___火花が飛び散る……。 私の掌に納まった剣から真っ赤な火花が飛び散った。 ____ギィン!……、という風に大きくぶつかり合った金属音。 相手の槍先、その刃と交差して双方の一撃が大気を一斉に深く揺らす。 私は距離を取り、そして息を整える。自分自身の負傷した右腕からの痛みを感じつつ、私はもう片方の手で構えた己の剣を敵へと向ける。 対する相手の名は犠牲者。それは己を犠牲にし、名を捨て、意義を失い、されど不明確な目的を遂行すべく、私という眼前の目標へと狙い澄ます存在こそが犠牲者、それが彼女という存在が為さねばならない役割なのであると理解する事にはあまり時間は掛からなかった。 ____ハァ……… 私は息を吐く、短く息を吐いたのだ。 たぶん、彼女と私という存在の間に大した差はないのだろう。そして、おそらく私が彼女の立場であったのならば、結局の辿った選択肢に違いはなかった事だろう。 だから、私は理解という曖昧な言葉を捨てて、真剣という明確な殺意で彼女の役割に報いろうではないか。 ____そして、 ……私は踏み出したッ!! 何度も互いの刃先がぶつかり合う不快音が私と犠牲者、その双方の耳元へと限度を知らずに鳴り響いていく。 その一撃ごとの間隔に見える激しく熱を帯びた火花、その焦げた錆と鉄片が混じった火の粉が地面に落ちるまでの間に七度という斬撃が衝撃となって私の左腕に強く伝わってくる。 ____私は苦笑していた。 相手が繰り出した一撃の重み、その実感が私が振り絞った指先に染み渡る。その小ぶりな指先、そんな末節骨から少し厚みを増した中節骨、そこから更なる太さを主張する基節骨に伝わってくる。さらには掌の中では己が握り締める剣を通して薄く広がった脂肪と筋肉、その手の中に何度も衝撃が伝わってくる。 ____私は己を叱咤激励する。 もはや視認すら難しい斬撃の応酬。 私の掌、そこに無数に存在する汗腺が反射的な発汗を催した。 ___私は笑う、顔を引き攣らせて笑っていた。 私がかいた汗が握り締めていた剣に手汗として染み込んでいく。 それと同時に私の手首の周りを巻いたように形成する筋肉繊維の束、その中を一際大きく占める長母指伸筋と示指伸筋という筋肉が僅かにピクリ……と、無意識のうちに痙攣していた。そして、距離を取る、互いの間合いが再び開いた。 ____ふと、私は息を深く吸い込む。 すると私の口元、その上下の唇が物腰柔らかく優雅に動いた。それと同時、その隙間から覗かせる白色に輝くエナメル質、唇の隙間から現れた歯並びが深い呼吸を終えると同時、口の中でも特徴的な犬歯、その世間一般的に八重歯と呼ばれる箇所を曝けて大きく笑ってみせる。その動きは口元の口輪筋だけではなく、口角挙筋、大頬骨筋、口角下制筋という複数の複雑な筋肉の連動によって浮かべられた笑顔であった。 その作り上げられた表情の意味、その起源は人類が未だ発展を遂げていなかった原始の時代、それよりも更に太古から備わった事が基礎的な機能である。そして元来、"歯を見せて笑う"という行為自体は顔にある無数の表情筋を総動員した上で見せる事が可能となる精一杯の"攻撃"の意思、それは曝け出した剥き出しの最後の警告でもあるのだ。 ____つまり、簡潔に述べると…… "今からテメェをブチ殺してやるからな!" ……という一切の躊躇がない絶対殺害宣言である。 ____そして、私は大きく息を吐き出した。 そして、、、 そして、、、、 ふと、私は呟いた____。 「………死闘の果てに…」 そんな言葉を私は一言、たった一言だけ呟いたのだ。無意識のうちに呟いていた言葉、理由は分からない、己の真意が理解できない。 ____だがしかし、納得できた事が一つだけあった。 「あぁ…、なるほど……」 私は、その言葉の真の意味を未だ完全には理解し切れていない。だがしかし、それこそが未だに不完全で未熟、そして曖昧な役割だけを与えられた私自身が今この瞬間に唯一得られた答えだとも言えるのだろう。 ___だから、私は息を再び吸い込んだ。 そして、深く静かに息を吐き出していく………。 ___宣言しよう。 私という存在は、未だ非常に脆く、拙く、不完全な存在であるという事を承知の上で宣言しよう__。 ____否……、 だからこそ、宣言しよう……ッ!! 私は……!、 いや……、【 # # 者 】は此処に宣言する。 ____私は語る。 「##者が要求する、権能開示:#b_/1」 ____承認 肉体を駆けるは痛み、脳裏を走るは感情の濁流。 ____私は、 ____私だけが、 ____私こそが絶対的な"##の定義"である。 そう、私は高らかに宣言しよう。 己が塗り変わる、そんな感覚。 自分が生まれ変わる、そんな景色。 私が新たに存在する、そんな認識。 ____そして、私は一歩を踏み出す。 踏み締めた足先が地面を蹴り砕く感覚、前方へと駆け出した。眼前に見える"敵"、犠牲者へと私は全速力で今この瞬間にも駆け出したのである。 「犠牲者___ッ!」 叫んだ名前。そして、振り上げた己の剣先が犠牲者へと激しく振り下ろされた。 ____バァアアアアアアア…ンッッ! 犠牲者の構えていた槍を大きく叩いた一撃。 だかしかし、残念な事に私の握る剣に刃と言えるものは始めから備わっていない。 もう少し説明するならば、この錆びて傷付き、そして欠けて歪んだ余程の年月が経っている事が伺える不恰好な剣で何かを満足に切るという事は不可能、決して出来はしないだろう。 ____だがしかし、それだけで十分だッ! 攻撃を真正面から受け止めた犠牲者の足腰が悲鳴を挙げる、そのあまりの剣撃に次の瞬間にはその肉体が大きく後方に吹き飛んでいく。 ___視点が切り替わる。 これは犠牲者の視界、そのあまりの出来事に彼女の思考が理解に追いつけないでいた。そして彼女、犠牲者は未だ十分に体勢の立て直せてはいない身を捩り、次の瞬間に一言だけ呟く。 ____"死闘の果てに"……、、、 犠牲者の視界、それが急速に視野を広げていく。そして、彼女の槍を持つ手に再び力が入った。素早く空中で姿勢を切り替える、その敵を見つめる目に確かな殺意が込められた。準備完了、今こそ死闘の始まりである。 そして、体勢が不安定な中で振りかぶった槍、その槍先が急速に音を立てて敵の胸へと発射された。 ___ギィン…! 剣で防いだ、しかし甘い。 弾かれた槍を犠牲者が軽快に飛んで掴み取る、敵の視線が投じられた槍に一瞬だけ意識が注がれたあっという間に距離を詰めていたのだ。犠牲者は自身の槍を大きく振りかぶる。 ___バァアン…! 雑に薙ぎ払われただけの槍捌きによって繰り出された一撃。しかし、そんな単純な一撃の重さに敵の肉体が吹き飛んだ 左腕から聞こえたピキリ……という嫌な軋み。 「くっ………」 ____ふと視点が戻った。 私は空中で姿勢を整える。 先程に犠牲者から受けた一撃、私は次に繰り出された二撃目を数歩後退してどうにか弾き逸らす。しかし、痛みが走った。私の左腕から発された痛み。私は無理矢理に剣を振る。けれど、先程よりも腕の反応が鈍く、その動きはキレを欠いていた。 ___ピキリ…! 間髪入れず、再び走った腕の痛みに意識を奪われた僅かな瞬間、そんな私の取り返しのつかない大きな過ちを犠牲者、彼女は見逃しはしなかった。犠牲者の突き出した槍、それが私の喉元へと一直線に迫り来る。 私は息を呑んだ、息を吐く、すぐ息を吸い、そして息を止める。 ____クイッ… 私は首を少しだけ捻って回避する、首の薄皮を切り裂かれた感覚。そんな痛みを伴って私は敵に対して歯を見せて大きく笑う。負傷した右腕がピクリ…と動いた、まだ幾らかばかりか動かせる右腕を握り締めて敵の胸元を大きく殴りつけた。 ____ドガッ…! 致命傷にはまだまだ程遠い、そんな一撃を犠牲者の胸元に加えた刹那。その衝撃で僅かに揺らいだ犠牲者へと姿勢を素早く傾けた。 ___ダッ…! 踏み出した一歩、その一歩で犠牲者との距離が間近まで一気に縮まった。あと少しで互いの肌が触れ合う距離、そんな距離では犠牲者は満足に槍を振れはしないだろう。槍を振り抜くには未だ余裕のない距離、だがしかし私の振るう剣には十分な距離である。 ___私は両腕に力を込めたッ!! その剣筋がガラ空きに開いた犠牲者の胸元、その一点に私の会心の一撃が吹き荒れた。 ___ドォ…ッ!! 剣を振り抜いた瞬間、私の右腕に感覚が木霊する。次に肩、そして肩から背骨、最後には背骨を通って腰まで駆け抜けた確かな"手応え"という感触が私の脳裏に伝わってきた。 見ると、犠牲者の胸元に炸裂した斬撃。その傷口を言葉で表すならば貫いたというには形容しがたい一撃、犠牲者の胸元から腹部にかけて巨岩を砕き割ったかのように突き破った硬い感触を伴って犠牲者の心臓を確実に貫いた。 「____グッ…!?」 そんな犠牲者は、自身の胸元に深々と突き刺さった剣を引き抜こうと痛みに表情を歪めながらも力強く私の腕と剣先を握り締める。 ____ゾワッ…! 私の腕が握り締められた、なんと強い力であろうか。時間の感覚がおかしい、血の失せた腕の感覚。その時に感じていた恐怖が私を突き動かした、今しがた全身の筋肉という筋肉を振り絞って私は拳を振りかぶる。 「アァァァアアアアーーーッッ!!!」 無意識のうちに発していた絶叫、次の瞬間には犠牲者の頬を思いっきり殴りつけていた。そう殴った瞬間、犠牲者の肉体が意識が薄れたかのように揺らいだ。そして、再び振りかぶった私の拳が荒野に大きく轟いた。 ____ドガァン……!! 空中を回転する犠牲者の肉体、その手から彼女の槍が滑り落ちていく最中、その肉体の勢いは決して緩まる事を知らずに地面を勢いよく転げ落ちていく。そして、幾度か地面を跳ね回った拍子に犠牲者の肉体が小石や盛り上がった地面に打ちつけられ、その際に発生した摩擦で何度も血を撒き散らして大地を跳ねた。その際にできた血痕が長く引き延ばされて地面に広がり、乾いた地面を微かに赤く潤した。荒野に描かれた一つの線、その先に犠牲者は横たわっていた。 ____私は息を激しく吐き出す。 ようやく終わった死闘、その最果てで私は必死に呼吸を繰り返す。両腕が痺れて上手く力が入らない。 死闘の果て、私は両膝をついて息をついた。