HD-391 緊急対応手順:危険性-反逆、暴走 HD-391は直ちに収容される必要があります。 収容手順:現在、HD-391を確保する試みが行われています。詳細は確保計画HD-391を参照してください。 説明:HD-391は現行科学を超越した精神操作を行う能力を所有している人間です。HD-391の能力は「対象の願望を著しく変化させる」ものと推測されます。この変化は観測される限り社会的に悪影響を齎す方向に発生します。…… イリスが扉を叩くとすぐに応答の言葉が聞こえた。 扉を開き中に入る。部屋の中は品を感じさせる家具とまばらに飾られた芸術品が存在する。これらはかつてマフィア、リーヴィゲートを束ねていた頭首の名残だ。今の頭首はそれをあまり好んでいないようでそれらは売却されつつあるが。 「どうした、イリス? 何か用か?」 部屋の主にしてリーヴィゲートの現頭首であるニグラが視線を窓の外からイリスの方に向ける。 「今日は少々話があるのだ」 イリスはいつもの尊大な態度でニグラに話しかける。マフィアの中でニグラに横柄な態度を取る者はイリスをおいて他にいなかった。しかしイリスにはそれを許されるだけの実績があった。 「まさか『歌姫計画』の話か?」 「いや、違う」 「そうか。私は雑談でも歓迎だ」 イリスはニグラに歩み寄る。 「ニグラ、我々は自由のために戦っている。そうだな?」 「ああ、そうだ。『スラムの存在の容認』という誤った秩序を正し、平等な世界を作る。それが我々の理念だったはずだ。『歌姫計画』だってそのために皆で頑張ってきた。そうだろう?」 ニグラの瞳が不安げに揺れる。 「ああ」 ニグラが胸を撫で下ろす。しかし、続く言葉はニグラの意に反するものだった。 「だが、それでは足りぬのだ」 「……それはどういうことだ」 イリスは続ける。 「汝が理想は新たなる秩序を作り上げるもの。それは、我の望むものではない」 ニグラは目を見開く。 「何を言っているんだ!」 「我は気付いたのだ。この世界にあるべきは混沌。そのためには遍く秩序を排さねばならないと」 ニグラはその言葉に困惑した。それはかつてのイリスの理想に反するではないか――。 「イリス! 君はどうしてしまったんだ……!」 ニグラは力なく叫び、イリスの眼を見た。その瞬間、ニグラは見てしまった。イリスの瞳の奥深くに湛える深淵を。 「……!」 「ニグラ、我が主よ! 共にこの世界に混沌を齎そうではないか!!」 ニグラは気付いてしまった。イリスが取り返しのつかない程に狂気に陥ってしまったことに。 「君は……どうしてしまったんだ……!」 「我が意志に叛くか。ならば良い。我の計画に汝は不要だ」 イリスは一度目を閉じる。そしてゆっくりと見開いた。 「滅びよ」 「♪友に私は語る〜」 もはや対話は通用しない。そう悟ったニグラは歌う。僅かな可能性に賭けて。 「愚かなる叛逆者よ! 我が意志に背く者よ!」 歌と詩がぶつかり合い、部屋の中の魔力が歪む。 「♪あの日見た輝きを」 ニグラは歌がイリスを正気に戻すことを祈った。だが、無情にもイリスの詠唱は完成する。 「大いなる混沌の意志が汝に死を与える。――内なる自由よ、狩れ」 その瞬間、ニグラの首が宙を舞った。 「ふふふ……あっははは!」 静寂に包まれた部屋の中でイリスの哄笑が響いた。 その後、イリスはマフィアの頭首となった。「ニグラを暗殺した国家を滅ぼす」と宣言すればニグラの狂信者であるマフィアの部下たちは容易くついてきた。 そしてここに新生リーヴィゲートが誕生した。「国を滅ぼす」、そのために。 これはあるかもしれない未来