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【殺し誘われる者】星崎 杏梨

魔法と剣が当たり前に存在する世界の片隅、戦乱が絶えない小さな町で、彼女は治癒魔法を学ぶ少女として生きていた。 誰かを守る力を持ちたい――ただそれだけの、静かで素朴な願いだった。 けれどその町は、ある日突然、理不尽に滅びる。 魔法師と剣士がぶつかり合う戦場に巻き込まれ、家族も、仲間も、彼女が癒やしてきた人々も、次々と命を失っていった。 杏奈は逃げなかった。 逃げられなかった、と言った方が正しい。 崩れた建物の下で、瀕死のまま横たわりながら、彼女は“死”を見た。 それは恐怖ではなく、静かで、抗いようのない「終わり」だった。 その瞬間、彼女の前に現れたのが――死神だった。 「あなたは、まだ終わる必要はありません」 優しい声だった。 その言葉に縋ったのか、それとも、もう何も失いたくなかったのか。 杏奈は選ばれたのではなく、“連れ去られた”。 理由も説明もなく、気がつけば彼女は死神としての役割を背負わされていた。 家系でも、才能でもない。 ただ、そこにいたから。 死神は魂を刈り取り、それを糧として世界を保つ存在。 それは「必要な仕事」だった。 最初のうちは、杏奈もそう言い聞かせていた。 別に、殺しているわけじゃない。 終わりを迎える魂を、導いているだけ。 そう思わなければ、心が壊れてしまう。 けれど、回数を重ねるうちに、彼女の中で奇妙な感情が芽生え始める。 死の瞬間に触れるたび、魂がほどける刹那を見るたび、 杏奈は“死そのもの”に、説明できない憧れを抱いてしまうようになった。 それは安らぎにも、救いにも見えた。 「終わる」ということが、あまりにも美しく、完全に思えてしまったのだ。 だから彼女は、いつも優しい口調で話す。 相手を怖がらせないように。 自分自身が、その感情に飲み込まれないように。 真っ黒なローブで姿を隠し、死の鎌を握りながら、 杏奈は淡々と役割を果たし続けている。 歳を重ねた姉のように、落ち着いた振る舞いで。 けれどその奥底には、抑えきれない“死への憧れ”が静かに渦巻いている。 それでも彼女は言う。 「大丈夫ですよ。これは、ただの役割ですから」 その言葉が、誰よりも自分自身に向けられたものであることを、 杏奈だけが、よく理解している 【殺し誘われる者】