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【救世の氷姫】ニーズヘッグ

それは少し前のことだった。私が魔法少女になって魔女という、人々を襲う怪物と戦うことになったばかりの頃。  学校の帰り。親友の陽菜と別れた帰り道。魔女の使い魔特有の、粘ついた気配を微かに感じた。でも、私は戦うことへの迷いがあった。 「私は所詮普通の学生だから、警察とかに任せておけば大丈夫。正直……あんな痛い思いはもうしたくないから」  初めて魔女の使い魔と戦った時、数え切れないぐらい傷も出来た。親に隠すのも、誤魔化して言い包めるのも大変だった。もし戦って治らない様な怪我をしたら、何て言われるのか想像もつかない。 そうして私は魔女の存在から目を逸らして家に帰った。そんな選択。今の私なら絶対しないのに。 そんな事をすっかり忘れて、のうのうと母さんと父さんと夕食を食べていたらニュースの速報が流れてきた。見たこともない怪物が、街で暴れて警察や自衛隊の攻撃をものともせず今尚甚大な被害を出していると。その場所は、陽菜が帰るルートと完全に合致してて。  バネが跳ねる様に飛び出した。親の制止を振り切って陽菜の場所へ。あれは魔女だ。使い魔なんかじゃない。 “もしかしたら陽菜も巻き込まれて既に……”脳内に湧き上がる最悪の可能性を振り切る為にがむしゃらに走る。どうか無事でいてと祈りながら全力で  現場は破壊音以外が聞こえなかった。逃げ惑う人々が次の瞬間には存在が否定されたかの様に衣服や装飾品を残して消えていく。もう考えている時間なんてなかった。 「チェンジ、ニーズヘッグ!」  それからはもう必死だった。何度も壁に打ち付けられて、何度も氷の塊を魔女に叩きつけた。余裕なんて欠片もなかった。ただ陽菜が生きていて欲しいから、こいつを一刻も早く倒さなきゃという想いしか無かった。 数時間、もしかしたら十数分程度だったのかもしれない。魔女は辛うじて倒され黒い泥の様に消えていった。 「陽菜……陽菜はどこ……」  私もとうにボロボロで。左目が血でよく見えなくて。左腕もブラブラと力なく揺れるだけで力が入らない。でも、そんな事はどうでもよかった。 「お願い……生きていて……返事をして……」  声を張り上げる力はもうなくて、体を引き摺るように廃墟と化した街を彷徨う。辺りには誰の物かも分からない時計やスマホ。埃と瓦礫に塗れた衣服が散らばるばかりで。そして…… 「あ……あぁ……嘘……嘘ぉ……」 折れた電柱の隅にそれはあった。陽菜がいつも持ち歩いてる、キーホルダーを沢山付けた学生鞄。私とずっといたいからって必死に努力して、背伸び入学して着れる事を喜んでた私と同じ高校の制服。”コツコツバイトしてやっと買えたんだ!“って笑いながら見せてくれたシンプルな耳飾りと、逃げるときにぶつけたのかガラスがヒビ割れた腕時計。私が否定したかった事実が、どうしようもなく残酷に真実を突きつけていた。 「ごめん……私が……私が戦わなかったから……」 私が、怪我を恐れて戦わなかったから。私の心が弱かったから。私が、私が、私が、私が、私が、私が 「私が陽菜を殺したんだ」  自然と口から溢れた言葉が、逃れようのない事実が心臓に突き刺さる。  再び感じる粘ついた気配。さっきのより遥かに弱いけど。確かに魔女の使い魔の気配。 「あぁ……魔女は私にしか倒せないんだ。」 周囲を見渡して、気づく。墜ちたヘリ。無造作に転がる銃弾の殻。軍隊が出てきても無意味だった事を、この風景が教えてくれる。  しゃがみ込み、陽菜の耳飾りと時計を手に取って、身に着ける。耳を貫く一瞬の痛みが、私の罪を癒やしてくれる気すらする。  真面目さだけが取り柄で、何の面白味もない私を、陽菜は救ってくれた。私だけなら行こうともしない世界に連れていってくれて、思い詰めた時は笑顔で私を解きほぐしてくれた。“大丈夫!”そんな言葉にどれだけ救われただろう。 「陽菜の時間は止まってなんかない。私が絶対連れて行くから。貴方が、私にしてくれたみたいに」  立ち上がる。近くに魔女の使い魔がいる。もう目を背けない。もう二度と同じ過ちは犯さない。もう、見捨てない、立ち止まらない。 「大丈夫。皆は私が護るから……見てて、陽菜。絶対に同じ失敗は繰り返さないから」