 呪いだった。 誰か一人にかけられたものではない。 この森そのものに、染み込んでいる。 土に、木に、空気に。 ゆっくりと、だが確実に侵食している。 無月は一歩踏み出す。 その瞬間、足元の感触が変わった。 柔らかかった土が、妙に軽い。 中身が抜けたような、空洞を踏んでいる感覚。 視線を落とす。 地面の色が、わずかに違う。 黒い。 ただ暗いのではなく、“塗り潰された黒”。 「……遅い」 彼女は小さく言った。 その黒は、広がっている。 だがその進行は遅すぎる。 本来なら、もっと速く侵食していてもおかしくない。 つまり―― 「抑えているのか」 誰かが。 あるいは、何かが。 この呪いの拡大を。 その事実だけが、わずかに空気を歪めた。 無月の足元から、黒い霧が滲み出す。 それは彼女の影ではない。 彼女自身に“付着している何か”だった。 歩くたびに、霧は地面へ落ちる。 そして、黒く塗り潰された土と触れた瞬間―― じゅ、と。 音もなく、何かが“消えた”。 黒と黒が触れたのに、片方だけが消える。 理屈の通らない現象。 だが、そこにあるのはただ一つ。 強い方が残る。 それだけのことだった。 森の奥へ進むほど、空気は濃くなる。 息を吸うたび、肺の奥に重さが溜まっていく。 普通の人間なら、ここで立っていられない。 膝をつき、やがて意識を手放す。 それほどの“密度”が、この場にはあった。 だが無月は変わらない。 呼吸も、歩幅も、視線も。 何一つ乱れない。 彼女にとって、この濃さは異常ではないからだ。 やがて、森が開ける。 ぽっかりと空いた空間。 月明かりが落ちる中心に、それはあった。 形はない。 だが、“そこにある”と理解できてしまう。 空間が歪んでいる。 景色がわずかに引き伸ばされ、戻り、また歪む。 視界そのものが拒絶している。 それは呪いの“核”だった。 個体ではない。 意思すら曖昧な、ただの現象。 だが、確実に存在している。 無月は立ち止まる。 しばらく、何もせずにそれを見ていた。 観察しているのではない。 “確かめている”。 終わらせるべきものかどうかを。 数秒。 あるいは、もっと短い時間。 やがて彼女は、静かに目を細めた。 「……残す理由はないな」 その言葉は、森に吸い込まれた。 同時に、彼女の足元の霧が広がる。 ゆっくりと、確実に。 核へ向かって伸びていく。 触れた瞬間、変化が起きた。 歪みが、揺らぐ。 空間のねじれが、わずかに崩れる。 それは戦いではない。 押し合いでも、ぶつかり合いでもない。 ただ、“上書き”されている。 元からあったものが、別の何かに置き換わっていく。 音はない。 光もない。 だが確実に、何かが消えていく。 核は抵抗しない。 できないのか、しないのかも分からない。 ただ、そこに在り続けるだけ。 だからこそ―― 消える。 じわじわと。 輪郭のない存在が、さらに曖昧になり、やがて。 “最初から何もなかった場所”へと戻る。 完全な消失。 後には、歪みのない空間だけが残った。 森が、息を取り戻す。 止まっていた音が、ゆっくりと帰ってくる。 風が葉を揺らし、遠くで虫が鳴き始める。 当たり前の夜。 何もなかったかのような、静かな森。 無月はそれを一瞥する。 興味はない。 達成感もない。 ただ、終わったという事実だけを受け取る。 「……浅いな」 同じ言葉を、もう一度。 だがその視線は、森のさらに奥を見ていた。 消えたはずの気配。 だが、完全ではない。 呪いは、根を張る。 一つ断っても、どこかでまた芽を出す。 だから彼女は歩く。 終わらせるためにではなく、 “終わり続けるために”。 黒い霧が、再び足元に滲む。 それは彼女の一部であり、同時に“別の何か”でもある。 誰も知らない。 彼女が祓っているのが呪いなのか、 それとも―― 呪いそのものが、彼女を通して世界を削っているのか。 無月は振り返らない。 ただ、次の“歪み”へと向かって歩き続ける。 森の奥へ。 さらに深い、夜の底へと。