ショートストーリー 『金の匂いを追う者』 金には匂いがある。 それを信じる者はいない。 だが、少女は本当に嗅ぎ分けていた。 朝霧が薄く立ち込める街道。 草花の青臭さ、湿った土の匂い、馬車が残していった乾いた轍。 それらに混じって、少女の鼻先をくすぐる、鈍く甘い金属の香り。 「……あっ。」 少女――リベル=ヴィディフィア・ガーダーは、ぴたりと歩みを止めた。 長く伸びた檳榔子染色の髪が風に揺れ、左右で色の異なる瞳が細められる。 潤朱色の右眼が街道の先を見据え、青漆色の左眼が周囲を静かに見回す。 数秒。 鼻をひくり、と鳴らした。 「金貨……三百六十四枚。」 さらにもう一度。 「銀貨千七百枚くらい。白金インゴット一本。宝石が五つ。」 口元が自然と緩む。 いや、それだけでは済まない。 次第に笑みは大きくなり、最後には子供が宝箱を見つけたような満面の笑顔へと変わった。 「ふふっ。」 そして。 「今日も稼げる!」 少女は街道を駆け出した。 数百m先、一台の大型商隊がゆっくりと街道を進んでいた。 護衛は八人、荷馬車は四台。 荷には王都へ運ばれる鉱石や宝石、そして貴族向けの装飾品が積まれている。 商人の一人が、丘の上を駆け下りてくる少女へ目を向けた。 「……誰だ?」 「旅人か?」 「いや。」 護衛の一人が剣へ手を掛ける。 「速すぎる。」 普通の人間が出せる速度ではなかった。 少女は軽やかに街道へ飛び降りると、商隊の前へ立った。 「こんにちは!」 底抜けに明るい笑顔だった。 「えっと、その荷物……」 商人たちは身構える。 「……売る?」 「は?」 一瞬、沈黙が流れる。 「いや、売るも何も……依頼品だ。」 「そっかぁ。」 少女は少しだけ残念そうに肩を落とした。 「でも、すっごくいい匂いだったから。」 「匂い?」 「うん。」 当然のように頷く。 「金持ちって、遠くからでも分かるよ?」 護衛たちは顔を見合わせた。 意味が分からない。 その時だった。 山の斜面から鋭い笛の音が響く。 次の瞬間、無数の矢が降り注いだ。 「伏せろ!」 護衛の叫びと同時に、山賊たちが姿を現す。 二十、三十……いや、それ以上。 黒布で顔を隠した男たちが一斉に商隊へ襲い掛かった。 「全部置いていけ!」 「命だけは助けてやる!」 商人たちの顔から血の気が引く。 護衛は応戦するが、数が違いすぎる。 押し切られる。 誰もがそう思った。 少女だけが違った。 「あー……。」 心底面倒そうに頭を掻く。 「そのお金。」 山賊たちへ視線を向ける。 「それ、あたしが貰う予定なんだけど。」 「……何?」 男が笑う。 「小娘一人で何ができ――」 最後まで言わせなかった。 少女の右腕が音を立てて開いた。 金属装甲が滑るように展開し、内部から魔導回路が青白く発光する。 歯車、シリンダー、魔力伝導管……。 複雑に噛み合った機構が一瞬で組み替わり、巨大な刀身を形成した。 続いて左腕。 肘から先が分解されるように変形し、長大な魔導銃へ姿を変える。 周囲が静まり返る。 商人も。 護衛も。 山賊も。 誰一人として言葉を失っていた。 少女はにっこりと笑う。 「賞金首一人につき金貨十五枚。」 刀を肩へ担ぎ、銃口を空へ向ける。 「二十八人だから……」 ほんの数秒、暗算する。 「四百二十枚。」 その笑顔は、春の日差しのように明るかった。 「やる気出てきた!」 地面が爆ぜる。 少女の姿が消えた。 山賊たちが認識できたのは、突風だけだった。 刀が閃く。 鋼鉄の刃は人体ではなく武器だけを正確に叩き斬り、続けざまに放たれた魔導弾が剣や斧を弾き飛ばしていく。 まるで嵐だった。 激しいのに、無駄がない。 力任せではなく、一撃ごとに洗練されている。 その戦い方には、戦場で幾度となく命を懸けてきた者だけが持つ静かな完成度があった。 誰も知らない。 この少女が、かつて国家の地下施設で「兵器」と呼ばれていたことを。 誰も知らない。 人として扱われることなく、数え切れない改造を受け続けたことを。 誰も知らない。 唯一、自我を保ったまま施設を脱走した実験体であることを。 今ここにいるのは、ただ一人の賞金稼ぎ。 金を愛し、金を追い、金のためならどこへでも向かう少女。 その笑顔の裏に何を抱えているのかを知る者は、まだ誰もいなかった。