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【妄執穿つ日、夢見る少女】レイラ

10代後半 身長161㎝ 【特技】アーチェリー 【好きなもの】全部無くなった 【嫌いなもの】怒鳴り声 否定されること 他にも沢山 嘗て一世を風靡したアスリート。 暗い世を明るく照らしていた少女の今は、見るに耐えない。 ───────────────── 【或る研究員の話】 彼女を象徴するものは、太陽だとか花だとか、凡ゆる者の心すら鮮やかに彩るような、明るいものであるべきだった。 この戦禍の世で生き残る為。皆が皆、その使命を掲げて残虐な行為に手を染めていた。罪無き子供を散々甚振った。 中には他人、とりわけ未来ある子供を甚振るという状況に喜びを見出した異常者も居たが、殆ど全員と言っても差し支えないくらい心が磨耗していた。 昼食の時ですら、多くの者が何も話さずに食事を流し込んだ。担当の被験体にどんな残虐な行為をしてやったかを嬉々として話す研究員の笑い声を聞きながら。 己の心を映すかのように、様々な生活の抜け殻が散乱している自室。それらを蹴飛ばし、気まぐれに点けた画面の中、インタビューに対して笑顔で受け答えをする少女が映っていた。アーチェリーの選手らしい。 『史上最年少で優勝した天才少女。その素顔に迫る!』といった題目が、彼女の功績を讃えるかのように表示されていた。 少女は普段の練習や優勝した今の気持ち、プライベートな事まで、始めから用意されていたかのようにスラスラと応えていた。 頭の悪そうな記者の「今まで意中の相手を何人射止めてきたのか」といった質問にすら、笑顔を崩さず「みんな1回は聞きますよね!」と明るく笑い飛ばしながらも「いつか、そういう人ができたら……」と弓を射るような動きをしながら、照れたように笑う姿すら完璧だった。 透き通るような白い肌。綺麗に編み込まれた亜麻色の髪。新緑の庭園のように鮮やかな翠色の眼。同じ世界に、こんなにも自分と対極の存在が居るのかと喫驚した。 同じ世界での出来事だとは到底信じられなかった。本当は作り物だったとか、妖精だったとかの方が信じられた。研究員の癖に、彼女に抱いたのは幻想だった。次に彼女に出会ったのは、幻想の中ではなく研究所……現実の中だった。 ───────────────── 血と泥に塗れて汚れた身体。痛々しい腕の火傷。無惨に焼け焦げた髪から覗く、深い哀しみを彩る翠色の眼。 初めて見た本物の彼女は戦争によって絶望の淵に沈んでいた。 それでも医療班の手当てに対し、感謝を述べる姿が痛ましかった。 彼女の知らぬ所で、担当は誰にするかという内容が瞬く間に議題に上がった。まるで飴に集る蟻の如く、多くの研究員が手を挙げた。無理もない。あれだけの器量だ。望みは薄いが私も手を挙げた。 結果として私が選ばれた。殆ど消去法だっただろう。恐らく手を挙げた中で、私が唯一女だったからだと思う。 ───────────────── 【ギフテッド】を投与する際、激しい葛藤や罪悪感に押し潰されそうだった。多くの手を尽くして得た信頼を自ら壊す行為だったのも分かっていた。分かっていた筈なのに、私は彼女にそれを投与した。 「君の家、借金が沢山あるんだってね。まだご兄弟も学生みたいだし、必要だよね?お金」その言葉に負けてしまった。 祈る様な気持ちで彼女を裏切り、後戻りできない罪を犯した。 数日間、高熱で苦しめた。なんの罪もない少女を。私を信頼してくれた心優しい少女を。 贖罪だとかそんな高尚なものではなく、ただただ自分の罪悪感を薄める為に彼女の傍に居た。 ───────────────── 自分の傷を癒す為だけに、彼女の求める事には出来るだけ応えた。不安定な心を抱えつつも、何も知らない彼女は優しかった。 精神的に安定しているときのみだったが、いつしか彼女が放つ矢は美しい光の軌道を描くようになった。それだけではない。命中した箇所には花が咲き乱れた。その花は戦禍で荒れ果てた土地に植え替えても咲いていた。 それは一縷の希望だった。彼女は怪物などではなく、本当の意味で【ギフテッド】になれるかも知れないと。 己の全てを賭けて彼女の心を支えよう。そう決意した矢先だった。突然通達が届き、彼女の担当から外された。 【以下、暴力表現有。閲覧注意】 当然抗議した。彼女の担当を続けさせて欲しいと。彼女こそ荒れた大地の癒し手になれる可能性を秘めていると。 こちらの要求は何も通らなかった。既に決まった事だと突き返された。 「困るんだよ。こちらは悪魔を作っているんだ。戦争で勝つ為に」 上長に呼び出され、閉じ込められた先に「それ」は居た。失敗した被験体の子供達を繋ぎ合わせた生体兵器。忌むべき我々の罪の象徴がカチカチと歯を鳴らし接近して来る。体の震えが止まらない。これが私の罪の報いなら、それは受け入れるべきだ。でも私はまだ彼女に何も返せていない……こんな所で死ぬわけには…… 生体兵器が「ギャギャギャ」と声をあげた。涎を垂らす歪んだ口が笑っているように見えた。大きく裂けた口が迫る。嫌だ。やめて。お願い。私……私は、まだあの子に謝れていない…… ───────────────── X月X日 失敗作の被験体投入。反応観察。逃げ惑い、前任の研究員の名前を呼ぶなどするが無視する。助けが来ないことを悟ると茫然とする。失敗に終わったかと思った瞬間、虚空から矢が出現。失敗作の被験体を撃破。解剖室で被験体の身体確認。矢傷が化膿している。 ───────────────── S棟から以上の報告書が届いた。 依頼を受けて1体の被験体をS棟に送ったG棟の研究員は、報告書を読むと腹を抱えて笑った。身を捩らせて、ひとしきり笑った後に口を開いた。 「酷いことをしましたね。あの失敗作は、あの子の元担当の死体を再利用したやつですよ!」