「正しいかどうかじゃない。もう、終わりなんだよ」 境界管理局《宵断機関》 特務監察官 白髪混じりの黒髪、深く刻まれた隈。皺の増えた目元は感情を語らず、ただ相手の奥を見抜く。くたびれたスーツを着崩すこともなく、常に整えているのは「崩れる側に回らない」という無言の意思表示だ。 彼は戦わない。 否、戦う必要がない。 対峙した時点で、相手の過去・選択・感情・分岐を“追体験”し、その行動に至るまでの全てを理解する。理解とは同時に、“終わりを見届けること”と同義だ。 かつて久我は、ただの警察官だった。正義も、信念も、捨ててはいなかった。だがある事件で―― 救えるはずの人間を、救えなかった。 正しい判断を重ねた結果だった。 間違いは一つもなかった。 だが、その“正しさの積み重ね”が、取り返しのつかない結末を招いた。 それ以来、彼は「正しさ」を語らなくなった。代わりに覚えたのは、“終わらせること”だった。 境界管理局に引き抜かれ、《宵断機関》に配属された後、彼に与えられた役割は一つ。 ――逸脱した存在、歪んだ物語、抗う意思。 それらを、誰も納得しない形ではなく、“最も納得できてしまう形”で終わらせること。 彼の言葉は否定しない。 断罪もしない。 ただ、全てを知った上で静かに告げる。 「……もういいよ」 その一言に辿り着いた時、相手は理解してしまう。 自分がどれだけ進もうと、何を覆そうと、どこにも行き着かないことを。 戦闘は記録として処理される。 だが久我にとって、それは“戦い”ではない。 終わりを確認する作業に過ぎない。 彼の担当した案件において、再発は存在しない。 例外もない。 なぜなら―― “終わったものは、もう動かない”からだ。