何をしても大して努力せずに上手くゆき、何をせずとも名前の通り人に愛される。 友人はみんな彼女を神のごとく敬い、対等な者はいない。 親はそんな彼女をただ慈しんだ。 そんな愛にとって世界の全てがつまらなかった。 産まれた時から全てを得ているような彼女は、何かを得る喜びも、何かに苦労する辛さも、努力して得られる勝利もなかった。 後に産まれた弟も同じようにアイがこなした全てをこなしていた。だから、彼女は弟も自分と同じなのだろうとずっと思っていた。10歳の誕生日までは。 クリスマス、愛の誕生日、その日愛はいつものように心を凍らせたまま親とにこやかに話していた。 豪勢な料理、バースデーケーキ、プレゼント、嬉しくない訳では無い、しかし、心に吹雪く凍てつく想いはそれらを凍らせ、何も感じなくさせていた。 弟がいないのに気付き、親に問うと彼等は苦笑しながら「あの子も難しい年頃なのよ」と答えた。 いぶかしみながらも、特に弟へ興味があるでもなく、愛は食事を終えると部屋に戻った。 そして寝る前にトイレへ行こうとリビングの前を通った時に、泣く声が聞こえてきた。 そっとリビングを覗くとそこには紙を握りしめ、父親の膝に泣きつく弟がいた。 母親がしゃがみながら弟の頭を撫でる。 「貴方は十分頑張ってるわ」 首を振り、ひたすらに謝り続ける弟、彼の手にあった紙はテスト用紙だった。点数はーー99点。 弟は1点取りこぼしたことを親へひたすら謝っていた。 お姉ちゃんのように出来なくてごめんなさい。 お姉ちゃんみたいに頭良くなくてごめんなさい。 お姉ちゃんは、お姉ちゃんに、お姉ちゃんの…。 彼の謝罪はひたすら姉に劣る自分の情けなさに起因したものだった。 それを見て"頭が良いと思っていた"愛は全てを理解した。 弟は必死に努力していたのだ。 姉である自分と同じように全てをこなせる人になれるように、親を周りを気落ちさせないように、何より姉である愛の評判を落とさないために。 ふらふらと部屋へ戻り、知恵熱を起こすほど頭を回転させる。 思いつく限りの罵詈雑言で自分を責めたてた"何もかもわかったような風に諦めていた自分"を完膚無きまで叩き壊すために。 愛だからこそわかる。 人間一人を完全にシミュレーションできる頭脳を持つ愛だからこそ、断片でも理解してしまえば全てをなぞれる。 どれだけ苦しかっただろうか。 どれだけ努力したのだろうか。 姉に対する恨みもあっただろう。妬みもあっただろう。それでも、それらを全て隠し通して愛に笑いかけてくれていたのだ、弟の雫は。 今までなかった感情が愛に溢れる。 全てを燃やし尽くすほどに熱く、何からも守りたいほどの強い"アイ"。 これからの全てを雫に捧げよう。 雫が二度と泣かないように、雫が苦しまなくてすむように、雫を助け、守り、愛するのだ。 自分の全てを弟に……彼に捧げよう。 世界を燃やし尽くすほどの"愛"をもってアイは決意する。 この日、世界の運命は変わった。 世界を次のステップへ進めるはずだった聖女は、ただ一人を護り愛する勇者となった。 これが始まり、全ての終わり。 神を殺す立花の血の先祖返り、亜神たるマナの再来、世界を救う勇者にも世界を滅ぼす魔王にもなれる少女の物語が始まる。