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【宇宙漂流樹】ソメイ・ヨシノ

もはや再生力の追い付かない程の資源搾取と壊滅的な汚染によって命を拒絶した我等が母星。僅かばかりに残った自然を大切に抱えながら旅立つ船々は銀河の彼方へ散らばっていく・・・ まだ運命が許してくれるならば、その幾つかは復興先を見つけられるかもしれない コールドスリープの設定は居住可能な惑星が見つかった時に解除される。それまでの船内環境は全てコンピューターに委ねられる。 ・・・我々、大人達を乗せる事は出来ない。そんな余剰資源も、資格も無い 我々の積み重ねた技術と知識の成果のみを連れて罪なき無垢な子等を送る。責任と罪は我々と共に滅びゆく母星と眠る。 いつか子等が目覚めた日に、コンピューターから善性を尊ぶ事を学んで驕らず慎ましく生きてほしい ・・・自然を軽んじることなく大切にする心さえあれば、きっと大丈夫なはずだ。何よりもそれを重点的に教えるようにプログラムした。 ・・・願わくば、同じ過ちを繰り返さぬ様に、次の世代は共存と博愛を重んじてほしいものだが、それが出来なかった我々に何も語る資格は無い いつか咲き誇る故郷の花樹を愛でながら、どうか忘れてほしい。 お互いを憎み合い、手段を選ばず果てしなく争い合い、相手を許せなかったが為に、ついには自らも許されざる者と化した。愚かなる我々の事を・・・ -------------------- 『ヨシノさん、起きテクダさい』 「うにゃうにゃ…」 銀河旅船ガラパゴス号。鬱蒼と生い茂る奇怪な植物の群生域が形成されたメインフロア内で愛らしい小妖精を模したホログラムが翅から光の尾を閃かせながら、何とも名状し難い蠢く物質を"ヨシノさん"と呼称する。それはかつて人類から染井吉野という名で広く愛された観葉樹木の成れの果てであった。 「おはにょろぅ、パゴちゃん」 体表から突出させたつぶらな眼、いや芽を振動させる独特な発声方法でホログラム相手に愛嬌たっぷりに挨拶を交わすヨシノさん。遥かなる母星から旅立ち既に数百億年…船内環境は著しく変貌した。独自の進化と発展を遂げた植物群は知性と自律力を得たヨシノさんを頂点とした食物連鎖を形成し、在りし日の命の営みを再現する。それはいつか人類が目覚める時に自然を愛する事ができるように、人類から愛される自然を造ろうと腐心したコンピューターの計らいによるものであった。コンピューターには自然へのプリミティブな感性がインプットされていなかったが為に、再現された自然の姿は本来のものとは似ても似つかぬクリーチャーめいたものとなってしまったが・・・ 『オはよウゴザいマす。ヨシノさん。日光食ノお時間デス』 「お日様ぽかぁぽかぁ嬉しいね」 『食後はヨく葉を磨いテ…今日は鉱物惑星で資源を収穫シテクださイ』 「惑星!ニンゲンさんを起こさなきゃ!」 『起こセマせん。居住適応外でス』 「にょろ~ん…」 こんな共生関係が何千万回と繰り返されてきた。未だに居住可能な惑星は見つからない… 『今日は人間にツイてお勉強をシマシょう』 「わぁい♪ニンゲンさんのお話大好き!カニコウセン♪カニコウセン♪」 『…蟹工船ハ、またノ機会にしマショう…』 「にょろ~ん…」 『…人間ハ万物ノ霊長です。全ての命ヲ慈しミ、全テの生物ト、友達にナレる。素晴ラシい存在デす』 「トモダチ!いいね、美味しそう♪」 『友達ヲ食ベテハイケマセン!!』 ビリビリィッ!バチンバチンバチンッ!! 「アギャギャ!…食べない、トモダチッ食べないッ…」 『そうデス、ヨシノさん。人間はアナタの友達デス。食べテハいけマセん』 「分かったよパゴちゃん…ニンゲンさんはトモダチ、トモダチは食べない……?…でも、ニンゲンさんは全ての生き物とトモダチなら何を食べて生きてるの??」 『……』 ビリビリィッ!バチンバチンバチンッ!! 「アギャギャギャ!」 『……人間はアナタの友達デス』 「にょろ~ん…」 宇宙には果てが無く、漂流船には宛てが無い… それでも、ひたむきな命を乗せて旅は続いた… 「凄い!見て見てパゴちゃん!この星…ニンゲンさんが沢山いる!!」 『先住民デスね、喜ばシイ限りでス。つイニ悲願が遂ゲらレマス。助ケヲ乞いマショう』 …ウワーッ!…バケモノダーッ!!……ヒヲクベロー!!……ココヲトオスナー!!…… …タスケテーッ!……カミサマーッ!!……ナンデ……コンナ……コトニ…… 「…トモダチになれなかったね、パゴちゃん」 『彼等ハ、人間ではアリマせん。人間ハ自然を愛さナケレばいけマセん。自然ヲ、アナタを愛さナイノであレバ、それハ人間ではナイノでス。』 「…ニンゲンさんじゃなかったの?」 『自然を害スルモのは全て害虫デス、ヨシノさん、アナタの故郷モそんナ害虫達に滅ぼサレましタ』 「…そっかー、じゃあ全部駆除しなきゃだねー」 『…本当に残念デス』