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【幽命を彷徨う星詠み】フィルメリア・ノクス

―運命の逆月(さかづき)― 黄昏の空に、星はまだその姿を現さぬ。 されど、彼女の瞳にはすでに千の未来が映っていた。 フィルメリア・ノクス―― “幽命の星詠み”と呼ばれ、彼岸と此岸の境をさまよう者。 夜毎、星図を紡ぎ、ひとの運命を記す彼女の手帳には、名前と死の刻限だけが刻まれていた。 ある夜、星の気配が異様にざわめいた。天空に現れたはずのない十三番目の星――〈逆月〉が、虚空を裂き、軌道を反転させた。 「これは……因果の乱れ」 フィルメリアは知っていた。 それは伝説の星、すでに消滅したはずの運命を“逆さに流す星”。 過去を未来へ、死を生へ、終わりを始まりに変えるという、禁忌の力。 彼女の足は、知らぬ間にかつて見送ったある青年の墓標へと向かっていた。 星詠みとしての冷徹さを捨て、彼の死を受け入れたはずだった。 しかしその夜、彼の名前――「ユリウス・クラヴィス」が、彼女の手帳から消えていた。 「因果が……逆転している」 運命に抗うのは罪だと、幾度も教わった。 星を詠む者は、変えてはならない。見るだけ。告げるだけ。 だがそのとき、フィルメリアの中で何かがはじけた。 「それでも私は……“生”を与えたい」 〈逆月〉の星図を完成させた瞬間、世界は軋み、時間は逆巻いた。 ユリウスの死の瞬間へと、彼女の魂は滑り落ちる。 だがそこには、ただ彼が血を流し、息絶える姿があった。 彼の胸に星図を刻む。フィルメリアの命を代償にして。 運命は一つ、入れ替わる。 光が弾け、彼が目を開けたとき―― 彼女は、世界から消えていた。 それ以来、〈逆月〉は空に輝かない。 だが夜空の星図に、誰にも読めぬ軌跡が一つだけ増えていた。 “星詠みが消えた夜、死者がひとり、息を吹き返した” それは、語られぬ伝承。 幽命を彷徨い、運命を歪めた、ひとりの星詠みの物語。