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【風詠の魔法使い】セリア・ソーズド

※時系列セリア表 【幽賊】https://ai-battler.com/battle/69fbced4-15d4-4132-a75b-7d6378b3a71c 【風隠】https://ai-battler.com/battle/961a88f3-3ea0-4f70-9fd6-2125c381f929 【風舞】https://ai-battler.com/battle/09baabcd-2481-44ea-8a19-90f72ac1f031 【風閃】https://ai-battler.com/battle/48080638-da6b-4b4d-9383-8b38828c19ca 【風幻】https://ai-battler.com/battle/a9968f05-4237-43c1-a329-f7b80428d3ad ※番外編セリア 【甘味】https://ai-battler.com/battle/609c3e09-f7c6-4897-a236-25ca06a2de3f 【祭典】https://ai-battler.com/battle/0fe525c6-910c-4123-9ba8-455df05f4350 【不在】https://ai-battler.com/battle/667f4a20-1613-4a00-ac6c-1f376ae9648f 【真夏】https://ai-battler.com/battle/fbc71486-d68c-4421-b06f-686f44df8d9f 【製菓】https://ai-battler.com/battle/aa254920-57bf-45bb-aaa5-459ea68ba423 【無情】https://ai-battler.com/battle/af3987f4-94bc-46c6-854d-47530f4285a8 【風詠】今ここ! 【癒風】https://ai-battler.com/battle/49fb18dc-2f59-4baf-8884-e5527bb8ba6e  薄明の光が石造りの回廊を淡く照らし、静かな朝の空気が王城の中庭を包み込んでいた。城内の厨房からはパンを焼く香ばしい匂いが漂い、行き交う侍女たちは今日の仕事に備えて慌ただしく動いている。  セリア・ソーズドはその光景をぼんやりと眺めていた。自分がここにいることが、いまだに現実のように思えなかった。  かつて、彼女は魔導帝国の暗殺を目論んでいた。憎しみを胸に生きてきた。しかし、ローナ・ザエルリンド──かつて雷皇と称えられた女騎士との出会いが、彼女の道を変えた。 「……いつまで立ち尽くしているつもり?」  背後から響く落ち着いた声に、セリアは反射的に背筋を伸ばした。振り返ると、そこには黒髪を優雅に揺らすローナの姿があった。 「今日から正式にメイド見習いとして働くのよ。もう迷っている暇はないわ」 「……分かってる」  セリアはローナの言葉に静かに頷く。彼女の胸の奥には、まだ拭いきれない過去の名残があった。それでも、ローナは彼女に新しい道を示してくれたのだ。  ローナはふっと微笑むと、セリアの肩を軽く叩いた。 「いい子ね。じゃあ、まずは基本の仕事から教えてあげるわ」  そう言ってローナは歩き出した。セリアは一瞬、逡巡した後、彼女の後を追った。  ──それが、セリアにとって新しい人生の始まりだった。 「いい? メイドの仕事はただの雑務じゃない。城の秩序を守る重要な役割よ」  ローナの指導は容赦がなかった。セリアはメイド服に身を包み、城内の掃除、洗濯、食器の準備などを学んでいた。しかし、魔法に頼らず手作業で行うことは、彼女にとって新鮮であり、同時に厳しいものだった。 「なんでこんなこと……」  慣れない手付きで食器を磨いていると、ふと愚痴が漏れる。ローナはそれを聞き逃さなかった。 「なぜ? じゃあ聞くけど、あなたはどうやって生きていくつもりだったの?」 「……それは」  セリアは言葉に詰まる。彼女はかつて復讐に囚われ、生きる目的すら見失っていた。今ここにいるのは、ローナが手を差し伸べてくれたからだ。 「あなたには生きる価値があるのよ、セリア」  ローナの言葉は、どこか優しさに満ちていた。かつて彼女自身も迷い、道を踏み外しそうになったことがあるのだろう。だからこそ、セリアの手を取ったのかもしれない。 「……分かった。やるよ、ちゃんと」  セリアは不機嫌そうに言いながらも、少しだけ前を向く。ローナは満足そうに頷いた。 「それでいいわ。さあ、次は料理よ」  セリアはため息をつきながらも、鍋を持ち上げる。新しい道はまだ始まったばかりだった。  厨房の熱気がセリアの頬をじんわりと温めた。大鍋の中ではスープがぐつぐつと煮え、周囲ではメイドたちが次々と料理を仕上げていく。 「ほら、セリア。手を止めない!」  ローナの声が飛ぶ。 「わかってるわよ……!」  セリアは不満げに返しながらも、手元の野菜を刻む手を止めなかった。彼女の動きはぎこちない。今まで魔法を使うことばかりだったせいか、包丁という単純な道具に頼るのが、妙に不自由に感じられた。 「包丁は剣と同じよ。扱う者の意思が大事。力まないで、刃の重さを感じなさい」 「……剣とは違うでしょ」 「そうかしら? どちらも生きるための道具よ」  ローナはスープを味見しながら、どこか楽しげに言った。その言葉に、セリアは黙って包丁を握り直す。 「それにしても、メイドって料理もするのか……」 「場合によるわ。普段は料理人が作るけれど、皇帝陛下の身の回りの世話をするメイドは、いざという時に何でもできなくちゃね」 「……そんなもの?」 「そういうものよ。どんな状況でも動じず、最善を尽くす。それが私たちの役目」  ローナは笑いながらスープを掬い、セリアの前に差し出した。 「飲んでみる?」 「え? あ、うん……」  セリアはスプーンを受け取り、一口すする。舌の上に広がるのは、まろやかで奥深い味わいだった。 「……おいしい」 「でしょ?」 「ローナが作ったの?」 「そうよ。料理は戦いと同じ、経験と工夫が大事なの」 「戦いと同じ、ね……」  セリアはスプーンを見つめながら、小さく息を吐く。料理一つとっても、ローナは戦士のように向き合っている。それは、かつて自分が剣と魔法に向き合っていた姿と重なるようだった。 「私も、ちゃんとできるようにならないとね」 「ええ、その意気よ」  ローナは満足そうに頷いた。  ──セリアはまだ見習いの身だ。だが、少しずつ、確かに前へ進んでいた。  見習いメイドとして働き始めてから数週間。セリアは少しずつ仕事に慣れつつあった。掃除や洗濯、食事の準備、そして来客の応対──どれも新しい経験だったが、決して嫌いではなかった。  だが、最も緊張する瞬間が訪れた。 「セリア、陛下にお茶をお持ちしましょう」 「……えっ?」  ローナの言葉に、セリアは思わず固まった。 「私が……?」 「ええ、あなたが」  ローナは微笑みながら、銀の盆を差し出した。その上には、精巧なティーカップと湯気の立つ紅茶が載せられている。 「……別に、陛下に恨みはもうないけど……」 「なら大丈夫よ。何も難しく考えなくていい。ただの給仕だと思えばいいの」  ローナの言葉に、セリアは息を整えた。  執務室の扉を開けると、そこには荘厳な雰囲気が漂っていた。セリアは慎重に盆を持ち、皇帝の前へと進み出た。  ──そこにいたのは、思っていたような「王」とは違う存在だった。  純白の衣をまとい、新緑のような髪を持つ女性。まるで神話の中から現れたような、神聖さと優雅さを兼ね備えた美貌を持つ。だが、その目には何よりも深い知恵と慈愛が宿っていた。 「……貴方が、セリア・ソーズドね?」  マギアナの声は、穏やかで澄んでいた。彼女が静かに微笑むと、まるで周囲の空気すら優しくなるような錯覚を覚える。 「は、はい……お茶をお持ちしました」  セリアは動揺を押し隠しながらも、丁寧にカップを差し出す。  マギアナはゆっくりとそれを受け取り、一口、静かに紅茶を味わった。 「……美味しいわ。ローナが淹れたのね?」 「……はい」  セリアが頷くと、マギアナは優しく笑った。 「彼女はとても優秀なメイドよ。君は、彼女に助けられたのね?」 「……ええ」  セリアは小さく息を吐いた。 「私、元々は……この国が嫌いでした」  その言葉に、マギアナは目を細めた。  セリアは続ける。 「……昔、大切な人を亡くしました。国の任務で、帰ってこなかった人がいて……だから、国も、王も、何もかも憎んでた。でも……ローナは、そんな私を助けてくれた」 「……そう」  マギアナは静かに頷いた。 「悲しみを抱えているのね。でも、君はそれに囚われず、前へ進もうとしている」  その言葉は、まるで心を見透かされているようだった。  ──この人は、本当に王なのだろうか?  力で支配するのではなく、人を導く存在。まるで伝説の魔女のように──。 「セリア」  マギアナは優しく微笑んだ。 「君が望むなら、この国で生きなさい。そして、自分の道を見つけるのよ」  その言葉は、不思議なほど心に響いた。  セリアはゆっくりと頷いた。 「……はい」  この日、セリアは初めて「国を憎む自分」から一歩前に進んだのだった。 ―――――――  セリアは、魔導帝国のメイド見習いとしての生活を本格的に始めた。  最初の頃は戸惑うことばかりだった。  掃除、洗濯、食事の準備──今まで盗みと戦いの中で生きてきた彼女にとって、それらはまったく馴染みのない仕事だった。特に、細かい作法を求められる給仕の仕事は、彼女にとって大きな試練だった。  「セリア、もっと丁寧にお辞儀を。お客様に対しては優雅さが求められるのよ」  「う、うん……」  指導役のローナは、厳しくも優しく、根気強く彼女を教え続けた。  ローナはかつて帝国最強の騎士の一人と呼ばれた人物だったが、現在は皇帝付きの侍女として、マギアナに仕えていた。彼女の指導は厳しいが、決して冷たくはなく、むしろセリアを導こうとする意志が強く感じられた。  「私も昔は、剣を振るうことしかできなかったの」  ある日の訓練の後、ローナはふと懐かしむように語った。  「戦うことしか知らなかった私が、皇帝陛下に拾われ、メイドとしての道を歩むことになった。でもね……不思議と、後悔はないのよ」  その言葉が、セリアの心に少しずつ響いていた。 ---  ある日、セリアが皇帝のために紅茶を準備していたとき、城の廊下で大きな騒ぎが起こった。  「きゃあっ!」  廊下の向こうから、侍女の悲鳴が聞こえる。  セリアが駆けつけると、そこには魔獣のような小型の生き物が暴れていた。どうやら、城の庭から紛れ込んでしまったらしい。  「な、何あれ!?」  「誰か、魔法を!」  メイドたちが突然の事に動揺する中、セリアは一瞬の判断で動いた。  「……ちょっと下がってて」  彼女は素早くナイフを手に取り、呼吸を消す。  「『不在』」  その場にいる全員の視界からセリアが消える。次の瞬間、魔獣に『何か』が突き立てられた。魔獣が痙攣する中、血を吸い上げるようにナイフと、それを持つセリアの姿が虚空から現れる。  「……ふぅ」  セリアが息をつくと、周囲のメイドたちは驚きながらも拍手を送った。  「すごい……!」  「助かったわ、ありがとう!」  そのとき、背後から落ち着いた声が響いた。  「見事な対応だったわね」  振り返ると、そこにはローナが腕を組んで立っていた。  「セリア、メイドとしての成長も大事だけど、君のその機転と判断力は、君にしかないものよ」  「ありがとう」  その言葉に、セリアは少し照れながらも、静かに微笑みを返した。  「ただし、そのナイフの代金は給金から天引きよ」  「え!?そりゃないでしょ!」  ローナはイタズラっぽく、しかし満足げに微笑んだ。 ――――――――  その後もメイド見習いとしての日々を過ごしながらも、セリアは自身の魔法について複雑な思いを抱えていた。  『不在』──その名の通り、彼女は自身を消すことに特化した魔法しか持たない。音も、気配も、姿さえも。  「……やっぱり私は、何かを生み出すことはできないんだ」  そう思うたびに、心の奥底に沈むような感覚があった。  そんなある日、セリアはマギアナ陛下の私室の掃除を任されることになった。  「ここが……陛下の部屋……」  普段、謁見の間などでしか見かけない皇帝マギアナ。しかし、彼女の私室は意外にも質素で、部屋の中央には大きな木の枝が浮かび、静かに光を放っていた。  「これは……?」  セリアが見つめていると、優しい声が背後から響いた。  「世界樹の枝よ。私とこの国を繋ぐ象徴のようなもの」  振り返ると、そこに立っていたのは皇帝マギアナだった。  「セリア。あなたの魔法……『不在』という名前をつけたそうね?」  「……!」  セリアは驚いた。なぜ皇帝がそれを知っているのか。  マギアナは微笑みながら、世界樹の枝にそっと触れた。  「あなたは、何も生み出せないと思っている?」  「……私は、ただ消えるだけの魔法しか……」  「でも、さっきもこうして掃除をしていた。誰かのために働いていた。それは『不在』ではないわ」  マギアナの言葉が、セリアの胸に深く刺さる。  「……」  「あなたの魔法は、確かに姿を消すもの。でも、それは『いない』ことと同じではないわ。風は目に見えないけれど、確かにそこにあるでしょう?」  その言葉に、セリアの心が揺れ動いた。  『私は、本当に不在なのか?』  その問いが、彼女の心に新たな変化をもたらし始めた。  セリアはその日以来、考え続けていた。  ──私は、本当に「不在」なのか?  幼い頃からずっとそう思っていた。自分には何もない。ただ消えることしかできない。誰にも気づかれず、誰の記憶にも残らない。自分の生きる意味すらわからなかった。  だからこそ、『不在』と名付けた。  しかし、マギアナ陛下の言葉が頭から離れない。  「風は目に見えないけれど、確かにそこにあるでしょう?」  風──確かにそれは彼女の魔法の属性だった。空気の流れを操り、音を消し、姿を消し、気配を消す。けれど、消えているわけではない。風は世界のどこにでも存在し、確かに人々の肌を撫で、木々を揺らし、大地を駆ける。  「私は……本当に、不在なの?」  気づけば、セリアは呟いていた。  それから数日が経ち、セリアの心の中にはひとつの決意が生まれつつあった。  「私は、不在ではなく……ここにいる」  そう思えた時、彼女の魔法に少しずつ変化が現れ始めた。 ―――――――――― 「セリア、貴方、最近ちょっと変わったわ」  後見人のローナ・ザエルリンドが、厨房で皿を拭いていたセリアを見ながら言った。  「……そうでしょうか?」  「んー……なんていうか、前は貴方がそこにいることを無意識に忘れそうになることがあったの。でも最近は違う……ちゃんと、存在感があるわ」  セリアは戸惑った。ローナは適当なことを言う人ではない。ならば、それは彼女自身の魔法が無意識のうちに変わり始めている証拠なのかもしれない。  「私の魔法……変わったんでしょうか」  「かもね。まあ、まだハッキリはわからないけど」  ローナは軽く肩をすくめた。  「でもいいことよ。魔法は貴方自身がどう在るかで変わるもの。特に、貴方の魔法は自己認識が強く影響した少し特殊なものよ」  セリアは皿を拭く手を止めて、自分の両手を見つめた。  ──私は、本当に不在ではないのかもしれない。  その思いが、少しずつ確信に変わりつつあった。  そんなある日、セリアはマギアナ陛下の部屋へお茶を運ぶよう命じられた。  「陛下、紅茶をお持ちしました」  慎重にトレイを持ち、静かに進み出る。マギアナは窓際に立ち、世界樹の枝を見つめていた。  「ありがとう、セリア」  セリアはカップをそっとテーブルに置いた。皇帝は微笑みながら、彼女の顔を見た。  「最近、変わってきたわね」  「……そう、でしょうか」  「ええ。あなたの魔法、以前よりも“風”を感じるわ」  セリアははっとした。  「風……?」  「ええ。以前はただ“消える”ことしかできなかった。でも今は、あなたの魔法がちゃんと“そこにある”と感じる」  セリアは言葉を失った。  ──私は、不在ではなく、確かにここにいる。  そう思えた時、彼女の魔法がさらに変化を始めた。  風が、彼女の手のひらの上で優しく揺れた。  それは、まるで彼女自身が新たな名を得ようとしているかのようだった。    セリアの魔法は変わりつつあった。  最初はわずかな違和感だった。消えているはずなのに、誰かが自分を意識しているような感覚。ローナに指摘された時も、まだ半信半疑だった。しかし、マギアナ陛下に「風を感じる」と言われた瞬間、確信に変わった。  ──私は、不在ではない。  その自覚が生まれた時、魔法の働きも変わり始めた。これまではただ気配を消すだけだったのに、今は風の流れが自分の周囲を巡るのを感じる。まるで、彼女の存在そのものが風となって世界に溶け込んでいくかのように。  「セリア、貴方、試しにもう一度やってみて」  訓練場でローナが言った。彼女は木剣を肩に担ぎながら、じっとセリアを見ている。  「……はい」  セリアは深呼吸し、静かに魔力を込めた。風が舞う。  かつての『不在』はただの消失だった。音を消し、姿を消し、気配を消し、誰にも感知されないようにする魔法。だが今の彼女の魔法は違う。  「……まあ」  ローナが感嘆の声を上げた。  セリアは確かにそこにいる。だが、捉えられない。  姿は見えているはずなのに、意識を向けた瞬間にふっと目が滑るような違和感。音も気配もあるのに、なぜか掴めない。風が木々の間をすり抜けるように、彼女は空間の中を自在に漂っていた。  「……まるで風ね」  ローナがぽつりと呟いた。  セリアの心が震えた。  ──風。  彼女の属性そのもの。どこにでもあり、形を持たず、それでいて確かに存在し、時に激しく、時に穏やかに吹くもの。  『不在』という名は、もう相応しくない。  ならば。  セリアは静かに目を閉じ、自らの魔法の名を口にした。  「……『風詠』」  風が彼女の周囲を優しく包み込むように舞った。  その瞬間、彼女は確信する。  ──私はここにいる。私は『不在』ではない。私は風と共に在る。  ローナが口元に笑みを浮かべた。  「いい名前ね、セリア」  セリアもまた、初めて心の底から微笑んだ。  風は自由だ。どこへでも行ける。どこにいても、決して消えることはない。  彼女は新しい名と共に、新しい人生を歩む。