ミノタウロス、またの名をミオクリス=スティマニス。幼い頃に故郷は人間により壊滅、60年前に魔王に拾われて以来、魔王への絶対的忠誠を誓い、以後50年以上もの間を門番として生きてきた歴戦の猛者。 門番の理由、ミオクリス本人が望んで引き受けた。彼によるとミノタウロスは元より呪われた一族である、魔王城に足を踏み入れることを許された存在ではない、との事。 門番を担う彼であるが生活拠点は専ら野宿である、食料は魔王城から定期的に配給を受けている。よく魔王が遊びに来るが、本人は仕事であると言って魔王を意識的に避けている。 出典:アイネの慟哭 (提供元・魔王城書庫より) ミノタウロスという種は偶然、はたまた神の悪戯によって生み出された怪物とされる。一説では神を怒らせた代償とも言われ、どの文献においても神と罰、それらを見ない時は無いだろう。 原初のミノタウロス、即ち後のミノタウロスであるアイネ・フルンクルという青年は非常に快活な男児であったとされる。彼は恐れを知らず、好奇心旺盛で未知を良しとする求道心の持ち主であった。 そんな彼はある日、恋に落ちたのである。畜類の女神アシリシトスである。焼けた肌と太陽に晒される乳輪、獅子の如く御髪、獣が絡みついたかのような腰布、天を突き殺すかの如く伸びた鹿角、兎の耳に鷲の目を有する異形の存在。こちら向く、その瞬間に風が木々が地の果てまでも震えたように体が動かず草花に食いつくかのように倒れ込むアイネ。 女神は言った、死を以て償えと。アイネは言い返す、貴方が好きだと。女神の瞳孔が少しばかり開いた、そしてハゲワシのように堪えた笑い声を溢すと、獅子が吠えたように喚声を挙げた。 罪深い、と言って女神はアイネの唇を奪った。代価は重い、そう言って女神とアイネは絡みつく。アイネの良がり声が天を舞う。 月日は流れ、アイネは所帯を持っていた。女神の事など忘れて去っていた今日この頃、アイネは生まれたばかりの娘を抱きしめていた。 あぁ、なんと可愛いことか。アイネは娘の髪を撫でる、娘の耳を撫でる、娘の”ヒゲ“を撫でた。牛の鳴き声が聞こえた、アイネはどうしたのだと問いかける。牛の鳴き声が聞こえる。アイネは”牛”を撫でた。 何の因果だろうか、アイネの娘は牛として生まれ落ちた。バタつく四肢、鳴き喚く喉、激しく揺れる尾がアイネの頬を打つ。 一年後、娘は大きくなった。むしろ他の牛が小さく見える程に大きかった。 二年後、妻が喰われた。アイネは片腕を踏み砕かれた、もう、、、。 二日後、怪物を囲うようにして人々は武器を持ち、濁声を、殺気を放つ。 夜明け頃、何人が死んだか分からない。怪物はもう息をしていない、その筈だ。 数刻後、怪物の腑から響く声、途端に腹を突き破り、男が現れる。喰われた筈のアイネである。 男の四肢は毛で覆われている、歪みゆく顔が更に歪み、泣き叫ぶ。 アイネの慟哭、おさまる事を知らない。 文献は以上、アイネがどうなったのかミノタウロスの由来は何なのかは一切分からず、ただ憶測だけが飛び交っている。 門番ミオクリスは深く溜息を吐いた、夜風が彼の毛を逆撫でする。ミノタウロスである彼は不思議と眠ることはない、実際は食事すら必要ともしない。欠けて砕けて塵と化す、彼の心は埃を被っている。 ふとミオクリスの耳が立つ、誰かが内側から門を叩いたのだ。不思議に思い、門を開くと敬愛する魔王その者が居た。手には毛布、表情は晴れやか。彼女の存在にミオクリスは目を逸らす。 「あら、釣れないわね」 「いったい何のようで?」 耳は不機嫌、尻尾は上々。ミオクリスの様子に魔王は微笑みながら言った。 「眠る時はやっぱり暖かくした方が良いと思って」 「いや、あの、自分はミノタウロスなので眠らないですから」 と、差し出された毛布を押し返す。それを更に押し返す魔王。力及ばずミオクリスに押し返された。 「それに魔王城からの配給だって、本当は食べなくても平気ですし」 頭を掻く、どうも魔王を前にすると上手く次の言葉が出て来ない。 「でも、美味しいでしょ?」 「まぁ、はい、、、」 その返事に魔王はニッコリと笑い、こう告げる。 「必要かどうかとか、じゃなくて本当に大切なことは成りきる事、演じきる事。そうすれば貴方もお城に遊びに来てくれると思うんだけど?」 「いや、自分は別に魔王様が嫌いで城に入らないとかではなく・・・」 「アイネの慟哭かしら?」 沈黙が野を駆ける。魔王は目を瞑り、深く息を吸うと彼に語りかける。 「アイネがその後どうなったとか何だとか、直接見聞きした訳ではないけど父や母から聞かされた事があるの、それってつまり……」 「迫害に次ぐ迫害ッ!、人間からは怪物と恐れられ無惨に命を刈り取られッ!!、魔族からは成り立ちのせいで同族とは認められず下卑なる種として蔑まれ!、迫害を受ける日々!、どうすれば良いって言うんだ!?」 魔王よりも先に口が動いた、止まらぬ怒号、溢れる憎しみ。とめどない感情が押し寄せてくる。しかし、ふと冷水でも浴びたかのように我に帰る。 「ご無礼をお許し下さい!」 地に膝をつき、首を垂れる。そして魔王の言動を待つ。 「・・・楽にして結構です」 長い時が過ぎた、そして魔王は口を開く。 「人間と魔族、それらからも弾かれた存在達。私は完全な魔族ではない為、貴方の気持ちも理解できない事ではありません」 ミオクリスが何か言おうとするが、魔王が制止する。 「しかし、完全に理解する事もできません。貴方がどんな思いでどんな辛い経験を強いられてきたか、想像を絶する事でしょう。だからこそ、私は貴方の事をもっとたくさん知りたいの。貴方だからこそ、お互いに理解し合いたいのです!」 「いや、そんな無茶な・・・」 「無茶ではありません!、現魔王である私が断言します」 ミオクリスは少したじろいだ、魔王の眼差し、声、表情、仕草、それら全てを合わせて魔王たり得たのだと感じた。 「だから、今日は懇親会というか仲良く過ごしましょ?」 「えっ!、魔王様ここで寝るんですか!?」 「貴方もよ、ミオクリス=スティマニス。私は貴方を知る為に貴方とここで寝ます、だから貴方も私を知る為に私と毛布にくるまりなさい」 渋々、色々ごねたが無理だと痛感して魔王と共に一夜を過ごす羽目になった。 「やっぱり見た目通りフサフサね」 「どういう意味ですか?」 「さすがに毛布一枚だと寒いと思ってたから、貴方が暖かくて良かった」 そう言ってミオクリスを抱きしめる魔王、少し溜息を吐いたが、今夜はよく眠れそうである。 https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204