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熊皮被りの大姉貴・山神みけ

寒村にて [12月1日] 夕方:学び舎から帰宅途中の少年S君(当時10歳)が突如失踪。 晩:地主夫妻の通報により事件が発覚、村人たち総出で捜索するも見つからず。 [同月2日] 朝:リス撃ちの男が狩り場への山道にて、泥に塗れたS君の履き物及び流血跡を発見。 近頃かねてより人食い熊と噂されていた大ヒグマが里付近に頻出していたこと、また熊の唸り声を聞いた者が複数いたことから大ヒグマに攫われたのではないかとの推測が広まる。 村人たちは人の味を覚えたであろう大ヒグマの襲来に怯え、数名で寄り合い夜を明かすこととなった。 晩:村のクマ撃ち数名で討伐隊を結成。 [同月3日] 朝:村の外れと山の境に住む山神ミケ(当時22歳)より大ヒグマ発見との報告。 討伐隊が向かったところ、山道にてうつ伏せに斃れた大ヒグマを発見。 3mにも及ぶであろう巨体の死に顔は、意外にも眠るように穏やかだったという。 討伐隊の男たち数名で村の広場まで運び出し、すぐさま胃袋を捌くも人骨などはは摘出されず。 別のヒグマの仕業ではとの噂が立つもこれといった目撃証言はなく、捜索は振り出しに戻る。 昼:熊肉は村人たちに分配され、剥いだ毛皮は第一発見者のミケに譲渡された。 [同月4〜7日] 日夜捜索するも進展はなく、村には消耗の空気が漂い始めていた。被害者が有力な地主夫妻の御子息とあってか、血眼での捜索が続く。 7日夜:連日の疲労とヒグマへの恐怖からかついに錯乱するものが数名現れる。 仕方なしに彼らを村の外れにある隔離小屋にひとりずつ収納した。 その中には鬼気迫る表情で酷く興奮した様子の山神ミケの姿もあった。 [12月8日] 深夜未明:村中に突如ヒグマの唸り声が響く。 村人たちは大慌てで身を起こし、討伐隊が鉄砲を打ち鳴らして威嚇した。 各々が火を焚いて村中を照らし外を覗き見るも姿は確認できず。 唯一の目撃証言として「小さなヒグマが何かをひきづりながら素早く走り去った」とあるが真偽は不明である。 慄く村人たちは家屋に籠もりきり、恐々として夜を明かした。 朝:未明の恐怖とは打って変わり、ある種の爽やかな空気が漂っていた。地主夫妻が行方不明とのことで捜索は一旦中止に。 夕方:村から遠く離れた林道にて、木こりの男が地主夫妻の遺体を発見。 頭蓋は一撃で砕かれ背骨は内臓ごとへし折られ、仏僧も目を背けるほどの凄惨な姿だったという。ヒグマの獲物に対する執念深さを熟知していた村人たちは亡骸をしばらくの間放棄することにした。 討伐隊は人ならざる獣の仕業と推測、第二のヒグマ襲来に備えるも終ぞヒグマが現れることはなかった。 いつしか村人たちの緊張も解け、村は日常を取り戻した。 この事件は未解決のままである。山怪の仕業、もしくは大ヒグマの祟りとして今も語り継がれているが、その真相を知る者は誰もいない…… ********** 事件より数年後、記者の取材による村人の証言 ・地主夫妻の死亡後、屋敷から血痕つきの鞭と手拭いが発見されていた。 ・大ヒグマの体には地面に複数回叩きつけられたような痕跡があった。 ・隔離されていた山神ミケの精神は8日の朝を境に完治した。 事件後は食欲が増したようで、以前の2倍ほどの米と魚を買っていくようになった。それからほどなくしてひっそりと村を去った。