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どこか儚げな美少女 Ver63

 ___火花が飛び散る……。  私の掌に納まった剣、その剣が空中で弧を描くように振りかぶられた。ギィン!…と風を切り裂いた金属同士がお互いの刃にぶつかり合い、その際に何度も不快な音色が犠牲者と私、その双方の耳へと限度を知らずに鳴り響く。その間に見えた激しく熱を帯びた火花、その焦げた錆と鉄片が混じった火の粉が地面に落ちるまでの間に衝撃ご私の左腕を通して強く伝わってくる。相手が繰り出した一撃の重み、その実感が振り絞った指先の皮膚に隠れた肌の奥深く、その小ぶりな末節骨から少し厚みを増した中節骨、そこから更なる太さを主張する基節骨に伝わったかと思うと、さらには掌側では脂肪と筋肉に阻まれて存在を確認する事が比較的難しい中手骨へと衝撃が何度も伝わっていく。それらが私自身の掌、そこを覆うように広がる浅横中手靭帯から手掌腱膜という純白にして人体が生まれた時から備え付けられた天然のグローブと称すべき膜の上を駆け巡った熱気という闘志を通して、それを速やかに冷却しようと幾度にも重ねられた薄く丈夫に伸ばされた掌の皮膚表面、そこに無数に存在する汗腺が反射的な発汗を催したのだ。  ___私は笑う、顔を引き攣らせて笑ったのだ。  私がかいた汗が握り締めていた剣に手汗として染み込んだ。それと同時にこの私の手首の奥に埋もれて見えない筋肉、その中の長母指伸筋と示指伸筋を僅かにピクリ……と、無意識のうちに手首周囲に見えるボコっとした出っ張り部分に相当する箇所にある尺骨の茎状突起周囲の筋肉一同が急速かつ効率的に収縮を遂げた実感を得た。  私は息を深く吸い込む、すると上下の唇が物腰柔らかく優雅に動いたと同時、その隙間から覗かせる白色に輝くエナメル質に覆われた歯並び、その光沢感がある上下の顎に見受けられる一般的に前歯と呼ばれている中切歯。そして、その直ぐ真横にある側切歯が上下を見事に噛み合わせた綺麗な歯並びの様子が見て取れた。  そして、私は深い呼吸を終えると同時、特に口の中でも特徴的な犬歯、世間一般的に八重歯と呼ばれる箇所を曝け出すように大きく見せて笑う。その動きは口元の口輪筋だけではなく、口角挙筋、大頬骨筋、口角下制筋という複数の複雑な筋肉の連動によって浮かべられた笑顔であった。  それらが作り上げる表情の最果ては人類が未だ発展を遂げていなかった原始の時代、それよりも古くから見せる事が可能であった古来からの威嚇の表情そのものである。そして元来、"歯を見せて笑う"という行為は顔にある無数の表情筋を総動員した上で地球上の全動物が見せる事を可能とする精一杯の"攻撃"という意思を曝け出した感情を剥き出す最後の警告でもあるのだ。  「死闘の果てに………、、、。」  私は一言、そんな戯言を無意識に呟いていた。その言葉の真の意味を私は未だ理解していない、それこそが未だに不完全な私という役割に許された唯一の言葉とも言えるだろう。  ___私は息を吸い込む。  そして、深く静かに吐き出した………。  ___宣言しよう。  私という存在は、まだ非常に脆く、拙く、不完全であるという事を__。  ____だからこそ…ッ!!  踏み締めた足先が地面を蹴り砕く感覚、前方へと駆け出した。眼前に見える"敵"、犠牲者へと私は全速力で今この瞬間にも駆け出したのである。  「犠牲者___ッ!」  読み上げた名。そして、振り上げた剣、犠牲者の構えた槍を激しく叩く。  ____バァアアアアアアア…ンッッ!  残念ながら、この私の握る剣に刃というものは備わってなどいない。この錆びて傷付き欠けた刃先からは余程の年月が経っている事が察せられる。そして、この歪んだ不恰好な刃渡りで何かを満足に切るという事すら非常に困難であり、決して出来はしないだろう。  ____だがしかし、それで十分だッ!  攻撃を受けて防いだ犠牲者の足腰が悲鳴を挙げる、そのあまりの剣撃に次の瞬間にはその肉体が大きく後方へと弾き飛ばされた。  ___これは犠牲者の視界、そのあまりの出来事に彼女の思考では今この瞬間に理解が追いつく事は有り得ないのであろう。だがしかし、彼女の本質を縛った役割がそんな状況を決して許しなどしない。  ひどく遅くなった視界、犠牲者は未だ体勢の立て直せてはいない身を捩り、一言だけ呟いた。  ____"死闘の果てに"……、、、  犠牲者の視界、それが急速に視野を広げていく。槍を持つ手に再び力が入る、敵を見つめる目に確かな殺意が込められる。装填完了、今こそ死闘の始まりである。  体勢が不安定な中で振りかぶった槍、その槍先が急速に音を立てて敵の胸へと接近した。  ___ギィン…!  剣で防いだ、しかし甘い。  弾かれた槍を犠牲者が掴む、投げられた槍に意識が注がれた一瞬の間に呆気なく詰められていた遠い距離、犠牲者が槍を大きく振りかぶる。  ___バァアン…!  真横に薙ぎ払われただけの槍捌き。しかし、そんな単純な一撃の重さに左腕が痛みを発した。  ピキリ……という嫌な軋み、左腕の手首から肘関節にかけての尺骨を通過し、二の腕部分の上腕骨から脇あたりの肩甲上腕骨までに走った痛み。それが肩から伸びた神経を通して上腕二頭筋短頭から腕先の腕橈骨筋までに新たに別の微かな痛みを発生させていた。  「くっ………」  私は数歩後退して犠牲者の槍をどうにか弾き逸らす。しかし、私の左腕が先程よりも反応が鈍く、その動きはキレを欠いていた。加えて、右腕は犠牲者の最初の戦闘時に負傷して使い物にならない。この状況は非常に良くない事を私は直感で理解していた。  ___ピキリ…!  間髪入れず、再び走った腕の痛みに意識を奪われた僅かな瞬間、そんな私の大きな過ちを犠牲者は見逃さなかった。犠牲者の槍、私の喉元へと直線的に迫り来る。  私は息を呑んだ、息を吐く、息を吸う、息を止める。  私の首の一部を切り裂いた矛先。しかし、それは単なる致命傷にも満たない刹那の負傷、首元を通り過ぎる槍の伸びた穂先から柄の摩擦を浴びながら私は、その私だけの敵を見て笑った。  右腕がピクリ…と動いた、幾らかばかり前に貫かれた筈の傷跡を携えて私の腕が敵の胸へと伸びていく。  ___ダッ…!  踏み出した一歩、その一歩で犠牲者との距離が格段に縮まった。手をあと少し伸ばせた届く距離、槍は未だに振り抜いた後の巻き返しに時間を取られて受け身の体勢は全くの不十分である。  ___私は右腕に力を込めた。  ガラ空きの犠牲者の胸元、その一点に私の拳が吹き荒れた。  ___ドォ…ッ!!  撃ち抜いた感触が私の右腕に木霊する、次に肩から背骨、その背骨を通って腰から地面へと駆け抜けた確かな"手応え"があった。  ……時間の感覚がおかしい。  「アァァァアアアアーーーッッ!!!」  私は殴った瞬間、無意識のうちに叫び声を挙げていた。そして、振り抜いた拳と同時に犠牲者の肉体が荒野を舞った。  空中で回転する犠牲者、その手から槍が落ちていく中、その勢いは決して留まる事を知らないのだ。  地面を幾度か跳ね回った拍子に彼女の肉体は地面との摩擦と小石や盛り上がった地面に打ちつける形で何度も血を撒き散らして大地を滑走した。その跡には流血が引き延ばされたように広がり、乾いた地面を微かに赤く潤した。 【加筆修正中】