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【変幻自在の体現者】月蔵 双葉

_うちの高校に、転校生が来た。「有栖川」って子。どうにもその子は鬱屈としてて、みんな近寄ってない。 なんというか、「近寄らないで」とこっちに願っているんじゃないかってほど、冷たくビリビリした空気が彼女の周りには漂ってた。 私はその冷気を溶かしてみたくなった。お昼時、何も食べずに机を眺めているその子の前の、クラスメイトの席に勝手に座り、その子を見つめる。 「おーい、ご飯食べないんですか?」 その子の眼前に手をやり、その手を上下にひらひらと揺らす。その子は顔をこちらへ向け、不安そうな表情で口を開く。 「…食べるもの…ないから…」 正直予想通りの返しが来て驚いてる。食べるものがない、持ってくるのを忘れた、食欲がない、後で食べる…とか。まあ当たり前ではあるのだけど… 「そーですか。なら、これあげますよ。」 そう言って私はデザート類の大半をその子に手渡した。今日は好きな冷凍食品だけで構成された弁当を持ってきているので、別にあげてもいいものはデザートだけだった。 「……ありがとう…」 「いいんですよ、別に。ただ…きみが下向いてるのが気になっただけですよ。転校してからずっとその調子ですよね?どーしたんですか?」 私のその質問に、その子は固まる。口にゼリーを運ぶ手が止まり、体が震え始めてる。何か不味いこと聞いちゃったかな… 「…ぁ…それは…その……」 「あー…イヤなら言わなくていいですけど…」 _その日はそのまま少し気まずい空気で終わってしまったが、今度はリベンジだ。絶対に仲良くなってみせる。 そのためには、まずあの子のことを知らないと…そうだ、あいつに頼ってみようかな。 ____________ 「…ってわけです。測くん、頼めます?」 私は誰もいない路地を歩きながら事の顛末をブツブツ語り、最後に振り返りながら呼びかける。 すると電柱から私のことを1年ほどストーカーし続けている男、測くんが飛び出してくる。 正直こっちが性格やパターンを覚えきったからこうやって察知できているが、初めに友達に教えてもらうまでは全く気がつけなかった。 だからこそ、バレずに情報を集めるために測くんにストーカーする方法を教わろうと思った。 「いや〜、まさか双葉ちゃんの方からそんな事頼みに来るなんてね…なら、僕もついて行けば、わざわざストーカーする方法なんて教わらなくてもいいんじゃない?」 「…まあ、いいですけど。」 _______________ そして実行当日夜。私たちはバレないように繁華街へと歩みを進めていく有栖川ちゃんを追う。 空を見上げて歩いている有栖川ちゃんはこちらに気づく様子もなく、ただただ直進していく。 「どっかの店に入りでもしたら、趣味かなにかわかるかもですよね…」 「僕も君がゲーム好きだってことをストーキングの末に勝ち取っ…」 私は測くんの頭を静かに肘で叩き、軽蔑の眼差しを向ける。 「やかましいですよ。」 「申し訳ないね、はは…」 そして、有栖川ちゃんの後を追いながら、隠れやすい路地裏に私たちは身を隠す。スマホで連絡を取りながら、二人で協力して完全なる隠密行動を完成させている。 何も無く終わるかと思ったが、突如空を見上げていた有栖川ちゃんが走り出した。私達もそれを追う。遠くから爆発音が聞こえる。なにか起きてるなら逃げなきゃ。 …あれ?有栖川ちゃんが向かってるの…音がしてる方向だ… 「測くん!」 「なんだよ双葉ちゃん!いきなり腕掴んで!この音と振動、絶対なんかヤバいよ!」 「…あ、腕はついうっかり……で、私有栖川ちゃんのこと追います、測くんは帰ってください。」 「はあ!?何考えてるんだ……って言ってもまあ…聞いてくれないだろうけど…行くにしても、怪我したら怒るよ。」 「私がそんな危ないこと、する訳ないじゃないですか。」 「信用できないなあ……」 そう言って私は振り返って走り出す。爆発音が聞こえる方へ、雷鳴が聞こえる方へ。 「…なんですかこれ…」 そして、追いついた先で見た光景は想像を絶するもので、バトル漫画みたいに大人の男の人と戦っている有栖川ちゃんの姿があった。 大人の男の人はすごく大きいトンカチみたいなものを振り回して、有栖川ちゃんは指から雷を発射してた。 その2人の声は戦闘音が激しすぎてよく聞き取れないけど、有栖川ちゃんは「返せ」って言ってて、男の人は「力が〜」とかなんとか、聞き取れない上によくわからなかった。 つまりは有栖川ちゃんの力をあの男の人が奪い取ったのかな… 「あ゛あ゛ああ゛あぁ゛ァ゛ア゛!!!」 誰かの叫び声が思案を引き裂く。 前を見ると、さっきまで視界内にいた2人の他に1人いて、その人が胴体を男に潰されていた。 どうやらこの騒動が始まる時に逃げ遅れたようで、戦いに巻き込まれてこうなってしまったようだ。 私は理解する。これは私が踏み込んではいけない事柄で、見てはいけなかったものなのだと。 そして、もう1つ理解した。 まだ、逃げてはいけない…と。 私が逃げてしまったら、もし有栖川ちゃんが危なくなった時に助け舟を出してやれるというのか。 もし私が逃げ、明日から有栖川ちゃんが学校に来なくなったのなら、私は絶対に後悔する。 ______________ そして、転機が来る。空から何かが降り注ぐ。 地上へ堕ちたそれは、輝かしい光を放ち続けている。 それを見た戦い真っ最中の2人は顔色を変えてそれを掴みにかかる。しかしそれを互いに邪魔するように攻撃しあい、戦闘が再開する。 そして、有栖川は突き飛ばされ、光と距離が空いてしまう。 男が、光を手に取ろうとする。 心臓が、早く脈打つ。 聞いたこともないぐらいに。 気がつけば、私は路地裏から飛び出して、誰よりも早くその光を手に掴む。 「何ッ…」「えッ…!?」 男と有栖川は驚いていて、私も驚いている。だってこんなに自分が横に素早く跳べるなんて思いもしなかったから。 _怖かったのに、体が勝手に動いたから。 「あぁああああ!?!?!?」 私はその光を掴んだまま地面に転がる。下半身を潰された人の光景がフラッシュバックし、私は反対側の路地裏まで駆けていく。 「貴様…何者だ!それを返せ!」 クソデカトンカチを持った男が私の方向に怒鳴っているように聞こえる…どうにかしなければ。 「ぬぅん!!!」 _え。 「ッ!?」 一瞬。後ろに両手と足を全力で動かして虫のように移動し、ギリギリのところでクソデカトンカチの一撃を回避する。 男のさらに奥から声が聞こえる。 「月蔵さん!願って!何かこの状況を打開できるようなことを願って!!」 「え、願っ……何ですか!?」 突然わけのわからないことを言われ、とりあえず「願い」とやらに集中できる場所を探して逃げる。背中を向けて走り出すと、背後で金属と雷が弾ける音が響きはじめる。 少し距離を取り、それっぽく両手を合わせて目を瞑る。いきなり「状況を打開できるような何かを願う」だなんてことをしろって言われても、そんなものパッと思いつくわけがない。 鋭利で硬い剣?めちゃくちゃに硬い盾?すごく強い魔法?相手を説得する話術?交渉材料?……どれもパッとしない。じゃあどうすれば…… 「やっと追いついたぞ。さっさとそれを渡せ。」 もう目の前に男がいる。それもトンカチをもう振りかぶってる。返答次第じゃ私を殺す気なんだろう…有栖川ちゃんは?…もうダメだ。 願いの中身を考えてられる暇はもうない。願いだなんて願ってられる暇もない。けれどこいつから逃げ切るには何かしなければいけない。 なら、全部ごった煮にした願いを叶えさせてやる。パッとしないものでも集めりゃどうにかなるかもしれない。チリツモ精神でここを乗り切れるかどうかの博打しかもう思いつかない。 ただ、ごちゃ混ぜにするのは攻撃的なものだけ。平和的に解決するような話し合いだのなんだのは入れてやらない。 目の前のあいつが、気に食わないから。 「う゛ッ゛……!?」 願った瞬間、胸が締め付けられるように痛くなる。元々早かった鼓動がさらに早くなって、視界がぼやける。 ______________ 視界がぼやけ、遂に世界が白く染まる。 まるで時が止まったかのような感覚が体を覆い尽していく。 『それを手に取るな』 『その身を手放すな』 『お前は自由になる』 『色に惑わされるな』 「ぅ……な…何ですか……この声…」 頭痛がする。 痛みが声になる。 『手放せ』『手放せ』『手放せ』 『逃げろ』『逃げろ』『逃げろ』 『まだその刻ではない』 「そのとき…って……じゃあ…………」 脳に先程までの光景が巡る。私が助けようとしたクラスメイトはどうなったのか。今手放しては何も見つけられない。そのまま終わってしまう。 『何も終わることはない』 『そのまま傍観を続けろ』 「じゃあ……いつ「そのとき」が訪れるんですか…」 頭の中の霧が晴れていく。かかったモヤが鈍らせた思考が正常化していく。 『…』『…』『…』 「教えてくれない…と。なら、私が勝手に決めますね。「その時」は…今です。」 動かなかった体が動きはじめる。 そして、視界が晴れていく。 『…後悔するぞ……』 「はは。「後悔するぞ」…ですか?つまり、私の後悔は他人に全部任せっきりですか……貴方が火を持ってきて、火は触ったら火傷するって教えてみてくださいよ。」 私は眩しいその光を掴むように手を前に突き出し、その光の中心を掴み取る。そしてそれを、さっきからうるさいぐらいに鳴り続けている心臓へ押し込む。 気がつくとあの白い風景は消え去っていた。そして、私…もといたった今私が取り込んだ光を求めていた男の姿が見える。 その男はトンカチではなく拳を振り下ろし、私を狙う。しかし、その打撃は私に届かなかった。目の前に、先程までの白い景色を融合させたようなエナメル質の生き物?が身を呈して私を守った。 殴った男が後方へ回転しながら弾けるように吹き飛んでいくしていく。 「これが………」 私はその白い生き物を見る。その生き物の自信満々な表情に、私も少し元気づけられた。 「……さて。精一杯足掻くことにしてみましょうか…」