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『移りゆく喜びを一瞬の音色に』村咲 露実

彼女の"コンサート"が続く限り、恐らく彼女は最も"彼女らしく"在る。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「楽器は嘘をつかない。」 お父さんに何度も教えられた。音色は自分の感情を隠せない、理不尽なくらいに素直なものだって。 「嘘をついても、空っぽな音しか生まれない。」 お母さんに何度も教えられた。感情を装ったとしても、楽器は本心を代弁してしまうって。 街から少し離れた丘の上。沈みかけた夕日が原っぱを薄く染め、甲高く鳴る風は足元に冷気を運んできた。手に持ったヴァイオリンケースはどこか重く感じられる。 街を見下ろせるような位置にベンチが一つ。鞄をそばにそっと置いてから、いつものように腰掛ける。背もたれが軋む音が小さく響き、思わず横になりたい気持ちが湧いてきた。 ケースからヴァイオリンと弓をゆっくり取り出す。この丘には誰もいないのが大半で、楽器を使っても歌っても迷惑をかけることはない。 「ここなら、誰にも止められないよね」 今日も自分にそう言い聞かせながら、静かに楽器を構えた。ネックに指をかけ、弓の毛を弦に這わせる。 試しに一音を鳴らしてみる。そっと弦が震える感覚が指先に伝わる。そんな優しい感触とは裏腹に、千切れるような細い音が生まれた。 「大丈夫、もう少し時間が経てば……」 5分。掠れた声が聞こえた。 15分。泣き声が聞こえた。 30分。締め付けるような声が聞こえた。 やがて1時間が経っていた。ネックを押さえ続けた指には痛みが残って、細い跡が何本も刻まれていた。それでもなお、本当に出したい音は響いてくれない。 最後に響いたのは、耳障りな音だった。弦が哀しげに叫んでいた。 どうしようもない、言葉にできない気持ちがはち切れるように飛び出す。ヴァイオリンのボディと弓をそっと抱きしめ、ベンチに座ったままの格好で背中を丸めた。 気が付けば、制服の胸元が微かに濡れていた。嗚咽が止まらず、軽く息が詰まる。一時間弾き続けても、ずっと哀しい音だけが聞こえていた。どう考えても、喜びとは正反対の音だった。 今だけは自由なはずなのに、どうしても本心からは逃げられないのだろうか。 夕日は地平線の向こうへ消え、制服の隙間には風が吹き込む。さっきよりも感触が鋭く感じられて、思わず身体が縮こまってしまう。 「私はまだ、こんな音しか……」 逃げるため"だけ"に奏でた音が、明るく聞こえるはずがない。本来はそうであるはずなのに、どうしても信じられなかった。それでも結局は上手くいかなくて、哀しみが私を引きずり込んでいく。 「帰らなきゃ…………」 ハンカチをポケットにしまった。力なくヴァイオリンケースを持ち上げ、重く感じる足を家に向けて踏み出す。 夜を迎えた空の向こうは、厚い雲で遮られていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー AIカードバトラー! 【7パック目】 https://ai-battler.com/group-battle/0e726b21-25f6-468e-ba3e-d420af19e393 作曲コンテスト 【第44回】https://ai-battler.com/group-battle/ba24125e-92c8-4e91-9630-e3978eb7c859